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第一章 戦女神降臨

第十三話 鋼の心臓

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「エラ」

 そう言って私の袖を引っ張ったのはヨアヒムだった。食堂から出たところを捕まえられたんだけれど、何か怯えてるか? ヨアヒムはきょろきょろ周囲を見回し、

「ちょっと、いい?」

 そう口にする。

「そりゃあ、もちろん。ただ昼食はもうとっちまったんで、流石にこれ以上は……」
「わ、分かってる。食べ終わるのを、僕、ずっと待ってたんだ」

 え? 待ってた?

「だったら声をかけてくれれば……」
「だって、近づくなって言われたから……」

 え?

「君は聖女候補だから、近づくなって……。あの、エレミア・ウォードって魔道士に注意、ううん、脅された。二度と近づくなって……。汚らわしいって、近寄るなって……。僕みたいなのが声をかけていい存在じゃないって……」

 あちゃー……。私は顔を手でおおう。そうだよ、あいつが何にもしないわけがなかったんだ。あぁ、それで昨日来なかったのか。脅されて引っ込んだってわけか。
 見るとヨアヒムのすみれ色の瞳に涙がたまっている。
 ぷるぷる震えているし……。
 ああ、駄目だ。こいつ、やっぱり可愛い……。しおれた耳と尾っぽが見えるよう。つい、よしよししてしまう。男なのに何でこいつ、こんなに可愛いんだ? 反則だぞ? その可愛さ、ちょっと私にわけてくれ。

「僕、どうすれば……」

 気にするなって言いたいところだけど、あのエレミアじゃあなぁ……。
 第二弾、第三弾の脅しをかけてくるのは明白で……。軟弱なこいつがそれに耐えられるとは思えない。エグい真似平気でしてくるからな、あいつは。こいつが再起不能にでもなったらしゃれにならん。
 あ、そうだ。ルーファスに頼もうか。多分、あいつならエレミアの盾になれる。いたずら好きで軽そうに見えるのに、魔術の腕は凄いもんな。
 で、ヨアヒムをルーファスの所に連れて行ったら、後ろに隠れられた。何でだ?

「おお、アイダ、じゃない、エラではないか。どうした?」

 談話室にいたルーファスの柔和な顔がほころぶ。木の根のような、わっさわさのひげに埋もれた小柄な爺さんだ。相変わらず魔道士達に取り囲まれていたけれど、人払いをしてくれた。
 しかし、どうしてこいつは若作りしないんだろうな? つい、不思議に思ってしまう。実力はあるから、若さを保てなかったってわけでもないだろうに。

「あー、その、ちょっと相談なんだけどな」

 エレミアの事を話すと、ルーファスが難しい顔を作った。

「うーん……あやつもピリピリしておるからな。聖女選出の大切な時期じゃし……」

 ひげを撫でつつ、ルーファスが言う。ピリピリ? いや、エレミアはいつもあんな感じだ。通常運転だと思う。
 ルーファスが笑った。

「なら、そうじゃ。二人で会いたい時は、揃ってわしの部屋へ来れば良い。そうすればあやつも何も言うまい」
「あ、それ……」

 良いと言おうとしたら、ヨアヒムに勢いよく腕を引かれた。
 ヨアヒムの顔は蒼白で、首を横に振る。

「そ、その……で、出来れば別の場所がいい」
「どうして?」
「その、そこのお爺さん……サイラスと、その……」

 ぱくぱくと何かを言いかけて止める。
 あー……坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって奴か? ほんっと、なんでこいつ、こんなにサイラスが嫌いなんだよ? 合成種ダークハーフだからか? それだと、あのエレミアと一緒だって気付け! 私は一緒にいたくったっていられないっていうのに!

「ん? もしかして、ぼうずはわしが嫌いか?」

 ルーファスがそう問うと、ヨアヒムの目が泳ぐ。

「……苦手」
「ほうほう、どの辺が?」
「サイラス相手に冗談かますから怖い」
「うん?」
「あいつ、怒ると怖いのに、平気であいつの部屋の中に雨をふらせたり、ジャングルにしたりして遊ぶから気が気じゃなくて……」

 私はルーファスのひげをわっしと掴んだ。

「んなことやったのか! 雨は駄目だろ! 雨は! サイラスの大事な書物が濡れる! いい加減にしろ!」
「大丈夫、大丈夫、あやつもそれを予想して、本に防御魔法をかけてあるから、大した被害はない! いたたたたた! 生まれ変わってもそういうところは同じか! もっと加減せい! わしはもう年寄りじゃ、もっと労れ!」
「労って欲しかったらその性格何とかしろ! いたずらが許されるのは子供だけだ! お前はもう大人、いや、老人だろおおおお!」
「ロープ、ロープ! いたずらはわしの生きがいなんじゃよおおおお!」
「あ、あの、エラ? 暴力は良くない、よ?」

 ヨアヒムに止められ、しぶしぶルーファスのひげから手を離す。

「……お前は何で若作りしないんだ?」

 ぼそりと私がそう言うと、ルーファスがぴくりと片眉を跳ね上げた。

「うん? 不老の魔法か? わしには必要ないな。見た目にこだわるなど愚の骨頂!」

 鼻息荒く言い切られてしまう。そんなもんか? というと、やっぱり使えないんじゃなくて、気にしないから使わないって事か……。

「まぁ、若かりし頃のわしに会いたいと言うのなら……」

 ふんふんとダンスをするように、ルーファスが足をふみふみ……。
 え? 背がすっくと伸び、ひげがするすると消え、おおお、見慣れたルーファスがいるう! 肩までの鳶色の髪を一つに束ねた愛嬌ある顔立ちの若者だ。茶目っ気のある大きな茶色い瞳は、相変わらず知性と好奇心にあふれてキラキラと輝いている。
 凄いぞ、流石五大魔道士。

「ははは、これでどうだ? 懐かしいか?」
「凄い、ルーファスだ! ああ、でも……」

 私はつるぺたのお子ちゃまのままだ。くっそう……。五十年の月日はちゃんと経ってる。ヨアヒムがぽかんとなった。

「え? お爺さん?」
「そう、わしじゃよ。一時的に若返らせた。どうじゃ? 痺れるか? 格好いいか? 良い男じゃろう?」
「凄い……」

 ヨアヒムがまじまじとルーファスを眺めた。かなり感心しているようだ。
 私はここぞとばかりにたたみかけた。

「そう、凄いんだよ、こいつ。ふざけたことばかりするんで、ちょっとあれだけど、魔術の才はあるんだ。五大魔道士の名は伊達じゃない。だから、こいつの傍にいれば、エレミアもそうそう手は出せないと思う。それでも嫌か?」
「う、ん……」

 ヨアヒムが迷うようなそぶりを見せる。

「お爺さんは僕が嫌じゃないの?」
「ははは、もちろんそんな事はないな。歓迎するぞ?」
「もう、いたずらはしない?」
「それはむ……」

 無理と言いかけたルーファスの頭をすっぱあんと叩き、

「大丈夫、大丈夫、やらない、やらせないから!」
「これ、加減せい!」
「思いっきり殴ったって、どうせ魔術で防御するくせに!」
「それはそれ! これはこれ!」
「開き直るなぁ! とにかく、ヨアヒムを怖がらせないように! こいつの精神豆腐だから! すぐ潰れる! うっすうすの硝子! 割れ物注意なんで!」
「え、あの……そこまでは……」

 何やら文句を言いかけたヨアヒムの言葉は無視。
 ルーファスは私をじっと眺め、

「あー、まぁのう。サイラスの過保護っぷりは凄まじいからな。散々甘やかしたんじゃろう。おぬしの時と同じように。それでかように軟弱になったか?」

 なんてことを言ってくれちゃって。反論出来ないけど。

「なのにおぬしは鋼の心臓で、かたや豆腐。差がありすぎるのはこれ如何に」

 つい、すっぱあんとルーファスの頭を殴ってしまった私は悪くない。
 誰が鋼の心臓だ!

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