骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく

文字の大きさ
上 下
101 / 121
第四章 真実と虚構の狭間

第六十三話

しおりを挟む
「モリーはどう? 気に入ってる?」
 モリー?
「一生懸命やってくれているわ。時々、その、食器を割ったりしてしまうけれど、優しくて明るくてとっても良い子よ?」
「なら、いいけど」
 オスカーがくすくすと笑う。
「本当は彼女、侍女向きじゃないんだよね。君がどうしてもって言うから採用したけど。うまくやっているのならそれでいいよ。護衛にはなるからその点は安心かな」
「侍女向きじゃない?」
「だって、そそっかしくて、いろんな物壊しちゃうじゃない。普通はあれだけでも弾かれるよ。その上、感情が全部顔に出るしねぇ……素直なんだろうけど、あれは駄目かな。もっと取り繕わないと、他の貴族の反感を買ったりする。王太子妃付きの侍女って、主人の補佐役だからね。足りない部分を補うって意味でも彼女は向いていない」
「首にしたりしない、よね?」
 私が恐る恐るそう言うと、オスカーが笑った。
「しないよ? ビーが気に入ってるのなら、それが一番だもの」
 私はほっと胸をなで下ろす。でも、やっぱりオスカーは本当にいろんな事を見ているんだなと、そう思う。見ていないようで見ている、そんな感じ。文句も小言も滅多に口にしないけれど、その分観察眼が鋭くて、一言一言が重い、そんな気がする。
「それにモリーは君を慕ってる。一番大事な忠誠心があるから、ま、ギリ合格ってとこ? これだけはいかに訓練しても身につくものじゃないからね」
 慕ってる……うん、そうかもしれないけど、でも……それは小説の中の私、だからなぁ……その内呆れられるんじゃないかと冷や冷やする。
「オスカー殿下、僕の滞在日数を伸ばしてもらえませんか?」
 ジスラン殿下がそう提案してきた。
「本当は今日帰る予定だったんですが、あれが来るとなると話は別です。あんなのをここへ残して帰りたくはありません。ご迷惑をおかけすることになるとは思いますが……」
「もちろん歓迎しますよ、ジスラン殿下」
 オスカーがそう言って笑った。
 で、その後、何となく気になって、
「どうかなさいましたか? 妃殿下」
 自室に戻ってから、ついつい、モリーの顔をじっと眺めてしまっていたら、そう言われてしまった。赤銅色の髪を三つ編みにしたモリーは、いつも元気いっぱいだ。
「今日はカップを割っていませんよ? 大丈夫です」
 モリーがそう言って笑う。えっと、そこは心配していないから。いや、心配しないと駄目なのかな? ここで使っている食器って、全部高級品だったよね。ちょくちょくモリーが壊すから、もうちょっと安いのに変えてもらった方がいいのかもしれない。
「ね、モリー……」
「何でしょう?」
「小説の中の私って、私じゃないって言ったらどう思う?」
「どうって……」
「あれ、創作だからさ、かなり美化されているの。本当の私は、あそこまで洗練された貴婦人じゃないから、その……そのうち幻滅するかもって……」
 モリーが可笑しそうに笑った。
「まさか。幻滅なんてしませんよ、妃殿下はとても可愛らしいですしねぇ。所作もマナーもとってもお綺麗ですよ? 何よりお優しいですし、貴婦人達の憧れの的です」
 そう言ってくれるのは嬉しいけれど……。
「それに、まぁ……私が妃殿下を好きなのは、小説のせいではないですしね……」
 え? 違う?
「私が正式に侍女になった時の事を覚えていらっしゃいませんか?」
 え、ええっと?
「私、あの時、試験順位は最下位だったんですよね。元々女性騎士になりたいって思っていましたから、何て言うか、おしとやかとは無縁の生活をしていて、貴婦人としてのマナーは酷かったと思います。武に秀でた家系のくせに、女はでしゃばるな、みたいな価値観もあって、女性騎士の道は選ばせてもらえませんでした。それで、待っていたのは政略結婚です。その相手が嫌で嫌で……結局、王城の侍女になるのならって形で、お城へ上げてもらいました」
 こんな話、初めて聞いた。
「でも、考えが甘かったって言うか……侍女って単なる使用人じゃあないんですよね。やっぱり相応の作法が求められる。いろいろとがんばったんですけれど、採用試験には落ちまくりでした。最後の最後、ここで落ちたら後がないって感じで、必死になったんですけれど、それでかえって緊張してしまって、失敗の連続で……。ああ、これで家に帰されるんだなって、侍女見習いですら満足にこなせなかった自分が情けなくて、廊下で泣いていたら、妃殿下が声をかけてくださったんです」
 あ、あれ、そういう時だったのか。
「どうしたのって? 何か女神様みたいな微笑みでした」
 それは誇張かも。
「作法がてんでなっていなくて、侍女になれなくて悲しいって話をしたら、じゃあ、もう一回練習しましょうって。妃殿下が! 講師の方々が教えることを、この私と一緒になって、やって下さったんです! あ、ありえません! それで、それで……出来たんです。何度も何度も失敗したのに、大丈夫、できるからって励ましてくださって……最後の最後まで、妃殿下は不出来な私に付き合ってくださった。何てお優しい方なんだろうって感激して、侍女として正式に採用されてからは、今度は妃殿下付の侍女になりたいと考え精進致しました! けど、その……張り切りすぎて、武術も同時に励んでいたら、力もまたちょこっと強くなっちゃって……」
 ちょこっと?
「いろんな物破損しちゃうんですよねぇ……採用試験でもそれが発揮されてしまって、あ、不採用だなって涙していたら、まさかの合格! いままで頑張った成果が、どことなく出ていたんですねぇ、見る人が見ると分かるということでしょうか? あれで自信つきました! 一生ついて行きます、妃殿下!」
 あー、うん。あれ……。
 私はモリーから視線をそらす。
 採用係の人に不採用になって困る人がいるかって聞いたら、一番にモリーの名前が挙がったんだよね。誰もモリーを侍女にしたがらなかったらしくて、ここで落ちたら、家に帰される予定だって聞かされて、それで真っ先に採用、だったんだけど、黙っていよう、そうしよう。
 自信粉々はまずい。それに、ちゃんと侍女らしくなってきたのも確かだし。大丈夫、大丈夫、侍女として立派にやっているよ、モリー。カップを握りつぶすのだけは、そろそろやめようね? あれ全部高級食器だから。
 ぐっと握りこぶしを握ったモリーの手から、パリンと何かが砕ける音がしたような気がするけど、これも聞かなかったことにしよう。やっぱり、食器、安いのに変えてもらおうかな……。全部税金だし、国の方々に申し訳ない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket
ファンタジー
小国メンデエル王国の第2王女リンスターは、病弱な第1王女の代わりに大国ルーマデュカ王国の王太子に嫁いできた。 政略結婚でしかも歴史だけはあるものの吹けば飛ぶような小国の王女などには見向きもせず、愛人と堂々と王宮で暮らしている王太子と王太子妃のようにふるまう愛人。 まあ、別にあなたには用はないんですよわたくし。 私は私で楽しく過ごすんで、あなたもお好きにどうぞ♡ 【作者注:この物語には、主人公にベタベタベタベタ触りまくる男どもが登場します。お気になる方は閲覧をお控えくださるようお願いいたします】 恋愛要素の強いファンタジーです。 初投稿です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

処理中です...