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番外編 白亜の城の王子様
第十一話
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「元気ないねぇ……」
ようやっと境が修復され、国へ帰る段になって、オスカーがそう言った。今ではすっかり元通りになり、以前の快活さを取り戻している。
「元気がないって……」
オスカーの視線の先にはエティエンヌがいる。
「エティエンヌの事が気になるのか?」
意外だった。立場上、面と向かって嫌みを言ったりはしなかったが、どうみてもエティエンヌの視線は冷たく侮蔑に満ちていたように思う。あんな目で見られて、好意を抱けるものなのか? そんな自分の疑問をオスカーは一蹴してくれた。
「ああ、あのくそはどうでもいいから」
アルベルトは、はははと笑った。そうだよなぁ。
「契約している妖精がね、元気がない。彼、何か言った?」
え? さあ? 見るとエティエンヌの周囲に浮いている水妖精が、彼に近寄ろうとするも、振り払われる。喧嘩でもしたのか?
「うーん、あれはちょっと……下手すると死ぬよ? あの妖精」
え? びっくりすると、
「妖精って図太いように見えて、結構内面デリケートだから。恋煩いで死んだりするの。身勝手で残酷だけど、純粋で一途。好きになったら命がけって、平気でやってくれちゃうんだよねぇ……彼女、あの妖術師に傾倒してるでしょ? だから、彼の罵倒ってもの凄くこたえるんだよね。言っちゃいけない言葉ってあるんだけど、言ったりしてないよね?」
さ、さあ? 分からない。
オスカーが音もなくエティエンヌに近寄った。
「元気づけて上げたら?」
オスカーが背後からそう声をかける。オスカーから彼に話しかけたのは、この時が初めてかもしれない。案の定、振り向いたエティエンヌは不愉快そうに顔をしかめた。
「誰を?」
「君と契約している水妖精だよ。元気がない」
「は、余計なお世話です。少々お灸が必要なんですよ、あれは」
「お灸?」
「私の命令を無視しました。ライオネットの……ああ、いや、詳しいことは省きますが、私の盾とならずに逃げだしました。この私を守らずに逃げだしたんですよ! 絶対許せません!」
「逃げだした、って……」
「ええ、ええ、敵の攻撃を私に代わって受けるように命じました。なのにそれを無視したんですよ? 主人であるこの私を守らずに逃げ出しました! 何が守護妖精ですか!」
オスカーが目をむいた。
「はぁ? 何言ってくれちゃってるの?」
君って馬鹿? とまで……。一体どういうことだ?
「水妖精の力を受け取ってるのは君なんだから、君が盾になるべきだよ。水妖精は君に力の殆どを渡しちゃってるでしょ? その状態で、どうやって身を守れって言うのさ! できっこない!」
オスカーが言う。
「水妖の盾! 作ってみて! 今すぐに!」
「え? いや……」
エティエンヌは戸惑ったようだが、
「ほら、早く! それとも折檻されたいの!」
オスカーが手にしていた杖をどんっと打ち付ける。
びしっと地面に亀裂が入った。
凄い迫力だ。地位的には確かにオスカーの方が上だけど、迫力でも上回ってる。あのくっそ偉そうなエティエンヌがタジタジだ。オスカーの怒ったところって初めて見た。いっつもにこにこしているから分からなかったけど、怒らせると怖いんだな。
作り上げたエティエンヌの盾を見て、オスカーの視線がさらに険しくなった。
「駄目、全然駄目」
どんっと杖をつくと、ぱしんと水妖の盾がはじけて消えた。アルベルトは目を剥いた。何だ、これ。エティエンヌが作った魔法の盾が一瞬で粉々……。あっけなさ過ぎて何も言えない。ここまで実力差があったのか? 唖然となる。
「もう一回」
オスカーの台詞に、エティエンヌが目をむいた。
「はい?」
「もう一回やるの。なにその盾。目も当てられない。今まで何やってたのさ。妖精から与えられた妖力を全然使いこなせてないじゃない。それでちゃんと石巨人の攻撃から身を守れたの? 逃げ回ってたとか言わないよね?」
エティエンヌが何やら言葉に詰まってる。図星か? もしかしてフリッツの負傷もそれが原因とか言わないだろうな?
その後、何度も何度もオスカーから駄目出しが入り、エティエンヌはもうへろっへろだ。魔術や妖術の行使は、魔力だけでなく体力も削られる。限度を超えれば当然、オスカーのようにぶっ倒れるだろう。
とはいえ、レベルそのものが違いすぎないか? こうして比べてみると、まるで大人と子供だ。師匠と出来の悪い弟子のように見えてしまう。エティエンヌがお粗末すぎるのか、それともオスカーのレベルが異様に高いのか……多分、後者だろうな。彼の魔術の腕前にはいつだって驚かされる。
結局、契約している水妖精の方から泣きが入った。勘弁して上げて下さい、と。
「……君、こんなのがいいの?」
オスカーの言葉に、手のひらにのるほどの小さな水妖精が、こくこくと頷く。今は水色の髪をした美しい少女の姿だ。水妖精はこんな風に少女の姿になったり、魚の姿になったりして、常にエティエンヌの傍に浮かび、まとわりついている。
エティエンヌと一緒になって馬鹿にされ続けてきたから、今まで可愛いなんてちっとも思えなかったけれど、この時ばかりは何だか可愛く見えた。
「まぁ、分かっちゃいたけど……ほんっとお馬鹿だよねぇ、妖精って……」
オスカーからため息が漏れた。
「純粋で一途、ここだけを見ると綺麗な絵物語になるんだけど、人間はね、年を取るの。君、それ、ちゃんと分かってる?」
くいっと水妖精が首を傾げた。何とも愛らしい仕草だ。ここだけは。
オスカーが笑う。少し寂しげに。
「分かってないんだね? やっぱり残酷だよ、妖精は。いずれ彼は君に捨てられるんだろうね? けど、しょうが無い、それが妖精の性質だものね? 綺麗なものしか受け付けない……」
オスカーの姿がふうっと変わった。エティエンヌそっくりになったのだ。えぇ? 場がざわめいた。目の前にエティエンヌが二人いる。杖を手にしたエティエンヌと、地面にへたり込んでいるエティエンヌ。
「ほら、おいで? 綺麗な夢を見ると良いよ。この場だけだけれど」
杖を手にしたエティエンヌが、そう言って手を差し出すと、水妖精が喜んで飛びついた。嬉しそうにエティエンヌの姿を模したオスカーの周りを飛び回る。
不思議だった。そっくりなのにそっくりじゃない。明らかに違う。何がどうと言えないのだけれど……雰囲気か? 温かく柔らかい雰囲気は、エティエンヌにはないものだ。彼が身にまとう空気はいつだって冷たい。侮蔑の眼差しは突き刺さるよう。それが消えただけで、こんなにも違うのかと驚かされる。
綺麗だ……心底そう思った。
エティエンヌに見惚れる日が来るなんて、この瞬間まで思いもしなかった。
「妖精、嫌いじゃなかったんだ?」
馬の背に揺られながら、アルベルトがオスカーにそう問うと、
「身勝手な妖精は嫌いだよ? けど、妖精全部に八つ当たりするほど愚かじゃない」
同じように馬の背に揺られているオスカーがそう答えた。
「随分親切だったけど」
アルベルトは元気に飛び回っている水妖精に視線を送る。風にゆれる水妖精の水色の髪が日の光を跳ね返し、時折湖面のようにきらめいた。
「まぁ、あのまま見捨てたら死んじゃいそうだったしね」
「……本当に死ぬのか?」
「結構そういう記述あると思うけど? 恋人に捨てられて儚くなったって。不老不死の妖精が死ぬ時ってそういう時だよ。人間に恋すると、妖精も不幸になるのかもね」
いつも通りの陰気そうなオスカーの横顔を眺めながら、
「……どうしてハンサムな顔にしないんだ?」
アルベルトはついそんな事を聞いてしまう。
「君の幻術だったら、どんな姿にでもなれそうだけど……」
「僕はこの顔が気に入ってるの」
ぷいっとそっぽを向かれてしまう。
まぁ、それは前にも聞いたけど、どうしても納得いかなくて、
「もっとハンサムな顔にすれば、女性にもてるんじゃないか?」
きっとエレーヌも不細工なんて暴言をはかなくなる。
今度はじろりと睨まれて、
「……僕が女性にもてたいなんて言ったことある?」
「いや、無いな」
アルベルトは否定するしかない。
「価値観は人それぞれだからさ、押しつけるの良くないよ?」
まぁ、そうかも。
「アルは自分の顔が嫌いなの?」
オスカーにそう問われて、アルベルトがつい頷けば、
「ふうん? 僕はアルの顔、好きだけどね?」
本気で驚いた。この醜い顔がいい?
「精悍で男らしさが滲み出てるよ。十分格好いいと思うけどな? けど、まぁ、男に褒められても嬉しくないよね? ごめんね、女性じゃなくて」
あははと笑う。本当に明るい。オスカーって内面と容姿が真逆なんだよな。根暗に見えるのに、明るいってどうなんだ?
ようやっと境が修復され、国へ帰る段になって、オスカーがそう言った。今ではすっかり元通りになり、以前の快活さを取り戻している。
「元気がないって……」
オスカーの視線の先にはエティエンヌがいる。
「エティエンヌの事が気になるのか?」
意外だった。立場上、面と向かって嫌みを言ったりはしなかったが、どうみてもエティエンヌの視線は冷たく侮蔑に満ちていたように思う。あんな目で見られて、好意を抱けるものなのか? そんな自分の疑問をオスカーは一蹴してくれた。
「ああ、あのくそはどうでもいいから」
アルベルトは、はははと笑った。そうだよなぁ。
「契約している妖精がね、元気がない。彼、何か言った?」
え? さあ? 見るとエティエンヌの周囲に浮いている水妖精が、彼に近寄ろうとするも、振り払われる。喧嘩でもしたのか?
「うーん、あれはちょっと……下手すると死ぬよ? あの妖精」
え? びっくりすると、
「妖精って図太いように見えて、結構内面デリケートだから。恋煩いで死んだりするの。身勝手で残酷だけど、純粋で一途。好きになったら命がけって、平気でやってくれちゃうんだよねぇ……彼女、あの妖術師に傾倒してるでしょ? だから、彼の罵倒ってもの凄くこたえるんだよね。言っちゃいけない言葉ってあるんだけど、言ったりしてないよね?」
さ、さあ? 分からない。
オスカーが音もなくエティエンヌに近寄った。
「元気づけて上げたら?」
オスカーが背後からそう声をかける。オスカーから彼に話しかけたのは、この時が初めてかもしれない。案の定、振り向いたエティエンヌは不愉快そうに顔をしかめた。
「誰を?」
「君と契約している水妖精だよ。元気がない」
「は、余計なお世話です。少々お灸が必要なんですよ、あれは」
「お灸?」
「私の命令を無視しました。ライオネットの……ああ、いや、詳しいことは省きますが、私の盾とならずに逃げだしました。この私を守らずに逃げだしたんですよ! 絶対許せません!」
「逃げだした、って……」
「ええ、ええ、敵の攻撃を私に代わって受けるように命じました。なのにそれを無視したんですよ? 主人であるこの私を守らずに逃げ出しました! 何が守護妖精ですか!」
オスカーが目をむいた。
「はぁ? 何言ってくれちゃってるの?」
君って馬鹿? とまで……。一体どういうことだ?
「水妖精の力を受け取ってるのは君なんだから、君が盾になるべきだよ。水妖精は君に力の殆どを渡しちゃってるでしょ? その状態で、どうやって身を守れって言うのさ! できっこない!」
オスカーが言う。
「水妖の盾! 作ってみて! 今すぐに!」
「え? いや……」
エティエンヌは戸惑ったようだが、
「ほら、早く! それとも折檻されたいの!」
オスカーが手にしていた杖をどんっと打ち付ける。
びしっと地面に亀裂が入った。
凄い迫力だ。地位的には確かにオスカーの方が上だけど、迫力でも上回ってる。あのくっそ偉そうなエティエンヌがタジタジだ。オスカーの怒ったところって初めて見た。いっつもにこにこしているから分からなかったけど、怒らせると怖いんだな。
作り上げたエティエンヌの盾を見て、オスカーの視線がさらに険しくなった。
「駄目、全然駄目」
どんっと杖をつくと、ぱしんと水妖の盾がはじけて消えた。アルベルトは目を剥いた。何だ、これ。エティエンヌが作った魔法の盾が一瞬で粉々……。あっけなさ過ぎて何も言えない。ここまで実力差があったのか? 唖然となる。
「もう一回」
オスカーの台詞に、エティエンヌが目をむいた。
「はい?」
「もう一回やるの。なにその盾。目も当てられない。今まで何やってたのさ。妖精から与えられた妖力を全然使いこなせてないじゃない。それでちゃんと石巨人の攻撃から身を守れたの? 逃げ回ってたとか言わないよね?」
エティエンヌが何やら言葉に詰まってる。図星か? もしかしてフリッツの負傷もそれが原因とか言わないだろうな?
その後、何度も何度もオスカーから駄目出しが入り、エティエンヌはもうへろっへろだ。魔術や妖術の行使は、魔力だけでなく体力も削られる。限度を超えれば当然、オスカーのようにぶっ倒れるだろう。
とはいえ、レベルそのものが違いすぎないか? こうして比べてみると、まるで大人と子供だ。師匠と出来の悪い弟子のように見えてしまう。エティエンヌがお粗末すぎるのか、それともオスカーのレベルが異様に高いのか……多分、後者だろうな。彼の魔術の腕前にはいつだって驚かされる。
結局、契約している水妖精の方から泣きが入った。勘弁して上げて下さい、と。
「……君、こんなのがいいの?」
オスカーの言葉に、手のひらにのるほどの小さな水妖精が、こくこくと頷く。今は水色の髪をした美しい少女の姿だ。水妖精はこんな風に少女の姿になったり、魚の姿になったりして、常にエティエンヌの傍に浮かび、まとわりついている。
エティエンヌと一緒になって馬鹿にされ続けてきたから、今まで可愛いなんてちっとも思えなかったけれど、この時ばかりは何だか可愛く見えた。
「まぁ、分かっちゃいたけど……ほんっとお馬鹿だよねぇ、妖精って……」
オスカーからため息が漏れた。
「純粋で一途、ここだけを見ると綺麗な絵物語になるんだけど、人間はね、年を取るの。君、それ、ちゃんと分かってる?」
くいっと水妖精が首を傾げた。何とも愛らしい仕草だ。ここだけは。
オスカーが笑う。少し寂しげに。
「分かってないんだね? やっぱり残酷だよ、妖精は。いずれ彼は君に捨てられるんだろうね? けど、しょうが無い、それが妖精の性質だものね? 綺麗なものしか受け付けない……」
オスカーの姿がふうっと変わった。エティエンヌそっくりになったのだ。えぇ? 場がざわめいた。目の前にエティエンヌが二人いる。杖を手にしたエティエンヌと、地面にへたり込んでいるエティエンヌ。
「ほら、おいで? 綺麗な夢を見ると良いよ。この場だけだけれど」
杖を手にしたエティエンヌが、そう言って手を差し出すと、水妖精が喜んで飛びついた。嬉しそうにエティエンヌの姿を模したオスカーの周りを飛び回る。
不思議だった。そっくりなのにそっくりじゃない。明らかに違う。何がどうと言えないのだけれど……雰囲気か? 温かく柔らかい雰囲気は、エティエンヌにはないものだ。彼が身にまとう空気はいつだって冷たい。侮蔑の眼差しは突き刺さるよう。それが消えただけで、こんなにも違うのかと驚かされる。
綺麗だ……心底そう思った。
エティエンヌに見惚れる日が来るなんて、この瞬間まで思いもしなかった。
「妖精、嫌いじゃなかったんだ?」
馬の背に揺られながら、アルベルトがオスカーにそう問うと、
「身勝手な妖精は嫌いだよ? けど、妖精全部に八つ当たりするほど愚かじゃない」
同じように馬の背に揺られているオスカーがそう答えた。
「随分親切だったけど」
アルベルトは元気に飛び回っている水妖精に視線を送る。風にゆれる水妖精の水色の髪が日の光を跳ね返し、時折湖面のようにきらめいた。
「まぁ、あのまま見捨てたら死んじゃいそうだったしね」
「……本当に死ぬのか?」
「結構そういう記述あると思うけど? 恋人に捨てられて儚くなったって。不老不死の妖精が死ぬ時ってそういう時だよ。人間に恋すると、妖精も不幸になるのかもね」
いつも通りの陰気そうなオスカーの横顔を眺めながら、
「……どうしてハンサムな顔にしないんだ?」
アルベルトはついそんな事を聞いてしまう。
「君の幻術だったら、どんな姿にでもなれそうだけど……」
「僕はこの顔が気に入ってるの」
ぷいっとそっぽを向かれてしまう。
まぁ、それは前にも聞いたけど、どうしても納得いかなくて、
「もっとハンサムな顔にすれば、女性にもてるんじゃないか?」
きっとエレーヌも不細工なんて暴言をはかなくなる。
今度はじろりと睨まれて、
「……僕が女性にもてたいなんて言ったことある?」
「いや、無いな」
アルベルトは否定するしかない。
「価値観は人それぞれだからさ、押しつけるの良くないよ?」
まぁ、そうかも。
「アルは自分の顔が嫌いなの?」
オスカーにそう問われて、アルベルトがつい頷けば、
「ふうん? 僕はアルの顔、好きだけどね?」
本気で驚いた。この醜い顔がいい?
「精悍で男らしさが滲み出てるよ。十分格好いいと思うけどな? けど、まぁ、男に褒められても嬉しくないよね? ごめんね、女性じゃなくて」
あははと笑う。本当に明るい。オスカーって内面と容姿が真逆なんだよな。根暗に見えるのに、明るいってどうなんだ?
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