骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく

文字の大きさ
上 下
77 / 121
番外編 白亜の城の王子様

第四話

しおりを挟む
 エレーヌの暴言に、流石に周囲がざわつく。陛下王妃はもとより重臣達も慌てふためいた。それはそうだろう。アルベルト自身もかなり冷や汗ものだった。
 まさかオスカーが、ウィスティリアの王太子だとは思ってもみなかったのだ。晩餐会の直前に事実を知らされ、冷や冷やしていたところにこれだ。父上も母上も今回ばかりは流石にエレーヌの無礼を見過ごせなかったらしく、
「よすんだ、エレーヌ!」
「そ、そうよ、エレーヌ。ああ、止めて頂戴。彼は王太子なのよ? 大国ウィスティリアの! これ以上無礼な真似は……」
 そう、たしなめているが効果は無い。いつもがいつもだから、逆らう癖がついているのだろう。父上と母上の叱責にもめげず、
「あなたみたいな不細工がいると食事がまずくなるわ! 出て行って!」
 そう言い放つ。
「エレーヌ!」
 母上が声を荒げるも、
「汚い」
 の、オスカー殿下の一言で、またまた周囲がしーんっとなる。オスカー殿下の声ってよく通る。じゃなくて、何だろう? オスカー殿下の言葉って、逐一人の心えぐってるような気がするんだよな。こう、妙に核心を突くというか……。
 今や水を打ったような静けさだ。
 オスカーが眉間に皺を寄せ、叱責した。
「食べながら話さない、大口開けない。ほんっと汚いから。やめてよね。マナーがなってないっていうより、下品。君って、臭いし汚いし、ほんっと食事がまずくなるよ」
 立ち振る舞いのせいだろうか? こうしてみると、オスカー殿下って、何だろう酷く大人びて見える。僕よりも一つ年下だったはずだけど……。
 アルベルトはしげしげとオスカーを眺めてしまう。感心してしまったのだ。で、ふと横手を見ると、エレーヌが涙目でぷるっぷるしている。
 駄目だ、笑っちゃ駄目……。
 アルベルトは口元に手を当て、なんとか笑いをこらえる。
 エレーヌは羞恥と怒りで顔がもう真っ赤。しかもオスカー殿下のマナーが異様に綺麗だから、エレーヌのやらかし感がもの凄く目立つ。皿の周囲にパンくずが散らかっていて、口元も同様に汚れている。汚い、確かに……でも、子供だからって感じで、今まで目こぼしされてきたんだよなぁ……。
 あ、負けたんだな。言い返すこと出来ずに、泣きながら出て行った。というか、ここで言い返しても恥の上塗りにしかならない。どうしようかな。やーいって囃し立てたくなる僕って、やっぱり心が狭いんだろうか?
「あー、その、とにかく今回は世話になったな、魔術師殿」
 ごほんと咳払いをし、父上が話題を変えた。
 エメットが戻ってきた件だと分かる。
 かわいい僕の弟は、まったく成長していなかった。いなくなった四年前と変わらない赤子の姿で戻ってきたのだ。一体どうやったらこんな真似が出来るのか分からないけれど、戻ってきてくれたことは素直に嬉しい。
「何の何の。これくらい何てことありませんよ」
 例のクレバーという魔術師がそう言って笑う。笑うと予想外に可愛くなるなんてことはなくて、にたりといった表情でさらに怖い。どうみても不気味だ。笑っていた子でも泣き出しそう。エティエンヌはあからさまに顔をゆがめて、
「しかし、少々やり過ぎだったのではありませんか?」
 召喚した妖精を叩きのめしたことを非難する。かなりコテンパンにやられたらしい。
「軽く撫でた程度ですがね?」
 クレバーが、ふんっと鼻を鳴らす。あれくらいどうということはないと言いたげだ。でも、軽く撫でた程度であの振動……。じゃあ本気だとどうなるんだろう? 城が崩れたりしないだろうな? アルベルトはそんな考えにひやりとなる。
「醜いヒキガエルが……」
 エティエンヌがそう吐き捨てる。
「何か言いましたかな?」
「いいえ、別に何も?」
 しれっとエティエンヌが自分の暴言をとぼけて見せた。
 けど、魔術師に対してあんな暴言を吐くなんて、ある意味度胸あるなと、アルベルトは思う。魔術師はどこへ行っても一目置かれる存在なのに、エティエンヌはこうして自分のスタンスを崩さない。ただ一歩間違えれば、後先考えない馬鹿、ということになってしまうが。
 晩餐会が終わり、アルベルトは弟の部屋に顔を出してみた。
 弟のエメットは揺り籠の中にいて、あやせば、きゃっきゃと笑ってくれた。無邪気で可愛い。その様子にアルベルトは顔をほころばせつつ、また掠われたりしないかな? そんな不安に襲われる。いや、それよりも、この先エレーヌと同じように醜い僕が嫌だなんて言われたらどうしよう? 立ち直れないかもしれない……。
 アルベルトが弟の様子を見下ろしつつ、悶々としていると、
「心配?」
 誰かにそう声をかけられ、アルベルトがはっとなって振り返れば、杖を手にしたオスカーがそこに立っている。彼は笑った。
「大丈夫。防御魔法が施してあるから、二度目はないよ」
「そう、ですか……どうもありがとうございます」
 もう掠われたりしないと知って、アルベルトはほっと胸をなで下ろす。
 横手に並んだオスカーの手が、揺り籠を揺らす様子を眺め、
「殿下は気になりませんか?」
 気が付けばつい、アルベルトはそんな言葉を口にしてしまっていた。
「何が?」
「エレーヌの、妹の言動です」
「うん?」
「不細工って言葉を平気で言いますよね?」
「ああ、あれね。全然」
 オスカーの返答に、思わず目を丸くすれば、
「君は気になるの?」
 逆にオスカーにそう聞き返され、口ごもってしまう。
「え? それは、まぁ……」
 アルベルトは頷くしかない。不細工なんて言われたくないし、醜いなんてもっと言われたくなかった。人間の価値が見た目だけじゃないとは思うけれど、それにしても、エレーヌみたいに綺麗な子に言われると流石にへこむ。
「そう? 顔なんて少しぐらい崩れている方が面白いんだけどね?」
 え?
「綺麗な顔って整いすぎててつまらない。人間味が薄れてまるでお人形さんみたいだよ。まぁ、それがいいって人もいるから、僕は特に何かを言おうとは思わないけど」
「殿下は、その……ご自身の顔は……」
 どう思っているんだろう? アルベルトはドキドキしながらも、つい気になって聞いてしまった。彼も僕とどっこいどっこいだ。決して美しいとは言えない。なら、きっと自分と同じようにコンプレックスに感じているだろうと、勝手に考えたのだけれど、
「うん、気に入ってるよ?」
 けろりとオスカーにそう言われてしまい、アルベルトは心底びっくりした。
 気に入っている? 本当に?
 まじまじと彼の顔を見つめてしまう。
 やっぱりどう見ても不気味だし、とてもハンサムとは言えない顔だ。顔は青白くて不健康そうだし、目は落ちくぼんでいてほの暗く、昆布のようにうねった黒髪が、さらに不気味さを駆り立てて止まない。暗闇に立てば幽霊だと叫ぶ人もいそうである。
 ただ、何だろう? 確かに引きつけられる何かがあった。どこがどうとは言えないのだけれど……。不気味なんだけど、独特の存在感がある。内側からあふれ出る自信のせいかもしれない。魔術師、だからかな?
「……殿下のようになれればな」
 アルベルトがついそう言ってしまうと、オスカーが声を立てて笑った。
「僕みたいに? 止めといた方が良いよ」
 え? 目を丸くすれば、オスカーがアルベルトの顔を可笑しそうに見やった。
「僕っていろんな意味で規格外だからさ。僕を見習うとろくな事にならないよ。君は君のままでいいじゃない。何が不満なの?」
「もっと自信を持てればと思います」
 醜いって言われてもそれを跳ね返せるくらいに。
「自信かぁ……君の得意な事って何?」
「乗馬、ですね。あとはチェスも得意です」
「チェスか。いいね、それやろう」
 オスカーの提案にアルベルトは目を丸くした。
「僕もチェスは得意だから、付き合うよ。それで誰も勝てないくらいになればいい。それが自信になるんじゃない?」
 オスカーはそう言って、傍にあったチェス盤に目を向けた。子供部屋にはたくさんの玩具が用意されていたのだ。

しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

【完結】憧れの人の元へ望まれて嫁いだはずなのに「君じゃない」と言われました

Rohdea
恋愛
特別、目立つ存在でもないうえに、結婚適齢期が少し過ぎてしまっていた、 伯爵令嬢のマーゴット。 そんな彼女の元に、憧れの公爵令息ナイジェルの家から求婚の手紙が…… 戸惑いはあったものの、ナイジェルが強く自分を望んでくれている様子だった為、 その話を受けて嫁ぐ決意をしたマーゴット。 しかし、いざ彼の元に嫁いでみると…… 「君じゃない」 とある勘違いと誤解により、 彼が本当に望んでいたのは自分ではなかったことを知った────……

次は幸せな結婚が出来るかな?

キルア犬
ファンタジー
バレンド王国の第2王女に転生していた相川絵美は5歳の時に毒を盛られ、死にかけたことで前世を思い出した。 だが、、今度は良い男をついでに魔法の世界だから魔法もと考えたのだが、、、解放の日に鑑定した結果は使い勝手が良くない威力だった。

魔族に育てられた聖女と呪われし召喚勇者【完結】

一色孝太郎
ファンタジー
 魔族の薬師グランに育てられた聖女の力を持つ人族の少女ホリーは育ての祖父の遺志を継ぎ、苦しむ人々を救う薬師として生きていくことを決意する。懸命に生きる彼女の周囲には、彼女を慕う人が次々と集まってくる。兄のような幼馴染、イケメンな魔族の王子様、さらには異世界から召喚された勇者まで。やがて世界の運命をも左右する陰謀に巻き込まれた彼女は彼らと力を合わせ、世界を守るべく立ち向かうこととなる。果たして彼女の運命やいかに! そして彼女の周囲で繰り広げられる恋の大騒動の行方は……? ※本作は全 181 話、【完結保証】となります ※カバー画像の著作権は DESIGNALIKIE 様にあります

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

処理中です...