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番外編 白亜の城の王子様
第二話
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アルベルトは驚いた。
「魔術師がお師匠さん? じゃあ、君も魔術師?」
魔術師の弟子になれるのは、魔術師になれる素質のある者だけだ。僕も魔力はあるけど弟子にはなれない。属性のある特化型魔力持ちだから。魔術師になれるのは、全ての力を扱える無属性の魔力持ちだけである。
少年が頷く。
「うん、そう」
「杖は?」
「持ってるよ?」
そう言われても何も持っていない。アルベルトが首を傾げると、ああというように少年が笑った。
「ほら」
いつの間に? 先程まで何も手にしていなかったはずなのに、杖が握られている。
「僕、魔術師って初めて見た。何が出来るの?」
アルベルトがそう問うと、少年が首を傾げた。
「そう言われてもね。何がして欲しいの?」
「うーん。エメットが今どうしているのか知りたい」
「ああ、君の弟がいなくなったんだよね? 君の弟は妖精の取り替え子の被害にあったんだよ。だから僕の師匠が呼ばれたの。やらかした妖精を強制召喚して、子供を帰してもらおうってわけ。僕の師匠、そこらへん容赦ないから、がっつり捕まえてくれると思う。大丈夫、心配いらないよ?」
アルベルトは驚いた。
「エメットが帰ってくるの?」
「そう。いなくなってから四年だよね? それくらいだと生きている可能性高いから大丈夫だよ。大抵十年は生かされるもの」
どきりとした。
「生きていない場合もあるの?」
「あー、うん。やらかした妖精の種類にもよるんだ。今回のはかなり上位種みたいだから、大丈夫、生きているはず。人質みたいなものだから、普通はなるべく生かそうとするんだよ。ただ、力の弱い妖精だと生かすことができずに、死なせちゃう場合もある。わざとじゃないみたいだけど、ね」
もう一度窓を見上げるも、変化はない。白亜の城はいつもと変わらない佇まいを見せている。アルベルトは少年に向き直った。
「君の名前は?」
「僕? 僕はオスカー・フィル・オズワルト・ラ・ウィスティリア」
ウィスティリア?
「もしかして王族?」
「そう。君もそうでしょ?」
「そう、だけど……」
ウィスティリアとクリムト王国では格が違う。彼がウィスティリアの王族なら、こんな風に気軽に話しかけるのは憚られた。口調を改めた方が良い。
「失礼いたしました。オスカー殿下。僕の名はアルベルト・ラーナ・クリムトです。以後お見知りおきを」
アルベルトはそう名乗り、左胸に手を当て、貴族の礼をするも、
「やだ、やだ、やだぁ!」
そこへ響いたのは、妹のエレーヌの声だった。
まただだをこねてるのか? アルベルトは顔をしかめた。
当初は可愛い妹だったが、言葉を話し、自由に動き回るようになった頃から、あからさまにエレーヌは自分を忌避するようになった。醜いお兄様は嫌いと言って憚らず、自分を寄せ付けなくなったのだ。アルベルトはぎゅっと手を堅く握る。
「殿下、申し訳ありません。少々失礼致します」
そう断って様子を見に行けば、案の定、エレーヌが地面に寝転がって手足をばたばたさせている。淑女がするような行動ではないと、何度教えればいいというのか。父上も母上も彼女には甘く、結局自分が叱る羽目となる。いっそ見捨てたい。
「エレーヌ、どうしたんだ?」
「アルベルト殿下」
反応したのはおろおろしていた侍女だ。
「アレキサンダーに乗りたいと駄々をこねまして。危ないとお止めしたのですが、如何いたしましょう?」
アレキサンダーは僕の馬だ。気性が荒いから、乗り手を選ぶ。
「部屋に連れ戻して、おやつにでもするといい」
アルベルトがそう告げると、エレーヌが癇癪を起こした。
「嫌よ! お兄様の意地悪!」
「エレーヌ!」
「いやいやいや! 乗るの!」
「アルベルト殿下、お願いできませんか? 殿下なら乗せて差し上げられるでしょう?」
媚びるような侍女の笑みを見て、思わず舌打ちが漏れる。
甘いのは父上と母上だけじゃない。侍女も侍従も護衛騎士までもが彼女のいいなりになる。そもそも、王子である僕の命令に何故、逆らおうとするのか理解出来ない。第一王子であるこの僕が、部屋へ連れて行けと言ったのだから、そうすべきだろう。
そこへ甲高い子供の声が割って入った。
「ねえ、いいじゃない」
「そうだよ、意地悪しないで」
「アレキサンダーも君の言うことなら聞くでしょ?」
「エレーヌを優先すべきだよ」
「そうそう、乗せてあげてよ」
誰の声かを理解したアルベルトは顔をしかめた。
小妖精達もやっかいだ。こいつらがいるせいで、エレーヌの我が儘がさらに増長する。エレーヌに対して厳しい態度を取る人間に、かたっぱしからいたずらをして回るからだ。その筆頭がアルベルトである。
虚空を飛んでいる小妖精達を、アルベルトがじろりと睨み付ければ、
「不細工のくせに」
「そうだよ、不細工不細工」
「醜男のくせに」
「そう、醜い醜い」
「やーい、醜男!」
途端にエレーヌの口まねだ。びーっと舌を出したり、あかんべえをしたりする。
エレーヌは平気でこの僕を不細工と言って侮辱するから、こいつらも付け上がる。調子に乗るな、そう思ってアルベルトが捕獲用の網を取り出せば、さあっと警戒するように後ろへ下がった。いたずら好きの小妖精を捕まえるために開発されたものだ。何度も捕獲されて森へ捨てられた経験から、僕が網を取り出すと、こうして警戒するようになった。
そこへ、杖を手にしたオスカー殿下が進み出た。
彼がとんっと杖で地面を打つと、リーンという音が響く。それを何度も繰り返すと、綺麗な鈴の音の大合唱だ。そう、綺麗だと思う。なのに……。
「嫌ぁ! 止めて止めて止めて!」
エレーヌはこの綺麗な音が嫌なようで、耳を押さえて嫌がった。
「魔術師がお師匠さん? じゃあ、君も魔術師?」
魔術師の弟子になれるのは、魔術師になれる素質のある者だけだ。僕も魔力はあるけど弟子にはなれない。属性のある特化型魔力持ちだから。魔術師になれるのは、全ての力を扱える無属性の魔力持ちだけである。
少年が頷く。
「うん、そう」
「杖は?」
「持ってるよ?」
そう言われても何も持っていない。アルベルトが首を傾げると、ああというように少年が笑った。
「ほら」
いつの間に? 先程まで何も手にしていなかったはずなのに、杖が握られている。
「僕、魔術師って初めて見た。何が出来るの?」
アルベルトがそう問うと、少年が首を傾げた。
「そう言われてもね。何がして欲しいの?」
「うーん。エメットが今どうしているのか知りたい」
「ああ、君の弟がいなくなったんだよね? 君の弟は妖精の取り替え子の被害にあったんだよ。だから僕の師匠が呼ばれたの。やらかした妖精を強制召喚して、子供を帰してもらおうってわけ。僕の師匠、そこらへん容赦ないから、がっつり捕まえてくれると思う。大丈夫、心配いらないよ?」
アルベルトは驚いた。
「エメットが帰ってくるの?」
「そう。いなくなってから四年だよね? それくらいだと生きている可能性高いから大丈夫だよ。大抵十年は生かされるもの」
どきりとした。
「生きていない場合もあるの?」
「あー、うん。やらかした妖精の種類にもよるんだ。今回のはかなり上位種みたいだから、大丈夫、生きているはず。人質みたいなものだから、普通はなるべく生かそうとするんだよ。ただ、力の弱い妖精だと生かすことができずに、死なせちゃう場合もある。わざとじゃないみたいだけど、ね」
もう一度窓を見上げるも、変化はない。白亜の城はいつもと変わらない佇まいを見せている。アルベルトは少年に向き直った。
「君の名前は?」
「僕? 僕はオスカー・フィル・オズワルト・ラ・ウィスティリア」
ウィスティリア?
「もしかして王族?」
「そう。君もそうでしょ?」
「そう、だけど……」
ウィスティリアとクリムト王国では格が違う。彼がウィスティリアの王族なら、こんな風に気軽に話しかけるのは憚られた。口調を改めた方が良い。
「失礼いたしました。オスカー殿下。僕の名はアルベルト・ラーナ・クリムトです。以後お見知りおきを」
アルベルトはそう名乗り、左胸に手を当て、貴族の礼をするも、
「やだ、やだ、やだぁ!」
そこへ響いたのは、妹のエレーヌの声だった。
まただだをこねてるのか? アルベルトは顔をしかめた。
当初は可愛い妹だったが、言葉を話し、自由に動き回るようになった頃から、あからさまにエレーヌは自分を忌避するようになった。醜いお兄様は嫌いと言って憚らず、自分を寄せ付けなくなったのだ。アルベルトはぎゅっと手を堅く握る。
「殿下、申し訳ありません。少々失礼致します」
そう断って様子を見に行けば、案の定、エレーヌが地面に寝転がって手足をばたばたさせている。淑女がするような行動ではないと、何度教えればいいというのか。父上も母上も彼女には甘く、結局自分が叱る羽目となる。いっそ見捨てたい。
「エレーヌ、どうしたんだ?」
「アルベルト殿下」
反応したのはおろおろしていた侍女だ。
「アレキサンダーに乗りたいと駄々をこねまして。危ないとお止めしたのですが、如何いたしましょう?」
アレキサンダーは僕の馬だ。気性が荒いから、乗り手を選ぶ。
「部屋に連れ戻して、おやつにでもするといい」
アルベルトがそう告げると、エレーヌが癇癪を起こした。
「嫌よ! お兄様の意地悪!」
「エレーヌ!」
「いやいやいや! 乗るの!」
「アルベルト殿下、お願いできませんか? 殿下なら乗せて差し上げられるでしょう?」
媚びるような侍女の笑みを見て、思わず舌打ちが漏れる。
甘いのは父上と母上だけじゃない。侍女も侍従も護衛騎士までもが彼女のいいなりになる。そもそも、王子である僕の命令に何故、逆らおうとするのか理解出来ない。第一王子であるこの僕が、部屋へ連れて行けと言ったのだから、そうすべきだろう。
そこへ甲高い子供の声が割って入った。
「ねえ、いいじゃない」
「そうだよ、意地悪しないで」
「アレキサンダーも君の言うことなら聞くでしょ?」
「エレーヌを優先すべきだよ」
「そうそう、乗せてあげてよ」
誰の声かを理解したアルベルトは顔をしかめた。
小妖精達もやっかいだ。こいつらがいるせいで、エレーヌの我が儘がさらに増長する。エレーヌに対して厳しい態度を取る人間に、かたっぱしからいたずらをして回るからだ。その筆頭がアルベルトである。
虚空を飛んでいる小妖精達を、アルベルトがじろりと睨み付ければ、
「不細工のくせに」
「そうだよ、不細工不細工」
「醜男のくせに」
「そう、醜い醜い」
「やーい、醜男!」
途端にエレーヌの口まねだ。びーっと舌を出したり、あかんべえをしたりする。
エレーヌは平気でこの僕を不細工と言って侮辱するから、こいつらも付け上がる。調子に乗るな、そう思ってアルベルトが捕獲用の網を取り出せば、さあっと警戒するように後ろへ下がった。いたずら好きの小妖精を捕まえるために開発されたものだ。何度も捕獲されて森へ捨てられた経験から、僕が網を取り出すと、こうして警戒するようになった。
そこへ、杖を手にしたオスカー殿下が進み出た。
彼がとんっと杖で地面を打つと、リーンという音が響く。それを何度も繰り返すと、綺麗な鈴の音の大合唱だ。そう、綺麗だと思う。なのに……。
「嫌ぁ! 止めて止めて止めて!」
エレーヌはこの綺麗な音が嫌なようで、耳を押さえて嫌がった。
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