骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく

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第三章 御伽の国のお姫様

第五十二話

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「わたくし、が?」
「左様。おぬしにかけられた呪いは、おぬしに恨みを抱いている者の念が利用されている。じゃから、それを解消してやればよい」
「どうやって?」
「もちろん謝罪するんじゃ。誠心誠意。恨みを抱いた者達が許してくれるまで」
「許してくれるまでって……」
「これから毎晩、おぬしの所に恨みの念をかたどった……左様、幽霊のようなものがやってくる」
「幽霊?」
「幽霊のようなものじゃ。生き霊のようなものとでも言えばいいか? わしが魔術で形にし、おぬしのところへ送り込む。生き霊の念、恨みの念が解消されるまで、そやつらに対し、誠心誠意謝ることじゃ。何度でも、繰り返し、繰り返しな」
「ま、待って。それっていつまで?」
 身を翻したクレバーを呼び止めるも、
「彼らが許してくれるまでじゃ」
 そう言い切って彼は立ち去った。
 エレーヌはその後、肝を冷やされ続ける事となる。エレーヌの身にふりかかった災難は尋常ではなかった。とてつもなく恐ろしい。
 何せやってくるのは恨みの念の塊だ。それを形にすればどうなるか、この世の者とは思えない形相となる。それらが毎晩やってきてエレーヌを取り囲み、口汚く罵るのだが、その迫力たるやいかほどのものか、想像できる者はこの世にはいないかもしれない。
 そも、エレーヌは魅了の異能ギフト持ちだ。
 こんな悪意を向けられた覚えはただの一度も無い。
 いや、悪意どころか、彼女に向けられる敵意は、全て好意にすり替わる。彼女の異能ギフトがそうさせてしまう。恨みがあっても、不満があっても、彼女に近づけば、けろりとそれを忘れ、笑顔で対応してしまうのだ。
 だから彼女は知らなかった。自分に恨みを持った人間がいるということを。自分の我が儘で傷つく人間がいるということを。
 愛されて育った彼女は、愛されて当然という理念を持ち、その上魅了の異能ギフトが彼女に向けられる悪意を消してしまう。そう、彼女が生きている世界には、悪意を持った人間、恨みを持った人間が存在しない世界だった。自分の思うがままにふるまっても、それが許される世界だった。それが彼女の生きる当然の世界だった。
 それが一瞬にして瓦解し、世界が牙を剥いたのだ。
 恐ろしくないはずがない。
 エレーヌが髪を振り乱し、金切り声を上げ、逃げ回っても彼らは諦めない。集団でエレーヌを取り囲み、繰り返し繰り返し、己の恨み辛みをぶつけてくる。「よくも」「よくも」「よくも!」と。恨みの念、憎悪の念はそれ自体に力がある。自分は悪くない、そんな思いすら吹っ飛ぶほどの威力があった。
 エレーヌは涙ながらに謝った。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……何百回となく呪文のように繰り返し、そして三日で根を上げることとなる。この三日間まったく眠れていない。昼日中でさえ彼らの幻影に悩まされる。目の下にクマができ、もう限界だった。お願いします、何でもします、助けて下さい、看守に泣いて縋り、クレバーが姿を現したのはその翌日のこと。
「解呪出来なくてもいいのかな?」
 そんな揶揄に反論する気力も無い。
「……助けて下さい」
 エレーヌが弱々しくそう言った。もうズタボロだった。
「あやつらに何故恨まれたのか、おわかりか?」
 エレーヌは首を横に振った。恐ろしすぎて、相手の顔すらまともに見れていない。
「なら、手助けをしてやろう。どういう理由でおぬしを恨んでいるのか、語らせてやるでな、ようく聞くといい」
 昼日中だというのにすうっと気温が下がり、目の前に青白い人影が現れる。エレーヌは悲鳴を上げて逃げようとするが逃げられない。それがクレバーの魔術だと彼女が気が付いたかどうかは分からない。椅子に縛り付けられたまま、顔白い人影が入れ替わり立ち替わりやってきて、延々恨み言を語っていく。
 最初の幽霊はまだ幼い女の子だった。多分、今では大人になってるだろうけれど、当時はエレーヌと並び称される程の美貌の持ち主だった。どちらも美しい。その周囲の賞賛が気に食わなくて、エレーヌは陰湿ないじめを繰り返した。結果、彼女は人前に姿を見せないようになった。いい気味だとあの時はそう思った。
 二番目の幽霊は、最愛の恋人を奪われた女の嘆きだった。自分に夢中にさせ、恋人だったという女を捨てさせた。けれどそれのどこが悪いというのだろう? 捨てられたのはあの女に魅力が無かったからだ。そう思っても口には出せない。
 三番目の幽霊は、乳母として雇われていた老婆だった。醜い者は生きる価値がないと罵倒し、城から追い出したあの老婆だ。城から立ち去って行く彼女の背に向かって自分は石を投げつけ、清々したとあの時はそう思った。
 延々そんな事が続く。どれもこれも身に覚えのあることばかりだが、エレーヌに恨まれていたという自覚は欠片もない。欠片もなかっただけに、その衝撃はいかほどか。
「おぬしは運が良い」
 クレバーの言葉の意味が分からず、エレーヌはのろのろと顔を上げる。
「もしこのままだったら、もっと恨みを買っていただろうな。結果呪力が暴走し、三十になる前に老婆になっていたやもしれん」
 エレーヌの顔から血の気が引く。顔面蒼白だ。
 クレバーが言った。
「呪いの封じ込めをしてやろう。手はそれで元に戻る。じゃが、わしが言った事をゆめゆめ忘れるでないぞ? もしもこの先、まだ同じ事を繰り返すようなら、このまま恨みを買い続けるような事があれば、呪力が暴走し、老婆になる。そうなりたくなければ、左様、今後の身の振り方をもう少し考える事じゃな。特に己の美貌を振りかざし、夫婦、恋人の仲を裂くなど、もってのほかぞ?」
 クレバーが差し出した手に、エレーヌは顔面蒼白のまま頷き、今度こそ老婆の手となった自分の手をのせた。

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