骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく

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第三章 御伽の国のお姫様

第四十八話

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 奇声を上げて暴れるエレーヌを、エメットがなだめすかす。
「エレーヌ、落ち着いて! 虫なんてどこにもいないよ!」
 はっと我に返ったようにエレーヌは、エメットの顔を見、自分の腕や体を見下ろした。
「……何とも、ない? もしかして、幻?」
「うん、そう、幻。でも現実と変わらなかったでしょ?」
 エレーヌはにっこりと笑うオスカーの顔を見上げ、
「あなた、が?」
 あなたがやったの? エレーヌが怖々そう言った。彼女の体が震えて見えるのは気のせいではあるまい。
「そう、僕がやったの。虫に食われる感触どうだった? リアルでしょ?」
 くすくすと楽しそうに笑うも、オスカーのそれは底冷えのするような表情だ。
 エレーヌと顔を合わせるように膝をつく。
「ああ、そんなに怯えないでよ。統治者が単なるお人好しですまないことくらい君も分かってるでしょ? 非情な決断を迫られることもあるんだから。いや、君には分からないか。ふわふわとした非現実に生きているんだものね? 綺麗なお姫様? だから、たいした考えもなくこんな大それた事を仕出かした」
 エレーヌはオスカーの顔から視線をそらした。
 今のオスカーからは、先程のような殺気は消え失せている。目の前にいるのは、間違いなくエレーヌが恋い焦がれた麗人その人だ。憧れて止まなかった人である。
 けれども、エレーヌは視線を合わせることが出来なかった。
 見れば思い出すからだ。あの時の恐怖と痛みを……。恋い焦がれて、恋い焦がれて、どうしようもないのに、恐ろしさに身をすくませる。
 幻覚? 本当に? 違う、あれは現実だった……。エレーヌにはどうしてもそう思えてならない。その思いは微かな震えとなって現れる。手をさすっても、中々震えはとまりそうにない。
「それで? 君に魔法薬を都合したのは誰?」
 オスカーの追求に、エレーヌはびくりと体をすくめた。
「……言えないの」
 ようようそんな事を口にする。
「言えない?」
「そう、言えないのよ。だ、だって、だって、あの魔術師の事を口にすれば……ああ、駄目! お願い、許して!」
 エレーヌの顔が恐怖に引きつった。その手がみるみるうちに萎びていく。そう、まるで老婆のように……。
 オスカーの杖が輝き、エレーヌを中心に魔法陣が展開される。その輝きで老化現象が止まったものの、老婆のようになってしまった手は元に戻らない。
 それを目にしたエレーヌは泣き崩れた。わたくしの美しい手が……何度もそう繰り返す。
「……呪いだね」
 そう呟いたのは夕闇の魔女だ。いつの間にかオスカーの傍らに立っている。
「解呪出来る?」
 オスカーがそう問えば、
「出来るよ。でもやりたかない」
「報酬次第?」
「違う。自業自得なんだよ、その姫さんは」
 スカーレットが吐き捨てるように言う。
「たくさんの人間に恨まれてるよ。多くの人を傷つけて、やりたい放題やってきたんじゃないのか? その怨念を使った呪いだ。へたに解呪すると、そいつらに呪いが返っちまう。あたしはやりたかない」
「殿下、ここはこのわしに任せて下され」
 宮廷魔術師長であるクレバー・ライオネットが進み出た。年老いたヒキガエルのような相貌に宿る瞳は、一見淀んでいるようにも見えるが、知性を含んで鋭く、相変わらず不気味なほどの存在感がある。傍に立つだけで他を圧倒して止まない。
「エレーヌ王女殿下の記憶を探って、どういうやりとりがあったのか、つまびらかにしてみせましょう」
「それ、証拠としては使えませんよ、師匠。本人の証言がないと」
 オスカーが難色を示すと、
「今回は誰が関与したのか分かればいいのでは?」
 クレバーがそう進言した。
「ルドラスの関与がはっきりすれば、今後の対策も立てやすくなります。どうせ、証拠らしい証拠など残しておりますまい。ああいった手合いは抜け目がありませんからな。たとえ彼女が正直に話したとしても、言葉巧みに自分の関与を否定するでしょう。いや、出来るようにしてあるはずです」
 そうかもしれない。オスカーはそう考える。
 たとえば、薬を使う相手をウィスティリアの王太子妃だとは思わなかった、こう言い逃れをする可能性もある。そのために市井で接触したのかもしれない。薬を渡した相手がエレーヌ王女だとは思わなかった……こうも言いそうだな。白々しいにも程があるが。
 会話の内容を師匠に拾ってもらい、そこから判断しても遅くはないか。
 オスカーは立ち上がり、エレーヌを見下ろした。
「ね、君は王太子妃に薬を盛った結果、彼女がどうなるか少しは考えた?」
 エレーヌはびくりと体を震わせ、首を横に振った。
「そう。本当に君は考えなしなんだね。十九才の女性が九才の子供になっても、君は何の問題も無いって、そう思うの? 辛い思いをするだろうって事は想像も出来なかった?」
「それは……」
「善悪感が希薄なのは妖精の血のせい? それとも育ちのせいかな? とにかく、今回の件はちゃんと反省するんだね。ここはクリムト王国じゃない。ウィスティリアだよ。君のやったことは我が国に対する侮辱以外の何物でもないの。自分の仕出かしたことをきちんと自覚するように。でないと、今度こそ本当に首と胴体が離れるからね?」
 エメットの断頭台という言葉が蘇り、エレーヌの顔がさあっと青ざめる。
 彼女は頷いた。死にたくない一心で、申し訳ありませんでしたと、床に頭をこすりつけんばかりにして許しを請う。
 自分がこの国を訪れることはこの先二度と無いだろう。エレーヌはそう考える。でないと、オスカーは迷わず自分を断頭台に送る。自分が恋い焦がれたあの美しい顔に冷酷な笑みを浮かべて。きっと、今度こそ……。
 父王が最終的な沙汰を言い渡すのを見届けた後、オスカーは謁見の間を退出した。幻術を使って、誰にも悟られずにひっそりと。

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