骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく

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第二章 麗し殿下のお妃様

第二十七話

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「あんたが刺されたりするから……」
 オスカーにそう文句を言ったのは、スカーレットさん。
「それ、僕のせい?」
「油断したのはあんただ」
「妖精姫と鏡勝負なんてするからだよ。普通に倒せばよかったじゃない」
「余計な労力は使わない主義なんでね」
 スカーレットさんがふんっと鼻を鳴らす。
 城仕えの治癒術士さんが、オスカーの治療をしてくれている。
「痛くない?」
「大丈夫だよ、ビー……」
 オスカーが微笑んでくれた。
 治癒術士さんに命に別状はないと言われたけれど、傷はかなり深かったらしくて、立ち上がるのはまだ無理そう。オスカーの手をぎゅっと握れば、オスカーに「ごめんね」と言われてしまう。どうして謝るのか分からなくて、そう聞くと、「君を泣かせたから」とオスカーが口にする。
 そこにあったのはいつもの優しい眼差し。包み込むような藍色の瞳。握っていた手を引き寄せられて、そこに落とされる口づけがくすぐったくて嬉しくて……じわりと涙が浮かびそうになったけれど、慌ててそれを拭う。
 ふと、誰かに呼ばれたような気がして、私は顔を上げた。
 すると、長々と寝そべっていた天竜と目が合った。
 天竜の蛇のように長い巨体は白い体毛に覆われていて、こちらを見つめる青い瞳は優しそう。自国の兵士達は遠巻きにしていて誰も近寄らない。怖いのかな? でも、何だろう、私は傍においでって言われたような気がして、オスカーから離れ、近づいてみた。
 手を伸ばして、そうっと鼻先に触れれば、天竜が気持ちよさそうに目を細める。白い体毛が柔らかく、ふわふわして暖かい。撫でると尻尾らしき部分がぱたぱた揺れ、喜んでいるように見えた。何だか可愛い。
「やれやれ、天竜もあんたにかかっちゃ形無しだね」
「スカー……夕闇の魔女さん」
 慌てて言い直す。これだけたくさんの人がいるのだから、名前を口にするのは厳禁だ。
「これ、私が呼んだの?」
「そうだね、強制召喚されたよ。んでもって暴れ回って屋敷全壊」
 え? 屋敷が壊れたの私のせい?
 唖然として周囲を見渡す。瓦礫の山と青空……。きっと、多分、森の木々もなぎ倒したんじゃないかな、これ……。じゃなければ、こんなに視界がいいわけがない。
 スカーレットさんが豪快に笑う。
「見事なあばれっぷりだったね。あんたを怒らせるからだよ。まったく……」
 自国の兵士達に罪人のように引っ立てられていく人達を眺め、
「あの人達は?」
「あんたの天眼に目を付けて、あんたをさらおうとした連中さ。オスカー殿下はあんたの防壁だったからね。邪魔だったんだろ? 彼を排除しようとして、あんたを怒らせた。間抜けもいいとこさ。天眼の持ち主を怒らせちゃいけないって、誰もが口をそろえてそう言うっていうのに……」
 え? じゃあ……。
「オスカーは私のとばっちりでああなったの?」
「ああ、そういう顔をするんじゃないよ」
 スカーレットさんが宥めるように言う。
「天眼の持ち主を伴侶にするってのは、こういうことなんだから。誰もがあんたを手に入れようとするから、ごたごたはつきものなのさ。でも、一つだけやっちゃいけないことがある。あんたを怒らせたら駄目なんだ。あんたの意志を無視すると、身の破滅を招く」
 そのルールを破るから、こうなるんだよ、とスカーレットさんが言う。
「もしかして今回の件、計画的?」
 だって、タイミングが良すぎる。たくさんの人達に取り囲まれたと思ったら、自国の兵士達が飛び出してきた。これって……。
「そうさ。悪いね、嬢ちゃん。犯人を突き止める為に、あんたを囮として使ったんだ」
「オスカーも知ってた?」
「というか、気付いて止めたね。あんたが囮になるのが最善だって頭で分かってても、あいつはそれに逆らっちまう。計算高い筈なのに、ことあんたのことになると、真逆の行動をする。あんたはオスカー殿下の唯一の弱点なんだね」
 そこへ、誰かの悲鳴が耳に届き、目にした光景に驚いた。
 マリエッタお姉様がお父様に殴られたらしく、お姉様が倒れていた。
 お父様? どうしてここに?
「この恥さらしめ!」
 聞き慣れた父親の言葉と怒声に身をすくませる。
 何年経っても、これには慣れそうにない。
「ごめ、ごめんなさい……」
 涙ながらにマリエッタお姉様が謝った。お父様は鬼のような形相だ。
「何て真似をしてくれた! 殿下を刺しただと? 王族に刃向かうということがどういうことか、分からないとでも言う気か!?」
「お、覚えていないの、お父様。私、利用されたのよ! 鏡よ、鏡、鏡さんの呪法を唱えれば自由にしてやるって、そう言われたから、そうしただけで……知らなかったの! 王家に牙をむく連中だったなんて! 本当よ、信じて!」
「黙れ! このたわけ! いいように操られたなどと口にするな! リンデル家の面汚しめ! この恥さらしの無能者めが! 反逆罪で一族を破滅させる気か! 断頭台に送られる前に、この私が始末してやる!」
 お父様が剣を鞘から引き抜いて……。
「やめて!」
 思わず飛び出していた。人が殺されるところなんて見たくない。マリエッタお姉様をかばうように身を寄せれば、お父様が気を落ち着けるように息を吐き出し、
「王太子妃殿下、申し訳ありません」
 姿勢を正し、そう言った。思わずぽかんとなってしまう。お父様が謝罪したことが意外すぎて、目を見開いた。てっきり一緒になって怒鳴られると、そう思っていたのに……。殴られる覚悟さえしていた。なのに……。
 お父様の言葉が続く。
「私の娘がとんでもないことを仕出かしました。どうか、今この場で処刑する権限をお与え下さい。速やかに憂いを取り除いてご覧に入れますゆえ」
 これは臣下の態度だった。
 ああ、そうか……。何かがすとんと胸に落ちた。これが、外での父親の姿だったのだと、ようやく気が付く。自分の目で見た父親は、常に家の中だったから、娘を疎ましく思う彼の姿しか知らなかった。一族をまとめ上げてきた父親の姿がこれだったのだろう。
 でも……。
「お、お父様はマリエッタお姉様を愛しているでしょう? 助命を嘆願すれば、きっと温情が与えられるはずです。早まった真似は……」
「もはや娘とは思っておりません」
 きっぱりとした物言いに唖然となる。
 え? でも……。愛するマリエッタ……お父様は確かにそう言っていた。自慢の娘だと……一族の誇りだと……。容姿にも才能にも恵まれて、マリエッタお姉様は誰からも愛されていた、そう思っていたのに……どうして?
「やめてよね、あんたにかばわれるなんて、うんざりよ!」
 マリエッタお姉様が私を突き飛ばし、お姉様はお父様に再度殴られる。
 どうして? どうして? だって、愛してるって……あんなに可愛がっていたのに……父親の激変が信じられない。うらやましいと何度思っただろう。可愛がられて、愛されて、私もああなりたいと何度思ったかしれやしない。
 それが、どうしてこんな風になったのか信じられなかった。愛してやまなかった娘を、どうしてこんなに簡単に切り捨てられるのか分からない。オスカーなら……メリルお母様なら……こんな風に愛するものを切り捨てたりしない。何とか助け出そうとしてくれるだろう。お父様の愛と、オスカーがくれた愛が、どうしてこんなにも違うのか……。
 愛していなかった?
 天啓のようにそんな思いがわき上がる。
 愛されていなかった?
 誰からも愛されていたと思っていたマリエッタお姉様。
 でも、それが、うわべだけのものだったとしたら? 美しく才能にあふれていれば愛されて、それを失えば愛を失う……オスカーが自分にくれた愛と、あまりにも違いすぎて、涙があふれて止まらない。
「やめて!」
 振り上げた父親の剣に必死ですがりつく。悲しくて苦しくて……。
 冷酷な父親の眼差し。これの意味がようやく分かったような気がして……。お父様も愛されていなかった? だから誰も愛さない。
 愛のない家だったんだ。自分がうらやましいと感じていたあの光景は幻想で、あそこに愛は存在しなかった。あくまで条件付きの……これがあれば愛してやると、そう言われて育った子供は、どうしてもそれを求める。美しい容姿を才能を……愛されるためにはそれが必要だと頑なに思い込むから。
 オスカーにそれは必要ない。彼のそれは無償の愛だ。彼の手はいつだって温かい。貧しい人、虐げられている人達に向かって、見返りを求めず、それを与える。愛のない家で育った自分だからこそ、それがよく分かる。そして愛されないことがどれほど苦しいものかということも。
「お父様、お願いします。許してあげてください。私に免じて……」
 その言葉でようやく怒りをおさめてくれた。
「礼なんか言わないから」
 マリエッタお姉様がそっぽを向く。
「生意気なのよ、あんた。不細工のくせに。才能のかけらもないくせに。見下さないでちょうだい。うんざりよ」
「ええ、そうね」
 私がそう言うと、びっくりしたような目を向けた。
「あんたなんか嫌いよ」
「知ってる」
 そう言って抱きしめれば、
「ちょっと! 嫌いだって言ってるでしょ! 触らないで!」
「分かってる、でも……」
 私は愛してる、そう言うと、お姉様は驚いたようで、言葉を詰まらせた。
「……気持ち悪い」
「そうね」
「あんた、みっともないわ」
「そうね」
 そんなやりとりをどれだけ繰り返しただろう、あんたなんか大っ嫌いと言いながら、マリエッタお姉様は私の体を叩いていたけれど、ついには泣き出して、最後はすがりつくようにして大泣きした。
「あんた、どんな魔法を使ったんだ?」
 後日、スカーレットさんがそんな事を言い出した。

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