骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく

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第二章 麗し殿下のお妃様

第二十三話

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 ノックの音で、私がドアを開けたら王妃様がいた。
 どうしよう……。どう反応していいか分からず私が突っ立っていると、
「少し、お話……よろしい……かしら?」
 王妃様からそんな風に声がかけられた。もの凄く憔悴しきっているようにみえる。これは、やっぱりまだオスカーと喧嘩中、なのかな? あの笑顔でスルーされ続けた?
 とりあえず部屋の中へと招き入れれば、
「ありがとう……」
 これまた弱々しく王妃様が礼を言う。歩く姿がまるで幽霊のよう……大丈夫かな?
「オスカーが許してくれないの……」
 何度も何度も謝ったそう。
 それでも「反省してませんよね? 母上?」で切って捨てられるとか。もうどうすればいいのか分からず、ほとほと困り果ててここへやってきたらしい。
「直ぐに戻らないと駄目なのだけれど……」
「どうしてです?」
「あなたに会ったことがばれたら、姿を隠して二度と会ってくれない……」
 途切れ途切れ口にされる言葉を要約すると、私に会うことは堅く禁じられていて、もし禁を破った場合、術で姿を隠して、二度と姿を見せないと言われているらしい……。
「息子が本気で隠れたら、探し出せません……」
 オスカーは幻術が得意中の得意で、自分の師匠である宮廷魔術師長の目さえ欺いちゃうほどの腕前。そうだ、ね……確かに本気で隠れられたら、同じ城の中で暮らしていても、二度と見つけられないかも。同じ城にいても、王妃様だけ、延々オスカーに会えないという事態になる。
「もう、どうしてよいか……」
 オスカーの返答はいつも一緒で、「反省してませんよね? 母上?」で、終わるらしい。オスカーは優しいから、誠意さえ見せれば、きっと応えてくれるとは思うけど……。
 王妃様の人柄がちょっと分からない。
 恐ろしいことを平気でやってしまうのは何故なのか……。人買いに売られれば、どうなるか想像出来ないわけでもないと思うけど……。もしあのまま私が人買いに売られて、オスカーが王妃様の望んだような人と結婚していたら、幸せだったのだろうか? そのまま何事もなかったかのように暮らしていた? だとしたらやっぱり怖い。
 王妃様の憔悴しきった顔をちらりと見やる。
 反省、しているように見えるけど……。
 オスカーはどの辺で判断しているんだろう?
「王妃様が世界で一番好きな人は誰ですか?」
「陛下……」
 弱々しくそんな返答があった。
「もし陛下が人買いに売られて、王妃様が別の人と結婚させられたら、どうでしょう?」
 どんな風に感じるんだろう? 王妃様の人となりが分からなくて、聞いてみただけだったのに、予想外の反応にびっくりした。王妃様の顔がざあっと青ざめて、唇なんて真っ青。がたがた震えだして、
「あ、あの、王妃様?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさあい!」
 火が付いたように泣き出したとでもいうのだろうか? あっけにとられる私の前で、王妃様はぼろぼろ泣き出した。まるで子供のように鼻水だらだらだ。綺麗な顔が台無しである。
「陛下をわたくしから取り上げないでぇええええ! お願い、お願い、お願い!」
 わんわん泣きじゃくった。えぇ? そ、そんなことするわけがないのに、もしかして、王妃様は私が陛下と王妃様を引き離すと思ってる?
「お、王妃様、落ち着いてください。今のは単なるたとえ話ですよ」
「ぼ、ぼんどう?」
 ハンカチを差し出して鼻をかんでもらう。
「王妃様も、泣くんですね……」
 意外すぎてそんな言葉が漏れた。
「あたりまえじゃないですか……人ですもの。悲しければ泣きます」
 お父様より冷たい人かと思っていたから、これも意外で……。
「王妃様」
「何でしょう?」
「明日、お茶をご一緒しませんか?」
 ぽかんと王妃様が口を開けた。
「お茶会に行けないと嘆いていらっしゃったでしょう? 私でよければどうですか?」
「でも、オスカーが駄目って……あなたと会うのは禁止って……」
「説得しますから」
 これぐらい許してもらおう。そう思ってその夜、オスカーに相談すると、
「ん? いいよ?」
 あっさり許されて拍子抜け。いいの? と再度聞くと、
「本当に反省したみたいだからね」
 そんな答えが返ってくる。そうなの、かな? そこらへんはよく分からない。
「それに、母上が君に危害を加えることは二度とないだろうし、この先、母上の援助はあった方がいいからさ。そろそろ和解しとこうか?」
 何か、計算ずくっぽい気が……。
「統治者なんてそんなもんだよ」
 私の言葉にオスカーが笑う。
 引き寄せられて、抱きしめられればやっぱり暖かい。安心する。
「オスカー……」
「ん?」
「愛してる」
「僕も愛してるよ、ビー……」
 世界で一番好きな人の声が、世界で一番嬉しい言葉を紡いで、耳をくすぐる。くすぐったくて嬉しくてたまらない。こうした言葉の一つ一つを、宝石箱に入れて、ずっとずっと大切にしておきたいとさえ思っていたのに、これが聞けなくなる日が来るなんて、この時は思いもしなかった。

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