骸骨殿下の婚約者

白乃いちじく

文字の大きさ
上 下
10 / 121
第一章 骸骨殿下の婚約者

第十話

しおりを挟む
 オスカーは辟易していた。
 自分に熱い視線を送る女性達もそうだが、説明を求める自分の声をひたすら無視し、集まった者達に対して、呪いが解けて嬉しいと、息子自慢を始める母親の姿がうっとうしいことこの上ない。怒鳴りたいところをぐっとこらえる。
 まぁ、広い心で受け止めれば、自分の息子を自慢してのろける母親の姿は、微笑ましい光景なのだろうが、内心穏やかではいられなかった。ビーの求婚を断ってしまったばかりなのだから……。彼女は今一体どんな気持ちでいるのか、気が気ではない。彼女の求婚をはねつけた時の、悲しみに揺れるあの顔を思い出すたびに胸が痛む。
 そう、断りたくなどなかったんだ、本当は……。彼女の幸せを願って断腸の思いで口にした。妹のようだったと……。
 まぁ、実際、最初は妹のように感じていたから、まったくの嘘ではないけれど。いじらしい、可愛らしい、そんな感情だったように思う。とにかく放っておけなくて、気が付けば彼女と一緒にいる。
 ――忙しい、忙しいと言いながら、兄上はよく彼女のところへ行きますよね?
 仲が良くていいですねと揶揄されても、だって可愛いでしょ? と返せば、今からのろけですか? と揶揄われる。何て事のない日常のやりとりだ。だって実際、可愛くてしかたがなかった。一生懸命な姿がいじらしくて、まっすぐに僕を見つめる瞳が可愛らしくて、絶対に幸せになってもらうんだと決めていた。
 ――ビーは誰が好き?
 ――オスカー。
 これもお決まりの台詞で、何ともこそばゆい。嬉しい反面、このままだとビーの為にならないんじゃないかと危惧するぐらい、彼女の目はいつもまっすぐに僕を見つめてくる。骸骨なんだけどなぁ……。これのどこがいいんだろう?
 ――オスカーは中身美人だからそのままでいいの。
 言い切られてしまう。中身美人……性格がいいって言ってくれているんだよね? そうかなぁ? 褒めてくれるのは嬉しいんだけど、ビー、贔屓目で見てない? 僕って好き勝手やる方だから、結構小言くらうんだよね。
 鏡の向こうから見つめ返しているのは、どこからどうみても立派な髑髏だ。
 骨格美人……。これもまた眉をひそめてしまう。ビーのセンスってちょっと分からない。逆に、もしビーの顔が骸骨になったら、僕は悲しいぞ。まぁ、嫌いになるってことはないだろうけど。いや、その前に、そんな呪いをかけた魔術師を殺しに行ってるか。僕の考えってちょっと物騒だな。
 ――オスカーはどんな女性がお好きですか?
 ある時、大人びた口調でビーがそう言った。十五才の春だったな。綺麗におめかしして、淑女らしく優雅な仕草で紅茶を口にしている。背をピンと伸ばし、微笑む姿はもう立派なレディだよね。社交デビューももうすぐか……。
 ――優しい女性がいいね。
 君みたいな。最後に思ったことは口にしなかったけれど。
 だってどう考えても結婚は無理だもの。絶対君が不幸になる。幸せにすると誓ったんだから、手放す覚悟はしておいたほうがいい。彼女の笑顔が僕の胸に浸透し、居座ってしまっていても、それから無理矢理目を背けた。いじらしい、可愛らしいが、愛おしいに変わってしまわないように……。
 ――結婚してください。
 社交デビューしたまさに当日、恥ずかしそうに俯いて、綺麗に着飾ったビーがそう口にした。歓喜と落胆を同時に味わうって、こういうことを言うんだろうな。先程のビーの告白を思い返せばそんな感じだった。
 結婚したいけど、結婚しちゃいけない……この時ばかりは夕闇の魔女に悪態をたくさんついた。心の中で。何て真似してくれるんだよ、と。
 もしかしてこれもあんたの呪いか? とも思ったけど、そうでないことは見れば分かる。ビーは真剣にこの僕を愛してくれている。普通の男だったら喜んでこの手を取っただろうに……泣く泣く手放した。こんちくしょう。魔術の腕があの狸を超えたら倍返しだ。流石に夕闇の魔女に殺意を覚えた瞬間だ。
 それが奇跡の逆転劇に動転し、ビーに愛の告白をする前に、呪いが解けた理由を追及してしまった。それがそもそもの間違いだったのだろうか? 目の前のうんざりする光景を目にするたびにそう思う。この浮かれた母親を追求する前に、宮廷魔術師長のあの狸を締め上げた方がよかったか? そんな物騒な思いがわき上がる。
「母上、いい加減にしてください!」
 息子の怒声に王妃はようよう反応し、きびすを返したオスカーに追いすがる。
「オスカー、これから直ぐにでもあなたの婚約者を選定するパーティーを開催しましょう! 選りすぐりの美女を集めて差し上げます!」
 そんな事を言い出して、
「はあ? 僕の婚約者は既にいるではありませんか。ベアトリス・リンデルですよ」
「あの子は駄目です! 魔力を持っていないではありませんか!」
 今のあなたには相応しくありません! と王妃が言えば、オスカーが怒鳴り返す。
「今更何ですか! とっくのとうに承知していたでしょうに! 第一、ビーは天眼の持ち主ですよ! どんな国でも先を争って欲しがる奇跡の力を持っています! これでも不服ですか? 母上!」
「天眼?」
 王妃のぎょっとしたような声を最後に、控えの間の扉を勢いよく開けるも、そこには誰もいない。オスカーと言って微笑むビーの姿がどこにもなく、視線があちらこちらをさまよった。
「ビー?」
 先に帰った? 筈はない。広間にはいなかったのだから、こちらで待っているはず、そう思ったのに、彼女の姿はどこにもなくて……。オスカーは手近な兵士を捕まえた。
「ベアトリス・リンデルを見なかったか?」
「え? さあ?」
 困惑されてしまう。まさか、どこかで泣いているのでは? そう思うといても立ってもいられず、あちらこちらを探し回った。
「ビー? お願いだから、出てきて?」
 おろおろと探し回るオスカーの腕を取ったのは王妃で、
「オスカー……あの子が天眼の持ち主だというのは本当ですか?」
 顔が蒼白だった。
「そうです。それが何か?」
「何か、ではありません。いつから、いつから知っていたのですか?」
「出会って直ぐ、ですね」
「どうして黙っていたのですか!?」
 悲鳴とも怒声ともつかない王妃の声に、オスカーは顔をしかめた。
「彼女を利用されたくなかったからですよ。あの子に自分の人生を自分で選択させてあげたかった。もし天眼の持ち主だと告げれば、ビンセントの婚約者以外の選択はなかったでしょう?」
 王妃がその場にへなへなと崩れ落ちる。
 そこへ国王が宮廷魔術師長を連れてやってきて、
「息子よ、喜べ! 呪いが解けた理由が分かったぞ!」
 そう告げ、
「お前、誰かにキスされたか?」
 国王のいきなりな質問に、やはり、はあ? っとなってしまう。
「それとこれとどういう関係が!?」
「あるんだな?」
 真剣な顔で詰め寄られ、不承不承頷いた。ベアトリス・リンデルが相手です、と。
「その子のおかげだ」
「というと?」
「お前を真実愛した者が、お前にキスをすると呪いが解けるそうだ」
 固まった。え? 何それ? 感じた思いはそれで……。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

3×歳(アラフォー)、奔放。

まる
ファンタジー
これは職業・主婦(3×歳)の物語。 結婚妊娠後、家事育児パートにと奔走し、気が付いたらアラフォー真っ只中。 夫は遊び歩き午前様、子供たちも自由気まま。何の為に生きているのか苦悩する日々。 パート帰りの川縁でひとり月を見上げた主婦は、疲れた顔で願った。 —このままくたばりたくない。 と。 月明かりなのか何なのか、眩しさに目を閉じると主婦の意識はそこで途絶えた。 眼前に広がる大草原。小鳥の囀り。 拾われ連れられた先、鏡に映る若い娘の姿に、触れた頬の肌のハリに、果たしてアラフォーの主婦は— 開放感と若さを手にし、小躍りしながら第二の人生を闊歩しようと異界の地で奮闘するお話です。 狙うは玉の輿、出来れば若いイケメンが良い。 空回りしながらも青春を謳歌し、泣き笑い苦悶しアラフォーも改めて成長を遂げる…といいな。 *この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket
ファンタジー
小国メンデエル王国の第2王女リンスターは、病弱な第1王女の代わりに大国ルーマデュカ王国の王太子に嫁いできた。 政略結婚でしかも歴史だけはあるものの吹けば飛ぶような小国の王女などには見向きもせず、愛人と堂々と王宮で暮らしている王太子と王太子妃のようにふるまう愛人。 まあ、別にあなたには用はないんですよわたくし。 私は私で楽しく過ごすんで、あなたもお好きにどうぞ♡ 【作者注:この物語には、主人公にベタベタベタベタ触りまくる男どもが登場します。お気になる方は閲覧をお控えくださるようお願いいたします】 恋愛要素の強いファンタジーです。 初投稿です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

騎士団長のお抱え薬師

衣更月
ファンタジー
辺境の町ハノンで暮らすイヴは、四大元素の火、風、水、土の属性から弾かれたハズレ属性、聖属性持ちだ。 聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。 後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。 なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。 そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。 場所は隣国。 しかもハノンの隣。 迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。 大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。 イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...