最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第五章 愛する妻はエデンの母

第二百一話 凜々しい花嫁【書籍化記念前編】

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「うわぁ、とっても綺麗よ、ジャネット」

 真っ白いウェディングドレスを身に着けたジャネットを見て、セレスティナがはしゃいだ声を上げる。今日はオルモード公爵邸でウェディングドレスの仮縫いだ。

「ありがとう、なんか恥ずかしいな」

 照れたように笑うジャネットは美しく、それでいて凜々しい。
 セレスティナが控えめに笑う。

「二人の結婚式は喜ばしいことなんだけど、少し寂しいわ」
「ん? どうして?」

 ジャネットが不思議がる。

「だって、結婚してしまったら、二人で旅に出てしまうんでしょう?」
「ああ、それなんだけどな。ティナの子供が生まれるまではいようって話になってる」

 セレスティナの顔がぱっと輝く。

「本当?」
「ああ、やっぱり元気な赤ん坊を見てみたいよ」

 シャーロットがうきうきと割って入った。

「そうよね! 抱っこしてみたいわよね! きっとティナによく似た可愛い子が生まれるわよ。うふふ、うんっと可愛がっちゃう! あ、ジャネット、こっちも着てみない? きっと似合うわよ」

 シャーロットが指し示したのは、花婿用のタキシードだ。イザーク用に持ち込まれたものである。

「ほら、収穫祭で海賊の格好をしたでしょう? あれ、すっごく格好良くて、女子に人気だったのよ。ジャネットは凜々しいから男装も似合うのよね。ね、どう?」
「ははは、勿論いいよ」

 ジャネットは快く引き受けてくれ、仮縫いが終わったところで、タキシードに着替えてくれた。思った通り見目麗しい。ジャネットの男装姿に、きゃいきゃいシャーロットとセレスティナがはしゃいでいるところへ、イザークが顔を出した。

「そっちはどう……って、はぁ? なんでジェシーがタキシードを着ているんだ?」
「ね、お兄様、とっても似合うわよね?」

 金髪長身のジャネットは凜々しい青年の姿である。イザークが困ったように言った。

「ま、まぁ、確かに似合っているけど、まさか式場でその格好をする気じゃないだろうな?」
「ははは、まさか」

 とジャネットは笑って否定するも、シャーロットが閃いたとばかりにぽんっと手を打つ。

「それ、いいわね!」
「おうい! やめてくれ。それじゃ、男同士の結婚式に見えちまうだろ!」

 イザークが声を荒げ、シャーロットがにっこり笑う。

「あら、大丈夫よ。お兄様が女装すればいいだけだもの」
「え……」
「うふふ、お兄様もウェディングドレスを着てみない? 似合うかもよ?」
「ちょ、ま……悪い冗談はよせ!」

 ウェディングドレスを手にじりじりにじり寄るシャーロットからイザークが距離を取る。すったもんだのあげく、なんとか女装を回避したイザークは、ぐったりだ。



「あー、変な汗掻いた」

 イザークがぶつぶつと文句を言う。ジャネットのウェディングドレスの仮縫いが終わり、今はオルモード公爵邸にあるセレスティナお気に入りの温室で、茶菓子を前に談話中である。

「あら、男女逆の結婚式なんて面白いじゃない。いい記念になったと思うけど?」
「良い記念じゃなくて、悪夢だよ!」

 シャーロットが揶揄い、イザークがすかさず反論だ。
 セレスティナはくすりと笑い、ふと手にした焼き菓子を目にして、思わずため息をつく。焼き菓子は可愛らしいキューピッドを模ったもので、どうしても子供の事に意識が向いてしまう。

「……ティナ、どうしたの? ため息なんかついて」

 シャーロットに顔を覗き込まれて、セレスティナは慌てた。

「え? あ、ううん、なんでもないの。ただ、ちょっと、子宝魔道具のことが気になって……」

 シャーロットが目をぱちくりさせる。

「えー? 完成したんでしょう? なにか不具合でも見付かったの?」
「ううん、そうじゃないんだけど……」

 セレスティナは言い淀み、ポーチから銀色のブレスレットを二つ取り出した。すると、ポーチの中から寝ぼけ眼の妖蛇のペロが顔を出し、シュルリとテーブルの上で丸くなる。

「マスターとセレスティナ様はとってもラブラブで、微笑ましい光景でしたよ?」

 子宝魔道具を使う様子を見ていたペロがそう口にし、セレスティナはなんとも言えない気持ちになる。
 微笑ましい……そうよね、そう見えたわよね。
 ジャネットが驚く。

「え! 子宝魔道具なんて作ったのか? ティナには既に子供がいるだろ? まさかもう二人目を考えているとか?」

 セレスティナは首を横に振った。

「違うわ。子供が欲しくても中々授からない人の為に開発したのよ」
「へーえ?」
「王家が所有している子宝魔道具は、その、発動条件が特殊で……」

 セレスティナが、もそもそ言う。

「特殊?」
「子作りをする際、最低五人の魔道師の立ち会いが必要なの」
「え……」

 ピキリとジャネットとイザークが固まった。既に内情を知っているシャーロットは驚かない。

「まさかアレを人に見られる、ってことか?」

 恐る恐るジャネットが確認し、こくりとセレスティナが頷く。ジャネットが目を剥いた。

「そんなもの、使用した奴いるのか!」
「……過去に王家が何度か使用して、全て成功しているらしいわ」

 セレスティナが聞いた内容を告げると、ジャネットがうわぁと呻く。

「王家ってえぐいな……ああ、でも、そうか。王家の跡継ぎ問題は深刻だもんな。子供が中々出来ないと、側室をとらざるを得ないし、なりふり構っちゃいられないって事ことか。にしても、作った奴、もうちょっとなんとかならなかったのかぁ?」
「受精を促すには、神様の祝福が必要らしいの」

 セレスティナが説明する。

「神の祝福? 随分物々しいな」

 セレスティナが考え考え言葉を紡ぐ。

「その、聖職者が言う神の祝福とはちょっと違っていて……」

 聖職者の言う神の祝福って加護のことだものね。

「魔道師達が言う神の祝福って、生命の誕生に必要なエネルギーのことなのよ。感覚だから、私も伝えにくいわ。もの凄い、なんていうか……光が弾けるような感じ? そういったエネルギーを引き寄せる為に、五人の魔道師の補助が必要なの。十人いれば確実ね。でも、それはあんまりでしょう? だから、私は、えっと……同じような現象を起こせないかって考えて考えて、試行錯誤を繰り返して……」

 何気なくシリウスにひっついたら、例の設計図が見えたのよね。この世界を形作った創世の設計図が。凄かったわ。人間の叡智を遙かに超えたそれは、いつだって強力なインスピレーションを与えてくれる。シリウスは神様を「ぐーたら」と称するけど、本当かしら? 助けられているような気がするのは気のせいなの?

「辿り付いた答えが、ラブパワーなの」
「ラ、ラブパワー?」

 ジャネットが目を白黒させる。

「その……愛情を数値化したものだと思ってちょうだい」

 なんだか恥ずかしくなって、セレスティナは俯く。

「相手の良いところを探して、褒めて欲しいのよ。その褒め言葉が魔道具によって言霊に変換されて、相手の嬉しい! 楽しい! 好き! って喜びの感情と結びつけば、ラブゲージのメーターが上がっていくわ。それが満タンになると、子宝魔道具を動かせるようになるの」

 ジャネットが身を乗り出す。

「……つまり、綺麗とか、可愛いとか言って、相手を良い気分にさせればいいわけか?」
「そうそう、そうなのよ!」

 セレスティナが勢いづく。

「自分の伴侶を褒めて褒めて褒めまくれば良いだけ! ね、簡単でしょう!」
「あ、ああ。そうだな。ちょっとこっぱずかしい気もするけれど……」

 セレスティナらしいな、なんて、ジャネットが苦笑する。
 シャーロットが不思議がった。

「で、それがうまくいかなかったの?」
「……ちゃんと成功したわ」

 セレスティナがしゅんっとなる。

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