最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第五章 コウノトリと受胎告知

第百八十話 父親の面影

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 ――もう……パパの子供の頃の写真、一枚もないんだけどぉ?

 そんなシャーロットの言葉を思い出したセレスティナは、両親の写真を眺めてみる。きちんと額に入れ、サイドテーブルに飾っている。眼鏡をかけた新緑の瞳の知的な面立ちの若者が父親だ。栗色の髪の優しい眼差しの女性が母親である。その真ん中で笑ってる子供がセレスティナだ。屈託のない笑顔で幸せを絵に描いたよう。

「可愛いな」

 背後から響いた声に、セレスティナははっとなる。背後から大きな腕に包まれて、セレスティナの視界の隅に白銀の髪が揺れた。シリウスだ。風呂上がりなのでライムの香りがする。

「これは君だろう?」

 真ん中の子供を指差され、セレスティナは頷いた。

「ええ、そうよ。ありがとう」

 顔を上げれば、セレスティナを見下ろすバスローブ姿のシリウスがいて、はだけた胸元が妙に色っぽい。どぎまぎする気持ちを誤魔化すようにセレスティナは話題を振った。

「ね、シリウスはどんな子供だったの?」
「私か? 蛇が好きで魔工学が好きで人間が嫌いだったか」
「人間が嫌い?」
「私に構おうとする人間が多くて辟易した。天才だと持てはやす者がいたかと思えば、お人形さんのようだとべたべた触ってくる不快な者達もいたな」

 お人形さん……ああ、やっぱり綺麗な子供だったのね。

「お父様とお母様はどんな方だったの?」
「母は幼い頃に亡くなったのでよく覚えてはいない。物静かな人だったか……覚えているのはベッドの上で微笑む姿だな。病が回復することなく亡くなった。元気になるとそう聞いていただけに、死んだ時はショックで……」
「あ、ご、ごめんなさい」
「大丈夫だ。今は君がいる」

 シリウスが隣に腰掛ければベッドがぎしりとたわむ。そのままいつものように膝抱っこだ。

「公爵だった父は私と同じ魔工技師で、温和で優しい人だった。ポケットにこう、たくさんの飴を入れて持ち歩いて、子供達に配るんだ。私は甘い物が苦手だったから、いつもいらないと断っていたけれど」
「シリウスのお父様は子供好きだったの?」
「ああ、私と違ってな」

 ――シリウス、甘い物は必要だぞ? 頭を使う人間に糖分は必須だ。
 ――申し訳ありません、甘味が嫌いなんです。

 差し出した飴を断られ、父親のジュリアスがため息を漏らす。シリウスと同じ白銀の髪をした美男子だが、丸眼鏡をかけた顔立ちは温かく柔らかい。

 ――やれやれ、本当にお前は子供らしくない。一日中蔵書室に閉じこもったかと思えば、家中の魔道具を分解して回る。勉強熱心なのは嬉しいが、もっと他の子供達と遊んだ方がいい。
 ――申し訳ありません、子供らしくなくて。

 むすっとしたシリウスの返答にジュリアスが眉尻を下げる。

 ――いやいや、叱ったんじゃない。お前は少々ひねくれてていかん。
 ――申し訳ありません、ひねくれてて……
 ――ああ、もう、しょうがない子だ。拗ね方もひねくれている。

 オルモード公爵邸の庭の片隅で、たくさんの妖蛇に埋もれている五才のシリウスを、父ジュリアスは臆することなく抱き上げる。今はガーデンパーティーの真っ最中だ。なので、シリウスも夜会服で正装しているが、見た目は白銀の髪の可愛らしい幼女である。冴え冴えとした青い瞳とは対照的なまでに頬は薔薇色で、何とも愛らしい。

 ――私はお前が可愛い。ほら、何があった? 言ってごらん?

 自分の顔を覗き込む父親からシリウスはふいっと顔を背けた。

 ――僕にベタベタ触る大人がいるんです。

 さっとジュリアスの顔色が変わる。

 ――何?
 ――ですから妖蛇をけしかけて池に突き落としました。

 強ばったジュリアスの顔が苦笑に変わる。

 ――そいつは出禁にして、お前には二度と近寄らせないよ。気が付いてやれなくてすまない。
 ――……怒らないんですか?
 ――この場合、叱らなきゃならないのはお前に不埒な真似をした大人だな。私の人選ミスだ、すまない。腹は空いてないか? お前、殆ど何も食べていないだろう。

 パーティー会場から早々に姿を消したシリウスを探し回ったジュリアスが言う。

 ――ん、少し。
 ――サンドイッチはどうだ? 小妖蛇には卵がいいか?

 シリウスの腕に巻き付いている紫銀色の蛇に目をとめたジュリアスが笑うと、ちろりと小妖蛇の口から赤い下が覗いた。父親に抱っこされて移動しつつ、シリウスが愚痴った。肩まで伸びたサラサラの白銀の髪を指でつまむ。

 ――ね、父上、この髪、どうにかなりませんか?
 ――ん? 長い髪が嫌なのか? 私も長いぞ? ほーら、お揃い?

 ジュリアスが笑いながら、後ろで縛った長い白銀の髪をひらひらさせる。
 オルモード公爵家の人間は皆魔力量が多いので、代々の当主の殆どが長い髪をしている。といっても、シリウスのように切っても伸びてしまうというほどではない。長く伸ばしている方が、体内に宿る膨大な魔力を制御しやすいというだけである。
 シリウスがぷっと頬を膨らませた。

 ――父上はいいですよ。ちゃんと男性に見えます。でも、僕は……
 ――ははは、女の子に間違えられるから嫌なんだな? けど、成長期に入って身長が伸びれば、美少年になる。女の子にモテるぞ?
 ――モテなくて良いです。女の人は嫌いです。

「え? シリウスは女嫌いだったの?」

 セレスティナが目を丸くすると、シリウスが苦笑した。

「女性が、というより、人間が苦手だった。べたべた触られるのも、くだらない話を延々聞かされるのも。そんな私の社交性のなさを父は心配して、子供同士の交流をと考えたらしいが、毎度の如く私がいなくなるから、最終的には諦めたようだ」
「気の合う子はいなかったの?」
「君のような子はいなかったな」

 ちゅっとシリウスにキスをされ、くすぐったい気持ちを味わう。

「嫌々ながらも交流を持ち始めたのは、十才で公爵位を継いでからだ。くだらない話でも右から左に聞き流せば良いと考え、最低限の社交は我慢して行うようにした」
「公爵になった責任から?」
「……父が守った国だからな。無下には出来ない」

 寂しげなシリウスの横顔を見て、愛していたのだとセレスティナは理解する。

「お父様も魔工技師だったのよね?」
「ああ。素晴らしい頭脳の持ち主で様々な魔道具を生み出した。国と国を繋ぐゲートは父が開発した最高傑作だろう」

 シリウスがふわりと笑う。空間魔術で二つの地点を繋げ、長距離の移動を僅かな時間で行えるゲートは、今では欠かせない移動手段だ。開通迄の手間と維持費がかかるので、使用料が高いのが玉に瑕か。庶民が気軽に使える値段ではない。

「ね、シリウスの魔道具なら他の惑星まで行けるかしら?」

 セレスティナは瞳をキラキラさせた。シリウスの父ジュリアスが開発したゲートは固定型だが、シリウスのステッキならどこへでも自由に行き来が出来る。
 シリウスがふっと口元を弛めた。

「そうだな。距離が伸びるよう改良すれば可能かもしれない」

 今のステッキでは星まで到達できず、宇宙空間に放り出されると言う。
 シリウスの大きな手がセレスティナの栗色の髪をさらりと撫でた。熱い口付けで口を塞がれ、背に回された腕は力強く、漏れ出る吐息は切ない。するりと入り込む舌はいつだって体の芯を熱くさせる。
 ティナ、ティナ、私のティナ……
 甘い囁きが夢のようなキスの終わりに聞こえた気がした。

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