上 下
122 / 166
第四章 最狂公爵は妻を愛でたい

第百六十話 甘々ティータイム

しおりを挟む
「ちょ、ちょちょちょちょちょちょっと待て! お、おおおおおお俺様が! そ、そんなわけないだろ? ま、まぁ、ちょこっと可愛いなとは……いや、違う違う違う! ケーキ屋さんが俺様の領地に出来たらいいな、なんて全然、全然思ってないぞ! レースのウェディングドレスが似合いそうだとか! 思ってない、思ってないからな! ごごごごごご誤解だ!」

 ジャンはガタンと椅子から立ち上がり、「イザーク! 勝負はまた今度だぁ!」と叫んでいなくなった。駆け去るジャンの背を見送ったシャーロットが、ぽつりと言う。

「ほんっと分かりやすいわ、あいつ……」

 ジャネットが身を乗り出し、囁いた。

「もしかして大当たりか?」
「多分ね。アンジーがお弁当の差し入れでもすれば、ころっと落ちそう」
「胃袋を掴まれて落ちるタイプ?」
「それもあるだろうけど……」

 ちらりとシャーロットがぽわんとしたアンジェラを見た。淡いブロンドをツインテルーにした顔はふんわり愛らしい。ふっくらとした体型だが、そこがまた彼女の可愛さを引き立てている。甘いお菓子の国のお姫様そのものだ。

「……雰囲気とか見た目が好みだったんじゃない? そもそもハンカチを取ってやるぜ! ってあの張り切り方。好きな子に良いとこ見せたいってのが、バレバレじゃない」

 ああ、そう言えばと、ジャネットは納得してしまう。

「今までイザークお兄様に目が行っていて、恋愛なんてそっちのけだったんでしょうね」

 要するにお子ちゃまだったのよとシャーロットが言い添える。

「もしかしてアンジーが初恋とか……」
「十分あり得るわ」

 ジャネットとシャーロットがひそひそと話し、アンジェラは蚊帳の外だ。

「あの?」
「んふふ、アンジー、好きな男の子が出来たら言うのよ? 協力するわ」

 さりげにシャーロットが言うと、アンジェラがふんわりと笑う。

「ええ、出来たら真っ先に知らせるわ?」

 ミルクケーキのように白く甘い笑顔だ。この時点ではまったくと言って良いほど辺境伯令息のジャンに興味を示さないアンジェラであった。案外手強いかも知れない。


◇◇◇


 その頃のオルモード公爵邸は、ドォンという衝撃音でシリウスの帰宅を知り、使用人達が主人を出迎えようと、大わらわだ。空間を切り裂いて渡るステッキを使うと、到達地点が綺麗に分断される。その性質を知り尽くしているシリウスが、オルモード公爵邸に設置した空間歪曲装置と自動修復装置のおかげで、被害はほぼ無いに等しいが、衝撃音は邸中に響く。誰が帰ってきたのか丸わかりだ。

「旦那様と奥様のお帰りだ!」
「お出迎えを! 急げ!」

 シリウスの執事かつ代理人である金色ボディのスチュワートが、侍女侍従を連れ、玄関前に整列だ。ずらりと並べば、セレスティナを抱き上げたシリウスが現れる。

 相変わらずその姿は人目を引く。きっちりとした貴族服に身を包んだ体躯は威風堂々としていて、片眼鏡をかけた顔は端正で厳格だ。煌めく長い白銀の髪がふわりと翻り、空の色を映した青い瞳は愛妻を抱えている為か、軽く笑んでいる。
 セレスティナは現地で購入した青いドレスを身に着けていた。白い大輪の花柄で、栗色の髪にも大輪の青い花が飾られている。ふっくらとした唇はあどけなく、貝殻の耳飾りと首飾りは手作りだろうか、何とも可愛らしい。

「お帰りなさいませ、マスター、奥様」

 スチュワートが青い瞳をピカピカさせ、すっと頭を下げると、シリウスが笑った。

「イザークとシャルは元気か?」
「ええ、息災ですとも」
「問題は……」
「ございません」
「ミルクティーの用意を」
「かしこまりました」

 空間ステッキで渡れるのは使い手であるシリウスだけだ。抱えられたセレスティナは一緒に渡れたが、残念ながらハロルドは使用人一同と同じように取り残されてしまった。他の者同様、遅れてオルモード公爵邸に到着するだろう。なので、今回お茶を用意するのはスチュワートである。

「奥様、サザリアは如何でしたか?」

 熱いミルクティーを入れながらスチュワートが言う。

「とっても素敵だったわ! お土産もあるのよ?」

 緑溢れるお気に入りのサロンで、シリウスに膝抱っこされたセレスティナがはしゃいだ。艶やかな栗色の髪を撫でているのは、シリウスの手だ。額には甘い口付けで、相変わらずである。金色ボディのスチュワートは、黒い楕円の中に浮かぶ青い瞳を笑みの形にし、笑顔を作った。

「それはようございました。さ、では、こちらをどうぞ」

 甘いミルクティーと一緒に差し出したのは、サクサクとしたバタークッキーである。

「マスターにはこちらを……」

 そう言ってスチュワートが差し出したのは、砂糖不使用のビスケットで、そのまま恒例の食べさせっこだ。自分だけを見つめて欲しい、そんな願望の表れか、シリウスはこれがお気に入りだった。セレスティナが自分を見つめるのが、たまらない快感らしい。見つめ合う形になるので、セレスティナとしては恥ずかしくて仕方が無いのだが……

「美味しい?」

 細長いビスケットを食べさせている途中でそう問うと、シリウスが悪戯っ子のように笑った。

「食べてみるか?」

 シリウスが食べているビスケットの端を食べるように言われ、セレスティナの顔が沸騰した。思い切って口にすれば、サクサクとした軽い食感がとても美味しい。けれど、シリウスの唇が気になって仕方がない。最後はかすめるように彼の唇が触れ、ドッキドキだ。

「ティナ」

 見上げれば青い瞳がセレスティナを見つめている。

「続きは?」
「続き……」

 キスが出来そうな程顔を近づけられて、気が付いた。自分から口づけて欲しいのだと……心臓の音が鳴り止まない。そうっと唇を重ねれば、はむような彼の仕草が愛を語るよう。そのままぐっと引き寄せられる。シリウスの口付けはいつだってこんな風に熱くて甘い……

「マスター、奥様宛の招待状が届きましたが……」

 スチュワートからお茶会の招待状を差し出されたのは、セレスティナがふわふわとした夢心地を味わっている最中だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。