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第四章 最狂公爵は妻を愛でたい

第百五十八話 ペロのやらかしは健在

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 花火を作り出す魔道具の作成は、別荘の地下にある魔道工房で行った。試作品の魔道具にひまわりの写真を差し込み、プールサイドで打ち上げてみれば、見事な黄色い花が空に広がった。セレスティナに同行したマジックドールのハロルドが笑う。

「素晴らしいです、セレスティナ様」
「ありがとう」
「魔道具の名前は?」

 ハロルドの問いに、セレスティナは恥ずかしそうにそっと目を伏せた。

「そうね、キラキラスパークはどうかしら?」

 セレスティナが作ったものは、筒型の魔道具である。台座に好きな絵柄を差し込むと、それが花火になるという寸法だ。

「いいですね」

 ハロルドが赤い瞳をピカピカさせる。

「ね、ハル」
「はい、何でしょう? セレスティナ様」
「わたしって、その……出しゃばりかしら?」
「……はい?」

 赤い瞳をパチパチさせたハロルドから、セレスティナはさっと視線を逸らす。
 わざわざ聞くことではないのかもしれないけれど、聞くのならシリウスがいない今が丁度いい。彼は今、現地シェフのダマダと台所にいるから……

「その、ちょっと気になっちゃって……夫を立てるのが妻の役目だって、そう、家庭教師に教わってきたから……やり過ぎていないかどうか……」
「……もしかして、レイ・グラシアン侯爵令息ですか?」

 ハロルドにずばり指摘され、セレスティナはどきりとなる。

「気になさる必要はありませんよ。結婚式直前に、わざわざ『出しゃばるな』と嫌みを言った例の侯爵令息は、マスターの怒りを買って、三日三晩蟻にたかられましたし……」
「蟻?」
「いえ、なんでもございません」

 ハロルドがごほんと咳払いのような真似をする。

「あれは単なるやっかみです。セレスティナ様の才が羨ましいんでしょう。ですから、ことあるごとに嫌みを口にする。俗に言う嫉妬という感情でしょうが……マスターはそういったものとは無縁ですので、心配する必要はないと思います」

 セレスティナが目をパチパチさせる。

「そう、なの?」
「ええ、マスターが嫉妬するのは、セレスティナ様が好意を向けそうな方々に対してだけ、ですね。独占欲が強くて、セレスティナ様の愛情は、これ以上ないほど独り占めしたがるのですが……。そういったもの以外で、マスターの嫉妬という感情が動いたのを見た事がございません。あの方は素晴らしい才能を見ると、逆に大変喜ばれます。マスターの場合は、能力や外見には嫉妬しないんです。というより、どうして他の者達がそういった部分に嫉妬するのか、分からないようですよ?」

 分からない……

「シリウスが天才だからかしら?」
「かもしれません」

 ハロルドは頷き、しげしげとセレスティナを見た。

「セレスティナ様はマスターの才能に嫉妬なさいますか?」

 セレスティナはびっくりした。考えたこともない。

「え? いいえ? シリウスの設計する姿はわたしの憧れよ?」

 彼の繊細な手が描き出す設計図ほど、自分にとって心躍るものはない。神の手のようで、いつだって見惚れてしまう。自分が好きで好きでたまらない姿である。
 ハロルドが赤い瞳をピカピカさせて、笑った。

「きっとそれと同じです。マスターはあなた様が、才能を発揮される姿が嬉しくて仕方がないんですよ。ですから、心配いりません。どうか、セレスティナ様はそのままでいて下さい」
「ええ、ありがとう、ハル」

 セレスティナがもじもじとはにかむように笑った。
 その夜、花火を披露する予定のプールサイドでは、軽食や酒が用意され、オルモード公爵家の使用人達をねぎらう形となった。身内用の立食パーティーである。

「みなさーん、見て下さい。こうやって写真や絵を差し込んで下さいね?」

 セレスティナがテーブルに設置した魔道具の説明をする。セレスティナが手にしたのは、シリウスが贈ってくれたドレスの柄だ。サザリアで有名な大輪の青い花である。それが花火となって夜空を彩ると、使用人一同拍手喝采だ。

「へーえ、相変わらず凄いっすねぇ」

 そう言って感心してくれたのは、銃騎士のダグラス・ウィットだ。細身の体に粗野な顔立ちだけれど、雰囲気は温かい。シリウス専用の護衛騎士である。

 オルモード公爵の別荘の夜空が、大輪の花や美しい海の生き物達といった、色鮮やかな花火で彩られると、プールサイドに集まった使用人どころか、地元住民にも観光客達にも喜ばれた。街を歩く人々が足を止め、誰もが拍手喝采する。

「メリーはウサギが好きなの?」
「ええ、奥様に似ていますから」

 そんな事を冗談交じりにメリーが口にする。夜空を彩ったのは、ふわっふわのウサギたちだ。白いウサギや茶色いウサギだけでなく、ピンクのウサギまでいる。それを目にしたセレスティナも手を叩いて喜んだ。唯一の誤算は……
 シリウス、大好き!
 シリウス、愛してる!
 という文字まで花火で打ち上げられたことだろうか……

「え゛……」

 セレスティナはピキリと固まった。何故、あれが花火になったのか分からない。どう見ても、自分が魔道具設計の合間に書いた落書きだ。そう、落書きである。

「まぁ、奥様、最高の贈り物ですね」

 メリーはそう言って、微笑ましいとばかりに笑うが、セレスティナは笑えない。これはまったく予定になかったからだ。自分が作り出した魔道具は、写真や絵を差し込むだけで、それが花火になるという仕組みである。つまり、先程目にしたメッセージを誰かが入れれば、花火になってしまうというわけだ。

 セレスティナは慌てた、慌てまくった。夜空に浮かんだ花火は、大勢の人が見ているはずである。そうこうしている内に、セレスティナとシリウスの名前を書いた「相合い傘」までが花火になり、セレスティナはパニック寸前だ。
 いやあああああああああああああ!

「い、今の、誰、誰、誰? 誰がやったの?」
「はいはいはい、セレスティナ様、僕ですよ!」

 と、陽気に挙手……ではなく、尻尾の部分をぴんっと立てたのは、紫銀色の妖蛇のペロであった。ペロが意気揚々と言った。

「嬉しそうに、セレスティナ様がマスターを好き好き言っていたので、混ぜてみました!」

 ペロの赤い瞳がキラキラ輝いている。良いことをしたと信じて疑わないようだ。
 嬉しそうに……セレスティナは設計時の事を思い返した。

 魔道具を設計している時、確かにシリウスの姿を思い浮かべたので、ハートマークの中に二人の名前を書いた。好きとも言った。うきうきと浮かれた気分で、相合い傘の下に二人の名前も書いた。けれど、これは完全な落書きである。なので、誰かに見せる予定は全くないものだ。というか、見せたくない。見せたら悶え死にそうである。

 それを、ペロが魔道具に差し込んで、花火にしちゃった、の?
 呆然となっているセレスティナの前で、新たな花火が打ち上げられる。パパーンと盛大に夜空に浮かんだ花火は、やはりセレスティナの落書きを忠実に再現していた。「わたしの愛しいシリウス❤」という落書きが花火になった時点で、セレスティナの二度目の心の絶叫が上がる。

 いやあああああああああああああ!
 集まった使用人達からは拍手喝采だが、セレスティナはそれどころではない。顔は真っ赤で心臓はばくばくだ。どうすれば良いか分からず、シリウスの視線を避けるため、急ぎ寝室に飛び込んで布団を頭からかぶったが、逃れられなかった。

「ティナ」
「ひゃい!」

 セレスティナが耳にしたのは、やはりシリウスの声である。
 もふっとくるまった布団の中から、セレスティナはするりと引っ張り出された。背後からきゅうっとシリウスに抱きしめられても、まともに彼の顔を見られない。長い白銀の髪が視界の隅で揺れ、香るのは自分が好きなミントの香りだ。ちゅっと首筋に口づけられ、シリウスの繊細な指先が、セレスティナの素肌をゆっくりとなぞり始めた。彼女の体がふるりと震える。

 手袋は……していない、のね……
 セレスティナはシリウスの手も好きだった。精緻な設計図を描き出す彼の手は、まさに神の手である。なのにシリウスの場合、接触嫌悪からどうしても手袋が手放せない。それがもったいないと思ってしまうくらい、彼の手は本当に美しい。それが自分に触れていると思うだけで、こうして体が熱くなる。

「シリウ、ス……」
「私が愛しい?」

 耳元でそう囁かれて、心臓がさらに跳ね上がる。恥ずかしくて仕方がない。唇を奪われて、乳房を掴まれれば、ただそれだけで呼吸が乱れてしまう。口付けが深い。ちゅ、くちゅりと、焦らすように、誘うようにシリウスの舌がセレスティナのそれに絡みつく。
 私の愛しいティナ……
 そんな熱い囁きを、セレスティナは確かに聞いた。

 その後、この時の事が観光地サザリアで噂になり、セレスティナが作った「キラキラスパーク」を求める声が、あちこちから上がった。是非売って欲しいというわけだ。

 セレスティナとしては死ぬほど恥ずかしかったが、欲しいのならと生産に踏み切ると、飛ぶように売れた。この花火で、恋する相手の名前を打ち上げると、両思いになるというジンクスまで生まれ、開発者であるセレスティナは、サザリアの縁結びの神様として長々ありがたがられたという。
 嬉しいけど嬉しくない、そんな思い出がこれかもしれない。


◇◇◇


 ちなみに、新婚旅行中のシリウスに厄介事を押しつけたアルフレッドの現状はというと……

 ――何で書類確認がいつもの倍量なんだぁ!

 王城の執務室で頭をかきむしっていた。側近が怒鳴り返す。

 ――魔道計算機が何故か一斉に壊れたからですよ、殿下! なので今日の業務、全てやり直さないとまずいんです! がんばってください! お願いします!
 ――シリウスぅぅううううううう!

 ここだけは勘の良いアルフレッドであった。

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