最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第三章 愛と欲望の狭間

第百二十五話 女神様の背後には大魔神

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 調理科のエリオット・フィンは目を見張った。調理室に設置された魔道オーブンの凄さに度肝を抜かれたのだ。
 二時間の調理時間が二分に短縮って……うっそだろ?
 エリオットは魔道オーブンで作り上げたビーフシチューを、まじまじと見てしまった。いつもなら二時間かけて煮込む筈の料理が、たった二分で出来たのである。驚かないわけがない。
 魔道オーブンの開発者はセレスティナ・オルモード公爵令嬢だ。
 調理科に所属する生徒の一人が言う。

「すげーよな、ほんと。設定できる最大調理時間が三分まで、つまり三時間までらしいけれど、これは魔力なしでも扱える上、なんと動力源が下級魔石二つだぜ? それでこの機能って凄すぎる」

 プロの料理人が使うような魔道オーブンは中級魔石を使用し、なおかつ起動に魔力を必要とするので、魔力持ちでなければ使えない。一般家庭で使われているのはまだまだ釜である。
 調理時間の短縮という機能の凄さはもとより、魔力を持たない者でも使用出来るという点においても、このオーブンは画期的と言えた。これでもし平民にも手が届く値段だとしたら、一気に普及しそうである。

「お、おい、これ、どこで手に入る?」

 エリオットが勢い込んで問うと、他の生徒達が顔を見合わせた。

「あー、まだ、発売前だって。試験的にここで使用してもらって、使用した感想を聞かせてくれってさ。改善点があれば直すんだとか。すげーとしか言いようがないけど」

 生徒の一人が顎に手を当てた。

「んー、一つ不満があるとすれば、大きさかな? ちょい小さい」

 別の生徒が訳知り顔で言った。

「そりゃ、これは一般家庭用だもの。プロ用のも作るつもりらしいぜ? 大型でもっとパワフルなものになるらしい。そっちは俺達のような魔力持ち専用になるんだと思う。その分値段も跳ね上がるんだろうけどよ」
「へー、そりゃ楽しみだ」

 調理科の連中が笑い合う。
 そうだな、俺も是非使ってみたい。気になるのは値段か……自分は平民でそこまで裕福じゃない。手の届く値段だったらいいけれど……
 しかし……セレスティナ・オルモードは、本当に天才だったんだな。

 翌日、エリオットは窓際の席にいるセレスティナにちらりと視線を送った。栗色の髪の大人しそうな女の子……自分の中ではそんな印象しかなかった。公爵令嬢というだけでとっつきにくい印象を持っていたので、あえて意識しないようにしていたせいもある。

 自分は平民だ。容姿も頭脳も平凡である。
 魔力持ちという部分ではもてはやされたが、ここ王立魔道学園では魔力は持っていて当たり前なので、どうしたって平凡の域を出ない。

 そういや、クラスにもう一人平民の子がいたけど……
 ララ・ソーンという女生徒だ。彼女は自分よりずっと頭が良かったはず。あれで落第ってどうしてだろう? エリオットはふっと考えて、ああ、でも、華やかな容姿で遊ぶことにも熱心だったからかも、そんな風に考えた。
 レイ・グラシアン侯爵令息と一緒になって、派手に遊び回っていたと聞く。貴族のように裕福だったみたいだから、自由な時間が山ほどあったろうに、遊びで浪費なんてもったいない。家の手伝いをしなくていいのなら、自分は薬草の栽培に時間を当てる。

 でも、一時間の調理時間が一分に短縮か……
 それだけでも夢のような話だった。調理時間が短くなるのなら、他のことに時間が使えるということに他ならない。どうしてもそわそわしてしまう。
 やっぱり値段、だよなぁ……一体いくらだろう?

「あ、あの、ちょっといいかな?」

 エリオットは思いきって、下校時のセレスティナに声をかけてみた。

「ええ、いいわ。何かしら?」

 セレスティナの笑顔に、エリオットは目を見張った。
 うわぁ。笑うと可愛い。そうか……普段は大人しくて目立たないけど、笑顔がもの凄く可愛いんだ、この子。話した事なんてないから、今の今まで気が付かなかった。
 ドキドキしつつ、エリオットが言う。

「その、魔道オーブンの事なんだけれど……」
「あら、もしかして使ってみたの? 使い心地はどうだったかしら?」
「す、すっごくいいよ!」

 エリオットが興奮気味に身を乗り出した。

「一時間の調理時間を一分に短縮なんて凄いよ。流石主席合格者だって、皆感心してた! 当然だよ、夢のような調理器具だもの!」

 セレスティナがそっと目を伏せ、照れ臭そうに笑う。

「大げさだわ」
「大げさなんかじゃ……」
「そうそう、大げさだよ」

 そう声を張り上げたのはレイ・グラシアン侯爵令息だ。友人達と一緒になってこちらを眺めていて、眼鏡の奥の冷淡な瞳が面白くない、そう言っている。

「あの魔道オーブンは、オルモード公爵と一緒に開発したって話じゃないか。どうせ彼が開発したものを自分の手柄にしただけだろ?」

 レイの発言にエリオットは鼻白む。
 なんだよ、その言い方!

「あら、父はティナが開発したものだって言っていたと思うけれど?」

 そう反論したのはシャーロットだ。

「そんなの、オルモード公爵が手柄を譲ったに決まってる」

 レイはふんっと鼻を鳴らし、ぷいっとそっぽを向く。

「ふうん? 何故そんなことをする必要があるの?」

 シャーロットがそう言うと、レイは言葉に詰まったようだ。

「何故って……」
「ええ、理由なんか言えないわよね? どうせ優秀なティナが気に入らない、そんな所でしょうから。でもね、分かってる? 今のあなたの発言、公爵である父を嘘つき呼ばわりしたのと同義なのよ? どうなっても知らないから」

 レイの顔からさっと血の気が引いた。

「い、いや、ま、待ってくれ、俺はそんなつもりじゃ……」
「ええ、そうね。ほんの少し、口が滑っただけなのよね? 大丈夫、きっと父も分かってくれるわよ」

 そう言ってシャーロットが、にっこり笑った。
 両者のやりとりを見ていたエリオットは、何となく薄ら寒く思う。
 貴族同士のやりとりってやっぱり苦手だ……。言葉に含みがありそうで、馬鹿正直に受け取ったら痛い目に遭いそうだ。

「あー、ええっと、それで、値段はどれくらいなのか気になって……」
「そうね、平均的なオーブンの値段の三割増しくらいになるかしら」

 エリオットの問いにセレスティナがそう答える。

「え、うそ……」

 一桁違うと思っていたのに……そんなもんで手に入るの? あのオーブン。
 セレスティナが慌てたように言い添えた。

「あ、あの、ごめんなさい。どうしても、普通のオーブンより高くなってしまうの。省魔力化を図って、原価削減を頑張ったのだけれど、これが精一杯で……」

 エリオットは目を丸くした。
 え? もしかして高いって思ってる?

「安いよ!」

 つい叫んでいた。セレスティナはエリオットの剣幕にびっくりしたようである。そこで、エリオットは慌てて言い添えた。

「い、いや、嬉しいよ? 俺としては、その値段設定で本当に嬉しいけど……君、自分の才能を安く売りすぎじゃない? こんな効果を生み出す魔道具なら、誰だって目の色を変えて欲しがるよ。それをそんな破格の値段って……」
「そーよね、普通はそう思うわよね」

 シャーロットが得意げに言った。白銀の髪を揺らし、笑う顔は小悪魔的だ。

「でも、これはね、ティナが望んだ事なの。仕方ないわ。一般家庭に普及させたいっていうのが、ティナの願いなんだもの」

 エリオットはその意味を理解し、感動してしまった。つまり、自分のような平民の為に価格をギリギリまで下げてくれたって事だ。エリオットは感激のあまり、セレスティナの手をとり、ぎゅっと握った。

「え、あ、あの?」
「あ、ありがとう! 君は女神様のような人だ! 本当にありがとう!」

 セレスティナの手をぎゅうぎゅう握る。エリオットは本当に感謝を示しただけだったのだけれど、どんな思惑からだろうと、セレスティナの手を握ればどうなるか……。ギャースと鳴く怪鳥が現れるのは必然である。

「え……」

 窓を蹴破るようにして現れた怪鳥に、クラスは騒然となるも、エリオットは更に目を剥く羽目となる。突如出現した怪鳥は、レイ・グラシアン侯爵令息の頭を派手に蹴り飛ばした後、セレスティナの手を握っている自分に突進してきたのだから。怪鳥は目を血走らせ、殺気立っていると言ってもいい。

「にぎゃああああああああ!」

 怪鳥につつかれまくったエリオットは、教室から逃げ出す羽目となる。しつこくしつこく追いかけてくる怪鳥から逃げ回り、とうとう校舎の片隅にあるトイレに逃げ込み、難を逃れたらしい。
 後日、エリオットが逃げ込んだトイレは、怪鳥の出るトイレとして、学園七不思議の一つに加えられることになった。
 そしてその日の下校時はといえば、シリウスはセレスティナの手を握って離そうとしなかったようである。消毒……そう呟いて。

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