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第三章 愛と欲望の狭間

第百二十二話 世に二つとない珠玉

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 シリウスがセレスティナを抱えて風呂に入れば、彼女はしっかりと首に腕を回し、抱きついてくる。身にまとっているのはあくまで入浴用の衣なので、生地は極限まで薄い。それでこんな風に密着されれば、豊かに育った胸の感触が直に伝わってきてしまう。

「シリュウ、しゅき……」

 セレスティナに舌っ足らずな愛情表現をされ、彼女を抱えたシリウスは、ぶくぶくと湯に沈みそうになった。
 はっきりいって、これは拷問に近い。成人後なら嬉しい行為であっても、我慢を強いられている今の状態では、蛇の生殺しもいいところだ。

「シリュウ、なんか堅いものあたりゅー……」
「ああ、下は見ないように」

 シリウスは心の中で呻いた。
 熱い湯に入っているのだ。どうしたって静めようがない。
 この状況は一体なんなのだ? 嬉しいのに嬉しくない。天国なのに地獄って、いい加減にしろと言いたいが、当たり散らせる相手などどこにもいない。

 ああ、ぶち切れそうだ。浮かぶ笑みはどうしたって物騒になってしまう。ティナを怖がらせないように、ティナを怖がらせないように……
 シリウスは何度も自分に言い聞かせる。

「駄目にゃの?」
「そう、メリーと一緒に風呂に入ることになる。それでもいいか?」
「いやー、いっしょがいいー、いいのー」

 そう言ってティナが抱きついてくる。
 当然ふっくら……いや、むっちりした豊満な胸が密着する。ますますアレが元気に! 浴槽をぶっ叩きたくなったが、何とかこらえる。ティナに見せなければ良いだけだ。酔っ払っているので、誤魔化せるだろう、多分……

 薔薇の湯船ではなく泡風呂の方へ移動だ。石鹸成分が湯に溶け込んでいるので、これで全身を洗える。とにかくティナを先に風呂から上げないと駄目だ。このままでは、天国と地獄のループを延々巡ることになる。
 泡立つ石鹸水の中に体を沈め、セレスティナの髪を優しく洗えば、ご満悦だ。

「気持ちいー……」

 セレスティナはご機嫌だ。他人の髪など洗ったことがない。力加減など分からないが、これで大丈夫なようだ。

「シリュウのも洗うー」

 セレスティナに石鹸水をかけられ、髪が泡だらけだ。

「シリュウの髪キレー……」

 なんとも楽しそうで、つい笑みがこぼれた。

「……気に入ったのか?」
「うん、シリュウの髪、しゅきー。キラキラきりぇい……体も洗う?」
「ティナのを洗ったら」
「うん、分かったー」

 彼女の体を洗ったら先に上げてしまおう、シリウスはそう思うも、セレスティナが入浴用の衣をあっさり脱いでしまったからたまらない。
 豊満な乳房が露わなったその瞬間、シリウスは反射的にセレスティナの体をぐるりと半回転させていた。セーフと言いたいが、きっちりアウトだ。ティナの姿が目に焼き付いて離れない! くっそう!

「シリュウ?」
「背中を洗うから、こちらを向かないように」
「はあい」

 シリウスが釘を刺すと、セレスティナが答える。
 とっても素直だ。素直なんだが……
 最後までもちそうにない! スポンジで体を洗っていても、ティナの体の柔らかさは伝わってくる。先程の裸体が脳裏をちらつくし、げ、ん、か、い、だ!
 バスタブに設置された魔道装置を操作し、湯を手早く入れ替える。石鹸を落として風呂から上がってもらおうと、一緒に降り注ぐシャワーを頭から浴びた。

「シリュウ、美味しい焼き芋を作りたいー」

 セレスティナがふっとそんなことを言い出した。

「焼き芋はぁ、作りゅのに時間かかりゅのー。短時間で作れりゅ魔道具が欲しいー。料理長のブーシェのお鍋もー。煮込み料理はぁ、時間かかりゅって言ってたぁ。簡単に出来りゅお鍋作りゅー。たくさんの人を笑顔にしゅるのー、ブーシェ嬉しい、私も嬉しい」

 ああ、時の操作か……
 神の世界には、人の世界のような時間的概念は存在しない。あちらでは過去現在未来が同時に存在する。けれど、世界を形作った設計図から神の法則を読み解けば、この世界に存在する時を操れる。進む速度を変えることが可能だ。
 そう、神の設計図を読み解けるのなら……

「時を操りたい?」

 シャワーを止めると、楽しそうなセレスティナの声が響く。

「うん、今ね、見えたのー、星の設計図が。シリュウと一緒だと、いろんなものが見えりゅー……とっても綺麗で、どきどきすりゅー」

 ふ、ふふ、綺麗か。そうだな。あれの御業はどれも精緻かつ美しい。世界を構築した設計図の見事さに、いつだって驚かされる。性格は最悪だが……

「そうか。では、作ってみなさい」
「つくりゅー……シリュウも焼き芋しゅき?」
「そうだな。君が作るものならば」

 ティナ、ティナ、私のティナ……
 君は至宝だ。この世に二つとない珠玉。私が見る世界に触れ、私を理解出来る唯一の存在。暗闇に差し込む光。その彼女が他の道を選ぶ? 他の男の手を取る?
 僅かな可能性にさえ嫉妬し、理性が吹き飛んだ。させるものか!

「シリュウ? ん……」

 気が付けばティナの唇を奪い、彼女に覆い被さっていた。ティナの体を湯張りした浴槽の縁に押しつけ、むさぼるように彼女の舌を絡め取る。飢えを満たそうとでもするように。欲望か? いや、違う……これは執着だ。翼を手折っても自分のものに……激しい渇望に引きずられる。

 そうだ。求めて求めて求めたものが、いまここにある。手放してたまるかと、凶暴な獣が牙を剥く。駄目だともう一人の自分が叫ぶが、止められない。誰にも渡したくない、君は私のものだ。私だけの……

 激情に駆られていると、とかく自己中心的になる。自分の望みを優先させてしまう。たとえ我に返った時に後悔するとしても、最中では気づけない。
 この時の自分がまさにそうだった。
 ティナが欲しかった。自分だけものにしたかった。彼女がこの先どんな選択をしようと、一度抱いてしまえば逃げられない。浅ましいという感情さえ脇へ押しやった。噛み付くような愛撫で強引に彼女の体を開かせ、押し入ろうとしたまさにその瞬間。

 ――それがお前の選択か?

 唐突ないつもの通信だ。
 ふっと冷水を浴びせられた思いだった。鎖につながれた小鳥が見えたような気がして、我に返る。一瞬にして、正常な思考が戻った。
 シリウスは大きく息を吐き出す。危なかった……
 再びあれに意識を向けても、もう何も語ってこない。いつものようにだんまりだ。あれは何もしない。言いたい事だけを言い、こちらの欲しい答えをくれたことなどないのに、助けられていると感じるのは何故なのか……

「シリュウ……体、変……」

 ティナがしがみついてくる。
 泣いて? ああ、そう言えば……。彼女を抱くつもりだったから、かなり強引な愛撫を加えた。怖がらせていないといいが……
 ティナをそっと抱きしめ、まぶたに口づける。今一度優しく触れれば、自分の指を楽々飲み込んでくれる。内部に潜り込んだ指を動かせば、ティナの甘い声が耳をくすぐった。本当にティナは感じやすい。なんとも言えない愛おしさが込み上げる。

 指にねっとりと絡みつくそれは、まるで熟れた果実のよう。堅くなった突起を舌で転がせば、指を締め付ける力がぐっと強まった。とろりとした粘液が溢れる。ふっくらとした唇から漏れる甘い声は、まさに媚薬だ。
 ティナ、ティナ、私のティナ……君が愛おしい。

「シリュウ、しゅき……」
「……私もだ」

 首筋にキスを落とす。
 そうとも。ティナは十分自分を好いてくれている。このまま自分のものにして何が悪い? 自分で作りだした制約なのに、その縛りがなんとも忌々しい。
 何をそんなにこだわっているんだと言いたいが、駄目だと頑なな自分もいる。欲望と愛をはき違えるなとそれは訴える。制約を自らに課すのは愛情だが、それを簡単に破棄する心は欲望だと……
 人間はとかく自分に甘い。楽な方へ楽な方へと流される。もっともらしい理屈をこねて自分の弱さから目を背け、それを正当化しようとする……

 ティナ、ティナ、私のティナ、愛している。
 自分の指を何度も締め付けるセレスティナに覆い被さり、口づける。舌をねじ込み、彼女の快楽の余韻が収まるまで、その熱い吐息を味わった。

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