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第二章 最狂ダディは専属講師
第八十七話 愛情表現は惜しみなく
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「んふふふふふふふふふ! あと三日で十七才の誕生日よ、十七才!」
セレスティナと一緒に薔薇風呂の泡に埋もれながら、シャーロットが浮かれた。薔薇風呂は香りが素晴らしいだけでなく見た目が華やかで、お気に入りの入浴方法である。
「お誕生日会、楽しみ?」
セレスティナがそう言えば、シャーロットは頬を上気させだ。
「楽しみよぉ、なんてたって十七才! ティナより一つ上! お姉様っぽいわ!」
ふっとシャボン玉の泡を飛ばす。あ、そっち? 彼女らしいと笑ってしまう。
「ドレスはゴールドにしてみたの! 派手だけど上品な装いよ! うふふ! 楽しみー」
セレスティナとシャーロットの二人が風呂から上がれば、侍女達が体を拭き、動きやすい寝衣に着替えさせてくれる。鏡に映る二人の姿をセレスティナはじっと眺めた。
シャルお姉様はとっても綺麗だわ。大人っぽいから、成人の十八才って言っても通用するんじゃないかしら? 羨ましい。私は……まだまだよね?
つい鏡の中の自分をまじまじと見てしまう。女性らしい丸みはあるけれど、どうしても子供っぽさが抜けない。早く大人になりたい。背伸びをしなくてもいいって、シリウスに言われているけれど、どうしてもそう思ってしまう。
「ティナ、どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもないわ。アンジーとエリーゼも来るのよね?」
「ええ、そうよ? あ、そうそう、ジャネットも招待してみたわ」
シャーロットがにんまりと笑う。ジャネット嬢も?
「んっふっふー、お兄様が女の子を気に入るって珍しいわ。いっつも、男の子達と一緒にいて、まるで色気がないんだもの。こういった機会は逃さないようにしないとね」
彼女を気に入ったみたいね。あ、そうだわ。
「ララも来る?」
「呼んでないわ。あの子はわたくしの友達じゃないもの」
けろりとそう言った。彼女はティナの友達であって、自分の友達ではないという。
「んー……何か、気に入らないって言うかぁ」
シャーロットの眉間に皺が寄った。
「ティナ、気が付かない? あの子が真っ先に挨拶するの、ティナじゃなくてお兄様よ? 食事の時だってお兄様の隣で、ずーっとお兄様にべったりじゃない。お兄様に気がないって言ったくせに、何よあれ。普通はティナに挨拶するわよね?」
そうだったかしら? 挨拶の順番なんて気にしたことなかったわ。
「ティナはララが好き?」
「よく、分からないわ。それほど深い付き合いでもないし……」
セレスティナは考え考えそう口にする。私が読む恋愛小説は馬鹿馬鹿しいって言われるのよね。料理は苦手らしくて料理クラブに誘っても駄目だった……。言うことが何気にきつくて、会話も弾まない。私が引いてしまうのが良くないのかしら?
「ほら、それよ」
「それ?」
「ティナはアンジーが好きでしょう?」
「ええ、大好きよ?」
アンジーと一緒にいると幸せな気持ちになれる。好きなお菓子の話で大盛り上がりだ。
「ララもアンジーも同じクラスで、入学時期同じよ? それでこれだけ差が付いているんだもの。会話が圧倒的に少ないって、気が合わない証拠よ。多分、この先も単なるクラスメイトで終わるんじゃないかしら」
気が合わない……そう、かしら?
翌日、セレスティナは気になって、ララの行動を注視してみると、確かにシャーロットが言った通りであった。朝の挨拶も昼食時も、ララはイザークにべったりである。
楽しそうだわ。私の時とは全然違う。
ララはイザークお兄様が好きなのかしら? でも、それならそうと最初っからそう言ってくれれば……。ああ、言えない雰囲気だったのかしらね?
その日、いつものように食堂に移動すれば、やっぱりララはイザークの隣に座る。もう定位置のよう。イザークお兄様はどうなのかしら? そんな事を考えていた折り、ララの視線がふっとシリウスに向き、セレスティナはドキッとなった。ララの視線が熱っぽく見えたのだ。二人を交互に見てしまう。
どうし、よう……。シリウスは魔道具を操作しているから、気が付いていないみたいだけれど……。違う、わよね? シリウスに憧れているって言っていたから、そっちよね?
セレスティナは何度も違うと自分に言い聞かせる。
「でも、いいわよねぇ、セレスティナが羨ましい」
イザークと話している、ララの声が耳に届く。
「私も公爵様みたいに素敵な婚約者が欲しいわ。セレスティナと私は同学年だし、だったら私でも、なんて思っちゃって……」
「駄目!」
セレスティナは思わず叫んで、立ち上がってしまった。違うと言い聞かせても、こればかりはどうにもならない。心臓がどきんどきんと波打った。だって、ララは美人だし、頭も良いし、身分は平民だけれど、シリウスならきっと、きっと無理を押し通せる。
お願い、取らないで!
「シ、シリウスは、私の、こ、婚約者、だから……私の、だから……」
きゅうっと唇を噛めば、ララが焦ったように手を振った。
「や、ちょ、じょ、冗談よ、冗談。本気にしないで?」
「言っていい冗談と、悪い冗談があると思うの」
そう口にしたのはシャーロットだ。かなり険悪な口調で、しんっと静まりかえる。
「ま、あれ見て、割っては入れるものなら、入ってみって感じか?」
イザークが投げやりに言った。
全員の視線がセレスティナに向くと、彼女はシリウスに膝抱っこされ、そこここにキスをされている真っ最中であった。なんとも甘ったるいやりとりだ。セレスティナの顔が羞恥で真っ赤だったが、シリウスにがっちり捉えられて逃げられそうにない。
「……ティナが私のって言ったから?」
「だな。浮かれてる」
シャーロットとイザークが呆れたように言い合った。
「ララ? 朝昼晩、あれよ? 本気で割って入るつもり?」
シャーロットが忠告する。
「いえ、あの、だから、本当に冗談……」
「あなた、もしかして兄に気がある?」
シャーロットがずばっと切り込み、再びしんっと静まりかえる。ララが否定しなかったので、セレスティナはほっと胸をなで下ろす。あ、やっぱり、そっちだったの?
「お兄様の方はどうなの?」
「どうって……」
「ララが好き?」
「うーん……」
イザークが難色を示すと、ララが声を荒げた。
「平民でも気にしないんじゃなかったの?」
「は? お前、何言って……」
イザークは困惑し、ふっと気が付いたように言う。
「ああ、もしかして、俺との結婚を意識したってことか? だったら、公爵家と平民じゃ結婚は無理だって分かるだろ?」
「ど、どうして!」
「どうしてって、いや、無理だから。陛下から結婚の許可が下りない」
「そこに、どうして陛下が?」
関係ないじゃないと、ララが金切り声を上げる。
「あ、いや、その……あー、面倒臭い! とにかく貴族の決まりなんだってば! 結婚一つとっても陛下の許可がいるの! こんなん貴族なら誰だって……ああ、平民か! もし俺と結婚したいっていうのなら、ララが伯爵家以上の貴族の養子になるか、俺が平民にならないと無理! 分かったか?」
「じゃ、じゃあ、私が伯爵家の養子になればいい?」
「俺の意志、まるっと無視か、おい!」
イザークがいきり立つ。
「そんなこと……」
「さっきからそうだよ。そもそも俺が答えを迷ったのは、お前が好きになれないってこと。平民うんぬんは関係ない!」
「まだ、セレスティナが好きなの?」
「だから、そーいうとこだよ、無神経なの! ティナの前で、本当、やめてくれ!」
イザークが、がたんっと立ち上がる。
「あー……朴念仁のお兄様に、無神経って言われるってどんだけよ……」
シャーロットが処置なしというように呟く。
「……なぁ、もし俺が平民になっても、結婚したいって思うか?」
イザークが諭すように言い、ララがそこで言葉に詰まる。
「だよなぁ、そんな気がした」
ため息交じりに、イザークが椅子に座り直す。
「お前は平民だけど、美人で金持ち。多分、超優良物件って奴じゃねーの? 同じ平民を相手にするなら、引き手あまただろうし、男爵子爵あたりなら、結婚も視野に入れられる。一番自由で、いい位置にいると思うけどな?」
「……公爵家のほうがずっといいじゃない」
ララは不満げだ。イザークの眉間に皺が寄る。確かにオルモード公爵家の権力財力は王家をも凌ぐが、それは父親の手腕によるものだ。シリウスがオルモード公爵家を支えているからこそ、こうして栄華を誇っていると言っていい。その重責はいかほどか……
「公爵家を背負う重責、お前、分かってるか?」
「重責って……」
「貴族ってのは、偉そうにふんぞり返ってりゃいいってもんじゃないんだよ。そんなんじゃぁ、家が傾いちまう。貴族としての責任ってものがあんだ。いろんなものを背負って守っていく。結婚一つままならない。エリーゼだって政略結婚だぜ?」
「皇太子様とでしょう?」
「へーえ? 皇太子妃になりたいのか? 情勢が危うくなれば、斬首もありうる」
「え……」
「ま、もののたとえだけどな。責任とらされるってこと。そういう位置にいるんだよ、貴族ってのは。その点、平民は気楽だろ? 自由気ままに生きられる。その上、お前は自由になる金が山ほどあるっていうのに、何を好き好んでって、俺は思うけどな?」
「……私じゃ、駄目?」
ララはなおも食い下がる。
「俺、多分、公爵家継がないぜ?」
イザークの爆弾宣言に、ララは目を見開いた。
「な? 俺はやめとけよ。そんなに貴族がいいのなら、王立魔道学園にいる貴族の嫡男をねらってみるか? でも、母親の二の舞は踏まないようにしろ?」
「母さんは……」
馬鹿よ、唇の動きだけでそう告げ、ララは立ち去った。
「……母親を馬鹿呼ばわりはないと思うの」
シャーロットがぽつりと言う。
「ララに足りない所って、多分、思いやりよ。あそこまで育ててくれた母親の苦労を慮れば、言えない台詞だと思うもの。ね、ティナももう分かったでしょう? クラスメイト以上の付き合いは止めた方がいいわ。あの子、爵位に固執してる」
そうね、残念だけれど……
セレスティナはちらりとシリウスを見やった。青い瞳の天使様に権力を欲する人間を近づけたくないもの。きっと、今まで嫌な思いをたくさんしてきたはずだから……
翌日、ララは休学し、後日手紙が届いた。
イザークお兄様に振られたから、十日ほど休学して、母親と傷心旅行に行ってくるんだとか。豪華客船での船旅らしい。さほど落ち込んでいないようで、セレスティナはよかったと胸をなで下ろす。楽しんできてね、そんな返事を書いた。
セレスティナと一緒に薔薇風呂の泡に埋もれながら、シャーロットが浮かれた。薔薇風呂は香りが素晴らしいだけでなく見た目が華やかで、お気に入りの入浴方法である。
「お誕生日会、楽しみ?」
セレスティナがそう言えば、シャーロットは頬を上気させだ。
「楽しみよぉ、なんてたって十七才! ティナより一つ上! お姉様っぽいわ!」
ふっとシャボン玉の泡を飛ばす。あ、そっち? 彼女らしいと笑ってしまう。
「ドレスはゴールドにしてみたの! 派手だけど上品な装いよ! うふふ! 楽しみー」
セレスティナとシャーロットの二人が風呂から上がれば、侍女達が体を拭き、動きやすい寝衣に着替えさせてくれる。鏡に映る二人の姿をセレスティナはじっと眺めた。
シャルお姉様はとっても綺麗だわ。大人っぽいから、成人の十八才って言っても通用するんじゃないかしら? 羨ましい。私は……まだまだよね?
つい鏡の中の自分をまじまじと見てしまう。女性らしい丸みはあるけれど、どうしても子供っぽさが抜けない。早く大人になりたい。背伸びをしなくてもいいって、シリウスに言われているけれど、どうしてもそう思ってしまう。
「ティナ、どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもないわ。アンジーとエリーゼも来るのよね?」
「ええ、そうよ? あ、そうそう、ジャネットも招待してみたわ」
シャーロットがにんまりと笑う。ジャネット嬢も?
「んっふっふー、お兄様が女の子を気に入るって珍しいわ。いっつも、男の子達と一緒にいて、まるで色気がないんだもの。こういった機会は逃さないようにしないとね」
彼女を気に入ったみたいね。あ、そうだわ。
「ララも来る?」
「呼んでないわ。あの子はわたくしの友達じゃないもの」
けろりとそう言った。彼女はティナの友達であって、自分の友達ではないという。
「んー……何か、気に入らないって言うかぁ」
シャーロットの眉間に皺が寄った。
「ティナ、気が付かない? あの子が真っ先に挨拶するの、ティナじゃなくてお兄様よ? 食事の時だってお兄様の隣で、ずーっとお兄様にべったりじゃない。お兄様に気がないって言ったくせに、何よあれ。普通はティナに挨拶するわよね?」
そうだったかしら? 挨拶の順番なんて気にしたことなかったわ。
「ティナはララが好き?」
「よく、分からないわ。それほど深い付き合いでもないし……」
セレスティナは考え考えそう口にする。私が読む恋愛小説は馬鹿馬鹿しいって言われるのよね。料理は苦手らしくて料理クラブに誘っても駄目だった……。言うことが何気にきつくて、会話も弾まない。私が引いてしまうのが良くないのかしら?
「ほら、それよ」
「それ?」
「ティナはアンジーが好きでしょう?」
「ええ、大好きよ?」
アンジーと一緒にいると幸せな気持ちになれる。好きなお菓子の話で大盛り上がりだ。
「ララもアンジーも同じクラスで、入学時期同じよ? それでこれだけ差が付いているんだもの。会話が圧倒的に少ないって、気が合わない証拠よ。多分、この先も単なるクラスメイトで終わるんじゃないかしら」
気が合わない……そう、かしら?
翌日、セレスティナは気になって、ララの行動を注視してみると、確かにシャーロットが言った通りであった。朝の挨拶も昼食時も、ララはイザークにべったりである。
楽しそうだわ。私の時とは全然違う。
ララはイザークお兄様が好きなのかしら? でも、それならそうと最初っからそう言ってくれれば……。ああ、言えない雰囲気だったのかしらね?
その日、いつものように食堂に移動すれば、やっぱりララはイザークの隣に座る。もう定位置のよう。イザークお兄様はどうなのかしら? そんな事を考えていた折り、ララの視線がふっとシリウスに向き、セレスティナはドキッとなった。ララの視線が熱っぽく見えたのだ。二人を交互に見てしまう。
どうし、よう……。シリウスは魔道具を操作しているから、気が付いていないみたいだけれど……。違う、わよね? シリウスに憧れているって言っていたから、そっちよね?
セレスティナは何度も違うと自分に言い聞かせる。
「でも、いいわよねぇ、セレスティナが羨ましい」
イザークと話している、ララの声が耳に届く。
「私も公爵様みたいに素敵な婚約者が欲しいわ。セレスティナと私は同学年だし、だったら私でも、なんて思っちゃって……」
「駄目!」
セレスティナは思わず叫んで、立ち上がってしまった。違うと言い聞かせても、こればかりはどうにもならない。心臓がどきんどきんと波打った。だって、ララは美人だし、頭も良いし、身分は平民だけれど、シリウスならきっと、きっと無理を押し通せる。
お願い、取らないで!
「シ、シリウスは、私の、こ、婚約者、だから……私の、だから……」
きゅうっと唇を噛めば、ララが焦ったように手を振った。
「や、ちょ、じょ、冗談よ、冗談。本気にしないで?」
「言っていい冗談と、悪い冗談があると思うの」
そう口にしたのはシャーロットだ。かなり険悪な口調で、しんっと静まりかえる。
「ま、あれ見て、割っては入れるものなら、入ってみって感じか?」
イザークが投げやりに言った。
全員の視線がセレスティナに向くと、彼女はシリウスに膝抱っこされ、そこここにキスをされている真っ最中であった。なんとも甘ったるいやりとりだ。セレスティナの顔が羞恥で真っ赤だったが、シリウスにがっちり捉えられて逃げられそうにない。
「……ティナが私のって言ったから?」
「だな。浮かれてる」
シャーロットとイザークが呆れたように言い合った。
「ララ? 朝昼晩、あれよ? 本気で割って入るつもり?」
シャーロットが忠告する。
「いえ、あの、だから、本当に冗談……」
「あなた、もしかして兄に気がある?」
シャーロットがずばっと切り込み、再びしんっと静まりかえる。ララが否定しなかったので、セレスティナはほっと胸をなで下ろす。あ、やっぱり、そっちだったの?
「お兄様の方はどうなの?」
「どうって……」
「ララが好き?」
「うーん……」
イザークが難色を示すと、ララが声を荒げた。
「平民でも気にしないんじゃなかったの?」
「は? お前、何言って……」
イザークは困惑し、ふっと気が付いたように言う。
「ああ、もしかして、俺との結婚を意識したってことか? だったら、公爵家と平民じゃ結婚は無理だって分かるだろ?」
「ど、どうして!」
「どうしてって、いや、無理だから。陛下から結婚の許可が下りない」
「そこに、どうして陛下が?」
関係ないじゃないと、ララが金切り声を上げる。
「あ、いや、その……あー、面倒臭い! とにかく貴族の決まりなんだってば! 結婚一つとっても陛下の許可がいるの! こんなん貴族なら誰だって……ああ、平民か! もし俺と結婚したいっていうのなら、ララが伯爵家以上の貴族の養子になるか、俺が平民にならないと無理! 分かったか?」
「じゃ、じゃあ、私が伯爵家の養子になればいい?」
「俺の意志、まるっと無視か、おい!」
イザークがいきり立つ。
「そんなこと……」
「さっきからそうだよ。そもそも俺が答えを迷ったのは、お前が好きになれないってこと。平民うんぬんは関係ない!」
「まだ、セレスティナが好きなの?」
「だから、そーいうとこだよ、無神経なの! ティナの前で、本当、やめてくれ!」
イザークが、がたんっと立ち上がる。
「あー……朴念仁のお兄様に、無神経って言われるってどんだけよ……」
シャーロットが処置なしというように呟く。
「……なぁ、もし俺が平民になっても、結婚したいって思うか?」
イザークが諭すように言い、ララがそこで言葉に詰まる。
「だよなぁ、そんな気がした」
ため息交じりに、イザークが椅子に座り直す。
「お前は平民だけど、美人で金持ち。多分、超優良物件って奴じゃねーの? 同じ平民を相手にするなら、引き手あまただろうし、男爵子爵あたりなら、結婚も視野に入れられる。一番自由で、いい位置にいると思うけどな?」
「……公爵家のほうがずっといいじゃない」
ララは不満げだ。イザークの眉間に皺が寄る。確かにオルモード公爵家の権力財力は王家をも凌ぐが、それは父親の手腕によるものだ。シリウスがオルモード公爵家を支えているからこそ、こうして栄華を誇っていると言っていい。その重責はいかほどか……
「公爵家を背負う重責、お前、分かってるか?」
「重責って……」
「貴族ってのは、偉そうにふんぞり返ってりゃいいってもんじゃないんだよ。そんなんじゃぁ、家が傾いちまう。貴族としての責任ってものがあんだ。いろんなものを背負って守っていく。結婚一つままならない。エリーゼだって政略結婚だぜ?」
「皇太子様とでしょう?」
「へーえ? 皇太子妃になりたいのか? 情勢が危うくなれば、斬首もありうる」
「え……」
「ま、もののたとえだけどな。責任とらされるってこと。そういう位置にいるんだよ、貴族ってのは。その点、平民は気楽だろ? 自由気ままに生きられる。その上、お前は自由になる金が山ほどあるっていうのに、何を好き好んでって、俺は思うけどな?」
「……私じゃ、駄目?」
ララはなおも食い下がる。
「俺、多分、公爵家継がないぜ?」
イザークの爆弾宣言に、ララは目を見開いた。
「な? 俺はやめとけよ。そんなに貴族がいいのなら、王立魔道学園にいる貴族の嫡男をねらってみるか? でも、母親の二の舞は踏まないようにしろ?」
「母さんは……」
馬鹿よ、唇の動きだけでそう告げ、ララは立ち去った。
「……母親を馬鹿呼ばわりはないと思うの」
シャーロットがぽつりと言う。
「ララに足りない所って、多分、思いやりよ。あそこまで育ててくれた母親の苦労を慮れば、言えない台詞だと思うもの。ね、ティナももう分かったでしょう? クラスメイト以上の付き合いは止めた方がいいわ。あの子、爵位に固執してる」
そうね、残念だけれど……
セレスティナはちらりとシリウスを見やった。青い瞳の天使様に権力を欲する人間を近づけたくないもの。きっと、今まで嫌な思いをたくさんしてきたはずだから……
翌日、ララは休学し、後日手紙が届いた。
イザークお兄様に振られたから、十日ほど休学して、母親と傷心旅行に行ってくるんだとか。豪華客船での船旅らしい。さほど落ち込んでいないようで、セレスティナはよかったと胸をなで下ろす。楽しんできてね、そんな返事を書いた。
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