華麗に離縁してみせますわ!

白乃いちじく

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おもしろ小話番外編

4、深窓の騎士(前編:ニコル視点)

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 ――僕は将来、ローザ王太子殿下直属の護衛騎士になるんだ!

 これがニコル・ランドルフの目標である。今日この日、騎士の訓練場に入れてもらったニコルは、眼前の光景に釘付けとなっていた。青い騎士服に身にまとった騎士達が、剣を手にぶつかり合う姿は迫力がある。

「僕は文官の方が良いと思うけどね」

 兄のフィーリーがぼそりと言った。ストロベリーブロンドの髪にすっきりとした顔立ちは、やはり年齢よりもずっと落ち着いて見える。

「それじゃあ、ローザ王太子殿下を守れないじゃん」

 ニコルがぷうっと膨れてみせた。ニコルの髪は父親譲りのダークブロンドで、愛嬌のある顔立ちもやはり父親似だ。いつだって元気いっぱいである。
 フィーリーがチラリと弟のニコルを見た。

「そんなことはないよ。文官は知力で国に貢献しているんだから。国が平和であるよう尽力すれば、それはローザ王太子殿下を守るって事につながる」
「傍にいられないもん」

 ニコルの返答に、フィーリーが呆れたように言う。

「あのね。王太子殿下の護衛騎士になんてなれるのは、難関を突破した僅かな精鋭だけだよ。なれない可能性の方が高い。ああ、王太子殿下に我が儘を言って困らせないようにね? 腕に覚えのない騎士なんかを傍におけば、彼女の身が危険にさらされる」
「……そんなずるはしないよ」

 ニコルがむくれたように口をとがらせる。

「エルネスト、前へ出ろ!」

 騎士団長の命令で、ふっとニコルの視線が前方に引き戻された。
 目にしたのは、青い騎士服に身を包んだバターブロンドの美女である。女性的な丸みがなく、ほっそりとしているせいか、妖精のように儚げだ。

「うわぁ、綺麗な女騎士だね。ローザ王太子殿下には負けるけど」
「……あれは男だよ」

 フィーリーに憮然と言われ、ニコルは驚いた。

「え! で、でも! 化粧してるよ!」

 ニコルは交互に視線を送ってしまう。
 それはそうだろう、目にした騎士の髪は女性のように長く、唇には赤い紅が引いてある。どこをどうしたら男なのか、そう言いたげな目でニコルが見れば、

「そう、男なのに、ああやって化粧をするから、付いた渾名が『深窓の騎士』なんだ。騎士として出てきた当初は人気があったけど、今じゃ貴婦人達から煙たがられてる」

 フィーリーがそう説明してくれた。

「化粧をする、から?」

 恐る恐るニコルが問うと、

「そうなんじゃない? 本当、どうかしているよ。付き合っている女性とのデートで、女性のように綺麗に着飾ってくるから、嫌がられるらしい。気持ち分かるよ。僕も一番関わりたくない人種だ」

 フィーリーが憮然と言う。本当に苦手、というか嫌悪の対象らしい。
 ニコルは美女に化けた深窓の騎士をまじまじと眺めてしまう。
 騎士団長に稽古を付けてもらっている姿を見る限り、剣の腕は悪くなさそうだ。女騎士なら文句無く格好良いのにと、ニコルはそう思った。

「ね、化粧さえしていなければ、姉上が好きそうなタイプじゃない? ほら、姉上お気に入りのお伽話に、あんな騎士が出てくるよね? 中性的っていうの? 妖精騎士だっけ? 恋人にしたいって騒ぎそう」

 ニコルの台詞にフィーリーが顔をしかめた。

「嫌なことを言うな。あんなのを義兄さんだなんて呼びたくないぞ、僕は。悪夢だよ」

 フィーリーがぶるりと体を震わせる。そこへ、

「おやつを持ってきました! 皆さん、休憩にしてください!」

 別区画から聞き覚えのある声が響き、ニコルが目を向ければ、上質な貴族服を着たウォレンが立っていた。クルクル茶の巻き毛にバラ色の頬。おっとりとした優しい風貌は、相変わらずタンポポのように愛らしい。
 籠を手にした侍従に群がっているのは、十才前後の子供達ばかりだ。

「ウォレン!」

 ニコルが駆け寄ると、ウォレンが屈託なく笑う。

「やあ、ニコル。もしかして君も訓練ですか?」
「ううん、今日は単なる見学だよ。この子達は?」

 ニコルはウォレンの周囲に群がっている子供達に目を向けた。
 沢山の子供達が我先にと争って、侍従が手にしているかごの中のパンケーキを手に取り、口に運んでいる。あまり品は良くない。貴族……ではなさそうだ。訓練用の剣を手にしているから、兵士志願の平民かな? ニコルはそんな風に考えた。
 ウォレンが説明した。

「彼らはバークレア領地の領民達です。将来、領地兵になりたいと志願してくれたので、今ここでこうして訓練中なんですよ。だから時々交流を兼ねて、こうして彼らのおやつを差し入れしているんです」

 ああ、そう言えば……。ウォレンはローザ王太子殿下の本当の子供じゃなくて、エイドリアン王子殿下の甥だったんだっけ。
 ニコルは自分より二つ年下のウォレンの横顔を、じっとながめてしまう。

 ウォレンはまだ六つの子供だ。なのに、この年でウォレンはもうバークレア領地の領主である。兄のフィーリーが、どうしてウォレン殿下ではなく、バークレア伯爵と呼ぶのかと聞いた時、そんな風に教えられたのだ。エイドリアン王子殿下の血縁者はウォレンだけだから、年若くして伯爵位を継いだのだと。

 それにしても、良い香りだ。
 ニコルは鼻をヒクヒクさせる。
 焼きたてなのだろう、どうしても彼らが手にするパンケーキに目が行ってしまう。ニコルの視線に気が付いたウォレンが笑った。

「よかったらニコルもどうですか? お母様が焼いて下さいました」
「ローザ王太子殿下が!?」

 ニコルの目の色が変わる。

「もらって良いの? ありがとう!」

 ローザの手作りと聞けば、ニコルが手を出さないわけがない。今回はふわっふわの甘いパンケーキだ。食べると蜂蜜の香りが口いっぱいに広がり、とても美味しい。

「フィーリー卿も如何ですか?」

 ウォレンが勧めると、

「ありがとうございます、頂きます」

 クールな顔を僅かにほころばせ、フィーリーもまた侍従に差し出されたパンケーキを手に取った。一つ一つ丁寧にナプキンで包まれている。手づかみでも気兼ねなく食べられるようにとの配慮だろう。

「兄上! どうです! 美味しいでしょう! ほっぺたが落ちますよね! ローザ王太子殿下の料理の腕前は天下一品なんです!」

 ニコルがエッヘンと胸をはった。

「……どうしてお前が偉そうなんだ? ああ、はいはい、とても美味しいです」

 キラキラしたニコルの眼差しに、根負けしたようにフィーリーが言う。ニコルのローザ好き好きパワーは今だ健在であった。
 籠の中のケーキがあらかた片付くと、ウォレンが言った。

「幽霊退治はいつもの場所に集合でいい?」

 はーいと子供達が元気よく答え、ニコルが身を乗り出した。

「幽霊退治?」
「ああ、うん。夜な夜な城内を徘徊する幽霊の話、聞いた事ない?」

 ニコルがふるふる首を横に振ると、領民の子供達が口を挟んだ。

「もう何人も見ているらしいよ」
「不審人物として捕まえようとした人もいるみたいだけど、ふっと消えちゃうから、幽霊だって話になってる」
「でも、誰も騒がないよね」
「そりゃー、幽霊だなんて言ったって、信じないでしょ」

 わいわいガヤガヤ騒がしい。興味を引かれたニコルが身を乗り出した。

「ね、僕も! 僕も行ってもいい?」

 すかさずフィーリーがまなじりを吊り上げる。

「こら! お前は訓練兵じゃないだろ? 城内にどうやって居座る気だ?」
「そんなの、見学時間を延ばしてもらえばいいんじゃない?」

 子供らしい発想でニコルは簡単に言う。フィーリーがため息をついた。

「もう……。どうしてもというのなら、父上に許可を取るんだね。じゃないと僕は認めないよ。引きずってでも連れ帰るから」
「えー!」
「えー、じゃないの。ほら、もう十分だろ? そろそろ帰るよ」
「え? ま、待って待って。兄上、まだ話が!」
「すいません、バークレア伯爵、僕達はこの辺で失礼させて頂きます」

 フィーリーが手早くウォレンに挨拶すると、ニコルを引きずるようにして歩き出す。これ以上、我が儘を言い出さないようにとの判断だろう、足早にその場を後にした。

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