華麗に離縁してみせますわ!

白乃いちじく

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おもしろ小話番外編

3、紡がれる糸(前編:ベネット視点)

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 ベネット・グインの日常は至って平和だった。ぽかぽかとした日差しが気持ちよく、へらりと笑ってしまう。
 鈍色の髪はいつものようにボサボサで、無精髭を生やした顔は相変わらずだったが、兵士としての鎧武具を身につけているので、だらしなさは多少軽減されている。

 ベネットの今の仕事は王城の警備だ。つまり、下っ端とは言え、国軍の一員というわけである。
 バークレア領主の私兵だったベネットは、エイドリアンが未来の王配となってしまったので、こうして仲間共々国に雇ってもらえたのだ。

 文句は無い。給金はもちろんのこと、三食きっちり食えるし、兵士用の寝床は清潔に保たれている。毎日代わり映えのしない景色の中での見張りなんて退屈だったが、悪くはなかった。

 ――ローザ王太子殿下様々だな。

 かつての仲間が笑いながらそう言ったが、その通りだと思う。
 あのねーちゃんに拾われていなければ、こんな風に国に雇ってもらえるなんて夢のまた夢だったろう。どころか、牢にぶち込まれて、強制労働が関の山だったはずだ。残念ながら犯罪者の末路などそんなものである。

 ベネットは持ち場の胸壁前で座り込んだまま欠伸をし、大きく伸びをする。胸壁の向こう側には、王都の美しい街並みが広がっていて、見上げれば快晴だ。
 空の青さが目に眩しい。
 ベネットは目を細めた。

 本当、この国は平和だと思う。血の気の多い国王だと、やたらと戦争をしたがって、兵士達は戦争でいつ死ぬかとヒヤヒヤするもんだが、それもない。
 相当やり手の国王らしく、貧民街が消えつつあるという。つまり、貧しい者がいなくなるってことだ。
 戦争という手段を使わず、食うや食わずの者達の生活水準を底上げしちまった。本当、財政をどうやって切り回しているんだかわからないが、大したもんだと思う。

 国王なんて誰がやろうが大して変わらない、お貴族様なんてどいつもこいつも似たり寄ったりだ、政権交代をしたあの時、ベネットはそんな風に思っていたが、それは違ったのだと今では考えを改めている。

 ベネットは懐からY時型のパチンコを取り出した。
 木の枝を削って作ったお手製だ。これで石を飛ばし、鳥を取って食うなんて事もやった。腕前には自信がある。今では兵士用の食堂でたらふく食えるので、今となっては単なるお遊びでしか使わないが。
 退屈しのぎに持っていたどんぐりを並べ、それをパチンコで弾いていると、

「うまいもんだな」

 そんな声が背後から聞こえ、ベネットは機嫌良く笑う。

「ははは、そーだろ、そーだろ。これには自信があるんだ。持ち運びも簡単だしよ、下手な武器よりよっぽど役に立つんだぜ? 目を狙えば敵も撃退できる」
「敵も油断するか?」
「そうそう、分かってるじゃんか。子供の遊び道具だって、大抵馬鹿にしやがるんだ。ほんっと、馬鹿だぜ、あいつら。だから、いったーい目にあうんだよ」

 はははとベネットが笑うと、背後の人物も失笑したようだ。

「ふはは、そうか。だが、反撃される場合も想定することだな。悠長に攻撃を待ってくれる敵ばかりだとは限らん。一撃で手を切り落とされる場合もある」

 ベネットは一気に肝が冷えた気分だった。
 困ったように鈍色の髪をばりばりと掻く。

「あー……そんな危ねー奴相手に、こんなもん使わねーっつうの。それくらいの判断はするよ。つか、あんた、随分物騒な想定しやがるのな」
「私ならそうしているからな」

 笑われたような気がして、ふっと後方を振り向き、ベネットは固まった。
 そこに立っていたのは黒衣の麗人、オーギュスト陛下その人である。彼が持つ圧倒的な存在感にぎょっとなった。背後にはやはり二人の護衛が睨みを利かせていて、冗談を言えるような雰囲気ではない。

「おわっ! へ、陛下! あ、こ、これは……」

 サボっていた事が丸わかりである。ベネットが慌てて立ち上がれば、

「話がある。付いてこい」

 特別咎めることもなく、オーギュストがそう告げ、早歩き出す。

「はな、話ぃ?」

 つい声が裏返ってしまう。
 まさか職務怠慢で首、とか? ベネットは内心穏やかではいられなかった。流石にそれは嫌だぞ。こんなにいい職場はない。稽古はそれなりにきついが、衣食住はきっちり保証されているし、休日には街へ繰り出して、元盗賊仲間と馬鹿騒ぎも出来る。今まで生きてきた中で、ここは抜群に待遇が良かった。

 オーギュストの執務室へ通され、ベネットがぐるりと周囲を見渡せば、本と資料だらけである。自分とは一生縁のなさそうな場所だとベネットは考えた。とにかく文字とにらめっこなんて自分の性に合っていない。文官なんぞになる奴の気が知れないとベネットは思う。それにしても……。

 国王の傍に控えている護衛二人に目を向ける。
 ゴリラのように体格のいい男と、一見優男に見える二人の男だ。どちらもゆったりとした態勢で立っているが、まったく隙が無い。長年の感で分かる、絶対こいつらヤバい奴等だと。そしてそれ以上に……。

 ベネットはちらりと椅子に腰掛けた美貌の国王に目を向ける。
 途端、ぞぞぞと背筋に悪寒が走った。
 こ、こえぇ……。

 オーギュスト陛下を前にしていると、肝が冷えてしょうが無いのは何故なのか……。ベネットは先程から顔が引きつってしょうが無かった。何故だ? さっきの危ない発言が脳内に残っていて、そう感じるのか?

 濃い陰影を落とすオーギュストの顔立ちは蠱惑的で、立ち振る舞いには気品がある。深い緑の瞳は、何とも言えない魅力があった。
 文句なしの美男子だ。女達が騒ぐのも分かる。

 けど、オーギュストの顔は嫌みなくらい整いすぎてて、はっきり言ってベネットは苦手だった。嫉妬とかそういうのではなく、とにかく受け付けない。尻がむずむずするというのか、相手が雇い主である国王でさえなければ逃げ出したい、そう思ってしまう。
 ベネットが突っ立ったまま、冷や汗をだらだら流していると、

「ひと月ほど前、一般人の中から盗賊の一味を見つけたな?」

 オーギュストからそう問われ、ベネットは目を丸くする。

「え? あ、はい……」
「何故分かった?」
「どうしてって……えー、行動が違うから?」
「見る場所が普通と違う?」

 オーギュストにそう言われ、ベネットは頷いた。

「ああ、そうです。ああいう奴等って、注目する場所が一般の奴等と違うんですよね。だから分かります」
「流石元盗賊だな」

 オーギュストがふっと笑い、ベネットは身を縮めた。
 うわっ、ばれてたのか。あの、ねーちゃんがチクったのか? そんな疑問が顔に出たか、オーギュストが再度笑った。

「どうして知っているか、か? 仲間共々お前には賞金が掛けられていたんだぞ? 人相書きくらい出回っている」

 オーギュストの答えにベネットは驚いた。ぽかんとなってしまう。

 え? じゃあ、最初から盗人だって知っていて、俺を雇ってくれたってことか? 犯罪者を雇うって、随分な太っ腹だ、この国王。
 オーギュストが手にした資料を見ながら言う。

「勤務態度は至って普通。可も無く不可も無く、適度に手を抜き、文句は言われない程度に仕事をする。協調性はあるようだが、一人で行動することも多い。酒好きでくだを巻くくせに、のらくら逃げるのも上手くて、大きな問題に発展することもない。意識してやっているのか?」
「あー、ええ、まぁ。首になりたくないもので、そこは身についた習性です。で、あの、お話って……」
「娘婿が自分の護衛役にお前を指名した」
「は?」

 ベネットは目を丸くする。

「え? 娘婿……ってことは、あの、エイドリアン王子殿下が?」

 そこでベネットは、はたと侍女テレサとのやりとりを思い出す。

 ――ほどほどにがんばる、ねぇ……もしかしたらそれ、できなくなるかもよ?

 テレサは揶揄うようにそう言った。

 ――はあ? 何でだ?
 ――エイドリアン王子殿下が、あんたを護衛騎士に取り立てるかもしれないからよ。

 のぉおおおおおお! まじかぁああああああああ!
 ベネットは、まるでこの世の終わりのような顔になる。

「な、何故ですか!」
「見知った相手だから指名しやすかったんだろう」

 た、確かに俺は元ご領主様の! エイドリアン王子殿下の私兵だったけど!
 オーギュストの返答にベネットは慌てた。

「いや、でも、ちょ……陛下も知っての通り、俺、元盗賊ですよ? 王子殿下は未来の王配じゃないですか! そんなのの護衛兵! うっわ! 止めた方がいいぞ! 絶対後悔する! 頭ぶったたいて正気に戻してやった方がいい!」

 国王に吹き出されてしまった。何でだ?
 あ、でも、笑うと怖さが和らぐんだな。そりゃそうか。顔の作りは超絶いいんだから、やりようによっては人たらしにもなれそうだ。自分はゴメンだけれど。

「野心はないか?」
「面倒なだけだよ。やれ礼儀だのなんだのって……」

 ベネットがもそもそとそう口にする。自分は礼儀作法が本当に苦手だった。かしこまった席など御免被りたい。

「礼儀ね。黙って立っていればいい」

 オーギュストにさらりとそう言われてしまう。

「はい?」
「何も言わなければいいんだ。余計な口を挟まず、危険に気を配る。護衛ならそれで誰も文句は言わん」
「いや、あの……本気ですか?」
「兵士なら命令に従え。任務に就く日は後ほど知らせる。話は以上だ」

 退出を促され、ベネットはのろのろと動き出す。部屋の隅に立っている二人の護衛騎士にちらりと目を向けた。ゴリラのような風貌のゴールディと優男のレナードである。

 ――オーギュスト陛下の専属護衛騎士なんか、元海賊と元詐欺師ですからね?

 侍女のテレサは確かにそう言った。
 絶対この国王、頭がいかれてる、ベネットはそう思ったが、あえて何も言わず引き下がった。首になりたくない、その一心である。

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