華麗に離縁してみせますわ!

白乃いちじく

文字の大きさ
上 下
54 / 93
おもしろ小話番外編

1、熱烈ラブレター(後編:エイディー視点)

しおりを挟む
 エイドリアンは思わず身を引き、ギデオンの傍に控えていたヴィスタニアの近衛兵達がずざざと後ろへ下がった。鍛え上げられた精鋭が、である。
 ひ、冷や汗が……
 エイドリアンは生きた心地もしない。

 怒ってる? 怒ってるんだよな? 気のせいじゃない。絶対気のせいじゃない。無表情だけれど陛下から吹き出すオーラが黒い。緑の目がまるで燃えているかのよう。
 まぁ、そ、そうだよな。褒めてはいても、立派なエロだもんな。やっぱり下世話ってことになるのか……。確かにそんなものを娘に見せたい親はいない。
 オーギュストの鋭い視線がエイドリアンに向く。

「お前が書いたのか?」

 その視線がぶっ刺さるよう。
 はうあ! カ、カンベンして!
 エイドリアンは首を横にぶんぶん振った。オーギュストのそれは、まさに鬼のような形相だ。下手な受け答えをしたら命に関わる! そう判断したエイドリアンは必死こいて身の潔白を主張した。

「ち、違います、違います! 流石にそんな文章は書けません!」

 書く気もありませんが! と心の中で付け加える。
 オーギュストの唸るような声が続く。

「……言い回しが、ちまたで流行っている三文芝居の役者の台詞にそっくりだな。それを丸写しか? しかもこの癖のある悪筆……」

 オーギュストの視線が、今度は横手のギデオンに向いた。
 するとギデオンはそっぽを向き、ピーピピピーと口笛を吹くという、わざとらしすぎるとぼけ方をし、ちらりとオーギュストを見る。

「その、お前ならそういった文章を書くだろうと思ってな」

 ぼそりとそう言った。ギデオンの言い分に、オーギュストの目がすうっと半眼になる。まるで獲物を狙い定めた野生の獣のよう。

「ほう? もしかして私が書いた恋文だと偽って、ローザに渡したのか? この卑猥で、品性下劣な、言葉の羅列を、よりにもよって! ローザに見せたと……」

 一言一言区切るその言い方が……こ、怖い、怖い、怖い!  火山噴火、大地震の前触れのよう。ギデオンも流石にまずいと思ったらしい。

「い、偽ってない! むっつりスケベだろう、お前! 絶対ブリュンヒルデにこういった事を言っていたはずだ! 私はそれを代弁しただけ! 嘘偽りの無い真実だ!」

 切羽詰まったか、火に油を注ぐような事を口にする。
 オーギュストの手の中の手紙が、ぐしゃりと握りつぶされた。

「文書偽造に名誉毀損……半年間、入国禁止だ! この馬鹿者が!」

 オーギュストの宣言に、ギデオンが目を剥いた。

「ぬおお! 何でだ! ローザちゃんを喜ばせようとしただけなのにいいいいいい!」

 ギデオンの叫びに、オーギュストは憤怒の形相だ。

「こんなもので誰が喜ぶか! このたわけ! こういうのは性的嫌がらせと言うんだ!」

 オーギュスト同様、ギデオンもまたソファから勢いよく立ち上がる。

「そんなことはない! 女官達はこういったものを喜ぶぞ!」

 ギデオンの叫びにエイドリアンは驚いた。
 え? 自国の女官にこう言ったことを言っている? まずくないか? それ……

「それは権力に対する媚だと何度言えば分かる! いい加減理解しろ!」

 オーギュストの拳が飛ぶ。
 流石戦神、ギデオンは首を捻り、それを間一髪でかわしたように見えたが、オーギュストが放った二発目のボディブローをまともに食らい、顔が沈む。そこをすかさず蹴り上げられ、ギデオンの巨体が後方にぶっ飛んだ。
 怪物陛下と戦神、二大怪獣の組み手である。その迫力たるや、凄まじい。
 周囲を固めていた近衛兵達は誰も近づけず、余波を受けた家具が無残な有様に……。二人の拳や蹴りで木っ端微塵だ。

 被害を受けないよう、エイドリアンはローザと共に部屋の隅に移動するも、ギデオン皇帝の巨体がオーギュストの回し蹴りで窓をぶち破り、外へ飛び出した様を目撃して、ぎょっとなった。
 え? ここ、二階……だ、大丈夫か? あ、テラスがあるか。
 ほっとしたのもつかの間、オーギュストの追撃でギデオン皇帝は、今度こそテラスから見事に落下した。

 オーギュストの蹴りをまともに食らったギデオンの巨体は、一瞬空中に浮かんだように見え、最後のあがきとばかりに、鳥のようにぱたぱたと手を動かすも、あっけなく落下したのである。まぁ、飛べるわけがない。
 側近達が声にならない悲鳴を上げる。

「皇帝陛下ぁああああ!」
「あああ、追え、お前達、追うんだ!」

 ギデオン皇帝の側近と近衛兵達が慌てて彼の後を追い、しんっと静まりかえった室内でエイドリアンは呆然と窓の壊れたテラスを眺め、恐る恐る突っ込んだ。

「え、あの……大丈夫、で、しょうか?」
「……あいつは頑丈だ。あれくらい何てことはない」

 やり合い慣れているのか、オーギュストが憤然とそう言い放つ。
 いいんですかぁ! エイドリアンはそう叫びそうになるも、手紙をビリビリと破って捨てているオーギュストに声など掛けられそうにない。空気が怖い。ひたすら怖い。背中から無言の圧力を感じる。

「それは?」

 振り向いたオーギュストが、ローザが手にしているもう一つの恋文に目を付ける。
 こちらは以前、エイドリアンが書いたものだ。エイドリアンからの恋文を喜んでくれたローザはこうして持ち歩き、時折目にして楽しんでいたのである。

「こ、これは、エイディーがわたくしにくれたものですわ!」

 ローザが慌てて言った。

「お前からの手紙?」

 オーギュストの鋭い視線がエイドリアンに向き、再び及び腰だ。

「え、ええっと、はい、そう、です……」
「とても素敵な恋文ですのよ、お父様。見てみますか?」

 ローザが手にした文を広げてみせる。
 その文を目にしたオーギュストがぽつりと言った。

「……文才があるな」

 ぽつりとそう口にし、エイドリアンは驚いた。え? もしかして褒められた? オーギュストの台詞に、ローザがぱっと顔を輝かせた。

「まぁ、お父様もそう思いました? わたくしもですのよ。詩的な響きがとても素敵ですわよね」

 ローザもベタ褒めである。
 何だろう、照れ臭い。照れ臭いけど嬉しい。オーギュスト陛下から先程までの険悪な空気が綺麗さっぱり消えている。よほど気に入ってくれたと言うことか……
 書いて良かったとエイドリアンはほっと胸をなで下ろす。
 その夜、催された晩餐会に、本当にかすり傷で済んだギデオンが何食わぬ顔で出席し、彼のタフさを証明してくれた。

「どうして父からの恋文だなんて、嘘をついたんですの?」

 晩餐の席でローザにそう問い詰められて、ギデオンは身を縮めた。

「その……本物は随分昔に燃やしてしまったから、その代わりに……」
「はい?」
「いや、その……あいつが書き綴った美辞麗句なんて見たくも無かったので、そのまま暖炉にぽいっと……ローザちゃんが見たがるなんて思わなくて……」

 ローザが目を剥いた。

「まぁ! 母がもらった手紙を、勝手に捨てたんですの?」
「いや、だから、その……悪かった! 怒らないで、ローザちゃあああああん!」
「知りません!」

 ギデオンが泣きつくも、ローザにそっぽを向かれてしまう。踏んだり蹴ったりなギデオンであった。

しおりを挟む
感想 1,155

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。