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おもしろ小話番外編

1、熱烈ラブレター(前編:エイディー視点)

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 リンドルンの王城で、ローザと共に賓客を迎えたエイドリアンは立ち尽くした。皇帝ギデオンが持ってきた結婚祝いの品とやらに驚いたからだ。

 二人の前にあるのは、実物大のローザを横抱きにしたギデオンの金ぴかの金銅像である。金銅像のギデオンが浮かべている満面の笑みは、爽やか笑顔のつもりなのだろうが、どう見ても暑苦……爽やかとは言いがたかった。
 え、と……これをどうしろと?
 ローザと一緒になってエイドリアンがぽかんと見入っていると、真っ先に反応したのがオーギュストである。

「……持って帰れ」

 小気味良いくらいずばっと切って捨ててくれた。
 これが出来るのは、国王であるオーギュストくらいなものだろう、エイドリアンはほっと胸をなで下ろす。流石に皇帝陛下の贈り物では断れそうにない。
 ギデオンはその一言に目を剥いた。

「何で! ローザちゃんは気に入ってるぞ!」

 そう反論するも、オーギュストは意地悪くふっと笑う。

「なら、そうだな。返礼として、私がローザを抱きかかえた銅像を、お前の所へ送りつけてやろうか? お前の部屋にでも飾るといい」
「……持って帰るよ、ちくしょう」

 相当嫌だったのか、ギデオンは即答だった。オーギュスト陛下は本当、相手の嫌がるツボを付くのが上手い、エイドリアンはひっそりそう思う。
 オーギュストがローザに向き直る。

「ローザ、ギデオン皇帝陛下を客間へ案内して差し上げるんだ」
「分かりましたわ、お父様」

 ローザはにっこり笑って引き受けた。金銅像の片付けを指示するオーギュストをその場に残し、ローザはエイドリアンと共にギデオンを客間へと誘導する。
 案内した先は賓客をもてなすための豪華絢爛な客間である。ヴィスタニアの近衛兵達は並んで立ち、ソファに腰掛けたギデオンがぐっと身を乗り出す。

「ローザちゃん、どうだ? そろそろヴィスタニア帝国に里帰りしたくなったか?」
「いいえ、エイディーとは熱々の相思相愛ですわ」

 ローザが微笑んでそう答えると、エイドリアンはギデオンにぎろりと睨まれる。が、エイドリアンは涼しい顔だ。オーギュストの怒りに始終晒されていると、どうやら妙に肝が据わってしまうらしい。
 本当、何でも無い……凄いな、これは。
 エイドリアンは内心そう思う。

「そうだ、ローザちゃん、頼まれた物を持ってきたぞ」

 思い出したようにギデオンが言い、ローザに分厚い紙の束を差し出した。
 頼まれたもの?
 エイドリアンが不思議がる中、手紙の束を目にしたローザははしゃいだ。

「あら、本当にあったんですの? ありがとうございます」
「いやいや、何てことはない。ローザちゃんの為なら空でも飛んでみせるからな!」

 ギデオンが満面の笑みでそう言い切った。
 だが、これが後々本当になるなんて、誰が思うだろう。
 いそいそと手渡された手紙らしき束に目を通したローザは、笑顔のまま固まった。

「ローザ?」

 エイドリアンが声を掛けると、ローザの肩がびくりと震える。驚いたらしい。

「え? あ、その……。少々、刺激的すぎて……本当にこれを父が書いたんですの?」

 陛下が、なんだろう?
 エイドリアンは怪訝に思うも、ローザもまた困惑しているようである。筆跡が違う、などとぶつぶつ言っている。対してギデオンはローザの前で自信満々ふんぞり返った。

「そうそう! あいつは昔っから、こんな風にキザったらしい奴なんだ! 女を片っ端から引っかけて回るような奴だからな! そういった歯の浮くような台詞も平気で書いてよこす」
「いえ、あの、キザと言うより、これは……」

 ローザが言葉を濁す。本当に困っているようだ。

「……何の手紙なんだ?」

 エイドリアンが問うと、オーギュストがブリュンヒルデに当てたラブレターなんだと、ローザが説明した。

「その、以前、エイディーからラブレターをいただいたでしょう? それで、父が母にどんなラブレターを送っていたのか興味が湧いて……。リンドルンには母の私物は残っていないけれど、ヴィスタニアだったらもしかしてと思いましたの。それで、ギデオン皇帝陛下にその話をしたら、持ってきて下さるとおっしゃったのですけれど……」

 それが今手にしている手紙らしい。
 オーギュスト陛下のラブレター? へえ?
 エイドリアンは俄然興味が湧いた。が、ローザが手にしていた手紙を読んで、エイドリアンもまた固まってしまう。女性に対する褒め言葉が、完全なエロだった。純情な貴婦人相手にこれを送れば、破廉恥だと逆に怒りを買いそうである。
 手慣れた熟女相手なら喜ばれそうだが……
 本当にこれをオーギュスト陛下が? ちょっとイメージが合わなすぎて、首を捻ってしまう。これだと口先三寸で女を丸め込むたらしのようだ。
 いや、あの陛下の事だから、やろうと思えば出来てしまうのだろうが……。オーギュスト陛下の場合、わざと相手を怒らせたいとかいう場合でない限り、こういった文章は書かないような気がする。それとも、こういった文章を送れるほど気心が知れていたってことか? 考えられなくはないけれど……

 手紙を手にエイドリアンが悶々としていると、作業を終えたオーギュストが客間に姿を見せた。ローザとエイドリアンが急ぎ立ち上がりかけるも、それをオーギュストが手で制す。堅苦しい礼儀など不要というわけだ。
 オーギュストがギデオンの隣に腰掛ければ、黒衣の麗人は相変わらずの存在感だ。人をはねつける威圧感を放ちながらも人の視線を惹きつけてやまない。

「酒はいるか?」
「お前は飲まないんだろ? 今はいい」

 ギデオンがにやりと笑う。旧知の仲との言葉通り、オーギュストとギデオンのやりとりはやはり親しげだ。エイドリアンはどきどきする自分の胸を押さえる。
 いや、ビクビクする必要はないのだけれど……
 一体、どんな顔をすれば良いのか分からない。

 オーギュストが身につけるのは、こんな風に華美な装飾のない衣装ばかりだ。それが彼の重厚な雰囲気に合っていて、よりいっそう持ち前の美貌を際立たせていた。
 そう、重厚なのだ。気品と重みがある。
 それが、あのチャラい文章。というより、エロい文章……似合わない、似合わなすぎる。一体どんな顔であれを書いたのか……
 エイドリアンが一人悶々としていると、ふとその顔に目をとめたオーギュストは怪訝そうに眉根を寄せた。

「何だ、その間抜け面は……」

 オーギュストに指摘され、エイドリアンは飛び上がりそうになった。どうやら、先程目にした手紙のせいで、オーギュストの美麗な顔をまじまじと見過ぎていたらしい。そう、整いすぎた迫力ある美貌を、である。慣れというものは恐ろしい。
 エイドリアンはぱっと視線を逸らし、「いえ、何でもありません」とぼそぼそ口にした。じっとりと湿ってしまった手を握ったり開いたりで忙しい。
 ローザがそろりと声をかけた。

「お父様は、その……随分と刺激的な恋文を送っていらしたのね?」
「恋文?」

 オーギュストがローザの言葉を繰り返す。

「結婚の直前に、お母様と何度か手紙のやりとりをなさったでしょう?」
「結婚直前? ああ、あれの事か……。あの時の手紙は、政務に対する相談事の返事ばかりだったので、恋文とは言えんな」
「相談事の返事?」

 ローザが目を丸くする。

「では、あの、これは?」

 ローザが差し出した手紙の束をオーギュストが読み、ぴしりと彼の額に青筋が立つ。オーギュストが放つ怒気で、室温が氷点下まで下がったような気がした。

「……誰がこんな下劣な文章をお前に見せた」

 響いたオーギュストの声が、とんでもなく恐ろしい。

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