やさしい竜と金の姫

白乃いちじく

文字の大きさ
上 下
7 / 9
第二章 私の騎士様

第三話 一緒に大空へ(シーラ編)

しおりを挟む
 自分が子供の時から彼の姿はまるで変わらない。前に一度聞いた時には四百才とか言われて、むくれたことを思い出す。あれ以来、年を聞くのはやめた。どうせはぐらかされるに決まっているのだから。

「ねぇ、ケイン……わたしアルバートに結婚を申し込まれたの」

 少しは妬いてくれるだろうか? そんな期待を込めて聞いてみる。

「……あんなのは駄目だ」

 ケインが即答する。

「ケインはいっつもそう言うのね。わたしに結婚して欲しくないの?」
「自分を安売りするなって事だよ」
「わたしっていい女?」

 ケインの言葉は分かりきっていたが、あえて聞いてみた。彼はわたしを褒めることしかしない。きっと今回も褒めてくれるだろう。

「ああ、いい女だ。それでいて見る目のない男が多すぎる。あれをするな、これをするな、ドレスを着て女らしくしろって……そんなのは本当のお前じゃない。お前は今のままで十分美しいんだ。そのままでいろ。そのままでいいという男が現れるまで、結婚なんかしなくていい」
「ケインは今のままのわたしが好きなのよね?」
「当たり前だろう?」
「だったら、ケインのお嫁さんにして」

 わたしはそう言い切った。ケインの黒い瞳が驚いたようにわたしを見据える。その視線に耐えきれず、わたしはそっぽを向いた。

「い、嫌なら嫌って、はっきりそう言ってちょうだい。返事を先延ばしなんて絶対許さないんだから」
「それは、その……嫌なわけがない。けど……」
「けど? けど、何よ?」

 歯切れが悪い。彼の顔を見れば困ったような表情だ。
 ショックだった。喜んでいるようには全然見えない。
 やっぱり……やっぱり好きな人がいるんだ。じんわりと涙が浮かんだ。覚悟はしていたはずなのに、胸が痛い。苦しくて死んじゃいそう。

「普段は言わなくて良いことまでずばずば言うくせに! こんな時だけ黙りなんて酷いわ! 他に好きな人がいるならそう言えばいいでしょう?」

 感情の制御が出来ずに、当たり散らしてしまう。

「いや、その、ま、待て! 違う!」

 腕を強く引っ張られて、気がつけば彼の腕の中だ。
 わたしは子供じゃない、もう子供じゃないのよ! だっこは好きだったけど、今は嫌! 彼の腕から抜け出そうともがくも、ケインに唇を奪われて、抵抗する力は根こそぎ奪われた。体からくたりと力が抜け、驚きに見開いていた目をゆっくりと閉じる。

 キスって本当に甘いんだ……そう思うも、ケインの口づけは決して軽くも優しくもなかった。もっと情熱的で激しいもの……半開きになった口に舌が差し込まれ、くちゅりと音を立てる。羞恥と官能でどうにかなってしまいそうだった。

 自分に覆い被さっている大きな影から解放されてもなお、わたしの体からは力がぬけたままだ。ほうっと吐息が漏れる。これはもう、愛されていると思っていいのよね?

「シーラ、聞いてくれ……俺は……」

 彼の告白を期待し、夢心地で黒い瞳を見つめ返すも、彼はふいっと視線をそらしてしまう。ケインの様子が苦しそうで、辛そうで……わたしは困惑した。どうしたんだろう? 愛の告白にしては何だか様子が変だわ。

「俺は……人間じゃないんだ」

 思わず耳を疑った。理解が追いつかない。

「……どういうこと?」

 思った事がそのまま口をついて出る。

「俺の正体は……ドラゴンだ。数百年もの昔、人間に駆り立てられて絶滅した。俺が最後の生き残りなんだ」

 ドラゴン? 話には聞いているけれど、実物を見たことは一度もない。そんな話を聞かされても面食らうだけだ。
 思わずケインの顔に手を伸ばす。手のひらに感じる頬の感触はいつものもので、ざんばらな黒髪の向こうに見える黒い瞳は相も変わらず温かい。

「で、でも……ケインは人の姿をしているわ」
「信じられない?」
「ケインの言うことだから信じたいけれど……」
「元の姿に戻ってもいいけれど、ただ、これだけは知っておいて欲しい。ドラゴンの姿になるのは危険なんだ」
「どうして?」
「人間に駆り立てられて絶滅したと言っただろう? ドラゴンの体は長寿の秘薬になる。生き残りがいることが知られたら、追い回されるに決まっている」

 絶滅? 人間のせいで? まさか、そんな……血の気が引いた。だったら、人間であるわたしが、彼に好かれるはずがないではないか。

「でも、だ、だったら、ケインは人間が憎くはないの?」
「……俺はもともと人間びいきだったんだ。人間の友人もたくさんいて、魔術師に目をつけられた時も、彼らが俺を逃がしてくれた。そんな俺に仲間はあまりいい顔をしなかったけどな。でも俺はどうしても人間を嫌いになれない」
「仲間がいなくなって、寂しくはない?」
「寂しいさ。だからここにいる。人がいる町の傍に……」

 自分の髪をすく彼の手はあくまで優しい。涙が出そうになる。

「……君が望むなら、ドラゴンの姿になるけど、どうか悲鳴は上げないで欲しい。頼めるかな?」

 悲鳴など上げるわけがない。笑って頷くと、ケインの体が大きくふくれあがった。服が裂け、手足が変形し、黒い鱗が皮膚を覆い、皮膜のある翼が広げられる。
 目にしたのは大きな大きな黒竜だった。
 何とも言えない感動を覚える。

 瞳は金色で、鱗は黒曜石のようにつやつやと輝いている。正直言って、恐ろしいどころか、堂々たるその姿に見惚れてしまったくらいだ。ドラゴンはこんなにも美しい生き物だったのか……。伸ばされたケインの手をわたしは抱きしめる。

「大空を飛ぶってどんな気持ち?」

 彼が空を飛ぶ姿はどんなに素敵だろう。あこがれを言葉にすると、彼は自分を乗せて、大空を飛んでくれた。感激で胸が一杯になる。
 そんな事が繰り返される内、不穏な噂が広まった。
 ドラゴンが町に現れて、人家を荒らし回っているという。
 失礼な。ケインはそんな事しないわ。一体誰がそんな事を言ったのかしら。

 そんなある日の事。
 いつものように大空を飛びつつ、町を見下ろせば何やら騒がしい。よくよく見れば、広場に武装した兵士がたくさん集まっているではないか。嫌な胸騒ぎがすると同時に、ケインの動きが止まった。羽ばたくのをやめ、そのまま落下したのである。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

嫌われ貧乏令嬢と冷酷将軍

バナナマヨネーズ
恋愛
貧乏男爵令嬢のリリル・クロケットは、貴族たちから忌み嫌われていた。しかし、父と兄に心から大切にされていたことで、それを苦に思うことはなかった。そんなある日、隣国との戦争を勝利で収めた祝いの宴で事件は起こった。軍を率いて王国を勝利に導いた将軍、フェデュイ・シュタット侯爵がリリルの身を褒美として求めてきたのだ。これは、勘違いに勘違いを重ねてしまうリリルが、恋を知り愛に気が付き、幸せになるまでの物語。 全11話

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

残念なことに我が家の女性陣は、男の趣味が大層悪いようなのです

石河 翠
恋愛
男の趣味が悪いことで有名な家に生まれたアデル。祖母も母も例に漏れず、一般的に屑と呼ばれる男性と結婚している。お陰でアデルは、自分も同じように屑と結婚してしまうのではないかと心配していた。 アデルの婚約者は、第三王子のトーマス。少し頼りないところはあるものの、優しくて可愛らしい婚約者にアデルはいつも癒やされている。だが、年回りの近い隣国の王女が近くにいることで、婚約を解消すべきなのではないかと考え始め……。 ヒーローのことが可愛くて仕方がないヒロインと、ヒロインのことが大好きな重すぎる年下ヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:266115)をお借りしております。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...