やさしい竜と金の姫

白乃いちじく

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第一章 愛しの姫君

第四話 子作りをがんばろう(ケイン編)

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 兵士がわんさと集まった町の広場に墜落した俺は、魔法のロープでぐるぐる巻きだ。まったくもって無様である。シーラの泣き叫ぶ声が耳に痛い……

「シーラ、来るんだ。こんな化け物と一緒にいては駄目だ」
「放して、放して頂戴!」

 シーラが自分を掴んで引き離そうとするアルバートに抵抗し……彼女の膝蹴りが彼の股間を見事にとらえる。悶絶してばったり倒れた。ご丁寧に泡まで吹いている。
 ああ、痛そうだ。同情はせず喉の奥でくつくつと笑った。

 何せこの俺を隣国に売り渡したのはこいつなのだから同情の余地なしである。俺が恋敵とは言えやり過ぎだろう。
 ダマバ王国の魔法衣を着込んだ魔術師のじいさんが、ナイフを手に俺に近寄ると、シーラが立ちはだかり、それを阻止しようと踏ん張った。危ないからどくようにと言っても、シーラは頑として譲らない。

「みんな、聞いて! このドラゴンはケインなの!」

 ざわつく町の人々にシーラが再度たたみかけた。

「今までずっと人の姿に化けていたのよ! でも、皆知ってるでしょう? ケインはいい人よ? 彼は決して人に危害を加えたりなんかしないわ! だからお願い! 助けて!」

 周囲のざわめきがさらに大きくなる。
 と、そこへ、魔術師の頭めがけてフライパンが飛んできた。
 がこんと痛そうな音が響く。
 何故、フライパン? そう思って目線だけで橫を向けば、ソフィの怒り狂った顔が目に映った。むちゃくちゃ怒っている。彼女がこういった顔をする時はかなりあぶない。酔って暴れる男でも酒場からたたき出されてしまう。

「あんた! ケインに何する気だ! 勝手な真似は許さないよ!」

 続いて「そーだ、そーだ!」という町の者達の声が続く。見れば酒飲み仲間も集まってきていて、ソフィに加勢していた。おお、かばってくれるのか! 感激で目は潤み、しっぽをぱたぱたふりたくなる。ぐるぐる巻きなので無理だったが。

「ケインはね! 馬鹿で間抜けで大酒飲みだけど、気の良い奴なんだ! そいつを手にかけるっていうのなら、あたし達全員を敵に回すことになるよ! 覚悟しな!」

 うん、馬鹿で間抜けで大酒飲みは余計かな。
 感激で潤んだ涙が、少しばかりひっこんだ。
 しかしどうしたものか……

 シーラは逃げる様子もないし、俺と親しかった町の者達もまた、徹底抗戦の構えである。彼らの行動は嬉しくもあったが、内心焦ってもいた。単なるごろつき連中ならいざ知らず、魔術師相手じゃ分が悪い。
 先頭に立っていたソフィが、魔術師のじいさんに向かって、すりこぎを振り下ろす。

 え……? 俺は、目にした光景に驚いた。
 当然阻止されると思っていたソフィの攻撃を、魔術師がまともにくらったからだ。二度、三度とそれが続けば、まぐれでないことが分かる。一体どういうことだ? 

 あ……俺はある事実に気がついた。そうだった、威力のある術ほど呪文詠唱が長くなるから、それを邪魔すれば、術の発動を阻止できるんだった。
 だから大抵魔術師には、呪文詠唱を邪魔されないよう、護衛の兵士がつきそっていたんだっけ。ソフィがそんな事知っているわけはないが、無知が幸いしたのだろう。普通は警戒するところをガン無視し、直球を投げて大当たりというわけだ。

 ソフィの攻撃を止めようと動いた兵士達の頭上に、俺は前足を振り下ろす。ばちんと虫をたたくようにあっけない。油断大敵だな。俺は口元をにやりと歪め、笑った。術が緩めば拘束できないって事を知っておいた方が良いぞ。
 自由を取り戻した俺の姿に、兵士達が浮き足立った。ひいいっという悲鳴を聞いた気がするが、見逃すつもりはない。しっぽを振り回し、兵士達をなぎ倒す。

 宮廷魔術師はソフィの攻撃で完全に白目を剥いていた。
 この中ではもしかしたらソフィが最強かも知れない。
 さて、これからどうしよう。

 宮廷魔術師は兵士達と一緒くたに縛り上げ、教会の中に押し込めてある。当分は身動きできないだろうが、俺の正体を知られた以上、ここにいるわけにはいかない。
 人の姿に戻った俺の傍には、町の者達が寄り集まった。

「このままここにいればいいんじゃないか?」

 町の者達もソフィの言葉に頷く。
 嬉しいが、その意見には賛同しかねた。俺を狙う連中がここに押し寄せることは簡単に想像出来るからだ。町の連中に迷惑はかけられない。

「また追い払ってやるよ」

 頼もしい台詞だが、毎度毎度今のように上手くはいかないだろう。今回は不意を突いたから撃退できたのだ。
 旅に出る意思を伝えると、しんみりされた。俺もこうやって仲良くなった連中と別れるのは寂しい。だが、友達が酷い目に遭うのはもっと嫌である。

 酒飲み仲間に餞別として酒をプレゼントされた。時々は帰って来いという言葉に俺は頷く。たとえそれが無理であっても、彼らの心遣いが嬉しかった。
 シーラは俺についてくると言う。
 危ないからと止めたが、がんとして聞き入れない。

「連れて行ってやんなよ。ここへ置いていってもシーラの事だ。あんたを追いかけるよ」

 ソフィの言葉で俺は覚悟を決め、シーラを連れて旅立った。
 天気は上々で、のんびりと歩いて行くことにする。

「……子供が欲しいな」

 道々そんな事を言えば、シーラの顔が真っ赤になった。
 握っている彼女の手が、若干熱くなったような気がする。

「たくさん欲しいけど、無理だろうなぁ……俺達って交わっても中々子供が出来ないんだよな。だから数が全然増えない。いや、出来れば御の字か……よし、がんばってみよう。もしかしたら神様が一人くらいプレゼントしてくれるかもしれないしな」
「が、がんばる?」

 ひっくり返ったようなシーラの声が後ろから聞こえてくる。

「うん、がんばる。毎日毎日やってればそのうち……っておーい、シーラ。どこ行くんだ?」

 いきなり足を速めた彼女の後を余裕で追いかける。彼女は小走りだが、俺はゆっくりとした徒歩だ。そもそもコンパスが違う。

「こ、心の準備が!」
「準備? 何の?」
「だから、子作りの!」
「子作りの準備? ああ、そうか産着とか? じゃあ、次の町で見てみよう」
「そこじゃなくて! 飛びすぎてるわよ!」

 真っ赤になってシーラが抗議する。いまいち分からない。産着が飛びすぎ? あぁ、その前にマタニティドレスが欲しいってことか? そうか、うんうん。分かった分かった。今までに貯めた金はあるから、好きなものを選んで良いよ。
 取りあえずいい宿を取って彼女を押し倒そう。まずはそこからだな。ちゃんと知識はあるから大丈夫なはずだ。痛くないように、優しく優しく……

 揺れる金の髪を眺め、背後から彼女を抱き締める。一瞬こわばった彼女の体も、優しくついばむように口づければ、たちまち柔らかく解きほぐれた。

「愛している」

 彼女の耳元でそう囁いた。甘く満ち足りた気持ちで。

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