やさしい竜と金の姫

白乃いちじく

文字の大きさ
上 下
1 / 9
第一章 愛しの姫君

第一話 出会い(ケイン編)

しおりを挟む
 人間の子供を拾った。
 拾うつもりなんかさらさらなかったんだが……すがるような目でみられて何となく連れてきちまった。森の中をいつものように散歩していた時の事だ。ビービー泣いてる小汚い袋が転がってて、興味本位でつついてみたのが運の尽き。

 小汚い袋は人間の子供だった。
 年は四、五才といったところだろうか、服も髪も薄汚れてて、それが体を丸めていたのでずた袋のように見えたのである。顔も薄汚れていて男か女かもよく分からなかったが、大きな青い瞳だけは綺麗で気に入った。

 俺を見て驚いたのかぴたりと泣き止み、こぼれ落ちんばかりに目を見開く。敵か味方かはかりかねているらしい。
 まぁ、人間を取って食おうなどという気はない。持っていた菓子をくれてやった。時折、町に行って買い出しをする時に、気の良い店のおばちゃんがおまけしてくれたやつだ。俺の正体を知らなければ、大概は上手くやっていける。

 見た目はかなりの大男なので最初はびびられることが多いが、危害を加えなければそうそう喧嘩にもならない。こんな風に親切にしてくれる連中も結構出てくる。大酒をかっくらって、ついつい本性をだしちまった時は大騒ぎになったが、あの町はとっとと逃げ出した。今はおおむね平和である。

 小汚い子供はおずおずと手を伸ばし、菓子の甘いにおいにつられて一口ぱくり。腹が減っていたのかあっというまに食い尽くした。警戒心が薄れたか、もっと欲しいとねだってくる。結構意地汚いな。他に何かあったっけ?
 ポケットをまさぐっても何もない。困った。
 子供の期待するような目が地味にきつい。

「俺の家に来るか?」

 子供の顔がぱあっと輝いた。
 そうか、嬉しいか。
 俺が立ち上がって歩き出せば、俺の後をとことこと付いて歩く。かなりゆっくり歩いているつもりなのだが、どんどん引き離されていくので正直困った。非力で小さい生き物をどうしたものかとじっと眺め、ひょいっとつまみ上げる。

 俺は子供を肩車し、森を疾駆した。
 この方がいいだろうと考えたのだが、正解だったようだ。子供は大喜びし、「早い! 早い! お兄さん、凄い!」と言ってはしゃぐので、つい調子に乗ってしまった気がする。飛ぶように駆け抜け、自分の住処である丸太小屋の周囲を三周もしてしまった。

 小屋に入れば、そこには木製のテーブルと椅子があり、奥の部屋にはちゃんとベッドもある。俺が乗って転がっても壊れない頑丈な奴だ。
 俺は子供を椅子に座らせ、暖炉の薪に触れて火をつけた。作るのは自分の好物であるキノコのスープだ。これしか作れない、ともいう。

「火……」
「うん?」

 見ると子供が不思議そうな顔をして、こちらをじっと眺めていた。

「火がボッて……どうやったの?」

 子供の目は暖炉に釘付けだ。ああ、そうか。魔術師でもないかぎりこんな風に火をつける奴はいなかったんだっけ。一人暮らしが長かったからついうっかりしていた。

「魔法具を使ったんだ」

 とりあえず適当な事を口にする。
 ソフィの食堂でも確か発火魔石を使っていたはずだから問題あるまい。行商人から値切りに値切って買ったらしいが、それでも高かったんだと周囲に自慢して回っていたっけ。火をつけるのにとても便利らしい。

「魔法具……じゃあ、お兄さん、魔法使いなの?」
「違う」

 俺は即座に否定した。あんなものに間違われるのはたまらない。
 できあがったキノコのスープを子供の前に置けば、子供は何故か食べようとしない。俺の顔色をうかがうようにじっと見つめている。
 食わないのか? と問えばぽつりと言う。

「もしかして怒ってる?」

 ああ、不機嫌なのが分かったのか。当たるつもりはなかったんだが……

「いや、気にしなくていい。さ、食べるんだ」

 俺がすすめれば、子供は恐る恐る口をつけ、次いでがつがつと食べた。相当腹が減っていたようで、きっちりおかわりまでしてくれた。
 食事を終え、椅子に座ったまま舟をこぎだした子供に向かって問う。

「名前は?」
「シーラ」

 おっと、女の子だったか。どうせなら男の子の方が遊べて面白かったんだが……まぁ、いい。どうせ長居はしないだろう。
 事情を聞くと旅の途中で盗賊に襲われて、命からがら逃げてきたと言う。両親が身を挺して助けてくれたらしい。両親の安否を聞いたが、シーラが青い目に涙を一杯ためたので、詳しく聞き出すのはやめておいた。
 多分殺されたのだろう。明日、養い手を探してやるか。

 となると……この身なりはまずいな。泥まみれの子供をしげしげと眺める。
 いい養い手を探そうと思ったら清潔な方がいい。
 俺は外へ出ると風呂に水をため、手を突っ込んで湯を沸かした。俺の手は熱した石のように熱く出来るので、水はすぐに湯へと変わる。

 再び小屋の中に戻れば子供は既に寝かけていたが、そのままひょいっと担ぎ上げ、外へ出た。ずた袋のような服を引っぺがし、ぼちゃんと熱い湯の中に放り込む。
 ごしごし洗って、へぇ……こりゃ意外。綺麗な子供だ。相当汚れていたんだな。湯は真っ黒になったが、子供はぴかぴかだ。金の髪にバラ色の頬。笑えば天使のように愛らしい。
 こりゃ、もらい手が殺到しそうだ。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

初夜に「私が君を愛することはない」と言われた伯爵令嬢の話

拓海のり
恋愛
伯爵令嬢イヴリンは家の困窮の為、十七歳で十歳年上のキルデア侯爵と結婚した。しかし初夜で「私が君を愛することはない」と言われてしまう。適当な世界観のよくあるお話です。ご都合主義。八千字位の短編です。ざまぁはありません。 他サイトにも投稿します。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】冷酷公爵との契約結婚~愛なんていらないはずなのに~

21時完結
恋愛
家のために冷酷な公爵と契約結婚することになった伯爵令嬢リディア。形式だけの結婚のはずが、公爵の隠された優しさに気づき始め、次第に惹かれていく。しかし、公爵にはどうしても愛を受け入れられない理由があって…?

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

嫌われ貧乏令嬢と冷酷将軍

バナナマヨネーズ
恋愛
貧乏男爵令嬢のリリル・クロケットは、貴族たちから忌み嫌われていた。しかし、父と兄に心から大切にされていたことで、それを苦に思うことはなかった。そんなある日、隣国との戦争を勝利で収めた祝いの宴で事件は起こった。軍を率いて王国を勝利に導いた将軍、フェデュイ・シュタット侯爵がリリルの身を褒美として求めてきたのだ。これは、勘違いに勘違いを重ねてしまうリリルが、恋を知り愛に気が付き、幸せになるまでの物語。 全11話

処理中です...