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魔王

お前は誰だ?

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「お前、俺と初めて会った時、やたらとビビってたよな? それってもしかして、この格好が原因か?」


 やはり言えない。
 言えるはずがない。
 お前は本当は、この街に住んでないんだろ? なんて聞けるか?
 

 いや違う。
 

 躊躇している理由が本当にそれならば、正直、聞ける。
 聞けなかった、本当の理由は――


 聞いて、もしも俺の勘が当たっていたなら――


 二度とパミュとは会えなくなるんじゃないかって、そう思っていたからだ……。


「それが半分」
「半分? まだあんのかよ」


 苦笑しながら、俺は尋ねた。


「うん……」


 パミュは少し思いつめた顔をして、地面を見つめた。
 

「ビュウってさ……ちょっとだけ、お母様と雰囲気が似てるんだ」
「え……」


 俺と、似てる……?


 八百年生きた、この俺と……?


「ううん。今じゃ、全然似てないって、そう思うんだけどね。でも初めて会ったときは、そう思った。お母様もいつも、こんな格好してるから。分厚い服着て、誰も……ううん、才能ある人しか、寄せ付けない感じで……」


 ずっと地面を見つめていたパミュが、顔を上げて、小首を傾げる。
 痛々しいぐらいの、笑顔だった。
 心配する俺を、逆に気遣うような、そんな……。


「でもね、違ってた。ビュウは誰にでも優しくて、面白くて、いい人で……だから、ティアラナさんや、マリオンが、ビュウのことを好きになるのも、わかる気がするなー……って」


 パミュが曇天を見上げる。
 気のせいか、目尻が少し、赤くなっているような、そんな気がした。


「あ!!」


 突然、パミュが、大声を発し、その口を掌で覆った。
 赤くなった顔を隠すように、両手を目の前で振るう。
 

「違う違う!! 今のなしなし! なしだからね! 絶対!」
「……」


 どっちのなしなんだよ。
 ティアラナやマリオンが、俺を好いているかもしれない、という意味でのなしなのか……。
 

 あるいは。


 それをうらやむような顔をしていたお前の、なしなのか……。


 そんな時。


「お嬢様ー。お嬢様ー」
 

 高いのではなく幼い。それでいて、降り注ぐ雨のように冷たい、ピシャスの声が、どこからか響いてきている。
 多分開けた視界の先にある、階段の上からだろう。エルメルリア中央広場は、言ってしまえばルリアシークの麓である。その先は勾配で、死角だった。
 

 ピシャスの声を聞いたパミュが、掌で口元を隠し、目を丸くする。


「え……? ピシャス……? セレンじゃ……ない……?」


 何だ?
 何を考えている、こいつ……。


「ゴメンビュウ。迎えが来ちゃったみたいだから、あたし先に帰るね!! バイバーイ、じゃなくて、またねー!!」


 飛び上がって諸手を振り、パミュが音源まで駆けていく。


 ふと。


 パミュが足を止めた。
 

 振り返る。


「あ!! さっきの話――」
 

 さっきの話……?
 あぁ、好きがどうのこうののやつか……。


「さっきの話なんだけど――」
「あぁ。ちゃんと忘れとくから心配すんな」
「じゃなくて」
「?」
「せっかくだから、一度考えてみていいと思うよ? あたしは――あたしは、ティアラナさんも、マリオンも、大好きだから、だから、みんなが幸せになってくれたら、すごく嬉しい」
「……」
「あ、でも!! ちゃんと一人を選ばないと、絶対許さないんだからね!! まあでも、ビュウなら大丈夫かな? エヘヘ。それじゃあ、バイバーイ!! あ、じゃなくて、またねー!!」
 
 
 パミュがジャンプしながら諸手を振り、階段を登って消えていく。


 俺は――


 水たまりを蹴って、駆け出していた。
 

 大切だった。友達だった。心配だから家まで送る。
 ただそれだけのことだった。
 相手にどう曲解されようが、他者にどうなじられようが、それを躊躇する理由なんてどこにもない。
 

 何故それに今気づく。八百年も生きてるくせに。


 ――んなもんできたら、とっくに魔法使いなんてやめてるよ。
 

 ゴロンゴロン。
 

 俺の隣を、馬車が水を弾きながら、通り過ぎていく。


 長い階段を登った先――パミュは、いた。
 若き執事、ピシャスと一緒に。


「おやおや。そんなにお慌てになって。どうか――なされたのですか?」


 俺はそんなピシャスを無視して、パミュの足元を見ていた。正確には、パミュの足元にある、水たまりを。
 

 目を見開く。眼球が、弾けて散りそうなぐらい。今の俺の瞳は、アルカナ反応で濃くなっていることだろう。


 面を上げた。
 見鬼を解かないまま、パミュを見据える。
 なんやかんやで、パミュの魔装を見るのは初めてだった。
 乱れに乱れた、ド素人の魔装。
 

 否。
 

 乱れに乱れた、ド素人の魔装……に見せかけた、達人の魔装だ。
 この俺ですら、根拠がなければ、まず気づけない。
 あのティアラナが欺かれていたのも、頷ける。
 こいつ……魔力の扱い方だけなら、ティアラナクラスだ。


「お前……パミュじゃねぇな?」
「はい?」


 代わりに応えたのは、ピシャスだった。
 これ以上ないほど顔を歪ませて、白い歯を見せてくる。
 パミュらしき何かは、ポーカーフェイスを崩していない。
 

 ふと。
 

 顎を持ち上げ、パミュが嗤った。
 他者も、自分も、何もかもを嘲笑うような、そんな顔で。
 

「そうか。迂闊だった。魔力探索か」


 自分の魔力というのは、ある程度までなら追うことができる。
 パミュが持っている氷の傘は、俺が精錬したもののはず。
 しかし、自分の魔力を追った先は、パミュが持っている傘ではなく、パミュの足元にある、水たまりだった。
 破壊して


「お嬢様……」
「もう演技する必要もないでしょ。目的は達した。そのバカみたいな呼び方も必要なし」


 パミュが、持っていた氷の傘を放って砕いた。頭につけていたリボンを剥ぎ取り、ツインテールにしていた髪を、まっすぐに下ろす。
 雨が全身を打っている。前髪からシトシトと、雨水が滴り落ちていた。
 髪型を変え、わざわざ濡れネズミになったパミュ。これだけ変わっても、やはりパミュにしか見えない。
 あるいは、偽物のはずがないと、そう思いたいだけなのかもしれない。


「やれやれ。怒られるよ、あいつに」
 

 ピシャスもまた、氷の傘を放って砕く。


「前にカーヤが言ったよね? パミュなんかより、かまとと女のことを第一に考えないとって。ダメじゃん。人のアドバイスは素直に聞かないと。どうせあいつは、カゴの鳥。手を伸ばしてつかむことも、手を伸ばしてつかまれることだって、できやしない、哀れな存在でしかないんだからさ」
 

 俺は何も答えず、二人を見据えていた。
 雨は今も、シトシトと降り続いていた。



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