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魔王

黒い翼をはやした化物(イレギュラー)

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 ティアラナが横から尋ねてくる。


「ん? 部屋に飾っとくよ」
「ふーん」
「何だよ?」
「べっつにー」
「何だよ、それ」
「ねぇねぇ」
「ん?」
「どうだった?」
「何が?」
「え? そのー」
「その?」
「腕……組み?」
 

 腕組みがどうだった? 
 ちょっと言ってる意味がわからなかった。
 胸が大きかったとか、そういう意味?
 正直マリオンと大差な――ハッ。
 ティアラナを見る。
 ティアラナは、上向いて、いつものように視線を逸らしていた。


「ふーん。そんなこと考えちゃうんだ。へー」
 

 俺は最近――というか、料理大会のあの時から――ティアラナの前では魔装を整えないようにしていた。まあ整えなくていいかなと思っていた。そして、俺がそう思っていることを、ティアラナに知ってほしいとも思っていた。しかし、俺が本当にティアラナに知ってほしいことは、いつも隠してしまうのだった。


「いや、違!! お前はほら、あー……やせてるから?」
 

 俺は思わず立ち上がり、ティアラナの前で身振り手振りと言葉を尽くす。


「ふーん。でも知らなかったなー。マリオンと腕組んだことあったんだー。十三歳のマリオンとねー」
「いや違うって、あれはあいつが勝手にだなー」
「へー」
「いやだから、俺は特に何とも思ってなくて、今とはその違うっていうか」
「ふーん」
 

 ティアラナは、あっち向いたりこっち向いたりして、俺と目を合わせようとしなかった。これはこいつのよくやる仕草で、本気で怒ってるってわけではないんだろうけど、戻し方がわからなくて、俺はいつも苦労する。
 困っていると、ティアラナが唇を隠し、肩を揺らしながら笑った。
 また空を見上げる。


「こんな言葉知ってる?」
「ん?」
「女の子の機嫌を直す方法は二つしかない」
「ほう」
「一つは、夜空から星をとってきて、それを彼女に渡すこと」
「無茶言うな」
 

 ツッコムと、ティアラナが唇を隠し、クスクスと笑った。


「それができなければ――」
「できなければ?」
 

 ティアラナが俺を見上げている。
 暗闇の中。
 紫暗の瞳が輝いていた。
 何が言いたいのか。
 魔装を見なくても、俺にはわかった。
 だが。
 最初に考えてしまったこと。
 それは罪悪感だった。


 家族もいない。故郷もない。年すらも語れない。
 女風に言うなら、絶対に捕まってはならない『バカな』男だろう、俺は。


 無論。


 偽ることはできた。
 開き直ることもできる。
 打ち明けることだって。


 だけど、結末は、どっちに転んでも、涙だ。
 人生はどうしたって、歪になる。


 本当にいいのか?
 綺麗な華だ。愚かでもなかった。おいそれと抜かれないよう、崖の上に咲いていた。
 その華を抜けるものは、紛れもなく、英雄。
 

 俺は……ティアラナにとって、背中に黒い翼をはやした、ただの、化物(イレギュラー)だ……。


 前を見る。
 ティアラナが、瞳を閉じていた。
 投げ出すように、足を伸ばす。
 空を見上げた。


「まあまだ早すぎるってことかなー。いくら魔術師の触れ合い他千日とは言ってもねー」
 

 ティアラナが、おばぁちゃんのように、紅茶を啜る。
 目蓋を下ろし、笑った。
 握った拳が震えて、止まる。
 早すぎるんじゃない。


 永劫こねぇんだよ……。


「ビュウくん」
 

 目を開き、面を上げた。


「んんん、んーんん?」
「だからぁ」
 

 ツッコム前から、ティアラナは笑っていた。
 つまり今のは、ティアラナなりの、ギャグということだ。


「隣。座ったら?」
 

 やや照れくさそうにティアラナが言った。
 じゃあボケるなよって話だ。
 俺は呆れながら、ティアラナの隣に腰かけた。


「ビュウくんの力には裏がある」
 

 顔も見ずにティアラナが言った。
 

 俺は嗤った。
 

 その通りだティアラナ。
 俺の力には裏がある。
 
 不正(チート)を使ってやっと人並み。本来人に好かれるような資格なんてない。何せ俺がここに来た理由、その死因は――


「でも、ビュウくんの心には、裏がない」
 

 ティアラナに目を向ける。
 ティアラナはやはり、正面を向いたままだった。


「これ以上は、もう言わないよ」 
 

 冷たく言って、ティアラナがリュックの中からハンドルつきの双眼鏡を取り出した。
 俺は、自分の殻に閉じこもるように、三角座りした。
 吹きかける自分の吐息が、温かい。


「あ、流れ星」
 

 人の肩をポンポンと叩いて、ティアラナが言った。


「え、嘘!!」


 遅すぎると思いつつも、反射的に空を見上げていた。


「え? 嘘」

 
 笑って、ティアラナが言った。


「……お前な」
 

 呆れてティアラナに目を向ける。
 双眼鏡を下ろして、ティアラナが振り返る。
 下から覗き込むような振り返り方で、黒髪が真下に落ちていた。
 ドキドキする。   
 俺はそんな胸の高鳴りを誤魔化すように、視線を上向けた。


「お前……真面目に仕事する気ねぇだろ」
 

 ツッコムと、ティアラナはやはり、肩を揺らして笑うのだった。  
   
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