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君の願い事、俺の願い事

またね

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「ふふふ」
  
  
 軽やかな笑い声に釣られて見ると、ティアラナが唇を隠し、肩を揺らしながら笑っていた。


「雇用期間はね、一年を考えているの。あたしもいつまでこの街にいるかわからないし。報酬は歩合制。ただし、仕事があるなし、成否を問わず、月に銀貨十枚を必ずお渡しするわ。宿代は必要なし。食事代も三食無料。食事はあたしが作るけど、安心して。下手というオチも、味音痴というオチもないから。よかったら、今日だけでもあたしの家に泊まっていったら? 料理の腕も見せれるし、詳しい話も詰められるしね。まあ、部屋の片づけぐらいは、手伝ってもらうことになるかもだけど。どう?」

「うーん」

「すぐには決められない……かな?」

「いや、いい話だとは思ってるんだけどな」

「そっかー。まあ急な話だもんねー」

「はいはい、ティアラナさん!! はーい、はーい、はーい、はーい!」


 パミュが小刻みなジャンプを繰り返し、自己主張を始めた。ツインテールにしたピンク髪が、浮いたり下がったりしている。背丈に似合わぬ、その豊満な巨乳も同じく。
 ティアラナが、五歳児に向けるような笑顔を向ける。


「ふふ。なーに、パミュちゃん」
「えっと、その……ティアラナさんって、いつかはこの街、出ちゃうんですか……?」
「そうねー。あたしは元々野良だからねー。この街にいるのも、クジャ国王陛下に、白亜の称号を奉じられちゃったからだし」


 パミュが指をアゴに当てて、首を傾げる。
『?』と顔に書いてあった。


「白亜の称号は、サザーランド流白魔術の最高峰だ」
「むーっ。それぐらい知ってるもん!! 白魔術の白亜、黒魔術の黒暗、赤魔術の灼嵐、青魔術の蒼穹、錬金術の金陽」
「わかったわかった」
「むーっ」
「野良で、サザーランド流白魔術の最高峰に奉じられるってことはな、その国が擁する白魔術師は、野良以下しかいませんと他国に喧伝したのも同義なんだ」
「へー」
「だから、ティアラナは、何もしていないにもかかわらず、その国に泥を塗ってしまった、ということだ」
「えーなにそれー!! ティアラナさんはちっとも悪くないじゃん!! ひっどーい!! さいってー!! 許せなーい!!」
「いやそんな俺に怒られても」
「むーっ」


 まあ結果的には、泥は塗らなかった。
 魔王クジャ=ロキフェラトゥには、才なき者は王でも殺し、才ある者は罪人でも用いるという風評が、世間に知れ渡っていたからだ。
 

 何より、魔王クジャ=ロキフェラトゥ自体が精強極まりないため、自国の白魔術師がどうであれ、サザーランドの軍事力、技術力には欠片も影響はない、という読み方もあった。


 だからその政略は、むしろ魔王クジャの懐の広さ、強靭さをより他国に知らしめる形になった。
 そしてもう一つ。


「だから、ティアラナは出れないんだよ、この国を」
「?」


 パミュが指をアゴに当てて、首を傾げる。
『?』と顔に書いてあったって、さっきと一緒じゃねぇか。


「だからー」
「だから」


 その後を継いだのは、ティアラナだった。
 パミュがアゴに指を置いたままの顔を、ティアラナに向ける。
 表情も、一寸違わずそのままだった。
 そういう顔した人形か、お前は。


「ここで出ちゃったら、自国の魔術師を差し置いてまで、白亜の称号を奉じてくれたクジャ国王陛下の顔に、泥を塗ることになっちゃうでしょ? だから、出れないんだよ」


 そう。
 それがもう一つ。
 

 ティアラナを自国の魔術師だと喧伝することで足止めし、あわよくば傘下に取り込もうという算段。
 

 知恵走る者の一手は、凡人の打つ三手に及ぶというが、クジャの打ったこの政略が、その古語にズバリ当てはまる。


 結果的に何一つマイナスを作ることなく、一つの実を落とし、もう一つの実にまで、手をかけているのだから。


 まあ、当のティアラナに、それが効いているかどうかは、さておいて……。


「じゃあじゃあ、いつまでここにいてくれるんですか? ティアラナさんは」


 寂しそうな顔で、パミュが問いかける。
 

 ずっといてください。


 そう顔に書いている。
 こいつは思ったことを何でも顔に書く女なのだった。


「うーん」


 ティアラナが、唇に指を当て、上向いた。


「一年?」


 そしてこいつは、こういうことをハッキリ言っちゃうやつなんだよな、これが。
 何でわかるかって、前回見たもん、この流れ。
 

 で。


 ガシッ。
 

 言葉を結んだティアラナの両肩を、パミュがガッシリとつかんで、そして――


「そんなの嫌です、ヤです、ティアラナさんはずっとこの街にいないとダメです! ティアラナさんのいないエルメルリアなんて、全然エルメルリアじゃないです! そんなこと、あたしが全権力を駆使してでも認めないです~っ!」
 

 こうなるわけなんだな。
 

 物のようにブンブンと振り回されたティアラナの目が、渦巻き状になっている。
 

「ふふ」


 笑っちまった。
 

 こいつといたい。
 ではなく、こいつらといたい。
 

 そう思った。

 
 一年ならば、いれる。
 いれるはずだ。


 たかが一年で、周囲に悪影響を与えると考えるのは、それこそ自意識過剰ってなものではないか。

 
 だが俺はどうだ?
 
 
 一年も同じところで過ごして、こんなにも愉快な連中と過ごして、俺は、ハサミで切るようにスッパリと、この場を切り捨てることが、できるのだろうか……?


「ビュウくん」
 

 目を向ける。
 渦巻き目から回復したティアラナが、コホンと一つ咳払い。


「あたしも向こうで人待たせてるからさ。とりあえず、今日の分の報酬だけ渡しておくね」
 

 女性下駄の響く音。懐まできたティアラナが、俺の手を両手で包み込んだ。
 見上げてくるティアラナの瞳。濡れたように光っている。
 
 心臓の鼓動。ティアラナに聞かれているのではと思った。まるで心臓に手を添えられているかのように、ドキドキしていたから。
 
 結構長々と、手を握られている気がした。そう思った途端、ティアラナの手が俺から離れた。名残惜しく思いながら、手を開く。掌中には銀二枚があった。
 
 面を上げた。
 応えるように、ティアラナが笑った。


「差分はお布施替わり」
「布施?」
「神官の財布に入れるよりかは、合理的かなと思ってね」
「台無しだな」
 

 ティアラナ口元を隠し、肩を揺らす。どうやらこれは、ティアラナの笑う時の癖らしい。


「それじゃあ――」
 

 クルリとティアラナが踵を返した。
 パンと、太ももを叩く仕草が愛らしい。


「またね、ビュウくん」
 

 ティアラナがフェルナンテと合流する。フェルナンテは、先に進むティアラナについていかず「まったねーん」と光る八重歯を出して笑った。そんなフェルナンテの首根っこをティアラナがつかみ、今度こそ人混みの中へと二人は消えた。
 
 ポツーンと、残された、俺たち二人。
 
 俺は、渡された銀貨を、顔も見ずに、パミュに差し出した。


「え?」

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