上 下
15 / 83
君の願い事、俺の願い事

あれも食べたいこれも食べたい

しおりを挟む
「んっ!!」


 俺は噛り付いた焼き魚を見つめた。基本暑い地域の魚は不味いというのが定説だ。魚が脂をたくわえないからである。しかしこれは中々……。


「悪くないな」


 新鮮だからかもしれない。あるいは死念濃度が高い海が、ここら辺にあるのかもしれない。たかが的屋の主人が料理の鉄人ってこともないだろうし。
 棒に刺さった魚に歯を食い込ませ、白身を貪る。手に持った紙皿には、一盛りの塩が乗せられていた。魚自体にも塩は塗されているが、これで好みに調節せよということだろう。
 俺は時に塩を塗し、時に塩の山に魚自体を押し付けて、食らう、食らう、食ら――
 

 ジ~~~~~~~~~~~~~~~~っ。
 

 ――おうとして固まった。
 
 パミュが飯食っている様を、指くわえて見つめてきていたからだ。
 名誉のために言っておくが、俺はおごろうかと聞いた。しかしこいつはいらないと言う。
 しかし食っている様を、羨ましそうにガン見してくるということは――


「ダイエットか何かか?」


 ガクッ。
 

 パミュが、重石でも乗っけられたかのように、左肩を下げた。
 しかしすぐ、手を振り下ろして、歯を剥いた。


「ちーがーう。あたし十分やせてるし! うちでも姫様やせすぎですってよく言われるもん!!」
「姫?」
「え? あーその、あたし家ではいつもお姫様扱いだから。あはは……」
「ほー」


 お姫様扱い、ねぇ……。


「で? ダイエットじゃないなら、何なんだよ。さっきから人が食ってるところ、羨ましそうに見てきやがって。食いたければ食えばいいだろ?」
「むーっ」
「何だよ?」
「だって」
「だって?」
「あたし、一人でご飯食べるの禁止されてるもん。食べれないんだもん」
「何だよ一人で飯買ったことねぇのかよ? いいか、貨幣には、銅貨、銀貨、金貨、手形とあってだな、この銅貨持っ――いって!!」


 俺はその場でケンケンした。
 パミュにいきなりスネを蹴り飛ばされたからだ。
 パミュは百パ―加害者だってのに、眉を吊り上げ、頬を膨らまして怒っていた。


「そんなのわかってるもん!! 一人でご飯食べるのが禁止されてるって言ったの!! ちゃんと聞いて!!」


 飯の恨みは恐ろしいというが、こいつ相当気が立ってんな。
 ちょっとした冗談じゃねぇかよ。
 パミュ怪獣ここに爆誕。


「一人で食べるのが禁止の意味がわからないけど、とりあえず一人じゃないだろ? 俺とお前。二人いるじゃないか」
「そういう意味じゃないの!! 先に人がちょっと食べたものしか食べられないって言ったの!」
「はあ。そうっすか」


 んなもんわかるかい。だったら最初からそう言えや。
 と、心の中で思ったが、言わないことにした。ガリガリと頭をかきながらそっぽを向く。


「じゃあ……いるか? これ」


 焼き魚を差し出しながら、俺は言った。ほとんど誘導尋問だぜ、これは……。
 すると。


「いる!!」


 パミュが言った。
 心に染み込みこみそうなほど、嬉しそうな声音。
 思わず振り返っていた。
 パミュが目を輝かせながら、俺を見上ている。
 笑いそうになってくる。
 そんなにも食べたいものかね、焼き魚なんかが。
 俺は差し出していた焼き魚を、更に前に突き出した。
 パミュが俺の手をつかみながら、焼き魚を咀嚼する。
 いや、全部やるつもりだったんだけど……。
 こいつの食いさしを、後から俺が食うってのもどうなのよ。
 まあ……別にいいか。
 相手はパミュだし。
 十五の小娘だし。
 どうこう思う方が、どうかしている。


「おいしーっ!!」


 今にも落ちそうな頬を押さえながら、パミュが言った。
 たかが露店の焼き魚でここまで言ってもらえりゃ、焼いた奴も大満足だろうな。


「ねえねえ」
「なんだよ。近いな、顔が」  
「あたしって、顔色悪くなったりしてない?」
「してねえよ。それがなにか?」
「やっぱりそう? なーんだやっぱり大丈夫なんじゃない。じゃあ次はなにを食べよっかなー。ふふふ」


 あっち行ったりこっち行ったりして、パミュが露店の商品を物色する。
 それは別にいいんだけどさ――。


「パミュちゃんどうだい? ケバム料理は。羊もレタスも今日獲ってきた、超新鮮な具材だよ。銅貨十二枚のところを銅貨五枚にしちゃう」
「パミュちゃんどうだい? 本日シークロアから持ってきた、野イチゴの詰め合わせだよ。ケバムなんて羊さんが可哀想でいけねぇや。銅貨? ああ一枚でいいよ。パミュちゃんだし」
「パミュちゃんどうだい? アイチカジュースは。頭切って、ストローとスプーンつけて、はいどうぞ。ああ大丈夫大丈夫。お代なんていらないさ。もちろん無料。僕はパミュちゃんと話せただけで、銅貨十枚以上の幸せを手に入れたからね」


 ってな感じで、飯がどんどん安値、もしくは無料で手に入ってるんだけど、マジで大丈夫かこの街? 
 

 まあ気持ちはちょっと、わかるけどな……。
 

 パミュの食べっぷりには華がある。というか、リアクションがいいんだな。
 口に含んだ後、目を丸くして周囲を見渡す。その美味を、誰かに教えようとするかのように。そして、そのハードルは決して高くなく、むしろ低いわりに、嫌味ではない。しかもこいつは声もいいので、視覚から聴覚から、人をとろけさせてくる。だから、飯を奢りたい人間が後を絶たないってわけだ。


「はいこれ。ケバム」


 突然パミュから食いさしのケバムを渡されて、俺は戸惑った。


「はいこれ。野イチゴの詰め合わせ」


 またまた渡されて、俺の両手が塞がる。


「はい」
  
  
 最後に、アイチカジュースのストローを、俺に向けてくるパミュ。俺はやや恥ずかしく思いながら、顔を近寄せて、ストローを口にした。口から離して、咀嚼して飲み込む。見たまま果汁百パーセントの味だった。濃厚で甘い。
 見下ろすと、パミュが目をキラキラさせながら、俺を見上げている。首を縦に振ったが、それでも伝わっていなかったみたいなので。


「うまい」

 
 とだけ伝えた。
 するとパミュは、俺が吸ったストローに唇を合わせて、ジュースを吸い込んだ。
 周りがギョッとした顔を俺に向ける。俺は『いや毒見をさせられただけなんだけど』と、伝えようと思ったが、彼らの目を見て、口を開くのをやめた。我ながら英断だと思う。


 そんな中、パミュは能天気に、感想を口にしていた。


「おいしーっ!!」


 と。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

処理中です...