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ねずみ講

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 振り返った先にいたのは、吉野だった。口元は笑っているが、グルグル眼鏡によって目元が隠れているため、いまいち表情が判別できない。


「桜ヶ丘の特進生徒。すごいよねー。僕みたいにエスパーじゃないのに、人の心をあんなにもスラスラと読んで」
「え? エス、桜、え?」
「吉野さん、いっぺんに色々な情報を盛り込みすぎですよ。もー」
「いやーちょっと切り出すタイミングが難しくって。アハハ」
「いやーちょっと待って下さい。え? どこまでがホントで、どこまでが嘘なんですか?」
「全部本当ですよ。とりあえず、あたしは桜ヶ丘の人間です。一応現在の学歴は大学二年ということになっています」


 手を出される。小さな手。確かに、どう見ても子供の手だった。顔もそう。子供特有の幼さがある。そして今の読み。間違いなく、桜ヶ丘の特進生徒。
 神山は頭を下げながら、その手を握った。桜ヶ丘というのはザックリ言えば、日本で飛び級を許された二大学のうちの一つ。単純な学力だけならあの東鳳すら超えていると言われている。
 そんな人間に、不敬は抱けない。自然と腰が低くなる。


「いやーこんなところで千秋の生徒会長さんに会えるとは思いませんでしたよー。聞きましたよ? 一年でクリスタルランドの爆弾事件を解決して、生徒会長になったんですよね。二年で生徒会長になった人は創立以来だそうで、火目さんが驚いてました」


「あーハハハ」


 火目というのは、桜ヶ丘の現生徒会長の名前である。
 うちの副会長の妹でもあって、確か今十四歳とか言っていたような。


「そっちの自己紹介は大体終わったな」


 黒ずくめの女が行った。


「いや自称(強調)超能力者の吉野さんの話を詳しく聞きたいんですけど」
「で、あたしの横にいるこいつがホールのチーフの鬼瓦。テル。何か言いたいことはあるか?」
「いえ、特に」
「だ、そうだ」
「は、はぁ」
「そして、あたしがこの店のマスターの夜野だ。何か質問は?」
「あの吉野さんについてなんですが……」
「と思ったがもう時間がないな。早速だが、お前に仕事を頼みたい」
「……」
 





   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「店員の勧誘? 僕が?」
「そうだ」


 口から煙草をはなし、白い煙を吐き出す夜野。白い煙が頭上の換気扇へと吸い込まれ、視界がクリアになるまでの数秒間、神山はきっちりしっかり呆れていた。


 この店に常識は通用しない。わかっていたがまさかここまで、というか、こっちの方向できたか……。


 一応『もしも』の希望を込めて、神山は夜野に尋ねた。


「当然時給は?」
「八十六円」
「いやそれはちょっと……」


 こいつ。ネズミ講的に被害者を増やしていくつもりか。しかも自分の手を汚さずに。とことん腐りきった女だ。


「とことん腐りきった女だ。と顔に書いてあるな」
「いやそこまでは思ってませんけど(本当は思っていた)」
「日本の高校生は非日常を求めていると聞いたことがある。自慢じゃないが、あたしの周りは変わったことで一杯だ。意外と引く手あまたかもしれんよ」
「そういうのは自身の安全が確保されていないと楽しめないんですよ。物語しかり、遊園地のアトラクションしかり」
「とにかくだ。これはもう決定だ。それにそう難しいことではあるまい。千秋高校生徒会長のお前ならな。生徒会長の強権で適当に連れてくればいい話だ。そうだろ?」
「いや、生徒会長にそんな権力ありませんから」
「え? ないの?」
「え?」


 沈、黙。
 フーッ。
 仕切りなおすように夜野が煙草で一服した。


「おい、テル」
「は、はい!!」


 気だるげな夜野の呼びかけに対し、脇に控える鬼瓦が大仰に背筋を正した。店主と従業員の関係とも思えないが、友達親族の関係ともまた思えない。そこがまた異様である。


「どういうことだ? 生徒会長にそのような権力はないと言ってるぞ? 生徒会長とは学園の財布の紐を握った、財務省の親玉みたいなやつじゃなかったのか? 生徒はそいつの言うことなら身命も心神も捨てて、駄馬のごとく働くんだろ?」
「いやその、あたしもそのように聞き及んでいたのですが……」
「そりゃお前から聞いたんだから、そう聞き及んでいるに決まってるだろ」
「ハッ! もしやこの男!!」
「何だ?」
「他の生徒をかばっ……っ!!」
「なわけある――」


 神山がツッコンだ。しかしそれはすぐに中断させられた。神山の視界が突如、ジェットコースターのように急降下したからだ。
 冷たい。気がつけば、床を舐めていた。
 首筋には重石のようなものが乗っていて、満足に動かすことができなかった。手は高々と持ち上げられ、手首が変な方向に曲がっている。痛い。が、それ以上に気にかかるのが、後頭部に押し付けられた、分厚く冷たい鉄の感触。


「てめぇ……このあたしを謀りやがって。ぶちまけられてぇのか糞ガキ」


 低くドスのきいた声。
 非常にわかりにくいが、鬼瓦のものだった。
 声質もそうだが、位置と性格など総合すると、あの女としか考えられない。
 

 こいつら……っ。


 自分が想像している以上に、頭がイカれている……っ!!
 

「お前らさー」


 そんな疑心暗鬼に陥っていた時、この場の雰囲気には決して似つかわしくない、気だるげな声が割って入ってきた。
 綾瀬川だ。
 頼むから、鬼瓦を刺激する発言だけは控えてくれ。
 神山は心臓をバクバク鳴らしながら、そう願った。


「お前らさ―、もしかして、マンガの世界の生徒会長と、現実世界の生徒会長でごっちゃになってんじゃねぇの?」


 おいおいおいおい。
 さすがにそれはちょっと……。


「あー。鬼瓦さんマンガ好きですもんねー」


 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。
 そういう次元の問題か? 
 その一言で、この連中の豚箱行きが回避されていいのか? この法治国家日本で? 先進国で? 世界で一番平和と言われるここ東京で? ありえないだろ?
 しばしの間。
 そして、溜息。
 誰のだ? 多分夜野の。


「まぁ、よかろう」
「いやいいわけないでしょ!!」


 飛び起きて神山がツッコンだ。拘束はツッコむと同時に解除されていたようだ。ちなみに手首は超いてぇ。丈夫になるように折った的な優しさは全くない。後遺症が残りそうなほど痛い。そんな痛みも忘れるほど、今の『まぁよかろう』は看過できない発言だった。しかし、そんな神山の当然の主張にも夜野は耳を貸さない。ただただ紅の眼差しで睨み据えるばかりだ。そうなると神山も何も言えない。道理を撃ち殺して理不尽を押し通す。まさに夜野は絵に描いたような極道なのだった。


「計画に変更はない。生徒会長にそのような権力がないのは残念だったが、こうなってはもう致し方ない。期限は二週間。その間に誰でもいいから適当に一人見繕ってこい。それができないなら貴様は無能。うちに無能はいらん。よってその場合――お前は、クビだ」






 よっしゃああああああああああああああああああああああああああ!!






 即座に思ったことはそれだった。しかし。
 パチンと、扇子で掌を打つ音が響いた。
 夜野だ。
 夜野が言った。


「喜んでいるところ水を差して悪いが、断言して言ってやる。ここでのクビは人生のクビも意味する。誰も連れて来られない場合は覚悟しておけ。あたしはお前の人生を全力で潰すぞ」


「……」


 よるのファミリーカフェルナシャインを後にする。
 パチンと、ガラケーを開いて時間を確認する。八時三十分を回っていた。
 遅刻だな。
 神山は思った。
 無論現実逃避である。






 ハァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。
 どうしよう~~~~~~~~~~~~~~~。 
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