囚われた娘を助け出してから惚れられている。しかし相手は十一歳だ。

松岡夜空

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貴女が盗んだものは

善行

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 放課後、学園長室に呼び出されたヒョウは、ソファーに座っていた。


 学園長は、上座の席に座っている。机の前に両肘ついて、口元を隠していた。
 

 額には油汗。今は四月でやや涼しい。更年期障害ってやつなのか、あるいは自分を恐れてなのか。    

 
 まあ後者と考えるのが自然か。


「で? 俺に用ってのは?」


「君は先日、マルコくんと問題を起こしたそうだね?」


「ああ。あいつが突然喧嘩売ってきたもんでな。振りかかる火の粉を、ちょいと払ったまでのことさ」

 
「話には聞いている。彼の問題行動はあれが初めてではない。故に、彼は停学処分とすることにした。次に問題を起こせば、退学だ」


「そうか。いい判断したと思うぜ、学園長さん」


「しかし、君にも何らかの処分は下さねばならない。それでこそ、上に立つものとしての、公平な判断というものだ」


「ふっ。まあ間違ってはないかもな。で? 俺に下る処分ってのは?」


「善行」


「善行?」


「そうだ。魔術師として、悪事を働いた分の善行をしてもらいたい。いわゆる、対価で返す、というやつだ」


「俺は清流派じゃないんだけどねー。まあいいや。つまり、俺に何か解決してほしい案件があるってことだな?」


「端的に言ってしまえばそうだ。――入りたまえ」


「失礼します!!」


 気持ちのいい声がして、扉が開く。


 ヒョウが目を向けた。


 そこにいたのは、ピンク色の髪をした獣人《フェルナンテ》。こいつは――






『何だこりゃ』


 あのときのマキビシを拾っていた女。そして――






『すげえよ、あのミーティアちゃんに勝っちゃったよ』






 あの時、リンと最後まで競い合っていた、高跳びの時の女……か。


「……」


「ども―、リティシア=ヒョウさん」


 跳ねるような口調で、女が言った。


「こいつがどうかしたのか?」


「詳しくは彼女から聞いてもらいたいが、彼女は今ちょっとした問題を抱えていてね」


 フェルナンテの女を見る。


 少女はニコニコと笑っていて、特に『被害者』という面はしていなかった。


「とりあえず、前座れよ。茶も出ないところだけどな」


 横柄な口調と格好で、ヒョウは笑った。






   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「でさー、今ボクが抱えている問題っていうのは――」


「ちょっと待った」


 正面のソファーに腰掛けたミーティアの話を、ヒョウは早速へし折った。


「え?」


「お前、男なの?」


「えぇ!? 男の子に見えるかな? 身体つきはいいって、一部じゃ評判なんだけど……」


「いや、一人称」


「あー、この口調は、今のボクのマイブーム。可愛いでしょ?」


 やめた方がいいんじゃない? と言おうと思ったが、やめた。


 余計なお世話ってなものだし、一応この一人称でも形になるほど、容姿端麗だってのもある。


 フェルナンテと魔族は、見目が綺麗なものが多いからな。


「で? どういう被害なんよ。言ってみ?」


「なんかねー、欲しいって言ったら、家にそれが贈られてくる」


「めっちゃいいじゃん」


「でしょうー」


「はぁ?」


「あーいや、何かさ、人に話したら、それ絶対危ないってみんな言うから、ちょっと相談してみようかなーって」


「ふーん。まあ確かに危ないだろうな。無償の好意なんてものはありえねえ。その物を贈ってきている奴は、今頃お前の恋人気分なんじゃねえか?」


「えぇ! それはちょっと困る」


「八方美人のツケが回ったな」


「普通に楽しく過ごしてるだけだよー」


「それが傷なんだよ。心当たりは?」


「なし」


「お前が○○が欲しいと言ったものが贈られてくるのなら、お前が○○が欲しいと告げた相手が犯人だ。何人に告げた?」


「数えきれないぐらい」


「迷宮入りだな。あきらめろ」


「うわああああああああああストップストップストップ!!」


 ミーティアが困ったように手を上げた。


 ヒョウは眉を少し持ち上げた。


 そこまで事件解決に躍起になっているようには見えなかったが……。


 ミーティアが指を一本立てる。


「告げた相手が犯人って言うけどさ、送られてくる物ほとんど今流行っているものなんだよ。ボクって流行に敏感だから」


「ふーん。いつから送られてきている?」


「え?」


「そこが起点なんだよ。知り合いじゃないなら、その日より少し前にお前と犯人は出会っている。そこに、犯人がお前に執着するだけの何かがあったんだよ」


「うーん。何かあったかなー」


「ないのであれば知り合いなのかもしれん。どっちにしろこの問題は早期には解決できない。なので罠を張ることをすすめる」


「え、どんなどんな?」


「例えば、お前が口をつけたビンをその辺に放置。それを捨てるでもなく、盗んでいく奴がいたらそいつが犯人である可能性が極めて高い」


「うわー気持ち悪い。しかも違う可能性あるのがマイナス五百点。他にはないの?」


「であれば、らしい人間を捕まえて、お前が〇〇がほしいと言う。この〇〇は、雑誌なんかに乗っていないものにする。他の人間には言わない。それを繰り返す。届いたとき、それを言った相手が犯人だ」


「うえー。気が遠くなるー。ボク待つの好きじゃないんだ。他にはないの?」


「一遍死んでこい」


 ヒョウは告げて、そのままスタスタと出口に向かった。


「うわああああああああああストップストップストップ!! それにさ、こういうものもうちに届くようになったんだって!! 本当に一刻の猶予もないの、本当に!!」


 振り返る。


 ミーティアは、手に持った何かをピラピラと振っていた。


 ヒョウはため息一つついて、踵を返し、今一度ソファーに腰かけた。


「見せてみろ」


 ミーティアが紙を渡してくる。


 ヒョウはそれを、見鬼けんきを通して見据えた。






『そろそろお金がなくなりそうなので、いただきにまいろうと思います』






 文章は新聞の文字を一文字ずつ切り抜いて作られている。


 しかしヒョウが着目していたのは、文面ではなく、魔力痕。






 魔力痕とは、魔術師が残した痕跡のことである。


 魔術師がまとっている魔力は、死念半分思念半分で構成されている。

 
 すなわち魔力の半分は術者の思念《かんじょう》で構成されており、一流の魔術師は、魔術師が残した痕跡から、その時魔術師がどういう感情であったかを読み解ける。


 そして、その読み解く術のことを見鬼けんきと呼ぶ。






 ――が、ヒョウの腕をもってしても、この手紙から痕跡を抜き取ることは叶わなかった。


 要するにわからない。正確に言えば、その時魔術師が、どういう感情であったかがわからない。


 同じではないか。普通の人間なら思うだろう。しかし、ヒョウは普通ではない。プロだ。


 ヒョウは、合点がいったとばかりに、紙を叩いた。


「欲しいものが届くと言ったが、そのことを誰かに話したか?」


「話したよ」


「話した相手に同級生はいたか?」


「いた」


「家族は」


「多分知ってる」


「執事やメイドのようなものには」


「そっちから聞いたから知ってる」


「部外者には?」


「うーん。範囲が広いなー」


「他人。近所のおばちゃん。駄菓子屋のオヤジ。友人の身内。その辺に落書きしての自己主張」


「ない。ない。ない。ない。ない」


「なら、魔導師には?」


「え? あ、う、うーん、は、話したかなー?」


 振り返る。学園長を見た。学園長は脂汗をたっぷり流し、両肘ついた手で口元を隠している。


 やはりな。


 ヒョウはこの段階で、この事件のオチ七割を読み切った。


 しかし、問題なのは、残りの三割。


 見鬼けんきで見たところ、ミーティアは『嘘』をついていない。つまり、本当に贈り物は送られてきているのだ。


 ただのストーカー犯罪《?》という可能性も十分に考えられる。


 だが――


「おっさん。封筒持ってるか? この紙が入りそうなやつでいい」


 脅迫状をヒラヒラと振って、ヒョウが言った。


「あ、ああ。あるにはあるが……」


 引き出しを開いて、学園長が言った。


 ヒョウは脅迫状を裏向きにし、指先で何やら綴った。


 空筆。魔力で空間、あるいは物質に文章、あるいは模様などを綴る青魔術。綴られた文章は、同じく青魔術である、見鬼けんきを用いないと、見ることはできない。


(絶対ではない。しかし、これが活きる時は必ずくる)


 それを四つ折りにして、胸ポケットの中にしまった。鞄を持って、ヒョウが立ち上がる。


「お前、今日暇か?」


「あ、やってくれんの!? 助かるー」


「深読みしなけりゃ犯人はまずただのストーカーだ。よって、今日一日お前と行動を共にして、犯人を釣る」


 話しながら、学園長の元に向かった。学園長は、額に汗をかきながら、封筒を机の上に置いている。


「サンキュ」


 言って、ヒョウはそれを受け取る。


「ペンはあるか?」


「ここにありますが」


「借りるぜ」


 封筒の裏に文を書く。それを見た学園長は、目を飛び出さんばかりに見開いていき、パンと口元を両手で押さえる。


 そんな学園長を、ヒョウは細くした瞳で見据えた。


 話したらお前を殺す。そう暗に訴えた。


 その封筒に、脅迫状を入れることなく、別ポケットにしまう。 


「釣るってつまり、どうするの?」


 あごに指先を添えて、小首を傾げるミーティア。

 
 そんなミーティアに、ヒョウがさも何でもないことのように、言った。


「要するに、擬似的に彼氏彼女の関係になるってことだ。ただし一日だけな」


「なるほどーって、ええええええええええええ!!」






   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 ガチャリ。


 扉を開く。


 扉の外で、リンが壁に背をつけ待っていた。


「兄様!!」


 顔を上げてリンが言った。


「あのなあリン」


 待っててもらって悪いなと、ヒョウが言おうとした時、手をとられた。


 とった相手はミーティアである。その瞬間、リンが目を見開くのが見えた。


「ゴメンね、リンちゃん!!」


 何しやがるとヒョウが口にするより早く、ミーティアが口を開く。


 そして、続けた。


「ボクとヒョウさんは、本日をもって、付き合うことになってしまいました!!」


「え」


 リンの目が点になる。


 そして。


「ええええええええええええ!!」


 リンの滅多に聞かない大音声が、響き渡った。


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