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【3】揺らぎと決意
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翌日、何事もなく俺は朝を迎えた。
真夜中にあった出来事がまるで夢物語だったかの様に、この身に実感はあるようでいてなく……。
しかし散々弄られ、昂らされ、その熱に浮かされてしまい、訳が分からなくなってしまった俺が正気に戻った時に忘れない為にか、マーキングをする様に付けられた小さな赤い花が俺の体中至る所に花弁を散らしていた。
それに寝起きからすぐ気が付くほどに部屋中に漂っていたバラの様な甘い匂いと、自分の身からあの熱の塊が放出された時に必ずある残り香が俺に夢ではなかったのだと告げていた。
「この匂いはリオン王子の……。」
クンっと鼻を動かして甘い匂いを掴むと、匂いは強制的にその所有者であった者を俺の胸の中に抱かせ、心臓の脈を速くさせる。
昨夜、俺よりも正直者だと囁かれた俺自身はそれと共にピクリと反応を示し、あの甘い匂いいっぱいの中で幾度も溺れていたくてたまらないと叫び声をあげる。
「クッ………!」
熱情と混乱と快楽と困惑と……あらゆる感情が洪水の様に激しく流れて交差し、動揺の渦の中にいた俺は身を縮こまらせ、落ち着きを取り戻そうとギュッと握られた右手の握り拳で自分の頭をコンっと叩いた。
自分の事なのに自分自身ではどうにもならず、目が覚めて起きたはずなのに妙な気怠さが纏わりついて離れず、体を起こすことのできない俺は再び目を閉じて眠りについた。
気が付けばとうに深夜になっており、窓からは月明かりが射し込んでいた。
フウッとため息を吐き、ボーっと意識の定まらぬ頭でなんとはなしに天井を見つめていると、静寂を壊さぬ様にと気を使いながらソッとドアが開く音が聞こえた。
「約束通り……、今夜も来たよ。」
そう言って入ってきたのはリオン王子だった。
ドアから一歩一歩とこちらに向かって近づいてくる姿にドキドキと胸は高鳴り、自然に俺から漏れ出たリオン王子を呼ぶ声は女の様な嬌声であった。
「リオン王子……。」
「フフフッ……! そんなに僕が来るのが待ち遠しかったのかい? マモル姫……。」
リオン王子は右手で俺の頬を撫でると俺の顎をクイっと持ち上げ、愛おしそうに唇にチュッとキスをすると、それを合図とばかりに昨夜の様にまたコトに及んだ。
俺の事を一方的に弄び、昂らせ……、熱の塊が抜け落ちて俺が果ててしまうと「また明日ね……。」と言って去っていく。
「なんなんだ、一体……。」
それが三日三晩続き、同じことを繰り返した………。
だが更にその次の日、昨夜にも「また明日ね……。」と言っていたにも関わらず、リオン王子は俺の許には来なかった。
そのことに理性では安堵し、本能では不安を募らせていた。
俺はベッドの上で何度もゴロゴロと寝返りを打ち、モヤモヤとした気持ちが膨れ上がり、精神的に不安定となって気が気でなかった。
「――――――――………。」
真夜中にも拘らず聞こえてきた人のヒソヒソとした話し声に俺はハッと目を覚まし、そして自分が今何をしているのかに気付いて自分自身に驚いた。
確かに先程までは用意されていた自分の部屋のベッドに横たわっていたはずなのに、城の何処に居るのかは分からぬが、いつの間にか俺は廊下に立っていたのだ。
不安のあまりに俺は、リオン王子を追い求めて意識は夢の中にあるままに寝ぼけて廊下を彷徨っていたらしい……。
ワタワタと狼狽えて目撃者が誰も居ないようにと願って周りを確認していると、再び人のヒソヒソとした話し声が聞こえてきた。
「――――リオン………。」
その時、先程のは空耳かと思っていたがピクリと俺の耳が察知したのはリオン王子を呼ぶ声であった。
否応なく興味をかき立てられた俺はその声が聞こえてきた部屋のドアまで忍び足で注意深く気付かれない様にと近づき、何をしているのかと耳をそばだてた。
「あぁ、リオン……。いずれ……、この日がくるとは、分かっていたが……、私は、ここ数日……、寂しかったよ……。」
「あっ……、あっ……、あぁー………。先生………。」
ドア越しに聞こえてきたのはリオン王子と、先生と呼ばれた大人らしき男の2人が艶めかしく互いを呼ぶ声であった。
俺の耳まで確かに聞こえてきたそれは、ハァハァと荒ぶる息遣いにうまく喋る事ができずに途切れ途切れとなってしまっている言葉に混じり合う、喜びに満ちた喘ぎ声であった。
その声にドキドキが止まらなくなった俺は、いけない事だとは分かってはいたが興味本位からバレない様に静かに少しだけドアを開けて中を覗いてみた。
蝋燭の火の灯りも点けてはいない真夜中の部屋は当然の様に真っ暗ではあったが、暗闇に慣れていた俺の目は窓から漏れる月明かりのお陰もあって少しだけ中の様子が窺えた。
「先生……そこはっ………! あっ……、いや……んっ………ぅんん……。」
そこに見えたのは……快楽に身を仰け反らせ、プルプルと体を震わせながら長身の大人の男に完全に幼き稚児の様に無警戒に身を委ね、いい様にあっちこっちを弄られて享楽に溺れているリオン王子の姿であった。
「ぅっ………ぐぐぐっ……。」
月明かりが顔を照らし、一瞬ふっと見えただらしなく口を開けて涎を垂らしているリオン王子の初めて見る顔に、俺の胸の中で切なく引き込まれる影が燻ぶった。
どこか悶々としたこの感情に頭の中は真っ白になり、後ずさりしながら静かにその場を離れた。
早く離れたい一心で、自分の部屋が何処にあるのかも分からぬままに廊下を走っていると、またどこからともなく人の声が聞こえてきた。
「そう………、そこっ……! もっと……もっと………。」
またか……、そう思ったが何か違和感の様なものを感じ、サッと立ち去ることができなかった。
「いいわ……、いい………。」
聞こえてきたのは女の声……、つまりはリアーナの声であった。
女の声だと気づいた瞬間、興味をそそられた俺はゴクリと生唾を飲み、声が聞こえてきたドアの方へと歩みを進めた。
無意識に足へと力が入ってしまっていたのだろうか……、床がギシリと音を立てて俺がここにいることを部屋の中にいる人間へと知らせてしまった。
「……っ! 誰っ!?」
その警戒心を急上昇させてピリつかせた叫び声から、時を待たずしてすぐさまドアが開いた。
「………あら、マモル様。外に出てこれたのはいいですが……、覗き見とはあまりいい趣味ではないですね。」
ドアの目の前で突っ立っているのを見付けたリアーナは、俺にそう言い放った。
「とりあえず………中へ入ってらしたら? 開けっ放しは寒いですし……。」
リアーナに言われるがまま俺は部屋の中へと入った。
快く迎え入れられた……という感じではなく、悪い事をしていたのを第三者に見付かったので共犯者にする為に招いたといった感じの雰囲気であった。
「ご、ごめんなさい……。覗き見なんてする気なかったんだ……、ただ…………。」
ベッドの縁に座っているリアーナを前に、俺はしどろもどろになりながら言い訳をしていた。
姉達からも感じたことのない、咳き込むほどに部屋いっぱいに充満したメスの匂いにクラクラしながら、働かない頭を言い訳に懸命に動かしていた。
「いいのよ……。いいの。ただ……、この事は誰にも言わないでほしいの……。」
そう深刻そうな顔をして俺に懇願してきた。
「いや……、勿論誰かに言うつもりなんてないけど……。どうしてそんな顔をしているの?」
俺の質問にリアーナは俯いて何かを考えこみ、言うか言うまいか迷っている雰囲気であった。
たぶん2~3分程度の事であったろうが長く感じられたその沈黙の後、決心した様にリアーナは口を開いた。
「あの…、ね……。私には子供を宿す器がないって話は前にしたわよね?」
俺はウンウンと頷いた。
「で、この世界では……というよりこの王家では、聖女以外の女はそんなにいい扱いじゃなくって……。しかも私の様な精霊の恩恵のない女は子供も宿せないからって『意味のないもの』として扱われるの……。だから……ね、王族としての身分も薄くて『王女』という地位も与えられなくて………、こういうことも禁止されているの。知られれば牢屋に入れられてしまうわ……。」
その発言は驚くべきものであったが、何かおかしいなと頭の中で引っかかっていた物が取れてスッキリと納得するものであった。
男だらけのこの世界の中で唯一の女であるはずのリアーナをリオン王子は目下に見ており、リオン王子の妹にも関わらず「リアーナ王女」や「リアーナ姫」と呼ぶこともなく使用人たちも敬称を使わずに呼び捨てにしてぞんざいとまではいかないまでも、自らの主たる王族に対しての扱いではなかった。
「リアーナ様………。」
今リアーナの横に佇んでいるこの使用人の少年1人のみがリアーナを様付けで呼んでいる。
そういえば一番初めにリアーナに会った時に横に居た、使いに走らせたのもこの少年だったなと思いだした。
「この子はね、私の事を唯一慕ってくれるとてもいい子なの。私専用に与えられた下男で……、だからこれ以上出世することがないって分かっているのに懸命で………。今さっきも、見付かれば罰は免れないっていうのに、この寂しく火照て持て余していた私の体を慰めてくれていたのよ………。」
リアーナはそう言うと、照れてモジモジしている下男の顔を寂しげに見つめた。
「邪魔しちゃって……、ごめんね。」
ここから感じられるのは男女のソレではないものの、互いを大事に思いやっているのが分かり、気まずくなってしまった。
なのでそれだけ言って立ち去ろうと足を動かすと、リアーナが俺を呼び止めてきた。
「ねぇ……。君の覚悟は決まったの?」
その言葉に先程見てしまったリオン王子の様子が思い起こされ、何故か涙がボロボロと零れ落ちてきた。
「ど、どうしたの?」
俺の突然の涙に慌てたリアーナは、落ち着かせようとギュッと抱きしめてくれた。
さっきまでリアーナは明らかにコトに及んでいたのが分かっていたので俺は直視することが出来ず、常に目をそらしていたから分からなかったが……、この抱きしめられた感触からはリアーナは薄手のガウンを着ているだけの裸に近い状態であったのが分かる。
こんな状態、俺の様な若い男にとっては、本当であれば鼻血を吹き出してしまう程喜ばしい展開の興奮する事態この上ないはずなのだが……何もない。
そう、何もなかったのだ………、俺自身に反応が。
「あ、あれっ?」
俺はその出来事に涙なんか止まってしまい、素っ頓狂な声をあげて驚いた。
「なんで………。」
「どうかしたの?」
心配そうに見つめるリアーナに、恥ずかしさもあったがものの勢いから今この身に起こっている事を相談すると「あぁ……。」と何を言っているのか分かったようであった。
「それは神によって兄様と君が結ばれた関係であるからでしょうね。」
「それがどうして……?」
「清らかなる聖女である君と、神子である兄様という神に選ばれし番が精霊の子を生すという重大事を、余所見をしたりとかして誰彼に阻まれぬ為にと固く結びつけ、神によって兄様以外とは交わらぬ様に封じられてしまったのでしょう……。」
見た目だけを見ても、以前の俺であるならば……いや、男であるならば誰しもが魅力的だと感じる肉感的なリアーナのこんなあられもない姿を見ても、さっきからちっともウンともスンとも言わない俺自身を再確認して、落胆と共に合点がいった。
「いや……! でも、リオン王子は?」
ハッとして、リアーナに会う前に見てしまったあの光景を思わず口にし、涙の訳ともいえる自分の中に燻ぶっていた気持ちを吐露した。
「そう………。それはきっと兄様の家庭教師よ。」
「家庭教師?」
「兄様はね、神子に選ばれたことが決まってから各分野の先生方から特別な教育をたくさん受けてきたの。その1つが精霊の子を宿す為に必要な、聖女の体を悦びに満たす為の……所謂夜のお作法的な訓練よ。その為の家庭教師の先生じゃないかしら。」
この世界にはそんな事を教える専門の先生がいるのかと俺は驚き、この世界には殆どが男しかいないから男同士で睦み合うことは当たり前なのだと、更にリアーナに聞いて2度驚いた。
「女との交わりなんて……、そもそもが子供を宿せる器を持って生まれた精霊の恩恵を受けられた体の女と子作りの為だけにすること以外ないわ。男同士には愛が存在するけどね……。それがこの世界の常識よ。」
その言葉になんだか空虚なものを感じた。
「でもこの常識に女であっても『聖女』だけは当てはまらないんだけど……。それが今回、聖女として神に選ばれてこの世界に来たのが男である君だったでしょう? だから男しか知らない兄様もかなり嬉しそうにしていたのが分かると思うんだけど。」
確かに初めて会った俺にもわかる程にハイテンションで喜んでいたのは見てとれた。
「そもそもが君の世界でいうところの多数派である女が好きという君だって、神に選ばれた聖女となって兄様と番の契りを交わした時点で、男女関係なく兄様にしか恋愛感情は抱けなくなっているから………。だから、泣いてしまった理由かもしれないっていうその気持ちは………嫉妬よ。」
「……えっ? 嫉妬!?」
「えぇ……。愛する恋人の浮気現場を見てしまった時に抱く気持ちって言われている、それよ。」
ただの平凡でノーマルな性的思考であった俺が、女に対しては役立たずとなり、男……といってもリオン王子限定ではあるが、に対してはあの体から漂う匂いもその手練も俺を虜にさせ、心身共に囚われの身となっている。
「兄様のそれは『練習』だから……。見てしまったことは仕方ないし、忘れることね。」
そう言って宥められて緩んだ気持ちに再び涙が溢れ、ひとしきり泣きつくすとスッキリしたのでリアーナに俺の部屋への道を尋ねると、そこへ戻ることにした。
何事もなかったかのように次の晩にはリオン王子がこの前と同じ調子で訪ねて来たが「体調が悪い」と言って追い出して帰ってもらった。
あの後も俺の部屋に見舞いに来たリアーナと何度か話をし、モヤモヤしたものもあったが決意を固めたと伝えるとリアーナはニコリと微笑んだ。
「ありがとう……。創聖の儀式には数日を要するから、まだ少し待ってもらうことになるけど………。本当にありがとう……。」
リアーナは目尻にじわりと涙を浮かべ、俺の決意を伝えに部屋の外へと出て行った。
真夜中にあった出来事がまるで夢物語だったかの様に、この身に実感はあるようでいてなく……。
しかし散々弄られ、昂らされ、その熱に浮かされてしまい、訳が分からなくなってしまった俺が正気に戻った時に忘れない為にか、マーキングをする様に付けられた小さな赤い花が俺の体中至る所に花弁を散らしていた。
それに寝起きからすぐ気が付くほどに部屋中に漂っていたバラの様な甘い匂いと、自分の身からあの熱の塊が放出された時に必ずある残り香が俺に夢ではなかったのだと告げていた。
「この匂いはリオン王子の……。」
クンっと鼻を動かして甘い匂いを掴むと、匂いは強制的にその所有者であった者を俺の胸の中に抱かせ、心臓の脈を速くさせる。
昨夜、俺よりも正直者だと囁かれた俺自身はそれと共にピクリと反応を示し、あの甘い匂いいっぱいの中で幾度も溺れていたくてたまらないと叫び声をあげる。
「クッ………!」
熱情と混乱と快楽と困惑と……あらゆる感情が洪水の様に激しく流れて交差し、動揺の渦の中にいた俺は身を縮こまらせ、落ち着きを取り戻そうとギュッと握られた右手の握り拳で自分の頭をコンっと叩いた。
自分の事なのに自分自身ではどうにもならず、目が覚めて起きたはずなのに妙な気怠さが纏わりついて離れず、体を起こすことのできない俺は再び目を閉じて眠りについた。
気が付けばとうに深夜になっており、窓からは月明かりが射し込んでいた。
フウッとため息を吐き、ボーっと意識の定まらぬ頭でなんとはなしに天井を見つめていると、静寂を壊さぬ様にと気を使いながらソッとドアが開く音が聞こえた。
「約束通り……、今夜も来たよ。」
そう言って入ってきたのはリオン王子だった。
ドアから一歩一歩とこちらに向かって近づいてくる姿にドキドキと胸は高鳴り、自然に俺から漏れ出たリオン王子を呼ぶ声は女の様な嬌声であった。
「リオン王子……。」
「フフフッ……! そんなに僕が来るのが待ち遠しかったのかい? マモル姫……。」
リオン王子は右手で俺の頬を撫でると俺の顎をクイっと持ち上げ、愛おしそうに唇にチュッとキスをすると、それを合図とばかりに昨夜の様にまたコトに及んだ。
俺の事を一方的に弄び、昂らせ……、熱の塊が抜け落ちて俺が果ててしまうと「また明日ね……。」と言って去っていく。
「なんなんだ、一体……。」
それが三日三晩続き、同じことを繰り返した………。
だが更にその次の日、昨夜にも「また明日ね……。」と言っていたにも関わらず、リオン王子は俺の許には来なかった。
そのことに理性では安堵し、本能では不安を募らせていた。
俺はベッドの上で何度もゴロゴロと寝返りを打ち、モヤモヤとした気持ちが膨れ上がり、精神的に不安定となって気が気でなかった。
「――――――――………。」
真夜中にも拘らず聞こえてきた人のヒソヒソとした話し声に俺はハッと目を覚まし、そして自分が今何をしているのかに気付いて自分自身に驚いた。
確かに先程までは用意されていた自分の部屋のベッドに横たわっていたはずなのに、城の何処に居るのかは分からぬが、いつの間にか俺は廊下に立っていたのだ。
不安のあまりに俺は、リオン王子を追い求めて意識は夢の中にあるままに寝ぼけて廊下を彷徨っていたらしい……。
ワタワタと狼狽えて目撃者が誰も居ないようにと願って周りを確認していると、再び人のヒソヒソとした話し声が聞こえてきた。
「――――リオン………。」
その時、先程のは空耳かと思っていたがピクリと俺の耳が察知したのはリオン王子を呼ぶ声であった。
否応なく興味をかき立てられた俺はその声が聞こえてきた部屋のドアまで忍び足で注意深く気付かれない様にと近づき、何をしているのかと耳をそばだてた。
「あぁ、リオン……。いずれ……、この日がくるとは、分かっていたが……、私は、ここ数日……、寂しかったよ……。」
「あっ……、あっ……、あぁー………。先生………。」
ドア越しに聞こえてきたのはリオン王子と、先生と呼ばれた大人らしき男の2人が艶めかしく互いを呼ぶ声であった。
俺の耳まで確かに聞こえてきたそれは、ハァハァと荒ぶる息遣いにうまく喋る事ができずに途切れ途切れとなってしまっている言葉に混じり合う、喜びに満ちた喘ぎ声であった。
その声にドキドキが止まらなくなった俺は、いけない事だとは分かってはいたが興味本位からバレない様に静かに少しだけドアを開けて中を覗いてみた。
蝋燭の火の灯りも点けてはいない真夜中の部屋は当然の様に真っ暗ではあったが、暗闇に慣れていた俺の目は窓から漏れる月明かりのお陰もあって少しだけ中の様子が窺えた。
「先生……そこはっ………! あっ……、いや……んっ………ぅんん……。」
そこに見えたのは……快楽に身を仰け反らせ、プルプルと体を震わせながら長身の大人の男に完全に幼き稚児の様に無警戒に身を委ね、いい様にあっちこっちを弄られて享楽に溺れているリオン王子の姿であった。
「ぅっ………ぐぐぐっ……。」
月明かりが顔を照らし、一瞬ふっと見えただらしなく口を開けて涎を垂らしているリオン王子の初めて見る顔に、俺の胸の中で切なく引き込まれる影が燻ぶった。
どこか悶々としたこの感情に頭の中は真っ白になり、後ずさりしながら静かにその場を離れた。
早く離れたい一心で、自分の部屋が何処にあるのかも分からぬままに廊下を走っていると、またどこからともなく人の声が聞こえてきた。
「そう………、そこっ……! もっと……もっと………。」
またか……、そう思ったが何か違和感の様なものを感じ、サッと立ち去ることができなかった。
「いいわ……、いい………。」
聞こえてきたのは女の声……、つまりはリアーナの声であった。
女の声だと気づいた瞬間、興味をそそられた俺はゴクリと生唾を飲み、声が聞こえてきたドアの方へと歩みを進めた。
無意識に足へと力が入ってしまっていたのだろうか……、床がギシリと音を立てて俺がここにいることを部屋の中にいる人間へと知らせてしまった。
「……っ! 誰っ!?」
その警戒心を急上昇させてピリつかせた叫び声から、時を待たずしてすぐさまドアが開いた。
「………あら、マモル様。外に出てこれたのはいいですが……、覗き見とはあまりいい趣味ではないですね。」
ドアの目の前で突っ立っているのを見付けたリアーナは、俺にそう言い放った。
「とりあえず………中へ入ってらしたら? 開けっ放しは寒いですし……。」
リアーナに言われるがまま俺は部屋の中へと入った。
快く迎え入れられた……という感じではなく、悪い事をしていたのを第三者に見付かったので共犯者にする為に招いたといった感じの雰囲気であった。
「ご、ごめんなさい……。覗き見なんてする気なかったんだ……、ただ…………。」
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姉達からも感じたことのない、咳き込むほどに部屋いっぱいに充満したメスの匂いにクラクラしながら、働かない頭を言い訳に懸命に動かしていた。
「いいのよ……。いいの。ただ……、この事は誰にも言わないでほしいの……。」
そう深刻そうな顔をして俺に懇願してきた。
「いや……、勿論誰かに言うつもりなんてないけど……。どうしてそんな顔をしているの?」
俺の質問にリアーナは俯いて何かを考えこみ、言うか言うまいか迷っている雰囲気であった。
たぶん2~3分程度の事であったろうが長く感じられたその沈黙の後、決心した様にリアーナは口を開いた。
「あの…、ね……。私には子供を宿す器がないって話は前にしたわよね?」
俺はウンウンと頷いた。
「で、この世界では……というよりこの王家では、聖女以外の女はそんなにいい扱いじゃなくって……。しかも私の様な精霊の恩恵のない女は子供も宿せないからって『意味のないもの』として扱われるの……。だから……ね、王族としての身分も薄くて『王女』という地位も与えられなくて………、こういうことも禁止されているの。知られれば牢屋に入れられてしまうわ……。」
その発言は驚くべきものであったが、何かおかしいなと頭の中で引っかかっていた物が取れてスッキリと納得するものであった。
男だらけのこの世界の中で唯一の女であるはずのリアーナをリオン王子は目下に見ており、リオン王子の妹にも関わらず「リアーナ王女」や「リアーナ姫」と呼ぶこともなく使用人たちも敬称を使わずに呼び捨てにしてぞんざいとまではいかないまでも、自らの主たる王族に対しての扱いではなかった。
「リアーナ様………。」
今リアーナの横に佇んでいるこの使用人の少年1人のみがリアーナを様付けで呼んでいる。
そういえば一番初めにリアーナに会った時に横に居た、使いに走らせたのもこの少年だったなと思いだした。
「この子はね、私の事を唯一慕ってくれるとてもいい子なの。私専用に与えられた下男で……、だからこれ以上出世することがないって分かっているのに懸命で………。今さっきも、見付かれば罰は免れないっていうのに、この寂しく火照て持て余していた私の体を慰めてくれていたのよ………。」
リアーナはそう言うと、照れてモジモジしている下男の顔を寂しげに見つめた。
「邪魔しちゃって……、ごめんね。」
ここから感じられるのは男女のソレではないものの、互いを大事に思いやっているのが分かり、気まずくなってしまった。
なのでそれだけ言って立ち去ろうと足を動かすと、リアーナが俺を呼び止めてきた。
「ねぇ……。君の覚悟は決まったの?」
その言葉に先程見てしまったリオン王子の様子が思い起こされ、何故か涙がボロボロと零れ落ちてきた。
「ど、どうしたの?」
俺の突然の涙に慌てたリアーナは、落ち着かせようとギュッと抱きしめてくれた。
さっきまでリアーナは明らかにコトに及んでいたのが分かっていたので俺は直視することが出来ず、常に目をそらしていたから分からなかったが……、この抱きしめられた感触からはリアーナは薄手のガウンを着ているだけの裸に近い状態であったのが分かる。
こんな状態、俺の様な若い男にとっては、本当であれば鼻血を吹き出してしまう程喜ばしい展開の興奮する事態この上ないはずなのだが……何もない。
そう、何もなかったのだ………、俺自身に反応が。
「あ、あれっ?」
俺はその出来事に涙なんか止まってしまい、素っ頓狂な声をあげて驚いた。
「なんで………。」
「どうかしたの?」
心配そうに見つめるリアーナに、恥ずかしさもあったがものの勢いから今この身に起こっている事を相談すると「あぁ……。」と何を言っているのか分かったようであった。
「それは神によって兄様と君が結ばれた関係であるからでしょうね。」
「それがどうして……?」
「清らかなる聖女である君と、神子である兄様という神に選ばれし番が精霊の子を生すという重大事を、余所見をしたりとかして誰彼に阻まれぬ為にと固く結びつけ、神によって兄様以外とは交わらぬ様に封じられてしまったのでしょう……。」
見た目だけを見ても、以前の俺であるならば……いや、男であるならば誰しもが魅力的だと感じる肉感的なリアーナのこんなあられもない姿を見ても、さっきからちっともウンともスンとも言わない俺自身を再確認して、落胆と共に合点がいった。
「いや……! でも、リオン王子は?」
ハッとして、リアーナに会う前に見てしまったあの光景を思わず口にし、涙の訳ともいえる自分の中に燻ぶっていた気持ちを吐露した。
「そう………。それはきっと兄様の家庭教師よ。」
「家庭教師?」
「兄様はね、神子に選ばれたことが決まってから各分野の先生方から特別な教育をたくさん受けてきたの。その1つが精霊の子を宿す為に必要な、聖女の体を悦びに満たす為の……所謂夜のお作法的な訓練よ。その為の家庭教師の先生じゃないかしら。」
この世界にはそんな事を教える専門の先生がいるのかと俺は驚き、この世界には殆どが男しかいないから男同士で睦み合うことは当たり前なのだと、更にリアーナに聞いて2度驚いた。
「女との交わりなんて……、そもそもが子供を宿せる器を持って生まれた精霊の恩恵を受けられた体の女と子作りの為だけにすること以外ないわ。男同士には愛が存在するけどね……。それがこの世界の常識よ。」
その言葉になんだか空虚なものを感じた。
「でもこの常識に女であっても『聖女』だけは当てはまらないんだけど……。それが今回、聖女として神に選ばれてこの世界に来たのが男である君だったでしょう? だから男しか知らない兄様もかなり嬉しそうにしていたのが分かると思うんだけど。」
確かに初めて会った俺にもわかる程にハイテンションで喜んでいたのは見てとれた。
「そもそもが君の世界でいうところの多数派である女が好きという君だって、神に選ばれた聖女となって兄様と番の契りを交わした時点で、男女関係なく兄様にしか恋愛感情は抱けなくなっているから………。だから、泣いてしまった理由かもしれないっていうその気持ちは………嫉妬よ。」
「……えっ? 嫉妬!?」
「えぇ……。愛する恋人の浮気現場を見てしまった時に抱く気持ちって言われている、それよ。」
ただの平凡でノーマルな性的思考であった俺が、女に対しては役立たずとなり、男……といってもリオン王子限定ではあるが、に対してはあの体から漂う匂いもその手練も俺を虜にさせ、心身共に囚われの身となっている。
「兄様のそれは『練習』だから……。見てしまったことは仕方ないし、忘れることね。」
そう言って宥められて緩んだ気持ちに再び涙が溢れ、ひとしきり泣きつくすとスッキリしたのでリアーナに俺の部屋への道を尋ねると、そこへ戻ることにした。
何事もなかったかのように次の晩にはリオン王子がこの前と同じ調子で訪ねて来たが「体調が悪い」と言って追い出して帰ってもらった。
あの後も俺の部屋に見舞いに来たリアーナと何度か話をし、モヤモヤしたものもあったが決意を固めたと伝えるとリアーナはニコリと微笑んだ。
「ありがとう……。創聖の儀式には数日を要するから、まだ少し待ってもらうことになるけど………。本当にありがとう……。」
リアーナは目尻にじわりと涙を浮かべ、俺の決意を伝えに部屋の外へと出て行った。
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料理×BL×官吏のごちゃまぜ中華風料理BLファンタジー。ここに開幕!
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
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乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
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