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後編
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翌朝、満足そうに目覚めた娼婦には悟られぬ内に、俺はさっさとその家を後にした。
昨夜聞いた話が頭に残り、仕事をしながらも俺は翌日から客の付いてない娼婦たちの様子をつぶさに見るようになった。
すると男の俺が思っていたよりも自分で自分を慰めている娼婦は多くいるようで、だが人それぞれといった感じで客にくる男の様に皆が皆というわけでもないらしい。
客の居ない夜は必ずというわけではないほぼしない娼婦も居れば、ごくたまにという娼婦もいるし……客が付いていても帰ってすぐ自分でもするという猛者もいた。
「男も女も同じなんだな……。ヒヒヒッ。」
この頃はただなんとなくそうなんだなと理解した。
しかし………そんな俺にも転機が訪れた!
数ヵ月経ったある時いつもの酒場で飲んでいると、どこかの金持ちが雇っている私兵と思しき男女数人の集団が俺の背後にあるテーブルに座って騒ぎ始めたのだった。
「ミリアは本当にスライムに弱いよな~。」
「その話はもうやめてよー!」
からかうように笑って話す二十代半ばほどの男の声に、いい加減にしてと少し怒った雰囲気の若い女の声がした。
「まぁまぁまぁ………。」
そこへ人の良さそうな少し年上の男の声が仲裁に混じる。
「スライムは女の天敵なのよ~。女の体に飛びついては這いずり回って………あぁ、おぞましい。」
先程「ミリア」と呼ばれていた女とは違った女の声がブルブルと声を震わせながら喋っている。
「んなこと言っちゃって~! エリーは嫌がるどころかスライムに体中を這いずり回されてミリア以上に気持ち良さそうによがってたじゃないか~。本当は喜んでたんだろ~?」
「あっ、あれは………!」
二十代半ばほどの男に更に言われ、エリーと呼ばれた女は口篭もる。
口調からして……おそらくは図星を突かれて何も言えなくなったという感じだろう。
「スライムなんて女の体に引っ付いて這いずり回るだけで無毒で無害なのに……。そう邪険にすんなよ。ミリアもエリーも、欲求不満解消になって丁度いいじゃねーか。なぁ?」
「ハハッ。」
二十代半ばの男から同意を求められ、話を流す様に少し年上の男は笑って誤魔化す。
「そうか、そうか……。無毒で無害で……女が好き、と………。」
俺は思わぬところで面白い情報を得て何かに生かせないかと思考を巡らせ、なおいっそう聞き耳をたてた。
「そういえば知ってるか~? スライムって女私兵のとある界隈で夜の御供に人気らしいぜー。」
「夜の御供?」
そこで俺のアンテナはピクリと動いて感度を上げた。
「兵士として雇われている間は、女は特にそういうコトが御法度だろ~? うっかりとガキなんざができちまったらクビだからさ~。」
「うんうん。」
「だから男とヤルんじゃなしに、スライムを使うんだとよ~。」
「へ~ぇ。」
かなり酔っ払ってきたらしい男らは2人で仲間の女たちを放って猥談に花を咲かせだした。
「スライムなんて餌は水だけでいいしよ~、本当にお手軽で女はいいもんだよな。まぁ、本当は女のあの泉から染み出る湧水が最適らしいがなぁ~。――でもまぁ、あんないいものが男には使えないっていうんだから、相手もいない遠征先では寂しいもんよ。おまけに街にいる時はいる時でヤルには金がかかって仕方ないしな~。」
「それは………違いないわ。」
もうウンザリといった様子の仲間の女性には目もくれず、酔っ払いの男たち2人は楽しそうに「ガッハッハッハッハッ!」と豪快に笑い声をあげた。
「へ~ぇ……良い事を聞いた。」
俺は逸る気持ちを押さえて目の前にいるマスターへと金を出して勘定を済ませ、すぐさま自分の家に帰ってノートを取り出してペンを執った。
手に入れた情報を生かして今思い付いたばかりの新たな事業案を忘れない為にだ。
「娼婦でなくとも欲求不満の女はそれなりにいるだろう。渡りが付けられれば………貴族も視野に。」
客経由ではあるが何度か聞いた事がある。
貴族は妻に健康な跡継ぎとなる男児を産ませることが目的なので、それが見込めなくなるとされる妻の年齢が30歳になったのを機にそういうことをしなくなるということを……。
加えて跡継ぎとなる子供がその時点でいない場合はより若い妾を作り、妻とは社交パーティーに出席した時に手を握るぐらいでプライベートでは全くの触れ合いもなくなり、貴族男性たちはそっちで毎夜子作りに励むという話だ。
それもあってかトウが立った貴族女性は一様にしてヒステリーな者が多く、下働きとして貴族の家に勤める者たち皆はイライラを八つ当たりのように一方的にぶつけてくる女主人に疲弊しており、使用人たちの間では社会問題化しているというもっぱらの噂である。
ということはだ……つまりは俺の見解からすると、貴族女性の中には欲求不満を抱えている人が多いという事だ。
そればかりか貴族ってやつは慣例的に体面を第一に考える生き物だから自分が欲求不満だという事を誰かに言ったり、ましてや夜の生活のアレコレを他人に相談することなんてできない。
本当の事なんて同じ貴族であれば誰もが分かっている事なのに、見栄を張って他人に対しては毎日満足してますって顔をしてやがる。
「う~ん……。客の付かない娼婦以上に、貴族の中に客となる女は潜在的に多そうだな。」
この日から俺はスライムを捕獲し飼い慣らして育てるという役目をこなせる傭兵を探し、スライムが手に入ると使い勝手なんかを娼婦で何度も試した。
他にはやることがやる事なので貴族に渡りを付けてくれそうな口の堅い商人を見つけ、その商人を窓口にして手頃な裏通りの店舗で営業する準備を始めた。
やろうと決めると行動の早い俺はある程度準備が整ったところでボスの元へと向かった。
深呼吸をしつつ緊張しながらも、落ち着いたところでドアをノックする。
「入っていいぞ。」
「失礼します!」
部屋の中へと入るもボスを俺を見ることは無く、大きなフカフカの椅子に深く腰かけて穏やかな顔をしてお気に入りのガラス人形を布切れで磨いていた。
「ん? どうした、小僧。」
ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「あっ、あの………。俺、ボスにここまでなるまでに育ててもらって感謝しています。でも俺……俺、やりたい事が見付かって。それで………自分の店を持とうと思うんです。」
たどたどしくもそこまで言った俺は途端に怖くなり、言い終えるとグッと強く目をつむった。
「自分の店、か……。で、お前は俺の元を抜けたいと………?」
思ったよりも穏やかな口調に、俺の震えていた唇が大人しくなった。
「はいっ! 申し訳ございません!!」
俺は深く頭を下げて謝罪した。
「そうか………。お前には期待していたし、それだから俺が自ら教育もしたのだが………残念だ。」
気のせいかボスの声は寂しそうに感じた。
「どんな処罰もっ―――。」
「いいんだ、それは。お前がどうあろうと……。長く続けられる商売でもないしな。残念ではあるが、お前には一人でやっていけるだけの才能があるのは分かっていたし、それはそれで喜ばしい事だ。巣立ちを祝ってやるよ。」
「あっ、ありがとうございます!」
「で、何をする気だ? 今まで一度だって表を知らずに生きてきたお前だ。だから表の商売ではないんだろう………?」
ボスにそう聞かれて俺はこれから始めようとしている仕事について説明をした。
「そうか……。面白そうなところに目を付けたな。まっ、頑張れよ!」
俺はボスからの恩情溢れる言葉に涙した。
それからというもの、ボスから離れた俺は新事業を成功させるべく準備を万全に行い、遂には自分の店を開店させたのだった。
最初こそ客はまばらではあったが、表立っては『エステサロン』だと看板を出すことにより店に入るまでのハードルを下げることに成功し、徐々にではあるが客は増えていった。
その実は簡易な浴室付きのベッドのある部屋の中で行われる、スライムを使った女性向けの性的サービスであるわけなのだが………。
「男と違って女は他人をより気にするものだしな。使用中はスライム以外は入らない客だけの完全個室であり、対外的には『エステサロン』だと銘打ったのが功を奏したな。まぁ、ヒステリーが解消されて顔のシワも減るから、『エステサロン』ってのは嘘では無いと言えば無いがなぁ。」
帳簿につけられた満員となっている予約表を見て、俺は思わずニンマリと笑ってしまう。
内容が内容だけに所謂口コミで広がる………ということは無いのだが………。
満員となるまでに客が増えた理由は、あの店に通い出してから顔つきも性格も穏やかになったとその中身も何も知らない夫に気付かれ、その話を夫が他家の男に話をしていたのを偶然傍で耳にした女性が興味を惹かれて来店するといった感じの繰り返しである。
とはいうものの時間は多少かかったが売り上げは着実に伸びていき、一度味わってしまえば確実と言わんばかりに常連客も多くつく様になったのだからそこには特に苦労も無かったな。
「いや~、スライム様々だね。費用はあんまり掛からないし、客も途切れない。儲かった、儲かった。」
客はお忍びで遠い他領地から来ることもあるし、他の街に二号店でも出すかなぁ………。
昨夜聞いた話が頭に残り、仕事をしながらも俺は翌日から客の付いてない娼婦たちの様子をつぶさに見るようになった。
すると男の俺が思っていたよりも自分で自分を慰めている娼婦は多くいるようで、だが人それぞれといった感じで客にくる男の様に皆が皆というわけでもないらしい。
客の居ない夜は必ずというわけではないほぼしない娼婦も居れば、ごくたまにという娼婦もいるし……客が付いていても帰ってすぐ自分でもするという猛者もいた。
「男も女も同じなんだな……。ヒヒヒッ。」
この頃はただなんとなくそうなんだなと理解した。
しかし………そんな俺にも転機が訪れた!
数ヵ月経ったある時いつもの酒場で飲んでいると、どこかの金持ちが雇っている私兵と思しき男女数人の集団が俺の背後にあるテーブルに座って騒ぎ始めたのだった。
「ミリアは本当にスライムに弱いよな~。」
「その話はもうやめてよー!」
からかうように笑って話す二十代半ばほどの男の声に、いい加減にしてと少し怒った雰囲気の若い女の声がした。
「まぁまぁまぁ………。」
そこへ人の良さそうな少し年上の男の声が仲裁に混じる。
「スライムは女の天敵なのよ~。女の体に飛びついては這いずり回って………あぁ、おぞましい。」
先程「ミリア」と呼ばれていた女とは違った女の声がブルブルと声を震わせながら喋っている。
「んなこと言っちゃって~! エリーは嫌がるどころかスライムに体中を這いずり回されてミリア以上に気持ち良さそうによがってたじゃないか~。本当は喜んでたんだろ~?」
「あっ、あれは………!」
二十代半ばほどの男に更に言われ、エリーと呼ばれた女は口篭もる。
口調からして……おそらくは図星を突かれて何も言えなくなったという感じだろう。
「スライムなんて女の体に引っ付いて這いずり回るだけで無毒で無害なのに……。そう邪険にすんなよ。ミリアもエリーも、欲求不満解消になって丁度いいじゃねーか。なぁ?」
「ハハッ。」
二十代半ばの男から同意を求められ、話を流す様に少し年上の男は笑って誤魔化す。
「そうか、そうか……。無毒で無害で……女が好き、と………。」
俺は思わぬところで面白い情報を得て何かに生かせないかと思考を巡らせ、なおいっそう聞き耳をたてた。
「そういえば知ってるか~? スライムって女私兵のとある界隈で夜の御供に人気らしいぜー。」
「夜の御供?」
そこで俺のアンテナはピクリと動いて感度を上げた。
「兵士として雇われている間は、女は特にそういうコトが御法度だろ~? うっかりとガキなんざができちまったらクビだからさ~。」
「うんうん。」
「だから男とヤルんじゃなしに、スライムを使うんだとよ~。」
「へ~ぇ。」
かなり酔っ払ってきたらしい男らは2人で仲間の女たちを放って猥談に花を咲かせだした。
「スライムなんて餌は水だけでいいしよ~、本当にお手軽で女はいいもんだよな。まぁ、本当は女のあの泉から染み出る湧水が最適らしいがなぁ~。――でもまぁ、あんないいものが男には使えないっていうんだから、相手もいない遠征先では寂しいもんよ。おまけに街にいる時はいる時でヤルには金がかかって仕方ないしな~。」
「それは………違いないわ。」
もうウンザリといった様子の仲間の女性には目もくれず、酔っ払いの男たち2人は楽しそうに「ガッハッハッハッハッ!」と豪快に笑い声をあげた。
「へ~ぇ……良い事を聞いた。」
俺は逸る気持ちを押さえて目の前にいるマスターへと金を出して勘定を済ませ、すぐさま自分の家に帰ってノートを取り出してペンを執った。
手に入れた情報を生かして今思い付いたばかりの新たな事業案を忘れない為にだ。
「娼婦でなくとも欲求不満の女はそれなりにいるだろう。渡りが付けられれば………貴族も視野に。」
客経由ではあるが何度か聞いた事がある。
貴族は妻に健康な跡継ぎとなる男児を産ませることが目的なので、それが見込めなくなるとされる妻の年齢が30歳になったのを機にそういうことをしなくなるということを……。
加えて跡継ぎとなる子供がその時点でいない場合はより若い妾を作り、妻とは社交パーティーに出席した時に手を握るぐらいでプライベートでは全くの触れ合いもなくなり、貴族男性たちはそっちで毎夜子作りに励むという話だ。
それもあってかトウが立った貴族女性は一様にしてヒステリーな者が多く、下働きとして貴族の家に勤める者たち皆はイライラを八つ当たりのように一方的にぶつけてくる女主人に疲弊しており、使用人たちの間では社会問題化しているというもっぱらの噂である。
ということはだ……つまりは俺の見解からすると、貴族女性の中には欲求不満を抱えている人が多いという事だ。
そればかりか貴族ってやつは慣例的に体面を第一に考える生き物だから自分が欲求不満だという事を誰かに言ったり、ましてや夜の生活のアレコレを他人に相談することなんてできない。
本当の事なんて同じ貴族であれば誰もが分かっている事なのに、見栄を張って他人に対しては毎日満足してますって顔をしてやがる。
「う~ん……。客の付かない娼婦以上に、貴族の中に客となる女は潜在的に多そうだな。」
この日から俺はスライムを捕獲し飼い慣らして育てるという役目をこなせる傭兵を探し、スライムが手に入ると使い勝手なんかを娼婦で何度も試した。
他にはやることがやる事なので貴族に渡りを付けてくれそうな口の堅い商人を見つけ、その商人を窓口にして手頃な裏通りの店舗で営業する準備を始めた。
やろうと決めると行動の早い俺はある程度準備が整ったところでボスの元へと向かった。
深呼吸をしつつ緊張しながらも、落ち着いたところでドアをノックする。
「入っていいぞ。」
「失礼します!」
部屋の中へと入るもボスを俺を見ることは無く、大きなフカフカの椅子に深く腰かけて穏やかな顔をしてお気に入りのガラス人形を布切れで磨いていた。
「ん? どうした、小僧。」
ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「あっ、あの………。俺、ボスにここまでなるまでに育ててもらって感謝しています。でも俺……俺、やりたい事が見付かって。それで………自分の店を持とうと思うんです。」
たどたどしくもそこまで言った俺は途端に怖くなり、言い終えるとグッと強く目をつむった。
「自分の店、か……。で、お前は俺の元を抜けたいと………?」
思ったよりも穏やかな口調に、俺の震えていた唇が大人しくなった。
「はいっ! 申し訳ございません!!」
俺は深く頭を下げて謝罪した。
「そうか………。お前には期待していたし、それだから俺が自ら教育もしたのだが………残念だ。」
気のせいかボスの声は寂しそうに感じた。
「どんな処罰もっ―――。」
「いいんだ、それは。お前がどうあろうと……。長く続けられる商売でもないしな。残念ではあるが、お前には一人でやっていけるだけの才能があるのは分かっていたし、それはそれで喜ばしい事だ。巣立ちを祝ってやるよ。」
「あっ、ありがとうございます!」
「で、何をする気だ? 今まで一度だって表を知らずに生きてきたお前だ。だから表の商売ではないんだろう………?」
ボスにそう聞かれて俺はこれから始めようとしている仕事について説明をした。
「そうか……。面白そうなところに目を付けたな。まっ、頑張れよ!」
俺はボスからの恩情溢れる言葉に涙した。
それからというもの、ボスから離れた俺は新事業を成功させるべく準備を万全に行い、遂には自分の店を開店させたのだった。
最初こそ客はまばらではあったが、表立っては『エステサロン』だと看板を出すことにより店に入るまでのハードルを下げることに成功し、徐々にではあるが客は増えていった。
その実は簡易な浴室付きのベッドのある部屋の中で行われる、スライムを使った女性向けの性的サービスであるわけなのだが………。
「男と違って女は他人をより気にするものだしな。使用中はスライム以外は入らない客だけの完全個室であり、対外的には『エステサロン』だと銘打ったのが功を奏したな。まぁ、ヒステリーが解消されて顔のシワも減るから、『エステサロン』ってのは嘘では無いと言えば無いがなぁ。」
帳簿につけられた満員となっている予約表を見て、俺は思わずニンマリと笑ってしまう。
内容が内容だけに所謂口コミで広がる………ということは無いのだが………。
満員となるまでに客が増えた理由は、あの店に通い出してから顔つきも性格も穏やかになったとその中身も何も知らない夫に気付かれ、その話を夫が他家の男に話をしていたのを偶然傍で耳にした女性が興味を惹かれて来店するといった感じの繰り返しである。
とはいうものの時間は多少かかったが売り上げは着実に伸びていき、一度味わってしまえば確実と言わんばかりに常連客も多くつく様になったのだからそこには特に苦労も無かったな。
「いや~、スライム様々だね。費用はあんまり掛からないし、客も途切れない。儲かった、儲かった。」
客はお忍びで遠い他領地から来ることもあるし、他の街に二号店でも出すかなぁ………。
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