追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

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第28話 名無しの子

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「まさか名無しだとは……」

 予想外の事実にユリシーズは大きく溜め息を吐いた。

「裏診療でも特に名無しの者は医者が診るのを嫌うと言いますからね」

「そうなの!? ハンナ」

「はい。名がないということはどこの国の民でもないということですから。そんな裏社会の関係者の恐れがある人間には怖くて関わりたくないと誰しもが思うものです。それが例え赤ん坊であったとしても……」

 ここいらの国ではどこも生後間もなくに幼児洗礼する習慣がある。
 それを教会でした時に同時に市民権を得ることができ、親となる者が市民権を持っていることが絶対条件。
 だかこそ市民権を持たない者はつまり盗賊であったり罪人となって追放処分を受けた無法者という扱いから、その子供にも市民権を与えないことが当たり前とされている。
 国側にとっては所属している国を明確にするのが市民権の役割であり、身分証という側面もあることから犯罪移民が不正に医者にかかって住み着くことを抑止することにもなっているのでありがたい仕組みだ。

「知らなかった……」

 生まれながらの貴族であったステラは市民権の心配をするなんてあるはずがなかった。
 本当であればそれが一生続き――故に庶民の問題と思い、関心を向けたことが無かったのである。
 が、今や市民権を持っているのはハンナだけ。

 だからあの時、エマに言われたようにエステル――ステラの子供としてこの赤ん坊が洗礼を受けることは不可となるのだ。
 親となるステラに市民権がないせいでこの赤ん坊は死ぬまで自分と共に苦労をするのかとステラは悲観していたのだが……。

「だが、手続きに時間はかかるがこの国では貴族に筋をもつ者が後見人になれば市民権を得ることができるのだぞ?」

「私たちにはこの国に知り合いはいません。知り合いがいたとしても、今の身の上ですと断られていたことでしょう。幸いにも一晩で下がる程度のよくある熱を何度か出したぐらいでしたが、ここまで町医者にすらかからなかったのはそういうわけなのです」

「しかし今回は――」

 チラリと見たユリシーズの目に映るのはベッドで赤い顔をして転がっている赤ん坊の頭を撫でながら不安そうな症状をしているステラの姿だった。

「そうですね。一晩で快復するような軽い様子ではありませんね……」

 ハンナは唇を噛み、お辞儀をして深々と頭を下げる。

「ユリシーズ様とのお約束は今日……。私たちのせいで予定を遅らせるわけにもいきませんし、私たちも今は移動することができません。どんな罰でも受けますので、どうか捨ておいてくださいませ。残念ながら私たち家族は運がないと、この度の事は諦めましょう」
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