9 / 32
第9話 決意
しおりを挟む
夕方近くになって片付けも済み、先程までしていたパーティーの為に彩られた花瓶の花がポツンともの悲しげに机の中央に置かれている。
空はもう半分暗く、太陽がジワジワと沈んでいくのが窓から見えて刻一刻とその時が迫っているのを感じていた。
「わずか一年ばかし……か」
「もっとここで過ごす時間は長いと思っていましたが……案外、あっけないものでしたね」
ハンナは諦めにも似た表情で部屋を見渡し、まるでエステルが子供の頃のようにブラシで髪をといていた。
「ハンナは――どうしてこの館に、私について入ってくれたの?」
「えっ? 突然なんです?」
「ちょっと聞きたくなったの……。ねぇ、なんで?」
「そうですね~ぇ……。心配だったから、ですかね」
「心配? 私が?」
ハンナらしいといえばらしい返事にフフッと笑い声を漏らしてエステルは聞き返した。
「子供の頃からお仕えして、専属の侍女としてずっとお傍にいましたからね……。失礼かもしれませんが年の離れた妹の様な、自分の子供の様な……いつの間にかそんな感覚だったのです」
髪をといていた手を一旦止め、背後で悟られぬよう静かに涙を拭うとポケットからリボンを取り出し、エステルの髪をゆっくりと束ねだす。
「――嬉しい。私も……あの冷たい家でハンナだけが唯一の家族の様な……そんな気持ちだったの」
「エマ様がお邸にいらしてからエステル様はいつも奥様から八つ当たりを受けてましたものね」
「えぇ……。お母様もお辛かったとは思うのだけど、子供の私にはどうすることもできなかったし我慢するしかなかった。――お父様やお母様の前では泣くことも許されなかったから、ハンナがいなければ私はとっくに……」
「私はお嬢様の御心を少しでもお救いできたのなら幸せですよ。身分も中途半端で、貧乏な家でしたので年端も行かぬ頃からお邸で使用人として働いていましたので……結婚も望めませんでしたから。だからお嬢様と過ごしてきた日々は宝物で、本当に幸せでした。幸せでした……」
昔を思い出し、これで満足、もう運命なのだとばかりに穏やかに話をするハンナの様子にエステルは胸は奥底からマグマが湧きだすように熱くなった。
三日前からずっと悩んでいたことがある。
実行するのも怖いと思っていたし、うまくいく保証だってなかった。
だがエステルに対する思いを聞き、ハンナの深い愛情に包まれて覚悟は決まったのだった。
「ねぇ、ハンナ。私の事……信じてくれる? この先も永遠にずっと――」
「えっ、えぇ……。勿論ですけど? そうは言っても私の時間は――あっても後数日ってところが関の山だと思いますが」
空はもう半分暗く、太陽がジワジワと沈んでいくのが窓から見えて刻一刻とその時が迫っているのを感じていた。
「わずか一年ばかし……か」
「もっとここで過ごす時間は長いと思っていましたが……案外、あっけないものでしたね」
ハンナは諦めにも似た表情で部屋を見渡し、まるでエステルが子供の頃のようにブラシで髪をといていた。
「ハンナは――どうしてこの館に、私について入ってくれたの?」
「えっ? 突然なんです?」
「ちょっと聞きたくなったの……。ねぇ、なんで?」
「そうですね~ぇ……。心配だったから、ですかね」
「心配? 私が?」
ハンナらしいといえばらしい返事にフフッと笑い声を漏らしてエステルは聞き返した。
「子供の頃からお仕えして、専属の侍女としてずっとお傍にいましたからね……。失礼かもしれませんが年の離れた妹の様な、自分の子供の様な……いつの間にかそんな感覚だったのです」
髪をといていた手を一旦止め、背後で悟られぬよう静かに涙を拭うとポケットからリボンを取り出し、エステルの髪をゆっくりと束ねだす。
「――嬉しい。私も……あの冷たい家でハンナだけが唯一の家族の様な……そんな気持ちだったの」
「エマ様がお邸にいらしてからエステル様はいつも奥様から八つ当たりを受けてましたものね」
「えぇ……。お母様もお辛かったとは思うのだけど、子供の私にはどうすることもできなかったし我慢するしかなかった。――お父様やお母様の前では泣くことも許されなかったから、ハンナがいなければ私はとっくに……」
「私はお嬢様の御心を少しでもお救いできたのなら幸せですよ。身分も中途半端で、貧乏な家でしたので年端も行かぬ頃からお邸で使用人として働いていましたので……結婚も望めませんでしたから。だからお嬢様と過ごしてきた日々は宝物で、本当に幸せでした。幸せでした……」
昔を思い出し、これで満足、もう運命なのだとばかりに穏やかに話をするハンナの様子にエステルは胸は奥底からマグマが湧きだすように熱くなった。
三日前からずっと悩んでいたことがある。
実行するのも怖いと思っていたし、うまくいく保証だってなかった。
だがエステルに対する思いを聞き、ハンナの深い愛情に包まれて覚悟は決まったのだった。
「ねぇ、ハンナ。私の事……信じてくれる? この先も永遠にずっと――」
「えっ、えぇ……。勿論ですけど? そうは言っても私の時間は――あっても後数日ってところが関の山だと思いますが」
14
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

大公閣下!こちらの双子様、耳と尾がはえておりますが!?
まめまめ
恋愛
魔法が使えない無能ハズレ令嬢オリヴィアは、実父にも見限られ、皇子との縁談も破談になり、仕方なく北の大公家へ家庭教師として働きに出る。
大公邸で会ったのは、可愛すぎる4歳の双子の兄妹!
「オリヴィアさまっ、いっしょにねよ?」
(可愛すぎるけど…なぜ椅子がシャンデリアに引っかかってるんですか!?カーテンもクロスもぼろぼろ…ああ!スープのお皿は投げないでください!!)
双子様の父親、大公閣下に相談しても
「子どもたちのことは貴女に任せます。」
と冷たい瞳で吐き捨てられるだけ。
しかもこちらの双子様、頭とおしりに、もふもふが…!?
どん底だけどめげないオリヴィアが、心を閉ざした大公閣下と可愛い謎の双子とどうにかこうにか家族になっていく恋愛要素多めのホームドラマ(?)です。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。

【完結】幼い頃からの婚約を破棄されて退学の危機に瀕している。
桧山 紗綺
恋愛
子爵家の長男として生まれた主人公は幼い頃から家を出て、いずれ婿入りする男爵家で育てられた。婚約者とも穏やかで良好な関係を築いている。
それが綻んだのは学園へ入学して二年目のこと。
「婚約を破棄するわ」
ある日突然婚約者から婚約の解消を告げられる。婚約者の隣には別の男子生徒。
しかもすでに双方の親の間で話は済み婚約は解消されていると。
理解が追いつく前に婚約者は立ち去っていった。
一つ年下の婚約者とは学園に入学してから手紙のやり取りのみで、それでも休暇には帰って一緒に過ごした。
婚約者も入学してきた今年は去年の反省から友人付き合いを抑え自分を優先してほしいと言った婚約者と二人で過ごす時間を多く取るようにしていたのに。
それが段々減ってきたかと思えばそういうことかと乾いた笑いが落ちる。
恋のような熱烈な想いはなくとも、将来共に歩む相手、長い時間共に暮らした家族として大切に思っていたのに……。
そう思っていたのは自分だけで、『いらない』の一言で切り捨てられる存在だったのだ。
いずれ男爵家を継ぐからと男爵が学費を出して通わせてもらっていた学園。
来期からはそうでないと気づき青褪める。
婚約解消に伴う慰謝料で残り一年通えないか、両親に援助を得られないかと相談するが幼い頃から離れて育った主人公に家族は冷淡で――。
絶望する主人公を救ったのは学園で得た友人だった。
◇◇
幼い頃からの婚約者やその家から捨てられ、さらに実家の家族からも疎まれていたことを知り絶望する主人公が、友人やその家族に助けられて前に進んだり、贋金事件を追ったり可愛らしいヒロインとの切ない恋に身を焦がしたりするお話です。
基本は男性主人公の視点でお話が進みます。
◇◇
第16回恋愛小説大賞にエントリーしてました。
呼んでくださる方、応援してくださる方、感想なども皆様ありがとうございます。とても励まされます!
本編完結しました!
皆様のおかげです、ありがとうございます!
ようやく番外編の更新をはじめました。お待たせしました!
◆番外編も更新終わりました、見てくださった皆様ありがとうございます!!

とても「誠実な」婚約破棄をされてしまいました
石里 唯
恋愛
公爵令嬢フェリシアは、8年に及ぶ婚約関係にあった王太子レイモンドから、ある日突然、前代未聞の「誠実な」婚約破棄を提示された。
彼にしなだれかかる令嬢も、身に覚えのない断罪とやらもない。賠償として、レイモンドはフェリシアが婚姻するまで自身も婚姻せず、国一番の金山と、そして、王位継承権まで、フェリシアに譲渡するという。彼女は承諾せざるを得なかったが、疑問を覚えてしまう。
どうして婚約破棄をするの?どうしてここまでの賠償を――?
色々考えているものの、結論は考えていないものと大差が無くなってしまうヒロインと愛が深すぎて溺愛を通り越してしまったヒーローの話です。

公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

すれ違い夫婦の大冒険~花嫁を放置した旦那様と白黒つけるため追いかけます~
白羽鳥(扇つくも)
恋愛
「まともな夫婦生活は諦めてくれ。その代わり、好きに過ごしてもらって構わない……ですってぇ~!?」
王家から命じられた結婚相手からの手紙に、私はわなわなと震えた。
思えば学生時代から周囲に振り回されっぱなしだった私。王子の婚約者から頼まれて殿下お気に入りの平民の世話を焼けばいじめられたと断罪され、婚約破棄された令嬢は隣国の王子に気に入られたので私一人が割を食って修道院行きになり、戻ってきて結婚が決まったと思えば、相手は没落貴族で滅多に帰らない冒険者――
「やってられますかっての! いいわよ、好きに過ごせと言うのなら……」
溜まりに溜まった鬱憤を、一度も顔を見せに来ない夫(暫定)にぶつける事にする。早いとこ会って話をつけ最速で白い結婚を成立させるため、私は旦那の足取りを追うのだった。
※第16回恋愛小説大賞に参加。
※カクヨムでも連載中。
幸せを知らない令嬢は、やたらと甘い神様に溺愛される
ちゃっぷ
恋愛
家族から産まれたことも生きていることも全否定され、少しは役に立てと言われて政略結婚する予定だった婚約者すらも妹に奪われた男爵令嬢/アルサイーダ・ムシバ。
さらにお前は産まれてこなかったことにすると、家を追い出される。
行き場を失ってたまに訪れていた教会に来た令嬢は、そこで「産まれてきてごめんなさい」と懺悔する。
すると光り輝く美しい神/イラホンが現れて「何も謝ることはない。俺が君を幸せにするから、俺の妻になってくれ」と言われる。
さらに神は令嬢を強く抱きしめ、病めるときも健やかなるときも永遠に愛することを誓うと、おでこにキス。
突然のことに赤面する令嬢をよそに、やたらと甘い神様の溺愛が始まる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる