追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

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第8話 準備期間

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 エステルは衝撃的な言葉を聞いて思わずハンナを抱きしめてしまっていた。

「――お嬢様……」

「まさか……まさか、あなたにまでエマが手をかけようとしているだなんて……」

「私は使用人の身分……。仕方ありませんよ」

 自分に涙声で縋るエステルの頭を撫でてやり、ハンナは困ったとばかりに笑うしかなかった。

「遠縁でも……元はハンナだって、貴族の血筋でしょう? しかもエマの母親の家系よりも爵位も上の繋がりの……。なのに……横暴だわ」

「いいえ、そんなことを言ってはいけませんよ。私の家だって分家の分家。貴族様のお邸で使用人となって働ける身分としてはギリギリ届いているという程度。養女となってヴィラルドワン家に入ったエマ様とは……やっぱり違いますよ」

「ハンナ……でも――」

「さぁさぁ。どんな経緯であれ、ここから出られると決まったのです。準備しなければ……ね?」

 ハンナは自分の身からエステルをはがすと、ポケットからハンカチを取り出してエステルの涙を拭って極めて明るく振舞った。
 当人がそれでは、エステルは静かに頷くしかない。

「あの言い方ですと、ちょっと長い旅が待ち受けていそうですね。これからの季節も考えて厚地の服はここに置いていきましょうか。荷物が重たくなって移動が大変になるだけですしね~」

「……えぇ」

 その日から出発の日までエステルはあまり眠れず、ハンナの方は恐怖を忘れるように今すぐに必要のないことまでして旅支度にとせわしく働いていたのだった。

「おはようございます、お嬢様」

「――おはよう……」

 いつものようにハンナは笑顔で起こすがエステルの気持ちは重いままで……。

「今夜が言われていた出発日ですね。この館で過ごす最後の日ですから昼は二人で少し、パーティーでもしましょうか」

「……えっ?」

 寝起きの、しかも連日の寝不足がたたって頭がぼんやりした中で出された不意の提案に、エステルはただただ目をパチクリとさせる。

「二人きりだからパーティーとはいえ少し寂しい感じにはなりますし、贅沢はできませんが……私たち二人のですしね」

 最後……。
 その言葉に含められた意味にエステルは胸が苦しくなる。

「幼い頃からお嬢様にお仕えしてもう何年でしょう……。こんなお別れの日がやってくるとは思っても見ませんでしたが……今まで幸せだったと思えるお別れにしたいので楽しいパーティーにしましょうね。お嬢様が大好きなベリータルトを作りますので、一生分味わってくださいな」

「…………ハンナ。楽しみに……しているわ」

 泣いていることを気付かせぬよう、エステルは顔を見せないようにして答えるのだった。
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