追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

文字の大きさ
上 下
7 / 32

第7話 乙女の生贄

しおりを挟む
 エステルは困惑していた。
 一年近くぶりに訪れた義妹の来訪は思いもよらないものであったからだ。

「あなたに断る権利なんてないわよねぇ? お・ね・え・さ・ま」

「……ねぇ、エマ。その赤ん坊って誰の子供なの? 父親は――」

「――さぁ? だれかしらね~」

 気になって尋ねたエステルの深刻な質問にも実に軽く、まるで昨日のディナーの内容でも思い出すかのようにエマは答えるのである。

「まぁ、そんなことはどうだっていいのよ。にするのですからね。全てはお姉様のことになるの」

 ニッコリと満面の笑みをうかべてエマは自分の胸に手をやる。

「そして私は清らかな乙女のまま。なんの汚点キズもないキレイな身のままで王太子様のもとへと輿入れしますの」

 聖女でも気取っているのか、この一瞬ばかりは本当に出会ったばかりの頃に見ていた無邪気な子供の顔のようにエステルにも見えた。

「では、そういうことですから。よろしくお願いしますわね。三日後の夜に迎えの馬車を寄越しますから」

「夜!?」

「えぇ。お姉様は幽閉された事で精神を病まれてお亡くなりになった――ってことにしますの。だから極秘に一度お邸に戻っていただかなくてはなりませんのよ」

「なっ……」

 エステルはギョッとした。

「仕方ないでしょ? この館に入った者は棺になってでしか出られない決まりなんですもの。罪人がそれ以外の理由で外になんて出られるとでも思ってらしたの?」

 クスクスと笑うとエマはまたフードを被り、ハンナにも何やら告げてこの館から出て行ったのであった。

「お嬢様……」

 ガックリと床に膝から崩れ落ちて放心状態になってしまったエステルに気が付き、心配そうにハンナは声を掛けた。

「大丈夫……。えぇ、大丈夫よ。ごめんなさい」

 ガクガクと足を震わせながら立ち上がろうとするエステルに手を貸し、ハンナは体を支えながら椅子へと座らせた。

「ありがとう、ハンナ」

「いえ…………」

 どうにも重々しい空気の中で無言が続き、息苦しさを覚えたハンナはどうにかしたく……。

「わ、私……温かいお茶を入れ直してきますね」

 冷めきったお茶の入ったティーカップとティーポットを机の上から下げようと手を賭けたその時、服の端をギュッとエステルが掴んでくるのだった。

「お嬢様?」

「ハンナはさっき……何を言われていたの?」

 そう聞かれてハンナは背筋がピリッとなるのを感じた。

「私は――この件の真実を外に漏らさぬよう、口封じの為に棺になってもらうこともあるいは……と」

 エステルは『棺』という言葉に驚き、俯いていた顔をバッと上へと上げてハンナの顔を見た。

「そんなっ――!! ハンナが……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!(続く)

陰陽@3作品コミカライズと書籍化準備中
恋愛
養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!大勢の男性から求婚されましたが誰を選べば正解なのかわかりません!〜 タイトルちょっと変更しました。 政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。 それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。 なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。 そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。 そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。 このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう! そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。 絶望した私は、初めて夫に反抗した。 私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……? そして新たに私の前に現れた5人の男性。 宮廷に出入りする化粧師。 新進気鋭の若手魔法絵師。 王弟の子息の魔塔の賢者。 工房長の孫の絵の具職人。 引退した元第一騎士団長。 何故か彼らに口説かれだした私。 このまま自立?再構築? どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい! コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?

冷遇された王妃は自由を望む

空橋彩
恋愛
父を亡くした幼き王子クランに頼まれて王妃として召し上げられたオーラリア。 流行病と戦い、王に、国民に尽くしてきた。 異世界から現れた聖女のおかげで流行病は終息に向かい、王宮に戻ってきてみれば、納得していない者たちから軽んじられ、冷遇された。 夫であるクランは表情があまり変わらず、女性に対してもあまり興味を示さなかった。厳しい所もあり、臣下からは『氷の貴公子』と呼ばれているほどに冷たいところがあった。 そんな彼が聖女を大切にしているようで、オーラリアの待遇がどんどん悪くなっていった。 自分の人生よりも、クランを優先していたオーラリアはある日気づいてしまった。 [もう、彼に私は必要ないんだ]と 数人の信頼できる仲間たちと協力しあい、『離婚』して、自分の人生を取り戻そうとするお話。 貴族設定、病気の治療設定など出てきますが全てフィクションです。私の世界ではこうなのだな、という方向でお楽しみいただけたらと思います。

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。 挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。 だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……? 酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。 ※小説家になろうでも投稿しています

没落伯爵家の私が嫁いだ相手は、呪われた次期公爵様でした ~放っておけずにいたら、夫と甥っ子くんに溺愛されています!~

はづも
恋愛
ちょっと強引な姉属性元気ヒロイン、クールぶる呪われ年上夫、両親を亡くし孤独になった旦那様の甥っ子くんの三人が家族になるお話。 没落伯爵家の娘、アリア・アデール。 結婚を諦めて働こうとかと思っていた彼女の元に、公爵家次期当主レオンハルト・ブラントとの縁談が急浮上!アリアは嫁ぐことを即決。 冷徹男なんて噂のある彼だったが、優しくて、紳士的で……。 噂はしょせん噂ね!と思っていたら、夫婦の愛になど期待するな、なんて言われたうえに、愛人・隠し子の疑惑まで! そんなある日、突然、レオンハルトは謎の幼子を連れて帰ってくる。 あ、愛人の子ですか!?旦那様! でも、その子は旦那様の甥っ子だという話で…?

これが私の兄です

よどら文鳥
恋愛
「リーレル=ローラよ、婚約破棄させてもらい慰謝料も請求する!!」  私には婚約破棄されるほどの過失をした覚えがなかった。  理由を尋ねると、私が他の男と外を歩いていたこと、道中でその男が私の顔に触れたことで不倫だと主張してきた。  だが、あれは私の実の兄で、顔に触れた理由も目についたゴミをとってくれていただけだ。  何度も説明をしようとするが、話を聞こうとしてくれない。  周りの使用人たちも私を睨み、弁明を許されるような空気ではなかった。  婚約破棄を宣言されてしまったことを報告するために、急ぎ家へと帰る。

処理中です...