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家族ー5(フェデリコ目線・本編52話省略分ー15)

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「ねぇフェーデ叔父上、腹減ったー」

「父上、ぼくも」

 と兄上の四男ティートと、私の三男エルネストが言うので描いていこう。

 どちらも碧眼だが、ティートは茶色の髪を、エルネストは深い金の髪をしている。

 性格はティートが兄上寄りで、エルネストが私寄りだ。

 しかし、大きくなってきたな……そうだよな。

 思えばティートは今年で、エルネストは来年で15――成人だ。

 ならばそろそろ、公爵家や侯爵家から見合いの相手を探してこなければいけない時期だ。

 ――が?

「そういえばティート、去年結婚しないとか何とか言ってたか?」

「スィー、フェーデ叔父上。おれは民衆の王子として生きる」

「なんだそれ?」

「いやぁ、おれって民衆の女からモテモテだからさーあ? おれが貴族の令嬢と結婚しちゃうと、民衆の女が泣いちゃうんだよー。しかも、幼女から熟女までみーんな!」

 流石は兄上似だな、ティート。一体どこから来るんだ、その自信。

「だからってさぁ……」

 とエルネストが何か言いたげにティートを見ている。

 そういえば昔はティートひとりで町にナンパに行っていたが、最近はエルネストも一緒のときがある。

「なんだ、エルネスト? ティートが何か町で悪いことでもしてるのか?」

「聞いてくださいよ、父上。ティート殿下、民衆の女性にモテるからって調子こいて――」

「わあぁぁぁあ!」

 ティートがエルネストの口を手で塞いだ。

 確定だ。

「悪いことをしてるんだな、ティート?」

「してないっすよ、フェーデ叔父上!」

「嘘を吐くな」

「嘘じゃないっすよ!」

 エルネストが口からティートの手を剥がして、呆れ顔で溜め息を吐いた。

「みんなー、そのうちティート殿下に庶子が50人くらい出来るからよろしくねー」

 ――なっ……

「ティート!」

「誤解っすよ!」

「何がだ!」

「おれはただ、皆の期待に応えてるだけっていうかっ……『据え膳食わぬは男の恥』って習いました!」

 ああ、そうだな。

 私は以前から『マストランジェロ王家男子家訓の書・第二巻』の7頁5行目に不安を覚えていた。

 こういう馬鹿のために後で塗り潰しておいてやろう。

「あっ、何、筆を置いてるんすかフェーデ叔父上! は、はやっ…早くおれを描かなきゃ駄目っすよっ……!」

「ああ、おまえはもう描き終わったから案ずるな。仕置きしてやるからさっさと来い!」

「嫌っすよ!」

 とティートが脱兎の勢いで居間から逃げていった。

 ああ、筆が折れてしまった。予備を持って来ておいて良かった。

「兄上も黙ってないで、後でちゃんとティートを叱って――」

「余は何人妻を迎えたって皆愛してますなのだ、第三夫人を認めてくださいなのだぁぁぁ!」

 まだやってのか、この人……。

「父上、ぼくのことは描き終わりましたか?」

「そろそろ終わる。エルネスト、おまえもティートと一緒にいるならちゃんと止めてくれ」

「スィー。これからはちゃんと目を光らせておきます」

 どっと疲れた……早く描き終えてしまおう。

「リコたん閣下、ウチとランドお願い。やっと喧嘩終わったわ」

 とエルネストをちょうど描き終わった頃、アヤメの声が聞こえた。

 こっちもさっきランドとムネ陛下が揉めていたが、ようやく落ち着いたらしい。

 しかしランドがまだ不機嫌そうだ。

「ほら、描くぞランド。ぶすっとしてないで笑ってくれ」

「スィー」

 と尖った口で返事をしたランド――カプリコルノ国王太子オルランドが笑顔を作る。

 兄上と私の子供たちの中で最年長となるランドは、来月で23歳になる。

 私似の性格をしていてるランドは、兄弟・従兄弟の中でもっとも落ち着いた髪色と瞳の色をしていることもあってか、子供の頃から実年齢よりも年上に見られてきた。

「ねぇ、アヤメ」

「何、ランド?」

「さっきガルテリオがレオーネ人の30歳くらいに見えるって言ってたけど、私はレオーネ人に例えたらいくつに見えるんだい?」

「せやなぁ…ランドは雰囲気が大人やから、ええ勝負やけど……。うーん……29!」

「ああ、良かった! 私の方が若いんだね!」

 もしかして気にしてたのか、ランド……。

 コラードとは1歳差の兄弟なのに、5歳以上離れて見られたり。

 アヤメの方がひとつ年上なのに、少女が好きなんだと勘違いされたり。

 実は酒池肉林王が10歳くらいの頃に誤って作っちゃった子じゃないかと一部で囁かれてきたことを、すべて気にしていたのか……。

「ラ、ランド……幼く見られるよりはいいんだぞ? それに、レオーネ人は特別若いから気にするな」

「たしかに……レオーネ人って、なんで老けないんだいアヤメ? 20代だと思った女性が40代だったってことが何度もあるよ。魔法でも掛かってるの?」

「こっちの人そう言うけど、ちゃんと老けとるよ。あと、おじーちゃんおばーちゃんはこっちの方が若いで。背中曲がっとらんし、ピンピンしとるし、お洒落やし。さらに言えば、こっちの人っておじーちゃんおばーちゃんになっても夜の夫婦生活あるんやな。びっくりやわ」

「え? 当たり前じゃないか。妻を永遠に愛するのは夫の務めだよ」

「え? 待って……ウチとランドもそうなるん?」

「無論だよ。私はアヤメが80歳になっても抱くよ」

「ちょ、あかんあかんあかん、止めてっ……」

 と茹蛸のようになる初心で可愛いレオーネ人のアヤメを描いていく。

「アヤメ、笑顔をくれるか?」

「あっ…うん、リコたん閣下っ……」

 ふふふ。

「何? 顔、笑っとるよ?」

「何度見ても可愛いな、アヤメ」

 丸くて平らで、パンケーキふわふわトルタみたいなお顔だぞ。

 鼻がぺちゃっとして、丸い目は子犬のようで、とても愛くるしい。

 身体は小さくて6頭身しかなくて、まるで玩具のようだ。

 レオーネ人の女性とは、どうしてこんなに愛らしいのだろう。

 真っ直ぐな黒髪も美しいし、可憐だし、おとなしいし、言うこと無しだ。

「よし、とても愛らしく描けたぞアヤメ」

「ありがとう、リコたん閣下……けど、なんかちょっと馬鹿にされてる感があったんやけど気のせい?」

「ん? レオーネ人女性の君を馬鹿に出来る要素なんてどこにも無いぞ?」

「なら、ええけど…………ほんま?」

 何を疑われているのか知らないが、続いてランド・アヤメ夫妻の前方――最前列に座っているレオーネ国王夫妻を描いていこう。

 レオーネ王妃スミレ陛下は、アヤメとよく似ている。

 でも顔はふわふわトルタではなく、卵型の輪郭をしている。

 40代になられたはずだが、さっきも話題に出ていた通りレオーネ人の女性というのは本当に若く、まだまだ20代に見える。

 またこちらではあまり見ない慎ましい雰囲気をしていて、とても素敵な女性だ。

 ムネ陛下は……

「描きますよ、ムネ陛下」

「おう、頼んだわリコたん。カッコ良く描いてなー」

「そのままを描きます」

「せやな、ワイはそのままが一番カッコイイもんな」

「……」

「リコたーん?」

 あまり好きではない。

 この糸目顔が好きではないのではなく、この人の口の悪さを好きになれない。

 特に義姉上が亡くなったとき、この人が兄上に吐いた暴言を思い出すと、私は未だに殺意を覚える。

 しかしこの国が良い方向へと向かっているのは、その忌々しい口のお陰だ。

 また、この人は王太子殿下の頃から、私たちを何かと支援してくださった。

 好きではないが、感謝はしている。

「ありがとうございます、ムネ陛下」

「なんや、リコたん」

「今後ともカプリコルノ・カンクロ両国をご支援いただきますよう何卒よろしくお願い申し上げます」

「なんやの、当たり前やん」

 と笑んだ口から八重歯が見えた。

「うちの国とは一生友達なんやし、当然のことやん。お互い様やし、わざわざ礼なんていらんで」

「いえ、本当にありがとうございます」

「ええって、ええって。なんやのもう、リコたんどうしたん? ワイのことちょっと嫌いやのに」

「そうなんですがね」

「なんやてコラ、おぉ!?」

 さて次は……おっと、天使を待たせてはいけない。

「セレーナ、パオラ、立たせっぱなしで申し訳ない。急いで描く」

「別に大丈夫ですよ、大公閣下」

「おらたちのことは気にしなくていいべよ、大公閣下」

 やはり天使は美しい。

 天使番号3番セレーナは天使軍の最年長で今年48歳なのだが、未だに20代の美貌を保っている。

 兄上の初恋相手でもあるセレーナは、カプリコルノがオルキデーア国・プリームラ国の二国に分かれていた時代に、オルキデーア国の5本の指に入ると言われていた美少女だった。

 流石にもう少女ではないが、未だにカプリコルノ国の5本の指に入る美女ではないかと思う。

 特に笑顔が明るく、歯が真っ白で美しく、美人でなかったとしても、多くの者の目に魅力的に映る女性だ。

 天使番号4番パオラは今月末で26歳で、現在第二子を妊娠中らしい。

 パオラが生まれたとき、オルキデーア農村史上で一番の器量良しだと言われ、その名誉は未だに保たれている。

 また、兄上が愛する王侯貴族の女には無い純朴さも健在したままだ。

 本日もあまり着飾っておらず、いつものおさげ頭に簡素なヴェスティート、化粧はほんの少しだけしている。

「ねぇ」

 と、ふとベラが口を開いた。

「ワタシ思うんだけど、天使の中で1番人気あるのはティーナで確定として、2番・3番に来るのはセレーナとパオラかしらねぇ?」

 ああ、そうかもしれないな。

 町のパン屋パネッテリーアの女店主であることから『町天使』と呼ばれるセレーナと、農民であることから『村天使』と呼ばれるパオラは、民衆にとって身近な天使だ。

 2人がどれだけ民衆から深い親愛の情を抱かれているか、町や村に行く度によく分かる。

「最下位はわたしでーす」

 とルフィーナ王妃陛下が挙手された。

 申し訳無いが、同意してしまう。彼女を受け入れている民衆は、未だに少ないのが現状だ。

「私も下から数えた方が早いかと」

 とベルが興味無さそうというか、涼しい顔で言った。

「どうしてだ」

 思わず口から出た。

「私は天使ではなく『堕天使』、もしくは『悪魔』という方が当て嵌まりますから」

「まあねぇ」

 同意の声が複数聞こえた。

 耳を疑う。

「いや、待て。ベル、君は――」

「大公閣下、おらとセレーナさん描き終わっただか?」

 パオラに言葉を遮られた。

「あ……ああ、描き終わった、ありがとう。疲れただろう、もう宴会会場で寛いでいていいぞ」

「ワタシもお腹減ったから行こうっと」

 とベラが言うと、描き終わった者たちが続々と居間から出て行く。

「あ、待ってよ、ベラちゃん!」

「早くしなさいよ、アリー。っていうか、フェーデか」

「ああ、済まんアリー。すぐに描く」

 私は戸惑いながらベルを一瞥した後、妻アリーに目を向けた。

「私を見つめて笑ってくれ、アリー」

「ええ、フェーデ。こう?」

「ああ、可愛いな」

 アリー――アリーチェは、虫一匹殺せないほど優しい心を持つ。

 兄上の2番目の天使で、そして私の『女神』だ。

 垂れ目がちな榛色の瞳はその優しい心を表しているようで、またふわふわとした深い金の髪も優しく穏やかな感じがして、アリーによく似合っている。

 よくベラは『美人』で、アリーは『可愛い』と言われるが、本当にそんな感じだ。

 アリーも整った顔立ちをしているから美人だが、可愛いと言った方が適している。

 現在38歳になったが、17歳で私と結婚したあのときのままの可愛さでいる。

 アリーは侯爵家の娘で、兄上も私も子供の頃から知ってはいたし、たまに話をしていた。

 しかし、義姉上に恋をしていた私はそちらばかりに目がいって――アリーの方は私に恋をしていたらしいが――しばらくはアリーのことを、詳しくは知らなかった。

 だから兄上が義姉上に求婚する数日前――私が16歳のとき、3つ下のアリーが道端で「蟻さんが踏ん付けられてしまったの」と泣きじゃくっているのを見たとき、こんなに心優しい少女がいたのかと強く胸を打たれた。

 その時点で兄上が『天使』と呼んでいたのはベラだけで、それは『なんか違う』と悶々としていた私の口から、危うく「ほら見ろ」と出てしまうところだった。

 私はあの時あの瞬間、初めて本物の天使を見つけたのだ。

 またアリーは身体の線が細くて華奢なこともあって、強く守ってやらなければと思った。

 それから日を追うごとに頭の中がアリー(と兄上)で一杯になっていき、アリーが15歳くらいになったときに交際を申し込み、アリーが17歳になったときに求婚した。

「愛している、アリー」

「わたしもよ、フェーデ。ねぇ、新婚の頃と今、どっちがわたしのこと愛してる?」

「もちろん今だ。君は私の子を6人も産んでくれたし、ずっと私を支えて来てくれた。愛しくなる一方だ。ありがとう、アリー」

「やだ、当たり前なのに」

 そう言ってアリーが、榛色の瞳に涙を浮かべた。

「わたしの方こそありがとう、フェーデ。わたしね、フェーデがわたしを選んでくれるとは思っていなかったの。だからフェーデがわたしに交際を申し込んでくれたときも驚いたけど、ピンクローザのオルキデーア石の指輪を持って求婚してくれたときは、夢を見ているのかと思っちゃった。わたしを選んでくれて、本当にありがとう。わたしフェーデの妻になれて、とても幸せよ」

 胸が詰まって、絵画とアリーの顔がぼやける。

 鼻を啜りながら最愛の妻を描き終えた。

 アリーが何故か仲の良いベラと一緒に居間から出て行った後、ずっとアリーと私の会話を聞いていた様子だった兄上が、隣にいるベルの顔を見た。

「蟻みたいに小さな虫だと、知らず知らずのあいだに踏んづけてしまうことがあるだろう?」

「そうですね」

「庭は特に夏になると虫が多くなるから、どうしても鍛錬中に踏ん付けてしまうことがあるのだ」

「仕方ないですね、それは」

「余やフェーデは、それがアリーに見つかる度に泣かせてきてしまった」

「アリー様は虫一匹殺せないお方ですからねぇ」

「そしてその都度、余とフェーデは焦って蟻の墓を作り、供養してきたのだが……」

「ええ」

「4回に1回は、アリーが後ろ足で踏ん付けて行った蟻の墓なのだ」

 それは私が墓まで持っていく秘密だ。


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