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家族ー3(フェデリコ目線・本編52話省略分ー13)

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「あ、ちょっと待ってくれい」

 とフィコが両腕を上げて、自慢の上腕二頭筋を盛り上がらせた。

「おし、描いてくれい」

 現在63歳で白髪交じりになってきたフィコだが……相変わらず立派な腕だな。

 宮廷が襲われたときのためにと、今も寝る前に自室で鍛えているのだろう。

 腕だけ見たら、兄上と私よりもごつい。肩から岩石が生えているようだ。

 こんな冗談みたいな腕で繊細かつ極上の料理を作り、兄上と私をここまで育ててくれたのだから感服する。

「『第二の父上』よ」

「おう?」

「私は、あなたにとても感謝しています」

「うむ、余も」

 兄上が続いた。

「私もです」

 ベルも続いた。

 首を傾げて兄上とベル、私を見ていたフィコだが、やがて理解したらしく、今度は「おう」と髭面に満面の笑みを浮かべた。

「それから、『第二の母上』と『じいや』にも感謝しています」

「余も」

「私もです」

 二人も「はい」と言って笑った。

 ファウストは72歳になってすっかり年を取り、最近身体が小さくなった。

 その姿を見ると切なくなってくるが、隣に並ぶピエトラを見ると老化とは何だったかとなる。

 今年70歳で間違いないのだが、美貌の天使たち顔負けの若さを保ち、白髪も見当たらず、姿勢は誰よりも美しく、せいぜい兄上や私と同じくらいの女性に見えてしまう。

「ピエトラ様って、フラヴィオ様の乳母だったのですよね?」

「そうだよ、ベル。私は同時期に娘を産んでいたからね。陛下は母乳を飲む量が凄くってねぇ。私の娘の分は、しょっちゅう別の乳母があげてたよ」

「あれ? すまん」

「離乳食の時期になったらなったらで、今度は厨房が忙しくなってよ。俺ぁ、そんときゃまだ料理長じゃなかったんだが、陛下の離乳食の担当だったんだ。赤ん坊が食べる量じゃ足りねぇのなんのって。当時の料理長に何サボッてんだ、王太子殿下が腹減らしてるぞって毎日怒られてたぜ、サボッてねぇのに。3歳頃になったら3時間おきに、6歳頃から2時間おきに腹減った言って俺のところに来るし、俺ぁあのときにもう結婚を諦めたね」

 そういえばフィコは独身だ。

 その理由を忙し過ぎるからだろうとは思っていたが、まさか兄上のせいだったとは……。

「一番大変だったのは、成人前後――15歳前後だ。そのときには細々食うことは無くなっていたが、飯からおやつから夜食から一回に食う量がおかしくて、食材もなくなりゃ俺の寝る暇もねぇ。陛下がオッサンになるまでの辛抱だと思っていたが、まーだ食うのかよオイ」

「わ、悪かったフィコ。余は今は夜食は食べていないのだし、あんまり責めないでくれ。フィコの料理は美味いのだ」

 いやいや、申し訳ないフィコ。私まで恥ずかしくなる。

 でも流石は愛される兄上だ。

「ったく、仕方ねぇな」

 文句を言っているようで、嬉しそうな第二の父上の顔がある。

 第二の母上も、じいやも、あたたかい笑顔でいる。

 3人の良い顔が描けた。

 私がそれを伝えると、3人は雛壇から降りて仕事へ戻っていった。

「リコたん、次は僕たち?」

 と、3人の隣に並んでいたタロウ。

「そうだな、そうしよう」

 ムネ殿下の猫4匹とテンテン、ベルの女官リエン――モストロたちを描いていく。

「やはりモストロだな」

 20歳のテンテンは最近まで成長が見受けられたが、他の5匹は皆20歳頃から外見の変化がない。

 今年でタロウは28歳、ハナは27歳、ナナ・ネネは29歳、リエンは25歳だが、もう成長も老化も止まっているように見える。

 ガットのオスは小柄なこともあって、タロウなんかは少年のようにも見える。

「なんか昔の話を聞いてると、思い出しちゃうなぁ。あたいらが子供の頃はさ、カプリコルノはモストロを完全に嫌忌してたじゃん? あの頃、あたいらここの宮廷に来るのが辛くってさぁ」

「そうだね、ハナ。僕たち泣いてたね。でもフラビーたちが優しくってさ」

「お陰で頑張れたよな、あたいたち」

 2匹が「ありがとう」と言った。

 ナナ・ネネも言った。

 そんなのは完全にこちらの台詞だった。

 この猫たちに、私たちは昔も今も一体どれだけ世話になってきたことだろう。

「そうだ、テンテンもありがとうな」

「君も毎日毎日、休まる暇が無いだろう」

「いいよ陛下、大公閣下。いや、冗談抜きで目が回りそうなくらい忙しいんだけどさ。ご飯は美味しいし、民衆の皆もおれを受け入れてくれたし、おれは宮廷で飼い主たちは町で暮らしてるけど毎日会えてるし、楽しくやってるよ」

 ならば良かった。

 それにしてもカーネ・ロッソのオスはガットと違って、普通に身長が伸びるようだ。

 テンテンは今では背丈が確実に170cm以上はある。

「リエンさん」

「うン、女王陛下?」

「いつもありがとうございます。私の身の回りの世話から、カンクロ国の宮廷の留守番まで」

「ううン、リエンもありがとウ。ご主人様はもうこの世にいないけド、女王陛下のお陰でリエン楽しくやってるヨ。ねェ?」

 リエンが、一段下に立っているカンクロ国の内閣大学士の4人を見た。

「ええ、本当に。リエンさんも楽しそうですが、私たちも毎日が忙しくて。いえ、仕事があって幸せだという意味ですよ?」

 と内閣大学士の首輔――マー中堂。

 今度は彼らを描いていく。

 ここら三国――カプリコルノ・サジッターリオ・アクアーリオ――の官僚が世襲で選ばれるのに対し、カンクロ国は超難関の試験を突破した者に限られる。

 カンクロ国という世界一の大国を支えているのは、とても優秀な補佐たちだった。

 そして彼らは、ベルがカンクロ女王になって以降は同時にカプリコルノ国も支えてくれていることになり、本当に頼りになる存在だった。

 大陸の大国となれば、色々な人種が混ざっているようだが、とりあえず内閣大学士の4人は黒髪でレオーネ人と似た容姿をしている。

「カプリコルノ・カンクロって、コニッリョを仲間に入れたら、いよいよ向かうとこ敵無しやな。ワイらレオーネも仲間やし」

 そのムネ陛下の言葉に、人間からは同意の声が聞こえた。

 しかし、モストロたちは顔を見合わせていた。

「おれ、凄い怖い国あるよ。国っていうか、モストロだけど。おれ、並の魔力のカーネ・ロッソだしさ……怖いよ」

 とテンテンの顔色が悪くなる。

 おそらく、サジッターリオ国のピピストレッロのことだろう。

「リエンも怖いヨ。リエンはガットくらいの魔力あるけド、それでも怖いヨ。だって奴ラ、群れで戦うんでショ?」

 モストロの目に映るピピストレッロは、よっぽどなのだろう。

 とても高魔力のナナ・ネネが小刻みに震えている。

「奴らの中に、バケモノいた」

「奴らの中に、ヤバイのいた」

「戦ったら駄目だ」

「関わったら駄目だ」

「大丈夫だよ、落ち着いて」

 とピピストレッロに詳しいレオが、モストロたちを宥めた。

「あのね、ピピストレッロはサジッターリオ国から出たことが無いんだ。水が弱点で怖いから、海とか湖とか大きな水の塊の上を飛ぶことが出来ないんだ。だからこっちまで飛んできたりしないよ。それにこっちから何もしなければ、ピピストレッロは何もしたりしないよ。そんなに怯えないで」

「ねぇ、レオ兄上?」

 とトーレが、腕組みして首を傾げている。

「ピピストレッロって、お水飲まないの?」

「飲むよ。あと、綺麗好きだからお風呂にも入るんだ。正しくは、湖の畔で水浴びだけど」

「じゃあ、今までは用が無かっただけなのかも」

「え?」

「トーレ、ピピストレッロは水に触ったら怪我しちゃうのかなって思ったけど、そうじゃないんでしょう? なら、外の世界に大切な用事が出来たら、サジッターリオから飛んでいくんじゃない? どんなに怖くても、海の上も飛んでいくんじゃない? だってトーレは、たとえば海で妹のジーナが溺れていたら、泳げないし、怖いけど、でも絶対助けに行くよ?」

 ――そうなんじゃないだろうか。

「ああもう、止めて」

 と最前列に座っているサジッターリオ国女王シャルロッテ陛下――ロッテ陛下が耳を塞いだ。

「私もう、彼らの名前を聞くのも嫌なのよ。悲惨な最期を迎えたハーゲンとか宮廷楽士長とか、反乱軍のこととか思い出しちゃって、もう……」

 お労しい。無理もない。

 サジッターリオ国は、ついこのあいだまでピピストレッロが発端で酷い惨状に陥っていたのだから。

 話題を変えよう。

「よし、次はエリーゼを描くぞ。さあ、可愛い可愛いエリーゼ、私に最高の笑顔を見せてくれ」

「分かったわ、じーじ」

 ああ、なんと可愛い笑顔だ。

 孫娘というのは、ただひたすらに可愛い存在だ。

 その両親――私の長男リナルドとサジッターリオ国王太女マヤ――のどちらからでもなく、祖母に当たるロッテ陛下から受け継いだ珍しい紫色の瞳を持つ、とてもとても美しい子だ。

 将来は絶世の美女になるだろうと私は思っている。

 先日はドレスヴェスティートを、その前はオルキデーア石を贈ったから、今回はエリーゼの顔を彫ったカメオカンメーオを贈ろう。

 今回も「じーじ大好き!」って言ってくれるだろうか。

「おお、可愛いな。私の天使よ」

「いや、オレの天使っすから」

 即コラードに突っ込まれた。

「ロッテがオレの女神で、天使番号1番がマヤ、2番がエーベル、エリーゼが3番で、サーラが4番ね」

 私はその天使制度の天使のつもりで言ったんじゃないんだが……

「そう言えば天使制度はサジッターリオでも通用してるのか?」

「一応ね。カプリコルノほどじゃないんだろうけど、みんな王侯貴族の中でも天使には特に気をつかったり優しくしたりしてる感じするよ」

 と、ライ――ライモンド。

 兄上の次男コラード――サジッターリオ国王――とロッテ陛下の長男だ。描いていこう。

 こちらもまた紫の瞳を受け継いでいる。

 叔父のトーレやアレックス、私の次女カテリーナと同じ1492年生まれだ。

 アレックスの双子の妹シルビーも、生まれたとき年が変わって1493年になっていたが、それも同い年と言っても良いだろう。

「おまえ最近、強そうだな。将来の目標はあるのか、ライ?」

 ライの祖父――兄上が訊いた。

「うん、じーじ。オレもう強いけど、もっと強くなって、うちの国の女神と天使たちを守るんだ!」

 微笑ましい。

 子供の頃のコラードが重なって見える。

「ほう? 格好良いではないか、ライ」

「だろ、じーじ! オレ将来、オレの天使を100人作るんだぜ!」

 おまえ、しっかり酒池肉林王の血筋だな……。

 ライの両親を描くとする。

「コラード、ロッテ陛下、描きますよ」

「スィー、フェーデ叔父上。格好良く描いて」

「綺麗に描いてね、フェーデ」

 兄上とベルも17歳差の夫婦だが、ここもまた17歳差の夫婦だ。

 ただし兄上・ベルとは逆で、ロッテ陛下の方が年上だ。

 兄上と私、ロッテ陛下は、子供の頃から舞踏会などの社交界で付き合いがあった。

 ロッテ陛下に初めてお会いしたとき美少女だと思ったが、それより何より、兄上も私もその瞳に仰天し、食い入るように見つめてしまったのを覚えている。

 紫色の瞳が存在するということを初めて知っただけでなく、まるでオルキデーア石のように美しかったからだ。

 碧眼が最も高貴だとは言われるが、紫の瞳は神秘の域だと感じた。

 また、私は少しだけ、もしかしたら将来兄上とロッテ陛下は結婚するのかもしれないと思っていた時期がある。

 兄上は初恋の天使番号3番セレーナだったり、義姉上だったり、常に誰かに恋をしていたが、ロッテ陛下の方もまた、ずっと兄上に恋をしていたのは分かっていた故に。

 コラードはそのことを知っているのだろうか?

「今オレを描いてるんすか、フェーデ叔父上?」

「ああ、コラード。最高の笑顔をくれ」

 まぁ、知らないだろうな。知っていたら親子仲が悪くなっていたことだろう。

 兄上もコラードも女のこととなると頭に血が上りやすく、過去だろうが未来だろうが現在だろうが、惚れた女が自身以外の男の手にあるようなことを酷く嫌がる。

 まぁ、兄上はセレーナが結婚したとき、格好付けて「幸せになってくれ」と言って身を引いてみせたが、大人ぶったのはそれが最後だった。

 私に手を引かれて城に帰りながら大泣きしていたし、余程辛かったのか、その後は本能剥き出しに生きた。

「でかくなったな、コラード。そういえば今年は4月に身体測定していなかったが……今、身長いくつあるんだ? おまえも22だし、もう止まってはいるんだろが」

「まぁ、たぶん止まってると思うんだけど……近いうちにばあやに身体測定してもらおうよ、皆で。今年の分」

 190cmくらいありそうだ。

 兄上と私に比べたら少し華奢ではあるが、目線が完全に上に来るようになった。

 コラードは金髪を除く兄弟・従兄弟たちの中で、もっとも明るい茶色の髪と瞳をしている。

 顔は私たち兄弟にそこまで似ているわけでは無いが、昔から笑うと兄上によく似ていた。

 でもサジッターリオ国王に即位してからは無邪気さが無くなっていき、近頃は大人びて見える。

「なぁ、反乱軍の方はもう落ち着いたんだよな?」

 兄上が心配そうに訊いた。

「スィー。ベルナデッタ女王陛下がカンクロの兵士を大量に送ってくれたお陰で、何とか……」

 カンクロの兵士3000人を送ったのはベルではあるが、あのとき心配して提案したのは兄上だ。

 それをコラードに言っていないのは、コラードが自身に限界を感じるぎりぎりまで兄上に頼りたくないと思っているからだ。

「すみません、ベルナデッタ女王陛下」

「何がですか、コラード様? 私が勝手に兵士を送り付けただけのことですよ」

 ベルはそんな風に言ったが、その優しさに気付いているらしいコラードの「ありがとうございます」という呟き声が聞こえた。

「父上、父上。そろそろ私ですか? 父上?」

 リナルドに呼ばれてそちらを見る――

「って、何をしているんだおまえは」

 突っ込んだ。

 左手に手鏡を持ち、右手に櫛を持って、自身の顔を映しながら金茶色の髪を整えている。

「いや……何とは?」

「その鏡と櫛、持参したのか?」

「そうですが?」

「何を女みたいなことをしているんだ、おまえは」

「身嗜みは大切でしょう」

 それはそうだが、鏡と櫛なんて、自分大好きな兄上だって持ち歩いたことが無い。

「サジッターリオ国で一番の美形って声が聞こえて来てから、ずーっとこうですのよ」

 とリナルドの妻マヤが呆れた笑顔でいる。

 これは、レオが生まれる前まで兄弟・従兄弟の中で一番の美形とチヤホヤされていたせいか?

 何をやっても上の方に来るリナルドは色んな面で誇り高いが、こういうところはどうなんだ……。

「何ですか父上、その苦笑」

「ほら、描くぞ」

 呆れながら催促すると、リナルドが「どうぞ」と決め顔になった。

 コラードもそうだが、こいつも確実に私似ではない……。

「おまえ、向こうでちゃんとやっているんだよな?」

「無論、やってますよ父上」

 と言うので、そうなのかとマヤに目で問い掛けた。

「まぁ、そうですわね。リナルド様はいつもマヤを守ってくれますし、エリーゼの面倒も見てくれますし。ちゃんとやってくれていますわ」

 ならいいが。

「それに、コラード陛下の100倍は素敵でしてよ」

「おい、マヤ……」

 とコラードが参った様子でマヤを見る。

 するとマヤが、フンと鼻を鳴らした。

 これは、アレらしい……。

 昔、マヤを口説いて婚約するはずだったコラードが、まさかのロッテ陛下の方を口説き婚約、結婚してしまったことを、マヤは根に持っているらしい。

 無理も無いが。

「マヤ、笑ってくれ。描くぞ」

「ええ、お願いしますわ義父上。美しく描いてね」

 マヤは髪も瞳もよくある茶色ではあるが、いつでも煌びやかで、可愛い顔をした王女らしい王女だ。

 レオーネ国のムネ陛下の子供たちにも言えることだが、小さい頃から舞踏会などで相手をしてきた兄上と私にとって、マヤは少し子供のような感覚があった。

 しかしリナルドは現在20歳で、マヤはその4つ上だから24歳で、子供もいるし、もう大人の女性なんだな。

「マヤ、小遣いいるか?」

 と兄上。

 私が感慨深くなってる一方で、相変わらずマヤを子供扱いしているようだ。

「もう、カプリコルノ陛下ってば。マヤは大人の女性だと何度も言っているではありませんか」

「いらないのか?」

「いーりーまーせーん」

 と強い語調で断られると、兄上の口がつまらなそうに尖った。

 まぁ、ちょっと気持ちは分かるが。

「でも、エーベルはいるだろう? 小遣い欲しいだろう?」

 と兄上がマヤの妹を見た。


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