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最終話ー33
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その次の刹那のこと――
「ぐわりぃれ」
フラヴィオの身体が、眩しい光に包まれていく。
それは右足から広がり、フラヴィオの頭を抱き締めて慟哭するベルを、フラヴィオの手を握っていた家族を、その周りに密集していた校庭にいる民衆すべてを、瞬く間に包み込んでいった。
それを気付かないほどに泣いているベルを除くすべての者が、はっとしてフラヴィオの足元に顔を向ける。
そこにはいつの間にか、外見年齢60歳過ぎのオスのピピストレッロが一匹しゃがんでいた。
一斉に視線を浴びたそれは、ぎょっとして飛び跳ねると、声を掛ける間もなく脱兎の勢いで校庭の南門へと逃げて行った。
「フラヴィオ様っ! フラヴィオ様ぁっ!」
フラヴィオと、その頭を抱き締めて、この世の終わりを目前にしたような泣き声を上げるベル。
二人を交互に見る皆の胸が、静かに鼓動を上げていく――
(――もしかして)
どの胸にも、共通して同じ期待が宿っていた。
「ベ…ベル……」
と呼んだヴァレンティーナの目に映るフラヴィオの出血が、すっかり止まっている。
「母上っ……」
その肩を揺すったサルヴァトーレの目前、みるみるうちに血色を取り戻していくフラヴィオの顔。
「あの、ベルさんっ……ベルさん!」
フラヴィオの胸に手を当てたルフィーナの手の平に、たしかに感じる震動。
「じょ、女王陛下! 女王陛下っ……!」
仰天するレオナルドや、家族の手の中、小さく動いたフラヴィオの手。
「ちょっとベル! ベルってば!」
とベラドンナを始め、その身体を叩く天使たちの視線の先、ゆっくりと開かれていく瞼。
「女王陛下ぁぁぁ! 女王陛下あぁあぁあっ!」
と発狂じみた民衆たちの声を聞いて、微笑んだあたたかい色の唇。
「――うるっっっさいのです!」
とベルが周りを見ながら泣く子も黙る剣幕で怒号を響かせると、ビクついた皆が一斉に尻もちを付いていく。
愉快そうに揺らいだ澄んだ碧眼が、ベルの顔を愛おしそうに見つめた。
「こんなときに何の用ですか! 今だけです! 今だけですから、今は放っておいてください! よろしいですね!」
とその勢いに押された皆が承知して頷くと、天を仰いだベルの慟哭が鳴り渡っていった。
「フラヴィオ様っ……フラヴィオ様! やっぱりあと75年は長いのです! もっとベルナデッタの名前を呼んでください! もっとベルナデッタを抱き締めてください! もっとベルナデッタを愛してください! もっとベルナデッタと一緒に生きてください! フラヴィオ様! フラヴィオ様ぁぁぁ――」
「分かった、ベル」
「ぁぁぁあああーーー?」
と、抱き締めていたフラヴィオの顔に目を落としたベル。
「――え」
と刹那の硬直の後、
「え…? あの、えと…えっ? えっ……?」
錯乱し、挙動不審になって周りの皆を見回すと、涙ぐんだあたたかい笑顔に囲まれていた。
「もう、ベルってば。だから皆で呼んでたのに、『うるさい』は無いでしょう」
と、笑ったヴァレンティーナ。
たしかに生きている父の姿を見つめると、突如泣き崩れていった。
「ありがとう、コニッリョのお爺さん……! ありがとう! ありがとう!」
天使や家族、民衆に連鎖反応が起きて、校庭中が感涙に咽んでいく。
(――コニッリョ)
ようやく状況を把握したようで、俄かには信じがたいこの奇跡を、半分しか飲み込み切れていないベル。
首が錆び付いているかのように不自然な動きで、フラヴィオの顔に目を戻した――
「アモーレ」
ベルよりもずっと低いけれど、穏やかで優しい声。
「どうやら、コニッリョがやってくれたようだ。ティーナが起こした奇跡だな」
血色のある、真夏の太陽のように明るく優しい笑顔。
「ところでさっきそなた、何も心配するなと、もう大丈夫だと言わなかったか?」
あたたかい、子猫を愛でるように優しい大きな手。
「本当か? なんだ、この涙は? まったくもう、余がいなければ全然駄目ではないか」
何ものからも守ってくれるような、力強く優しい腕。
「ただいま、ベル。愛している……ほら、もういい加減に泣き止むのだ。笑うのだ」
あたたかくて、愛しくて、優しい唇。
「これからも余と共に、生きて行けるのだから」
少し鋭い澄んだ碧眼から涙が落ちて、健康的な色をした肌を濡らしていく。
その場にいる誰よりも大きく、高く、ベルの泣き声が響いていった。
――1498年7月8日の午前9時前。
本日予定していたアクアーリオ戦のため、予定通りにカプリコルノにやってきたマサムネとその猫4匹、ベルの女官リエン。
北の海に飛んで来るなり、そこにサジッターリオ国の船団が停泊しているのを見て違和感を覚え、宮廷にテレトラスポルトするなりに絶叫を響かせた。
「なんやねん、コレ! なんやねん! 何があったんや! サジッターリオの船団があったし、まさか……!?」
「違うよ、マサムネ! フラビーたちはサジッターリオと戦ってたんじゃないよ! だってこの灰って、モストロの遺灰だよ! フラビーたちは、モストロと戦っていたんだ! しかも大量のだよ!」
「モストロってどこのネ! どこのモストロとこんな死闘を繰り広げていたネ! もしかしテ、コニッリョ……!?」
「そんなわけないだろ、馬鹿リエン! コニッリョは逃げる一方で、こんなに人間を殺したりするわけがない!」
「じゃア、どこのモストロか言えよハナ!」
「あたいだって分からないんだよ!」
「じゃア、ハナだって馬鹿ネ! 馬鹿ハナ!」
「なんだと、このワンコロ!」
ナナ・ネネが「しっ」と言って口元に指を当てた。
猫耳を澄ませ、辺りの音声を聞き取る。
「フラビーの声がする」
「ベルの声がする」
「あっちだ」
「コニッリョの山の麓だ」
そこへマサムネたちがテレトラスポルトすると、フラヴィオと天使たち、幼子たち、シャルロッテたち、明らかに男女の比率が変わったカプリコルノ国民の他、サジッターリオ国民が集まっていた。
そして甘いあんこの匂いが漂っていて、たくさんのコニッリョも集まっている。
一体何をしているのかと揃って困惑していると、ハナが親友の姿を見つけた。
それは一匹のオスのコニッリョの前に跪き、器に山盛りにしたあんこを差し出している。
「お納めください、神よ……!」
ハナから「は?」と間の抜けた声が出た。
「な…何してるんだ、ベル……? なんの儀式だコレ? 神って、あのコニッリョの爺さんが? あれ外見年齢は60歳過ぎくらいだけど、実年齢はたぶん100歳前後だろうな」
タロウが声高に口を開く。
「あれって、僕が前に見たコニッリョ界の王だ。いや、王かどうかは分からないけど、コニッリョの中での一番のお偉いさんだよ」
マサムネたちの姿に気付いたフラヴィオが、「待っていたぞ」と片手を挙げながらやって来た。
そしてその口から昨晩に何が起きたのかを伝えられると、当然のごとく驚愕していった。
多くの仲間の訃報を聞き、その場で号泣していく。
「余も死んでいった家族を想うと涙が止まらぬし、まだ悪夢を見ているようだ。そして余も、一度死んだのだ。それが、見てくれ」
と、フラヴィオが腕を広げる。
死闘を繰り広げていたと分かる血だらけの布鎧を着ていた。
「あそこにいるコニッリョの爺さんが、余を――『人間界の王』を救ってくれたのだ」
タロウが「えっ」と声を上げた。
「凄いことだよ、それ。だってあのお爺さんコニッリョって、コニッリョの王なんだ」
「コニッリョの王?」
と鸚鵡返しにしたフラヴィオが、そちらを一瞥した。
「そうか……そうだったか。なんという力だ、ティーナ。分かってはいたが、ティーナ自身はもうすっかりコニッリョに心を開かれ、揺るぎない信頼を置かれ、強固な絆を結んでいたのだな」
「ティーナ?」
「ああ、ムネ。ティーナが必死にコニッリョに助けを求めていなかったら、余はあのまま死んでいた。コニッリョの王は多少は余を助けたい想いがあったのかもしれないが、それ以上にティーナを助けたかったのであろう」
とフラヴィオが、「見てくれ」とコニッリョに囲まれているヴァレンティーナを指差した。
「これから、ティーナの戴冠式だ」
マサムネたちが「えっ」とフラヴィオとヴァレンティーナを交互に見た。
「フラビーおまえ、退位するん…!? せっかく生き返ったのに、王位をティーナに譲渡するん……!?」
「ああ。コニッリョの王がティーナを助けたと知って、尚のこと確信した。この国の王には、誰よりもティーナが相応しい。それに見てくれ、あのコニッリョたちのはしゃぎぶり。ティーナがこれから『人間界の王』になるのだと、分かっているみたいなんだ。ああ、別に気にするな。余はカプリコルノ国王を退位しても、カンクロ国王には変わりないのだ。これからもカプリコルノを守っていくしな」
「ああ、そうやんな。おまえ世界一の大国の国王やんな。んでこれからもカプリコルノを守ってくんやら、別にええやんな」
「ああ、何も問題ない」
ベルがこちらへとやって来る。
両手の上にはふかふかの台座を持っていて、その上にはカプリコルノ国の王冠が乗せられていた。
「ムネ陛下たちがいらっしゃったことですし、戴冠式を始めましょう、フラヴィオ様」
「うむ。簡素な式になってしまってティーナに申し訳無いが、このあと皆の葬儀があるし、灰だらけの町を掃除しないといけないし、のんびりしていられない。すぐに始めるとしよう」
フラヴィオとベルが戻って行くと、山の中にいるコニッリョと国民のあいだの位置に立っているヴァレンティーナが、緊張した様子で姿勢を正した。
「な…何も問題ない……? そうかな……あたい、なんか心配になってきた……」
「なにがやねん、ハナ?」
「だってティーナ、すっかり自信を無くしてただろ? 本当はカプリコルノ国王なんてやりたくないんじゃ……!」
と、小走りでベルの下へと向かっていったハナ。
フラヴィオとヴァレンティーナが会話をしているのを尻目に見ながら、ベルに耳打ちする。
「あたいは不安だぞ、ベル。ティーナがカプリコルノ国王に最適なのは分かるけど、ティーナが嫌々ならフラビーのままの方がいいよ。本人が望んでるならまだしも、カプリコルノ国王って他の国王の何倍も命を狙われるしさ。それに、コニッリョの王がフラビーを助けてくれたんだから大丈夫だ。コニッリョはもう、フラビーをほとんど仲間だって思ってる。『力の王』のままの方がいいよ」
ベルが「ノ」と返した。
「その心配は分かりますが、ティーナ様にはこれから鉄壁の盾が付きます。フラヴィオ様もいますし、元帥閣下に昇格されたアラブさんもいますし、新・大将のムサシ殿下やファビオさんもいます。またレオ様・ジル様が成人されたときには、ティーナ様の近衛になります。それにティーナ様が即位すれば、コニッリョはその瞬間から仲間になってくれますから、まさに鉄壁です」
「たしかに……想像すると、これからのカプリコルノってレオ・ジルが大人になるまでは武力は弱化するけど『鉄壁の宝島』だ。それってマサムネが目指してたカプリコルノだ。今までとは違う意味で手も足も出ないよ」
「そうです。これは『慈悲の王』だからこそ出来ること。これからのカプリコルノ国王はティーナ様しかいないのです」
「分かるよ。でもさ、ベル……」
とハナがヴァレンティーナに顔を向けると、それはフラヴィオの前に跪いたところだった。
フラヴィオがベルの持っている台座の上から王冠を両手に取って掲げると、コニッリョたちが胸を高鳴らせた様子で瞳を輝かせていく。
「ティーナ、大丈夫なのか? アクアーリオ国王になるのでさえ、嫌だ無理だって言ってたのに」
「ええ、ハナ。ティーナ様ご自身が即位を望まれたのです」
「えっ、そうなのか?」
「スィー、見てください」
とベルとハナの目線の先、フラヴィオの手から王冠を被せられるヴァレンティーナ。
国民やコニッリョたちから拍手喝采を受けながら、立ち上がる。
するとそこには、自信と誇りに満ち、強く輝きを放つ蒼の瞳があった――
「ありがとう、皆……聞いて。今はとても悲しくて難しいかもしれないけれど、いつかまたこの国に皆の笑顔を咲かせて欲しいの。私がこれからカプリコルノ国王として、『人間界の王』として、皆を守っていくから。このヴァレンティーナ・マストランジェロが、もう二度とこんな悲しい日を繰り返させないから」
再び盛大な拍手が沸き起こり、ヴァレンティーナがお祭り騒ぎになっているコニッリョたちに囲まれていく。
「なるほど……大丈夫だな」
とハナが安堵の溜め息を吐いた。
「あたいらも、これからもずっとずっとカプリコルノを支えて行くよ」
「スィー、ありがとうハナ」
ベルの下へやって来たカプリコルノ国の先王フラヴィオ・マストランジェロは、立派になった娘を目前にして誇らしげで、また安堵の滲んだ微笑を浮かべていた。
「これにて『力の王』の時代は終焉だ。そして、これからのカプリコルノ国は、新時代――『慈悲の王』の時代の幕開けだ」
ベルが「スィー」と頷いた。
「命を落とされてしまった皆様が安心して見守っていられますよう、再び取り戻しましょう。偉大なる『力の王』フラヴィオ・マストランジェロ陛下が築き上げた、どこの国よりも笑顔が溢れる国を――」
※続編(タイトル未定)へ。
この後『あとがき』あります。
「ぐわりぃれ」
フラヴィオの身体が、眩しい光に包まれていく。
それは右足から広がり、フラヴィオの頭を抱き締めて慟哭するベルを、フラヴィオの手を握っていた家族を、その周りに密集していた校庭にいる民衆すべてを、瞬く間に包み込んでいった。
それを気付かないほどに泣いているベルを除くすべての者が、はっとしてフラヴィオの足元に顔を向ける。
そこにはいつの間にか、外見年齢60歳過ぎのオスのピピストレッロが一匹しゃがんでいた。
一斉に視線を浴びたそれは、ぎょっとして飛び跳ねると、声を掛ける間もなく脱兎の勢いで校庭の南門へと逃げて行った。
「フラヴィオ様っ! フラヴィオ様ぁっ!」
フラヴィオと、その頭を抱き締めて、この世の終わりを目前にしたような泣き声を上げるベル。
二人を交互に見る皆の胸が、静かに鼓動を上げていく――
(――もしかして)
どの胸にも、共通して同じ期待が宿っていた。
「ベ…ベル……」
と呼んだヴァレンティーナの目に映るフラヴィオの出血が、すっかり止まっている。
「母上っ……」
その肩を揺すったサルヴァトーレの目前、みるみるうちに血色を取り戻していくフラヴィオの顔。
「あの、ベルさんっ……ベルさん!」
フラヴィオの胸に手を当てたルフィーナの手の平に、たしかに感じる震動。
「じょ、女王陛下! 女王陛下っ……!」
仰天するレオナルドや、家族の手の中、小さく動いたフラヴィオの手。
「ちょっとベル! ベルってば!」
とベラドンナを始め、その身体を叩く天使たちの視線の先、ゆっくりと開かれていく瞼。
「女王陛下ぁぁぁ! 女王陛下あぁあぁあっ!」
と発狂じみた民衆たちの声を聞いて、微笑んだあたたかい色の唇。
「――うるっっっさいのです!」
とベルが周りを見ながら泣く子も黙る剣幕で怒号を響かせると、ビクついた皆が一斉に尻もちを付いていく。
愉快そうに揺らいだ澄んだ碧眼が、ベルの顔を愛おしそうに見つめた。
「こんなときに何の用ですか! 今だけです! 今だけですから、今は放っておいてください! よろしいですね!」
とその勢いに押された皆が承知して頷くと、天を仰いだベルの慟哭が鳴り渡っていった。
「フラヴィオ様っ……フラヴィオ様! やっぱりあと75年は長いのです! もっとベルナデッタの名前を呼んでください! もっとベルナデッタを抱き締めてください! もっとベルナデッタを愛してください! もっとベルナデッタと一緒に生きてください! フラヴィオ様! フラヴィオ様ぁぁぁ――」
「分かった、ベル」
「ぁぁぁあああーーー?」
と、抱き締めていたフラヴィオの顔に目を落としたベル。
「――え」
と刹那の硬直の後、
「え…? あの、えと…えっ? えっ……?」
錯乱し、挙動不審になって周りの皆を見回すと、涙ぐんだあたたかい笑顔に囲まれていた。
「もう、ベルってば。だから皆で呼んでたのに、『うるさい』は無いでしょう」
と、笑ったヴァレンティーナ。
たしかに生きている父の姿を見つめると、突如泣き崩れていった。
「ありがとう、コニッリョのお爺さん……! ありがとう! ありがとう!」
天使や家族、民衆に連鎖反応が起きて、校庭中が感涙に咽んでいく。
(――コニッリョ)
ようやく状況を把握したようで、俄かには信じがたいこの奇跡を、半分しか飲み込み切れていないベル。
首が錆び付いているかのように不自然な動きで、フラヴィオの顔に目を戻した――
「アモーレ」
ベルよりもずっと低いけれど、穏やかで優しい声。
「どうやら、コニッリョがやってくれたようだ。ティーナが起こした奇跡だな」
血色のある、真夏の太陽のように明るく優しい笑顔。
「ところでさっきそなた、何も心配するなと、もう大丈夫だと言わなかったか?」
あたたかい、子猫を愛でるように優しい大きな手。
「本当か? なんだ、この涙は? まったくもう、余がいなければ全然駄目ではないか」
何ものからも守ってくれるような、力強く優しい腕。
「ただいま、ベル。愛している……ほら、もういい加減に泣き止むのだ。笑うのだ」
あたたかくて、愛しくて、優しい唇。
「これからも余と共に、生きて行けるのだから」
少し鋭い澄んだ碧眼から涙が落ちて、健康的な色をした肌を濡らしていく。
その場にいる誰よりも大きく、高く、ベルの泣き声が響いていった。
――1498年7月8日の午前9時前。
本日予定していたアクアーリオ戦のため、予定通りにカプリコルノにやってきたマサムネとその猫4匹、ベルの女官リエン。
北の海に飛んで来るなり、そこにサジッターリオ国の船団が停泊しているのを見て違和感を覚え、宮廷にテレトラスポルトするなりに絶叫を響かせた。
「なんやねん、コレ! なんやねん! 何があったんや! サジッターリオの船団があったし、まさか……!?」
「違うよ、マサムネ! フラビーたちはサジッターリオと戦ってたんじゃないよ! だってこの灰って、モストロの遺灰だよ! フラビーたちは、モストロと戦っていたんだ! しかも大量のだよ!」
「モストロってどこのネ! どこのモストロとこんな死闘を繰り広げていたネ! もしかしテ、コニッリョ……!?」
「そんなわけないだろ、馬鹿リエン! コニッリョは逃げる一方で、こんなに人間を殺したりするわけがない!」
「じゃア、どこのモストロか言えよハナ!」
「あたいだって分からないんだよ!」
「じゃア、ハナだって馬鹿ネ! 馬鹿ハナ!」
「なんだと、このワンコロ!」
ナナ・ネネが「しっ」と言って口元に指を当てた。
猫耳を澄ませ、辺りの音声を聞き取る。
「フラビーの声がする」
「ベルの声がする」
「あっちだ」
「コニッリョの山の麓だ」
そこへマサムネたちがテレトラスポルトすると、フラヴィオと天使たち、幼子たち、シャルロッテたち、明らかに男女の比率が変わったカプリコルノ国民の他、サジッターリオ国民が集まっていた。
そして甘いあんこの匂いが漂っていて、たくさんのコニッリョも集まっている。
一体何をしているのかと揃って困惑していると、ハナが親友の姿を見つけた。
それは一匹のオスのコニッリョの前に跪き、器に山盛りにしたあんこを差し出している。
「お納めください、神よ……!」
ハナから「は?」と間の抜けた声が出た。
「な…何してるんだ、ベル……? なんの儀式だコレ? 神って、あのコニッリョの爺さんが? あれ外見年齢は60歳過ぎくらいだけど、実年齢はたぶん100歳前後だろうな」
タロウが声高に口を開く。
「あれって、僕が前に見たコニッリョ界の王だ。いや、王かどうかは分からないけど、コニッリョの中での一番のお偉いさんだよ」
マサムネたちの姿に気付いたフラヴィオが、「待っていたぞ」と片手を挙げながらやって来た。
そしてその口から昨晩に何が起きたのかを伝えられると、当然のごとく驚愕していった。
多くの仲間の訃報を聞き、その場で号泣していく。
「余も死んでいった家族を想うと涙が止まらぬし、まだ悪夢を見ているようだ。そして余も、一度死んだのだ。それが、見てくれ」
と、フラヴィオが腕を広げる。
死闘を繰り広げていたと分かる血だらけの布鎧を着ていた。
「あそこにいるコニッリョの爺さんが、余を――『人間界の王』を救ってくれたのだ」
タロウが「えっ」と声を上げた。
「凄いことだよ、それ。だってあのお爺さんコニッリョって、コニッリョの王なんだ」
「コニッリョの王?」
と鸚鵡返しにしたフラヴィオが、そちらを一瞥した。
「そうか……そうだったか。なんという力だ、ティーナ。分かってはいたが、ティーナ自身はもうすっかりコニッリョに心を開かれ、揺るぎない信頼を置かれ、強固な絆を結んでいたのだな」
「ティーナ?」
「ああ、ムネ。ティーナが必死にコニッリョに助けを求めていなかったら、余はあのまま死んでいた。コニッリョの王は多少は余を助けたい想いがあったのかもしれないが、それ以上にティーナを助けたかったのであろう」
とフラヴィオが、「見てくれ」とコニッリョに囲まれているヴァレンティーナを指差した。
「これから、ティーナの戴冠式だ」
マサムネたちが「えっ」とフラヴィオとヴァレンティーナを交互に見た。
「フラビーおまえ、退位するん…!? せっかく生き返ったのに、王位をティーナに譲渡するん……!?」
「ああ。コニッリョの王がティーナを助けたと知って、尚のこと確信した。この国の王には、誰よりもティーナが相応しい。それに見てくれ、あのコニッリョたちのはしゃぎぶり。ティーナがこれから『人間界の王』になるのだと、分かっているみたいなんだ。ああ、別に気にするな。余はカプリコルノ国王を退位しても、カンクロ国王には変わりないのだ。これからもカプリコルノを守っていくしな」
「ああ、そうやんな。おまえ世界一の大国の国王やんな。んでこれからもカプリコルノを守ってくんやら、別にええやんな」
「ああ、何も問題ない」
ベルがこちらへとやって来る。
両手の上にはふかふかの台座を持っていて、その上にはカプリコルノ国の王冠が乗せられていた。
「ムネ陛下たちがいらっしゃったことですし、戴冠式を始めましょう、フラヴィオ様」
「うむ。簡素な式になってしまってティーナに申し訳無いが、このあと皆の葬儀があるし、灰だらけの町を掃除しないといけないし、のんびりしていられない。すぐに始めるとしよう」
フラヴィオとベルが戻って行くと、山の中にいるコニッリョと国民のあいだの位置に立っているヴァレンティーナが、緊張した様子で姿勢を正した。
「な…何も問題ない……? そうかな……あたい、なんか心配になってきた……」
「なにがやねん、ハナ?」
「だってティーナ、すっかり自信を無くしてただろ? 本当はカプリコルノ国王なんてやりたくないんじゃ……!」
と、小走りでベルの下へと向かっていったハナ。
フラヴィオとヴァレンティーナが会話をしているのを尻目に見ながら、ベルに耳打ちする。
「あたいは不安だぞ、ベル。ティーナがカプリコルノ国王に最適なのは分かるけど、ティーナが嫌々ならフラビーのままの方がいいよ。本人が望んでるならまだしも、カプリコルノ国王って他の国王の何倍も命を狙われるしさ。それに、コニッリョの王がフラビーを助けてくれたんだから大丈夫だ。コニッリョはもう、フラビーをほとんど仲間だって思ってる。『力の王』のままの方がいいよ」
ベルが「ノ」と返した。
「その心配は分かりますが、ティーナ様にはこれから鉄壁の盾が付きます。フラヴィオ様もいますし、元帥閣下に昇格されたアラブさんもいますし、新・大将のムサシ殿下やファビオさんもいます。またレオ様・ジル様が成人されたときには、ティーナ様の近衛になります。それにティーナ様が即位すれば、コニッリョはその瞬間から仲間になってくれますから、まさに鉄壁です」
「たしかに……想像すると、これからのカプリコルノってレオ・ジルが大人になるまでは武力は弱化するけど『鉄壁の宝島』だ。それってマサムネが目指してたカプリコルノだ。今までとは違う意味で手も足も出ないよ」
「そうです。これは『慈悲の王』だからこそ出来ること。これからのカプリコルノ国王はティーナ様しかいないのです」
「分かるよ。でもさ、ベル……」
とハナがヴァレンティーナに顔を向けると、それはフラヴィオの前に跪いたところだった。
フラヴィオがベルの持っている台座の上から王冠を両手に取って掲げると、コニッリョたちが胸を高鳴らせた様子で瞳を輝かせていく。
「ティーナ、大丈夫なのか? アクアーリオ国王になるのでさえ、嫌だ無理だって言ってたのに」
「ええ、ハナ。ティーナ様ご自身が即位を望まれたのです」
「えっ、そうなのか?」
「スィー、見てください」
とベルとハナの目線の先、フラヴィオの手から王冠を被せられるヴァレンティーナ。
国民やコニッリョたちから拍手喝采を受けながら、立ち上がる。
するとそこには、自信と誇りに満ち、強く輝きを放つ蒼の瞳があった――
「ありがとう、皆……聞いて。今はとても悲しくて難しいかもしれないけれど、いつかまたこの国に皆の笑顔を咲かせて欲しいの。私がこれからカプリコルノ国王として、『人間界の王』として、皆を守っていくから。このヴァレンティーナ・マストランジェロが、もう二度とこんな悲しい日を繰り返させないから」
再び盛大な拍手が沸き起こり、ヴァレンティーナがお祭り騒ぎになっているコニッリョたちに囲まれていく。
「なるほど……大丈夫だな」
とハナが安堵の溜め息を吐いた。
「あたいらも、これからもずっとずっとカプリコルノを支えて行くよ」
「スィー、ありがとうハナ」
ベルの下へやって来たカプリコルノ国の先王フラヴィオ・マストランジェロは、立派になった娘を目前にして誇らしげで、また安堵の滲んだ微笑を浮かべていた。
「これにて『力の王』の時代は終焉だ。そして、これからのカプリコルノ国は、新時代――『慈悲の王』の時代の幕開けだ」
ベルが「スィー」と頷いた。
「命を落とされてしまった皆様が安心して見守っていられますよう、再び取り戻しましょう。偉大なる『力の王』フラヴィオ・マストランジェロ陛下が築き上げた、どこの国よりも笑顔が溢れる国を――」
※続編(タイトル未定)へ。
この後『あとがき』あります。
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でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
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✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
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