酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第50話ー4

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 ――フラヴィオ38歳の誕生日から2週間後のこと。

 王太子妃アヤメに陣痛が起こり、夫オルランドの立ち合いの下で出産が始まった。

「もう嫌や! 痛い! 無理や! 痛いもう、死ぬぅぅぅ!」

「ああ、アヤメ! 大丈夫かい、アヤメ! なんということだ! 代われるものなら、私が代わってあげるのに!」

 とアヤメは兎も角、オルランドまで一緒に号泣しての騒がしいお産の末、黒髪の男の子――テツオ・マストランジェロが誕生した。

「――って、なんでやねん!」

 赤ん坊の顔を見るなり、疲労困憊だったアヤメから鋭い突っ込みが出た。

「テツオ、ランドちゃうやん! ウチちゃうやん! おとんやん、ムサシやん、死んだじーちゃんやん! マストランジェロ家ちゃうやん、めっちゃサイトウ家やん!」

 テツオの顔は両親に似ることはなく、レオーネ国の王家サイトウ一族の男の平べったい糸目顔を遺伝した。

「見た目なんて、なんでもいいんだ。本当にありがとう、アヤメ。よく生まれて来てくれたね、テツオ……!」

 とオルランドは感涙していたが、部屋の外で待っていた一同にテツオをお披露目するなり爆笑が起こる。

「なんでやねん!」

 と、アヤメと同じ突っ込みがマサムネから出た。

「ついにサイトウ家にマストランジェロ家の美形の血が入ると思ったのに、めっちゃサイトウ家の男やん! ワイやん! ムサシやん! 死んだおとんやん!」

 腹を抱えて笑っていたフラヴィオが、マサムネの腕に抱かれているテツオの頭を撫でながら「良いではないか」と言った。

「レオーネ人の目から見たらどうか知らぬが、こっちではムサシが人気者のせいか結構魅力的に見られているのだぞ、この糸目。それに、レオーネ人の平たい顔は元々こっちで可愛いと評判だしな。なぁ、テツオ?」

「そう、『テツオ』! まず、なんでテツオやねんアヤメ!? ワイ、『アダルベルト』とか『ジャンパオロ』とか、コッチ系のかっこいい気がする名前考えとったのに、まさかのテ・ツ・オ!?」

「文句ばかり言わないでください、義父上」

 と頬を膨らませて、マサムネの腕からテツオを奪い返したオルランド。

「お腹減ったかい、テツオ? 今、お乳をあげるからね」

 とデレると、部屋の中に入って扉を閉め、アヤメの下へ向かっていった。

 フラヴィオがマサムネの脇を小突く。

「本当は嬉しいのだろう? 孫だぞ? しかも余と共通の孫だ」

「え? うん……」

 と、マサムネの尖った口が戻っていった。

「せやな……かわええな、テツオ。ちゃんと可愛がるわ」

 と、フェデリコ・アリーチェ夫妻に顔を向ける。

「次はそっちやな。長男リナルドにもそろそろ子供が生まれるやろ? リコたんとアリーちゃんの初孫やん」

 2人が心待ちにした様子で「スィー」と笑顔を見せた。

「名前はもう決まってるん? あと、姓はどっちにするって? コラードもやけど、リナルドも夫婦別姓を選んだやろ?」

「男だったら『バルドリック』、女だったら『エリーゼ』だそうです。姓はマヤが王太女なので、向こうから取ってアインホルンにするそうです」

「そか、リコたん。楽しみやなぁ」

 この日の一週間後――9月の頭に、リナルド・マヤ夫妻にエリーゼ・アインホルンが誕生した。

 テンテンが、三日に一度はカプリコルノに帰って来て鍛錬するコラードとリナルドをテレトラスポルトで迎えに行ったら、それは生まれていた。

 ほんの数日前は少年の顔だったリナルドが父親の顔になっていて、エリーゼを腕に抱いて待っていた。

 傍にはコラードの他、マヤとシャルロッテもいた。

 テンテンは疲れた様子のマヤに治癒魔法を掛けながら、エリーゼの顔を見て「わ」と笑顔を見せた。

「凄いや。早く大公閣下に見せてあげなきゃ」

 とテレトラスポルトで、カプリコルノ国の宮廷の『中の中庭』に飛ぶ。

「大公閣下、お孫さんだよ! アリーさんたちも呼んで来る!」

 とテンテンがまたテレトラスポルトで消えた後、中の中庭にいた一同が「えっ」と声を上げてリナルドに駆け寄って行った。

「どうぞ、父上。エリーゼです」

 とリナルドの腕から、フェデリコの腕に渡ったエリーゼの顔を、一同がわくわくとしながら覗き込むと、「おおっ」と声が上がった。

 そこに、深い金の髪を持つリナルド似の美人顔がある。

 そして祖母にあたるシャルロッテから、とても珍しくて美しい紫色の瞳を受け継いでいた。

 初孫の顔をじっくりと見つめるフェデリコから、感嘆の溜め息が漏れる。

「凄いな……なんて美しい子なんだ、エリーゼは。将来は絶世の美女だ」

 マヤとシャルロッテが噴き出した。

「それは言い過ぎですわ、義父上」

「孫娘っていうのはそう見えるんでしょ、じーじの目には」

 と言った後、シャルロッテが「ねぇ」とフラヴィオを見て問う。

「今日は『あんこ鍋の日』? ヴァレンティーナ殿下来る?」

「うむ、来るぞ。ティーナにもエリーゼを会わせてやりたいから、それまでこっちに居てくれるか?」

「ええ、そうするわ」

 ヴァレンティーナは、昼餉後にテンテンのテレトラスポルト送迎でやって来た。

 1階にある乳母の部屋を借りて待っていたエリーゼを腕に抱くなり、「ふふ」と笑う。

「初めまして、私はあなたの叔母上のヴァレンティーナよ。よろしくね。とっても美人ね、エリーゼ」

「ほんまにな」

 と同意したのは、ちょうど乳母の部屋にいたアヤメ。

「赤ちゃんて、何度抱っこしても幸せな気分になるわ。なんて可愛いのかしら」

「ティーナちゃん、それコッチ抱っこしたときも思った?」

 とアヤメがエリーゼの隣のレットで眠っているテツオを指差すと、ヴァレンティーナが「もちろんよ」と返した。

「アヤメちゃん、テツオが可愛く見えないの?」

「かわええよ、もちろん。ウチとランドの子やもん。けど、この糸目より、大半がおめめクリクリで生まれて来るのコッチの子の方が圧倒的にかわええ顔しとるんやもん」

「それってレオーネ人の感覚? 分からないなぁ。テツオ、こんなに可愛いのに」

 と、ヴァレンティーナが今度はテツオの方を抱っこする。

「いいな……あんまり帰りたくないし、今日泊まって行こうかな」

 とヴァレンティーナが呟くと、アヤメが「え?」と耳を近付けた。

「今、なんて言ったん?」

「ううん、なんでもない。忘れて」

 とヴァレンティーナが笑顔を作って返してから間もなく、乳母の部屋にフラヴィオとベル、ルフィーナが入ってきた。

 フラヴィオの手には厨房で途中まで煮たあんこ鍋が、ベルの手には木べらやスプーンクッキアイオ、器の入った袋が、ルフィーナの手には魔法書が持たれている。

「コニッリョの山へ行くぞ、ティーナ」

「ええ、父上。コニッリョとの融和まで、あともうちょっとね」

 ルフィーナのテレトラスポルトで、コニッリョの山の麓へと4人で移動する。

 いつも通り石を積み上げて作った釜戸の上に鍋を置き、ルフィーナが魔法で火を付けて、ヴァレンティーナが鍋を木べらで掻き混ぜていく。

「コニッリョのみんなー、ご飯よー」

 コニッリョの垂れた白ウサギの耳は、一見音を聞き取り辛そうにも見えるが、その聴力はガットに次ぐ優秀さだった。

 ヴァレンティーナの声を聞いた途端、山の奥からたちまちワラワラと集まって来る。

「ルフィーナさん、魔法書をコニッリョに読んで差し上げるのですか?」

「そうです、ベルさん。コニッリョを見ていると、もうすっかり人間語を覚えている子たちもいるようなので。まずは、一番簡単で一番必要な『グワリーレ』を」

 と、ルフィーナが魔法書のグワリーレの頁を開いて音読していくと、コニッリョたちが興味深げに耳を傾けている。

「で、こうです。見ててくださいよ?」

 とルフィーナは爪で自身の腕を少しだけ傷付けると、そこに手を当てて「グワリーレ」と唱えた。

 ルフィーナの上半身が眩しい光に包まれ、傷が跡形もなくなっているのを見たコニッリョたちが、仰天した様子で目を丸くしている。

「グワリーレというのは光属性の魔法です。わたしは風属性ですし、メッゾサングエですから、一度のグワリーレで治癒出来るのは大人で身体の半分程度、子供でひとり分程度です。しかし、グワリーレと同じ光属性で、純血のコニッリョの皆さんがグワリーレを掛けた場合、魔力によってはきっと一度に何十人もの治療が可能です」

「グワリーレを習得して、私たち人間の手助けをして欲しいの」

 とヴァレンティーナが続いた。

「私たち人間の仲間になってくれたら、いつだってあんこが食べられるのよ?」

 コニッリョたちが相談し合うように顔を見合わせる。

 その後、その顔々はフラヴィオの方へと向いていった。

「こちらの頼みを受け入れてはもらえぬか? 余たち人間は今、すぐにでもそなたたちの力を要している。仲間になってくれたのなら、あんこを毎日与えるのは当然のこと、そなたらが危険に冒されたときは必ず守ると約束する」

 コニッリョたちが再び顔を見合わせる。

 その様子を眺めながら、ヴァレンティーナが「上々ね」と言った。

「まだ承知は出来ないけど、そんなに嫌でもないって反応だわ。父上とベルの結婚も、あと少しの辛抱だわ。だって、半分くらいのコニッリョが父上の手からあんこを食べるようになったもの。それは半分のコニッリョが、人間は敵じゃないんだって分かってくれた証拠よ。本当にルフィーナ王妃陛下のお陰ね。ルフィーナ王妃陛下が父上と結婚してくれていなかったら、きっと未だに父上はコニッリョに怯えられていたもの」

 フラヴィオの「そうだな」と、ベルの「そうですね」が被った。

 ルフィーナが「そんな」と少し声高になった。

「わたしは、わたしのしたいようにしただけですよ。むしろ、わたしを受け入れてくれたベルさんや陛下に感謝しています。大好きなこの国の国民の皆さんを救うことが、わたしの最大の願いなんですから」

「凄いな、ルフィーナ王妃陛下は……」

 と、ヴァレンティーナが見せた笑顔は沈んでいた。

「私よりずっとずっと君主に向いてるわ。私もアクアーリオ国民を救いたいのに、このままじゃ救えない」

「ティーナ様」とベルが呼んだ。

「私との交換日記に、書かれていらっしゃったではありませんか。ティーナ様のお力で、民衆の税を引き下げることが出来たと。ならば民衆は、以前よりも生活が楽になったはずです」

 ヴァレンティーナが首を横に振る。

「ほんの少しよ、まだまだ重税だもの。それに私の力というよりは、父上やベル、コラード兄上の力が効いているの。義父上は私の言うことはなるべく聞かないと、国を略奪されるって思ってるみたいで」

「よくお分かりで」

 とベルが言うと、ヴァレンティーナが「もう」と口を尖らせてから続けた。

「でももう、それも効かなくなるかもしれないわ。だって向こうは私の願いを叶えてくれるけど、私は向こうの願いを叶えられていないのだもの。男の子を産むっていう最大の仕事が出来ていないのだもの。それって向こうから言わせれば不公平なことよ。もういい加減、私の言うことも聞きたくないはず。私、このままアクアーリオ国民のために、何も出来ずに終わるのかもしれないわ……!」

 とヴァレンティーナの蒼の瞳に涙が浮かぶと、ベルが「ティーナ様」と声高になった。

「諦めてはなりません、思い出してください。ベラ様だって時間は掛かったものの、最終的にはジル様を授かることが出来たのですよ。ティーナ様はご結婚されてから、まだ1年と少しではありませんか」

「そ……そうね、そうだわ。ごめんなさい。焦っちゃ駄目って皆に言われる度に気を付けてるのに、気付いたらまた焦ってて……駄目ね。本当にごめんなさい」

 とヴァレンティーナは涙を飲み込むと、「ねぇ」とベルに向けて笑顔を作った。

「ベルの結婚式の花嫁衣裳、また私が考えたいわ。前に『試着』したものを少し女王らしくしたものが良いのじゃないかと思うのだけれど」

「ええ、ありがとうございますティーナ様。是非お願い致します」

「良かった、ありがとうベル。結婚式の日程はまだ決まってないけど、もう遠くないんだし、今からじっくり考えておくわ。楽しみにしててね!」


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