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第48話ー4
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「――レ、レオーネ陛下が危篤……!?」
カプリコルノ国よりも8時間早いレオーネ国は現在、真夜中。
ハナ曰く、レオーネ国王が眠っているときに急に咳き込んで吐血し、倒れたとのことだった。
3日前のフラヴィオの誕生日に招いたときはいつも通りに見えていただけに、驚愕の知らせだった。
「ハ、ハナ、何も危篤というわけではないのでは……!?」
「あ、あたいにはよく分かんないよ、ベル。で、でもなんか凄い顔色悪いし、陛下自身が弱気になってて、死期を悟ったのか何なのか、世話になった友好国の皆と話したいって言うんだ。だから来て欲しいんだ」
「分かった」
とフラヴィオが承知すると、ベルが廊下に出て「テンテンさん」と呼んだ。
「呼んだ、女王陛下?」
「スィー。今すぐテレトラスポルトで、カンクロ国の将兵を100人ばかり連れて来てください。宮廷の留守を頼みたいのです」
「分かった、熊将軍とか強い人を連れて来るよ。でも、おれひとりじゃ100人なんてまず連れて来れないから、猫に手伝ってほしいんだけど」
とテンテンがハナを見ると、それは承知して「兄貴とナナ・ネネを送るよ」と言った。
その後テレトラスポルトで食堂内にいた一同と、それからアクアーリオ国とサジッターリオ国にもいるマストランジェロ一族を連れ、レオーネ国へ飛んでいく。
その話は4階の廊下を歩いていた使用人の耳にも届き、大騒ぎして宮廷中に広めにいった。
たちまち宮廷内が騒然としていく。
「これは大変だ」
とピエトラが呟いた後、さっきまで叱りつけていた3人――エルバ伯エステ・スキーパの母親と妻子を見た。
「私はこれから仕事があるから、あなたたちは宮廷の掃除でもしていなさい。あなたたちはもうすでに侍女を止めたいのでしょうけど、あなたたちがベルに土下座して謝るまで許しませんからね。解放されたきゃ、ベルが帰って来てすぐに謝ることだね」
と、誰よりも美しい歩き姿で、足早にその場を後にする。
残された3人は「掃除道具を取って来ましょう」と言ってその振りをしながら、階段を降りていった。
小声でひそひそと相談を始める。
「奴隷に土下座なんて、私たち誇り高きプリームラ貴族がするわけないだろう。今のうちに逃げるよ」
「でも、ばれないかしら」
「大丈夫だよ、今は誰も私たちのことを気に掛けていない。宮廷の搦手門から出て、なるべく人のいない北の海沿いを通っていくんだ」
「プリームラに帰るの? でもそれじゃすぐに捕まりそう」
「いーや、商船に乗ってしばらく他国に行こう。宮廷の宝石をいただいてからね――」
宮廷の3階にある衣裳部屋を見つけ出し、掃除道具を持って中へ入って行く。
宝石類を見つけてヴェスティートのポケットに入れられるだけ突っ込んだら、そそくさと宮廷を後にした。
宮廷内の使用人も兵士たちも皆、レオーネ国王の危篤話で騒ぎ立てていて、3人を気に留める者はいなかった。
搦手門を出るとぞくぞくとやって来るカンクロ国の将兵と擦れ違ったが、誰も3人のことを知らないので素通りする。
北の海までやって来ると、この辺の衛兵は3人が宮廷から逃げ出してきた女王の侍女だということは知らず、「お疲れ様」「お気を付けて」の言葉を交わす程度。
3人は海沿いに東方面――チクラミーノ港の方へと向かって歩いて行く。
しばらくすると衛兵の数が少なくなり、その目が無くなったところでタスカから宝石を取り出した。
「見て、最高級のオルキデーア石がこんなに沢山!」
「今はこんなに真珠が手に入るのね!」
「この大粒のオルキデーア石をひとつでも売れば、死ぬまで贅沢して生きられるよ」
と、身体中に宝石を身に着けて高笑いを響かせていると、ふと「あの」と声高に声を掛けられた。
それは海の方向からで、そちらを見ると小舟に乗った3人の男が目に入った。
その奥の方に何かあることに気付いて見てみると、少し離れたところに大型帆船があった。
男たちは小舟で浜辺までやって来て降りると、3人に近寄りながらこんなことを言った。
「船が迷子になっちまいまして、困ってるところでさぁ。ここはカプリコルノ国でお間違いねぇですかい? それとも隣のサジッターリオか、アクアーリオですかい? 教えてくだせぇ、お美しい貴婦人方」
カタコトのカプリコルノ語だったが、言っていることは分かった。
『美しい』の言葉に気を良くした3人が、気取って「カプリコルノよ」と答える。
「そうですかい、ここがカプリコルノですかい。いやぁ、噂通り良い国だぁ。ところで……」
と男が、3人が身に着けている大量の宝石をまじまじと見つめる。
「お三方、本当にお美しい。オレぁ、こんなに美しい女性たちを見たことが無い。もしかして噂のカンクロ女王陛下や王妃陛下、王女殿下、天使様だったりするんですかい?」
すっかり気を良くした3人は顔を見合わせて「ふふ」と笑うと、男に向かって「そうよ」と答えた。
「おお、やっぱり! 通りでお美しい!」
そこへ、「どうしました?」と離れたところから駆け寄ってきた衛兵。
3人が「迷子ですって」と答えると、親切に対応しようとした。
だが突如口の中に布を突っ込まれ、3人掛かりで近くの木に縛り付けられる。
「ね、ねぇ、これって……!」
「海賊だ、逃げるよ!」
俊足とは程遠い3人の足では無理があった。
すぐに捕まり、口を塞がれ、手を縛られ、小舟に乗せられて大型帆船へと連行される。
甲板の上には、武器を装備した大量の海賊が乗っていた。
震え上がる3人が、船長の前へと出される。
「船長! 人質でさぁ! カプリコルノ国王からがっつり身代金をいただきやしょう!」
「おう、よくやった!」
と笑顔で言ったと思った船長の顔が、3人を見てたちまち不審そうに歪んでいく。
「だ……誰だって?」
「女王か王妃か王女か天使でさぁ」
「いやおま……な、なんか違わねぇか?」
「え? でも船長、見てくだせぇこの身なり。女王か王妃か王女か天使じゃねぇと、こんなに大量の宝石は身に着けられねぇかと」
「たしかにそうだが……しかし、おま……」
とさらに不審そうになっていく船長が、3人の口を塞いでいる布を部下に外させる。
そして腰から湾曲した剣を抜くと、3人に向かって突き付けた。
「正直に言いな。あんたらは誰だ」
3人の喉が、ごくりと鳴った。
返答を間違ったら殺されると確信する。
目で会話した後、エステ・スキーパの娘、妻、母親の順で答える。
「あ、あたくしは女王ベルナデッタよ」
「ベルナデッタの母よ」
「ベルナデッタの祖母だ」
3人揃って女王・王妃・王女・天使のどれかでは無かったことは、船長の疑惑を減らしたらしい。
「カンクロ女王とその母親、ばーさん……か。俺の思い浮かべていた女王とは真逆だったが……ま、いいだろう」
と、船長が腰に剣を戻して、部下の顔を見回しながら声高になった。
「行くぞ、おめぇら! カプリコルノ国王から身代金を絞り取ってやるぜ!」
歓声で沸く海賊船の中、顔を見合わせる3人の顔はどれも後悔が浮かんでいた。
こんなことになるなら、宮廷から抜け出してくるんじゃなかった。
さっぱり反省していなくても、その振りをしておとなしくベルに土下座していた方がマシだった。
だってとりあえず生き長らえたが、嘘はすぐにバレる。
ベルは当然のこと、フラヴィオが自分たちのために身代金を払ってくれるとも思えなかった。
きっともうすぐ、3人揃って死ぬのだ。
「――た、助けて……助けて、誰かぁっ!」
――夜中眠っているところ起こされ、カプリコルノ国へと飛ばされてきたカンクロ国の将兵たち。
今は8月で、19時になってもまだ夕陽が見える北の海で衛兵を務めながら、「ふあぁ」と欠伸が出る口元を手で塞ぐ。
頭には寝癖が付いたまま兜を被ってきたし、まだ寝惚け眼の者もいる。
「なぁ、何で俺たち呼ばれたって?」
と熊将軍ことダイ・ケイがカタコトのカプリコルノ語で問うと、隣にいたカプリコルノ兵士がカタコトのカンクロ語で返した。
「宮廷の留守番です、熊将軍。『力の王』も『力の王弟』も『人間卒業生』も、それから王子殿下たちもアラブ将軍も皆、レオーネ国に行かれているので」
「なるほど。強ぇ者たちが誰もいなくなるんじゃ、不安なるわなこの宝島じゃ」
「はい。でも、武器はなるべく抜かないでくださいね。コニッリョが怯えるので」
「分かってんよ。ったく、本当めんどせぇモストロだぜ」
とまた「ふあぁ」と大きな欠伸をしたダイ・ケイが、「なぁ」と海の方を指差した。
「こっちに向かってくるあの船って、商船か?」
「いえ、商船はプリームラ町の近くにあるチクラミーノ港に停泊することになっています」
「んじゃ海賊か、あの船? にしては、攻撃してくる気配ねぇな」
「たまに迷子になったり、ここがカプリコルノとは知らずに流れ着いたりっていう船もありますから、そういうのかも」
北の海で衛兵を務めている将兵たちがその船を眺めていると、やがてそれは桟橋に停泊した。
どんな者が降りて来るのかと思いきや、誰も降りて来る気配がない。
「なんだ?」
と衛兵たちが首を傾げていると、船の甲板上から女の泣き声が聞こえて来た。
「助けて! お願い、誰か! 助けて、助けてぇっ!」
「――なんだなんだっ!?」
衛兵たちが警戒して、思わず一斉に武器を抜く。
今度は船の甲板から、男の高笑いが聞こえて来た。
間もなく、海賊船の船長だと分かる男が姿を現す。
その前には貴族だと分かるヴェスティートを来た3人の女がいて、「助けて」と言いながら泣きじゃくっていた。
「今すぐカプリコルノ国王に伝えな!」
と、海賊船長が高らかに声を響かせた。
「愛しのカンクロ女王を返してほしけりゃ、身代金に5000億オーロ支払えと!」
「――女王陛下だって!?」
と突如狼狽し出した将兵たちが、顔を見合わせる。
「船の中に女王陛下がいるのか!?」
「そんな馬鹿な、女王陛下は今レオーネ国にいるはずです!」
海賊船長から笑顔が消えていく。
「おい、こっち見ろ」
と将兵の視線を集め、エステ・スキーパの娘、妻、母親の順番に指差す。
「カンクロ女王、母親、ばーさん……だろ?」
「――は?」
と間の抜けた声と、ぽかんとした顔が返ってきた。
「いや、だからな? まず一番若いこの女がカンクロ女王で――」
「バッキャロォォォォォッ!」
とダイ・ケイが声を裏返しながら絶叫した。
「何言ってんだ、おめぇ!? ドコ見てそんなこと言いやがってんだ!? 俺たちの女王陛下がいつそんな――」
隣にいた兵士が、その口を手で塞いだ。
「言いたいことは分かりますが、落ち着いてください熊将軍。あの3人さっきここ通ったし、うちの国の貴族です。ここで本当のことを言ったら殺されるのかも。宮廷へ行って、テンテン君に女王陛下に伝えて来てもらいましょう」
ひとりの兵士が宮廷にこの騒ぎを伝えに行くと、間もなくピエトラとテンテンが駆け付けて来た。
捕まっているエステ・スキーパの母親と妻子を見て、愕然とする。
「逃げ出したと思ったら、なーにしてんだいあの人たちは」
「おれの目には――モストロの目には良く見えるんだけど、あの人たちってさっきあんなに宝石ジャラジャラつけてなかったよねぇ」
「宮廷の宝石を盗んだってことかい! プリームラ貴族ってのは、どこまでも腐った輩だよ!」
「助けなくてもいいんじゃないの、あれ? おれもう、今日は疲れたからテレトラスポルト嫌だよ。レオーネまで飛べるかどうか分かんないし」
「そうだね、助ける必要はないね。海賊船長、そこの3人は女王陛下でもその母親でもばーさんでも無いから、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
海賊船長が「嘘吐きやがったのか!」と怒声を響かせた一方、3人が背を向けて去って行こうとしたピエトラに向かって泣き叫んだ。
「待って、家政婦長様! ベルに――女王陛下に、土下座するから!」
「助けてください、お願いします! 土下座でも何でもするわ!」
「私たちが過去にして来たこと、全部女王陛下に謝るよ!」
そう必死に訴えて来る3人の声を聞きながら、ピエトラが溜め息を吐いた。
振り返って、海賊船長を見る。
「やっぱり待ってくれるかい? その3人でも身代金はもらえるかもしれないからさ」
海賊船長が不満そうにしながらも「分かった」と承知すると、ピエトラが「お願い出来るかい?」とテンテンを見た。
露骨に嫌そうな顔をしたテンテンも「分かった」と承知する。
「でもちょっと遅くなるかもよ? レオーネまで飛べるかどうか分からないから、途中から犬かきで行くことになるかもしれない」
案の定、レオーネ国に辿り着く前に海に落下したらしいテンテンが戻ってきたのは、2時間近く掛かってからだった。
帰りはハナにテレトラスポルトしてもらって、ベルを北の海に連れて来る。
甲板からベルの姿を見下ろす海賊たちが仰天していった。
「うおぉ! ホンモノ全然ちげえぇぇ! なんっだ、あの美女!」
「だーから言ったじゃねぇかよ、この馬鹿!」
「あイテ! すいやせん、船長!」
ピエトラがベルに問う。
「陛下は?」
「レオーネ陛下のお傍に。やはり、レオーネ陛下のご容体が芳しくないようで……」
ハナが船の上で泣きじゃくっている3人を見て立腹した。
「迷惑な奴らだな、こんなときに! 今はおまえらなんかにかまけてる暇は無いんだよ! どうする、ベル? 上手く行けば、3人まとめてテレトラスポルトで連れて来れなくはないけど。成功しようが失敗しようがその後、戦闘になるぞ?」
「船も大きいですし、海賊の人数が多そうですね。なるべく被害を押さえたいので、フラヴィオ様たちを待ちましょう」
とベルが、ハナに「バッリエーラをください」と言った。
「え? もう10枚掛かってるぞ?」
「念のため、追加で。私が彼女たちと人質を変わります」
驚愕して反対する周りを、ベルは「大丈夫です」と宥めた。
ハナにバッリエーラを追加で30枚貰った後、海賊船長を見る。
「彼女たちを解放してください。私がそちらへ参りましょう」
思わぬ展開に、海賊たちが甲板上を歓声を上げながら飛び跳ねる。
「ああ、喜んで女王陛下。こいつらを解放する前に、まずはあんたからこっちに来てもらおうか」
「分かりました」
と返した後、ベルはハナを見た。
「私を甲板までお願いします。その後ハナはすぐにレオーネ国へ戻ってください。レオーネ陛下のご容体が悪化したり、逆に落ち着いたらフラヴィオ様たちと共にまた来てください」
「で、でもベル……!」
「私は大丈夫です。なのでフラヴィオ様たちにご心配をお掛けしませんよう、私が人質になったことは言わないでください。今はレオーネ陛下を最優先にすべきなのですから」
引き下がらないと分かる親友の様子を見て、ハナはしぶしぶ承知した。
ベルを甲板にテレトラスポルトさせ、海賊たちに「丁重に扱えよ!」と怒鳴ってから、またレオーネ国へと飛んでいく。
有頂天になっている海賊に囲まれながら、ベルが捕まっていた3人に笑顔を向ける。
「もう大丈夫ですよ。宮廷へ戻って、ゆっくりお休みください」
「女王陛下……!」
「さぁ、早く」
3人が急いで船から降りていく。
浜辺へと辿り着くと、宮廷へと向かって転がるように逃げていった。
その背を見送った後、「さて」と甲板の上を見回したベル。
(中に財宝があるかもしれませんね)
とついつい胸を躍らせながら、船内へと向かって行った。
「船内で時間を潰します。ワインをください」
「御意、女王陛下!」
カプリコルノ国よりも8時間早いレオーネ国は現在、真夜中。
ハナ曰く、レオーネ国王が眠っているときに急に咳き込んで吐血し、倒れたとのことだった。
3日前のフラヴィオの誕生日に招いたときはいつも通りに見えていただけに、驚愕の知らせだった。
「ハ、ハナ、何も危篤というわけではないのでは……!?」
「あ、あたいにはよく分かんないよ、ベル。で、でもなんか凄い顔色悪いし、陛下自身が弱気になってて、死期を悟ったのか何なのか、世話になった友好国の皆と話したいって言うんだ。だから来て欲しいんだ」
「分かった」
とフラヴィオが承知すると、ベルが廊下に出て「テンテンさん」と呼んだ。
「呼んだ、女王陛下?」
「スィー。今すぐテレトラスポルトで、カンクロ国の将兵を100人ばかり連れて来てください。宮廷の留守を頼みたいのです」
「分かった、熊将軍とか強い人を連れて来るよ。でも、おれひとりじゃ100人なんてまず連れて来れないから、猫に手伝ってほしいんだけど」
とテンテンがハナを見ると、それは承知して「兄貴とナナ・ネネを送るよ」と言った。
その後テレトラスポルトで食堂内にいた一同と、それからアクアーリオ国とサジッターリオ国にもいるマストランジェロ一族を連れ、レオーネ国へ飛んでいく。
その話は4階の廊下を歩いていた使用人の耳にも届き、大騒ぎして宮廷中に広めにいった。
たちまち宮廷内が騒然としていく。
「これは大変だ」
とピエトラが呟いた後、さっきまで叱りつけていた3人――エルバ伯エステ・スキーパの母親と妻子を見た。
「私はこれから仕事があるから、あなたたちは宮廷の掃除でもしていなさい。あなたたちはもうすでに侍女を止めたいのでしょうけど、あなたたちがベルに土下座して謝るまで許しませんからね。解放されたきゃ、ベルが帰って来てすぐに謝ることだね」
と、誰よりも美しい歩き姿で、足早にその場を後にする。
残された3人は「掃除道具を取って来ましょう」と言ってその振りをしながら、階段を降りていった。
小声でひそひそと相談を始める。
「奴隷に土下座なんて、私たち誇り高きプリームラ貴族がするわけないだろう。今のうちに逃げるよ」
「でも、ばれないかしら」
「大丈夫だよ、今は誰も私たちのことを気に掛けていない。宮廷の搦手門から出て、なるべく人のいない北の海沿いを通っていくんだ」
「プリームラに帰るの? でもそれじゃすぐに捕まりそう」
「いーや、商船に乗ってしばらく他国に行こう。宮廷の宝石をいただいてからね――」
宮廷の3階にある衣裳部屋を見つけ出し、掃除道具を持って中へ入って行く。
宝石類を見つけてヴェスティートのポケットに入れられるだけ突っ込んだら、そそくさと宮廷を後にした。
宮廷内の使用人も兵士たちも皆、レオーネ国王の危篤話で騒ぎ立てていて、3人を気に留める者はいなかった。
搦手門を出るとぞくぞくとやって来るカンクロ国の将兵と擦れ違ったが、誰も3人のことを知らないので素通りする。
北の海までやって来ると、この辺の衛兵は3人が宮廷から逃げ出してきた女王の侍女だということは知らず、「お疲れ様」「お気を付けて」の言葉を交わす程度。
3人は海沿いに東方面――チクラミーノ港の方へと向かって歩いて行く。
しばらくすると衛兵の数が少なくなり、その目が無くなったところでタスカから宝石を取り出した。
「見て、最高級のオルキデーア石がこんなに沢山!」
「今はこんなに真珠が手に入るのね!」
「この大粒のオルキデーア石をひとつでも売れば、死ぬまで贅沢して生きられるよ」
と、身体中に宝石を身に着けて高笑いを響かせていると、ふと「あの」と声高に声を掛けられた。
それは海の方向からで、そちらを見ると小舟に乗った3人の男が目に入った。
その奥の方に何かあることに気付いて見てみると、少し離れたところに大型帆船があった。
男たちは小舟で浜辺までやって来て降りると、3人に近寄りながらこんなことを言った。
「船が迷子になっちまいまして、困ってるところでさぁ。ここはカプリコルノ国でお間違いねぇですかい? それとも隣のサジッターリオか、アクアーリオですかい? 教えてくだせぇ、お美しい貴婦人方」
カタコトのカプリコルノ語だったが、言っていることは分かった。
『美しい』の言葉に気を良くした3人が、気取って「カプリコルノよ」と答える。
「そうですかい、ここがカプリコルノですかい。いやぁ、噂通り良い国だぁ。ところで……」
と男が、3人が身に着けている大量の宝石をまじまじと見つめる。
「お三方、本当にお美しい。オレぁ、こんなに美しい女性たちを見たことが無い。もしかして噂のカンクロ女王陛下や王妃陛下、王女殿下、天使様だったりするんですかい?」
すっかり気を良くした3人は顔を見合わせて「ふふ」と笑うと、男に向かって「そうよ」と答えた。
「おお、やっぱり! 通りでお美しい!」
そこへ、「どうしました?」と離れたところから駆け寄ってきた衛兵。
3人が「迷子ですって」と答えると、親切に対応しようとした。
だが突如口の中に布を突っ込まれ、3人掛かりで近くの木に縛り付けられる。
「ね、ねぇ、これって……!」
「海賊だ、逃げるよ!」
俊足とは程遠い3人の足では無理があった。
すぐに捕まり、口を塞がれ、手を縛られ、小舟に乗せられて大型帆船へと連行される。
甲板の上には、武器を装備した大量の海賊が乗っていた。
震え上がる3人が、船長の前へと出される。
「船長! 人質でさぁ! カプリコルノ国王からがっつり身代金をいただきやしょう!」
「おう、よくやった!」
と笑顔で言ったと思った船長の顔が、3人を見てたちまち不審そうに歪んでいく。
「だ……誰だって?」
「女王か王妃か王女か天使でさぁ」
「いやおま……な、なんか違わねぇか?」
「え? でも船長、見てくだせぇこの身なり。女王か王妃か王女か天使じゃねぇと、こんなに大量の宝石は身に着けられねぇかと」
「たしかにそうだが……しかし、おま……」
とさらに不審そうになっていく船長が、3人の口を塞いでいる布を部下に外させる。
そして腰から湾曲した剣を抜くと、3人に向かって突き付けた。
「正直に言いな。あんたらは誰だ」
3人の喉が、ごくりと鳴った。
返答を間違ったら殺されると確信する。
目で会話した後、エステ・スキーパの娘、妻、母親の順で答える。
「あ、あたくしは女王ベルナデッタよ」
「ベルナデッタの母よ」
「ベルナデッタの祖母だ」
3人揃って女王・王妃・王女・天使のどれかでは無かったことは、船長の疑惑を減らしたらしい。
「カンクロ女王とその母親、ばーさん……か。俺の思い浮かべていた女王とは真逆だったが……ま、いいだろう」
と、船長が腰に剣を戻して、部下の顔を見回しながら声高になった。
「行くぞ、おめぇら! カプリコルノ国王から身代金を絞り取ってやるぜ!」
歓声で沸く海賊船の中、顔を見合わせる3人の顔はどれも後悔が浮かんでいた。
こんなことになるなら、宮廷から抜け出してくるんじゃなかった。
さっぱり反省していなくても、その振りをしておとなしくベルに土下座していた方がマシだった。
だってとりあえず生き長らえたが、嘘はすぐにバレる。
ベルは当然のこと、フラヴィオが自分たちのために身代金を払ってくれるとも思えなかった。
きっともうすぐ、3人揃って死ぬのだ。
「――た、助けて……助けて、誰かぁっ!」
――夜中眠っているところ起こされ、カプリコルノ国へと飛ばされてきたカンクロ国の将兵たち。
今は8月で、19時になってもまだ夕陽が見える北の海で衛兵を務めながら、「ふあぁ」と欠伸が出る口元を手で塞ぐ。
頭には寝癖が付いたまま兜を被ってきたし、まだ寝惚け眼の者もいる。
「なぁ、何で俺たち呼ばれたって?」
と熊将軍ことダイ・ケイがカタコトのカプリコルノ語で問うと、隣にいたカプリコルノ兵士がカタコトのカンクロ語で返した。
「宮廷の留守番です、熊将軍。『力の王』も『力の王弟』も『人間卒業生』も、それから王子殿下たちもアラブ将軍も皆、レオーネ国に行かれているので」
「なるほど。強ぇ者たちが誰もいなくなるんじゃ、不安なるわなこの宝島じゃ」
「はい。でも、武器はなるべく抜かないでくださいね。コニッリョが怯えるので」
「分かってんよ。ったく、本当めんどせぇモストロだぜ」
とまた「ふあぁ」と大きな欠伸をしたダイ・ケイが、「なぁ」と海の方を指差した。
「こっちに向かってくるあの船って、商船か?」
「いえ、商船はプリームラ町の近くにあるチクラミーノ港に停泊することになっています」
「んじゃ海賊か、あの船? にしては、攻撃してくる気配ねぇな」
「たまに迷子になったり、ここがカプリコルノとは知らずに流れ着いたりっていう船もありますから、そういうのかも」
北の海で衛兵を務めている将兵たちがその船を眺めていると、やがてそれは桟橋に停泊した。
どんな者が降りて来るのかと思いきや、誰も降りて来る気配がない。
「なんだ?」
と衛兵たちが首を傾げていると、船の甲板上から女の泣き声が聞こえて来た。
「助けて! お願い、誰か! 助けて、助けてぇっ!」
「――なんだなんだっ!?」
衛兵たちが警戒して、思わず一斉に武器を抜く。
今度は船の甲板から、男の高笑いが聞こえて来た。
間もなく、海賊船の船長だと分かる男が姿を現す。
その前には貴族だと分かるヴェスティートを来た3人の女がいて、「助けて」と言いながら泣きじゃくっていた。
「今すぐカプリコルノ国王に伝えな!」
と、海賊船長が高らかに声を響かせた。
「愛しのカンクロ女王を返してほしけりゃ、身代金に5000億オーロ支払えと!」
「――女王陛下だって!?」
と突如狼狽し出した将兵たちが、顔を見合わせる。
「船の中に女王陛下がいるのか!?」
「そんな馬鹿な、女王陛下は今レオーネ国にいるはずです!」
海賊船長から笑顔が消えていく。
「おい、こっち見ろ」
と将兵の視線を集め、エステ・スキーパの娘、妻、母親の順番に指差す。
「カンクロ女王、母親、ばーさん……だろ?」
「――は?」
と間の抜けた声と、ぽかんとした顔が返ってきた。
「いや、だからな? まず一番若いこの女がカンクロ女王で――」
「バッキャロォォォォォッ!」
とダイ・ケイが声を裏返しながら絶叫した。
「何言ってんだ、おめぇ!? ドコ見てそんなこと言いやがってんだ!? 俺たちの女王陛下がいつそんな――」
隣にいた兵士が、その口を手で塞いだ。
「言いたいことは分かりますが、落ち着いてください熊将軍。あの3人さっきここ通ったし、うちの国の貴族です。ここで本当のことを言ったら殺されるのかも。宮廷へ行って、テンテン君に女王陛下に伝えて来てもらいましょう」
ひとりの兵士が宮廷にこの騒ぎを伝えに行くと、間もなくピエトラとテンテンが駆け付けて来た。
捕まっているエステ・スキーパの母親と妻子を見て、愕然とする。
「逃げ出したと思ったら、なーにしてんだいあの人たちは」
「おれの目には――モストロの目には良く見えるんだけど、あの人たちってさっきあんなに宝石ジャラジャラつけてなかったよねぇ」
「宮廷の宝石を盗んだってことかい! プリームラ貴族ってのは、どこまでも腐った輩だよ!」
「助けなくてもいいんじゃないの、あれ? おれもう、今日は疲れたからテレトラスポルト嫌だよ。レオーネまで飛べるかどうか分かんないし」
「そうだね、助ける必要はないね。海賊船長、そこの3人は女王陛下でもその母親でもばーさんでも無いから、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
海賊船長が「嘘吐きやがったのか!」と怒声を響かせた一方、3人が背を向けて去って行こうとしたピエトラに向かって泣き叫んだ。
「待って、家政婦長様! ベルに――女王陛下に、土下座するから!」
「助けてください、お願いします! 土下座でも何でもするわ!」
「私たちが過去にして来たこと、全部女王陛下に謝るよ!」
そう必死に訴えて来る3人の声を聞きながら、ピエトラが溜め息を吐いた。
振り返って、海賊船長を見る。
「やっぱり待ってくれるかい? その3人でも身代金はもらえるかもしれないからさ」
海賊船長が不満そうにしながらも「分かった」と承知すると、ピエトラが「お願い出来るかい?」とテンテンを見た。
露骨に嫌そうな顔をしたテンテンも「分かった」と承知する。
「でもちょっと遅くなるかもよ? レオーネまで飛べるかどうか分からないから、途中から犬かきで行くことになるかもしれない」
案の定、レオーネ国に辿り着く前に海に落下したらしいテンテンが戻ってきたのは、2時間近く掛かってからだった。
帰りはハナにテレトラスポルトしてもらって、ベルを北の海に連れて来る。
甲板からベルの姿を見下ろす海賊たちが仰天していった。
「うおぉ! ホンモノ全然ちげえぇぇ! なんっだ、あの美女!」
「だーから言ったじゃねぇかよ、この馬鹿!」
「あイテ! すいやせん、船長!」
ピエトラがベルに問う。
「陛下は?」
「レオーネ陛下のお傍に。やはり、レオーネ陛下のご容体が芳しくないようで……」
ハナが船の上で泣きじゃくっている3人を見て立腹した。
「迷惑な奴らだな、こんなときに! 今はおまえらなんかにかまけてる暇は無いんだよ! どうする、ベル? 上手く行けば、3人まとめてテレトラスポルトで連れて来れなくはないけど。成功しようが失敗しようがその後、戦闘になるぞ?」
「船も大きいですし、海賊の人数が多そうですね。なるべく被害を押さえたいので、フラヴィオ様たちを待ちましょう」
とベルが、ハナに「バッリエーラをください」と言った。
「え? もう10枚掛かってるぞ?」
「念のため、追加で。私が彼女たちと人質を変わります」
驚愕して反対する周りを、ベルは「大丈夫です」と宥めた。
ハナにバッリエーラを追加で30枚貰った後、海賊船長を見る。
「彼女たちを解放してください。私がそちらへ参りましょう」
思わぬ展開に、海賊たちが甲板上を歓声を上げながら飛び跳ねる。
「ああ、喜んで女王陛下。こいつらを解放する前に、まずはあんたからこっちに来てもらおうか」
「分かりました」
と返した後、ベルはハナを見た。
「私を甲板までお願いします。その後ハナはすぐにレオーネ国へ戻ってください。レオーネ陛下のご容体が悪化したり、逆に落ち着いたらフラヴィオ様たちと共にまた来てください」
「で、でもベル……!」
「私は大丈夫です。なのでフラヴィオ様たちにご心配をお掛けしませんよう、私が人質になったことは言わないでください。今はレオーネ陛下を最優先にすべきなのですから」
引き下がらないと分かる親友の様子を見て、ハナはしぶしぶ承知した。
ベルを甲板にテレトラスポルトさせ、海賊たちに「丁重に扱えよ!」と怒鳴ってから、またレオーネ国へと飛んでいく。
有頂天になっている海賊に囲まれながら、ベルが捕まっていた3人に笑顔を向ける。
「もう大丈夫ですよ。宮廷へ戻って、ゆっくりお休みください」
「女王陛下……!」
「さぁ、早く」
3人が急いで船から降りていく。
浜辺へと辿り着くと、宮廷へと向かって転がるように逃げていった。
その背を見送った後、「さて」と甲板の上を見回したベル。
(中に財宝があるかもしれませんね)
とついつい胸を躍らせながら、船内へと向かって行った。
「船内で時間を潰します。ワインをください」
「御意、女王陛下!」
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