酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第41話ー2

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 ――カプリコルノ国の10月末。

 宮廷オルキデーア城の4階の階段脇にある7番目の天使ベルの部屋の中、国王フラヴィオがベッドレットの枕に顔を埋めて眠っていた。

 現在午前1時で夜中ではあるが、熟睡ではなく仮眠だ。

 もう少しで、カンクロ国へベルの捜索に行っているフェデリコとテンテンが戻って来る。

 そうしたら今度はフラヴィオとアラブが行く番だ。すぐに行けるよう、向こうの庶民を装ったコートカッポットをもうすでに着用している。

(どこにいる、ベル……)

 ベルが失踪してから1ヵ月以上が経つ。

 ルフィーナとベラドンナがカンクロ国の宮廷に侵入した結果、ベルは生きていて、ワン・ジンによって宮廷ではないどこかに匿われているようだと分かった。

 すぐにレオーネ国王太子マサムネが密偵をカンクロ国に送り、ベルがいる可能性の高い離宮を短期間ですべて探し出して見せた。

 それで無事に見つかるかと思いきや、どの離宮にもベルがいる気配が無いと分かった10月上旬。

 カンクロ国と石材貿易の取引日がやって来た。

 誰ひとりやって来なかった。

 取引の際に何か手掛かりが掴めるかもと少し期待した一方で、それは皆の予想通りだった。

(来られるわけがないのだ。ワン・ジンは、余に後ろめたいことがあるのだから)

 その後は密偵に加えてフラヴィオとフェデリコ、アドルフォ、王子たちもマサムネの猫4匹にカンクロ国へ送ってもらい、毎日交代で町や村を捜索している。

 でも、一向にベルが見つからない。

 尚、ベルが失踪したことは、コラードの戴冠式の翌日にはカプリコルノ国民に伝わっていた。

 それまで自ら評判を落としていたベルだったが、なんだかんだ愛する国王と国を支えてきた宰相が居なくなったことは、国民に大きな不安と悲しみを与えたようだった。

 町はまるで葬式のようで、先の王妃ヴィットーリアが亡くなった時のことを彷彿とさせる。

 フラヴィオはあのときのように、悲しみのあまり自身が誰であるか忘れぬよう、周りのためにも自身のためにも気丈に振る舞っているが、身体の方は正直だった。

 食べ物を出される限り延々と受け付けていた胃は日に日に軋み、朝と夜に一人前を食べれば充分だった。

(どこだ…どこにいるのだ、余の大切な7番目の天使……)

 もう何十年も会っていないような感じがする。

 まずは何よりも、現在も無事でいるかどうかを知りたかった。

 酷いことをされていないだろうか。

 至宝のように大切に扱われているだろうか。

 肌寒くなって来たし、体調を崩してはいないだろうか。

 あたたかい部屋と、雲のようにふかふかのレットで寝起きしているだろうか。

 料理長フィコの腕にも劣らない、頬が落ちそうな極上の料理を朝昼晩と献上されているだろうか。

 なんかカンクロ国に来ちゃったことだし、良い機会だから主にこの大国を持って帰ろうとか野望を企んでいないだろうか――

(いるだろうな……)

 フラヴィオの額から溢れ冷や汗が、ベルの枕に滲んでいく。

(頼むから危険なことをしないでくれ、天使軍の問題児。そなたと大国、余にとって本当に必要なのは、どっちか分かっているだろう……)

 扉を叩く音がした。

 フラヴィオがそちらを見ると、アラブが顔を覗かせた。

「陛下、交代のお時間です」

 フェデリコとテンテンが帰ったらしい。

 アラブが部屋に入って来ると、続いて2人と本日の送迎係のハナが入ってきた。

 その顔々を見れば、訊かずともベルは見つからなかったのだと分かる。

「大丈夫ですか、兄上」

 フラヴィオが「うむ」と答えてレットから出ると、フェデリコに瞼にハンカチファッツォレットを当てられた。

 溢れ出ていたのは汗だけでは無かったことを知る。

「陛下」とテンテンが、カンクロ国の地図をレットの上に広げた。

「大公閣下とおれは今日、ココとココ、あとココの町を回ってきたんだ」

 と町や村を指で差す。

「分かった」と承知したフラヴィオとアラブがどの場所を捜索するか相談する傍ら、フェデリコがまた「大丈夫か?」と、今度はハナの瞼にファッツォレットを当てた。

 ベルの親友であるハナが泣いている姿も、頻繁に目撃する。

「もう、あたいも一緒に探すよっ……!」

「それはいけない、ハナ。というか、無理がある」

 と、フェデリコがその頭を撫でて宥める。

「君やタロウ、ナナ・ネネは魔力が高過ぎるんだ。モストロの目には目立ち過ぎて、すぐに向こうのカーネ・ロッソたちに密偵だとバレてしまう」

「そうだけどっ……どうしてベルが見つからないんだ! 離宮を全部見つけたらすぐに見つかると思ったのに! なんでっ……なんで!」

 戸口から「ごめんなさい」と2つの声が聞こえた。

 それはルフィーナとベラドンナで、こちらもまた泣きながら部屋の中に入ってきた。

「ワタシたちが金の腕輪をカンクロの宮廷に置いて来ちゃったからだわ……!」

「だからきっとワン・ジンに気付かれてしまったんです、ごめんなさい……!」

「いや、そなたたちは本当によくやってくれた。もう向こうへ行くのは危険だから、ここで宰相の帰りを待っていてくれ」

 とフラヴィオは2人に自身のファッツォレットを渡した後、カンクロ国の地図の一ヵ所を指で差しながらハナを見た。

 頷いたハナが、フラヴィオとアラブを連れてテレトラスポルトする。

 場所はカンクロ国の副都イビスコ近くにある川岸だった。

 イビスコの他、アラブのテレトラスポルトで問題なく届く範囲にはあと2つの町と1つの村があり、どれもまだ捜索していない場所だ。

 ハナがカッポットの帽子を深く被った2人の顔を見上げる。

 帽子で顔を半分隠したところで、碧眼の絶世の美男と、カンクロ人よりも浅黒い肌と遥かに濃すぎる目鼻立ちを持つ美男では、やはり目立つ。

「通行証を持ってるとはいえ、念のため門番は避けてテレトラスポルトで侵入した方がいいぞ。そこの副都イビスコに入る際も、付近の町と村に入る際にも。どっちも一目で異国人ってバレバレだ。あと人によっては、国をボッコボコのギッタンギッタンにしやがってくれた憎いカプリコルノ人とヴィルジネ人だってすぐに分かるかも。毒矢とか飛んでくるかもしれないから、充分に気を付けてな。じゃ、6時間後にまたここで」

 とハナがレオーネ国へ飛んで行った後、アラブはフラヴィオの「行くぞ」の合図で副都イビスコの中へとテレトラスポルトした。

 雑踏している町の中を、目立たぬよう俯きがちになって進んでいく。

 会話は小声でした。

「ワン・ジンが離宮でない場所にベルさんを匿っているとしたら……いえ、もうそうとしか考えられませんが、厄介なことになりましたね陛下。何せ、カプリコルノ国の8000倍もある大国ですから」

「ああ。だが、そうやってワン・ジンが余からだけではなく、王太后からもベルを守っているというのなら逆に少し気が楽になる――いや、あいつのことはこの先、永遠に許せないがな?」

「ええ、あと王太后もです。人間の女性を酷く嫌っているようですが、それってベルさんだけでなく、カンクロ国の人間が危機に晒されているということでは」

「ああ……もしかしたら、カンクロは内戦勃発寸前なのかもな。ベルが巻き込まれる前に早く見つけ出すぞ」

 アラブが「スィー」と返事をしてから5分。

 人間よりも優秀なその耳が、遠くの楽器の音を聞き取った。

「ん? 琴の音色か?」

「琴……って、ああ、レオーネ国の弦楽器か。あれってカンクロにもあるのか」

「そのようですね。そういえば、カンクロからレオーネに伝わった楽器だったかな? それにしても見事な演奏です。行ってみましょう」

 と、アラブがその音色の聞こえる方へと歩いていく。

 フラヴィオも共に付いて行くと、ふと遠くの立派な邸宅の塀の前に人だかりが出来ているのが見えた。

 同時にその演奏も聞こえてくる。

「あの邸宅の中から聞こえるようです」

「なんと優雅な演奏よ。きっと奏者も美しいに違いない。早く行ってみよう」

 2人がそんな会話をしているとき、琴の音色がぴたりと止んだ。

「あれ」と足が止まる。

「終わってしまいましたね」

「中途半端というか、演奏が不自然に止んだな。待ってれば再開されるんじゃないか?」

「しかし、一ヵ所に長く留まるのは避けた方が良いでしょう」

 とアラブが背後の方に目配せをすると、フラヴィオが「そうだな」と小さく溜め息を吐いた。

「もう町の衛兵に怪しまれているようだしな、おまえの顔が濃すぎて」

「いや、陛下が碧眼だからでしょう。金髪だって見えてますし。付近の町と村を回って、また最後にここへ来てみましょう」

「そうしよう」

 とフラヴィオがもう一度残念そうに、琴の音色が聞こえた邸宅を見るや否や、アラブがテレトラスポルトで副都イビスコを後にした。


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