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第36話ー4
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ハナがテレトラスポルトで去った後、ベルは脱衣所で衣類を脱いでフラヴィオの下――女湯の檜風呂へと向かっていった。
この温泉旅館は山頂付近にあり、浴槽の向こうにある大きな窓からは豊かな自然の風景を展望することが出来た。
「申し訳ございませんでした、フラヴィオ様」
ともう一度謝罪し、フラヴィオの顔を覗き込みながら浴槽に入る。
やはり想像通りの不貞腐れた顔があったので、早速ご機嫌取りを始める。
その膝の上に跨ったら、「フン」と背けられた顔を、両手で包み込んで戻した。
その碧眼は逸れたままでいたが、バーチョしたらベルの顔を見た。
吊り上がっていた眉が下がっていく。
「余に嘘を吐いてどこへ行っていたのだ、アモーレ……探したのだぞ」
「ごめんなさい、フラヴィオ様。朝風呂は朝風呂でも、7番目の天使は天上界に咲く花々の朝露で水浴びをして参りました」
とかいう口にするのも恥ずかしいアホな台詞は、こういうときに限って通用しなかった。
下がったと思ったフラヴィオの眉が再び吊り上がって、碧眼がまた逸れていく。
「も、申し訳ございませんフラヴィオ様……」
しかし、フラヴィオの後妻を選んできたなんて本当のことをそのまま話す気にもなれない。
話した途端、フラヴィオはきっとベルを想って胸を痛め、心配を掛けてしまう。
なので気付かれない程度に、先ほどのことを話すことにした。
「フラヴィオ様……私は自分に呆れました。私に負けず劣らずフラヴィオ様を愛する者は、私の前に現れることはまず無かったのです」
フラヴィオの碧眼がベルの方へと戻ってきた。
「何故なら私に、誰よりも何よりもフラヴィオ様を愛している自覚と自信があるからです。フラヴィオ様を私に負けず劣らず愛していると豪語する方が出て来ても、そんな訳が無いと私が認めないからです」
少しの間の後、フラヴィオが噴き出した。
「ああ、そうだな。それではどんなに探しても、待っても、そなたの前には永久に現れなかろう」
「私は恥ずかしながら、先ほどまでそのことに気付きませんでした」
「まぁでも実際、現れる気はしていないぞ? これは余だけでなく、他の皆もだ」
ベルは「え?」と小首を傾げながら、フラヴィオの顔を見つめる。
その愉快げな笑顔を見る限り、機嫌は直ったようだ。
「そなたに負けず劣らず、余を愛してくれる者だ」
「では……私に及ばずとも、フラヴィオ様を愛している方ならばよろしいですか?」
「うん?」
「フラヴィオ様の後妻となる方です」
と言った後にしまったと思ったベルだったが、それは「ああ」と微笑した。
「何も構わぬし、余は幸せだ。そなたがこんなにも余を愛してくれているのだから」
そしてやはり察してしまったフラヴィオが問う。
「先ほど選んできたのだな? 余の後妻を」
ベルが戸惑いながら「スィー」と返事をすると、フラヴィオがその顔を覗き込んだ。
「そなたは納得したということか?」
「スィー。私は『フラヴィオ様中心』ですが、彼女は『国民中心』の方です」
「そうか。なんというか、均衡が取れるな。川で余と国民が溺れていたら、そなたは迷うことなく余を助けるが、後妻の彼女は国民を助けに行ってくれそうなあたりが」
とフラヴィオがおかしそうに笑った後、「それに」と続ける。
「どちらかといったら、余のことより彼女の方を心配してやってくれ。彼女はこれから苦行を強いられるだけではなく、その……」
と碧眼を動揺させて口を閉ざしたフラヴィオが、ベルに口付けた。
「余は彼女を愛さねばならぬ責任があるし、努力はする。しかし、余がそなたを愛するくらい愛せるかと言われたら……正直、自信が無いのだ」
ベルは先ほどのルフィーナとの会話を――その覚悟を、思い返していく。
「大丈夫です」と思った。
「彼女はそういったことも含め、すべて承知の上でフラヴィオ様の後妻を望まれたのです。私は彼女ならば大丈夫でしょうと判断したから選びました。フラヴィオ様……以前からそうではありましたが、とてもとても強い女性に成長されていましたよ……ルフィーナさんは」
フラヴィオの動きが一瞬止まった。
「そうか……ルフィーナか」
ベルの顔を包み込んで、もう一度確認する。
「そなたはそれで納得したのだな?」
「スィー。私が彼女を選んだのですから」
フラヴィオの碧眼が、ベルの栗色の瞳に傷や悲しみが無いか探している。
だからベルは、こう言って満面の笑みを作った。
「それに18歳の誕生日が終わったって、この金の指輪を外すことになったって、この寵姫天使ことベルナデッタが一番フラヴィオ様に愛されているのです」
「ああ……そうだな」
とフラヴィオの顔に、微笑が浮かぶ。
「忘れないでくれ」と願った。
「この金の指輪――結婚指輪を外すのは、あくまでも一時的なのだと。また必ずそなたも余も左手薬指に嵌めるときが来て、そのときは今度こそそなたは『試着』ではなく、『本番』で花嫁衣裳を着るのだ。これから辛い想いをさせてしまうルフィーナを想えば、余もそなたもすぐにそうするわけには行かないが……でも、必ずだ。余は必ず、そなたを妻にする。寵姫というのも悪くない響きだが――思えば妾って初めてだし――そなたは将来、列記とした余の妻にする。そしてそなたが100歳越えの熟女なる遠い未来には、そなたもマストランジェロ王家の霊廟で、余のすぐ傍で、眠りにつくのだ。ああ無論、魂の方は余が支配した地獄で一緒になる」
その台詞を聞いている途中からベルの視界がぼやけて、「スィー」と微笑したら頬の上を涙が伝っていった。
18歳の誕生日が終わるまで、絶対に泣かないつもりだったのに。
でも大丈夫、悲しみの意味じゃない。
「アモーレっ……!?」
と、突如狼狽したフラヴィオの首を、すぐに抱き締める。
「うれし涙でございます。ありがとうございます、フラヴィオ様。私のことは何も心配しないでください。何も恐れないでください。何ひとつです。だって聞いてください、フラヴィオ様」
「うん……?」
ベルは今までも度々そうではないのかと感じていたこと。
それを今、しかと確信した。
「私は――7番目の天使ベルナデッタは、この世で一番幸せな女性なのです」
それから間もなく、フラヴィオの身体から緊張の糸が切れたように力が抜けていった。
ベルの細い腕の中で、不安や心配から解放され、大きな安堵に包まれていく。
「ああ……ああ、分かった。ありがとう、アモーレ……ありがとう。この世で一番幸せなのは、余の方だ。愛している」
本当に、本当に心から愛している――
「ベル……」
桜の花弁のような唇に、その想いを込めて口付ける。
この旅行中、ベルが愛しくて愛しくて何十回も愛した。
今またさらに、無性に、ひたすらに、この天使が愛おしい。
その小さな唇を舌で割って、口内を愛撫する。
すると以前はすぐに蕩けてしまっていたベルだったのに、旅行中に繰り返ししているうちに慣れ、上手にフラヴィオに応えられるようになった。
「ちょっとつまらないな。もうなーんにも出来ないまま、トローンとしてしまわないのか?」
「上達したのですから褒めてくださいまし」
「そうだな」
たしかにちょっと残念に思う一方で、バーチョに応えてくれるのは喜ばしい。
バーチョは言葉と並んで想いを伝えやすく、以前はフラヴィオが一方的に『愛してる』を伝えているような感覚があった。
でも今は、『私も』なのだと返ってくる。
口移しでハチミツを受け取ったかのように甘い味がして、夢中で味わった。
でも、舌で届く範囲すべてを愛撫していたら、やっぱり最終的にはベルが蕩けていく。
「よしよし、上出来だ」
と栗色の頭を撫で、膝の上に跨っている小さな身体を、寄りかかっていた檜の浴槽の縁に座らせる。
奴隷から救った日から、日に日に美しくなり続けるこの身体を、じっくり見つめて慈しむのも好きだった。
時刻はまだ午前。
大きな窓が、浴室全体を明るい光で満たしている。
一瞬、片目を瞑ってしまうほどに、7番目の天使の白い身体は眩しい。
「そなたは本当に美しいな」
火照った小さな顔。
綺麗な二重瞼に、長い睫毛。
フラヴィオを見つめて潤む栗色の瞳。
細い筋の通った繊細な鼻。
桜の花弁のような可憐な唇。
細い首、華奢な鎖骨。
小さな肩に、小さな手。
大分ぷっくり膨らんできた乳房。
フラヴィオの両手の中に隙間を作ってしまう、細い細い腰。
華奢ながら棒ではなく、女っぽい線を描くようになって来た太腿。
膝を開かせて覗き込んだら、唇と同じ桜色が垣間見えた。
そこをもっと見たくて触れると、とてもやわらかい。
指で桜色の部分を露わにすると、泉のように潤い、煌めいている。
その上部の方にはとても敏感な突起が隠されていて、探り当てたら赤く膨らんでいた。
「どうしたのだ、アモーレ? 色々凄いことになっているが」
とフラヴィオが意地悪く笑むと、ベルが口を尖らせてフラヴィオの肩を叩いた。
「た、ただ見られているのって、無性に恥ずかしいのですっ……!」
「今さらではないか」
「そ、そうですがっ……」
フラヴィオの視線は愛撫のように肌を撫でる。
見つめられた箇所は決して触れられていないのに、触れられている錯覚が起きて、でもやっぱり触れられていなくて、とても焦ったい。
「もう、早くしてくださいっ……!」
「ふふふ、悪かった」
とフラヴィオが赤く膨らんでいる突起に舌で触れると、ベルの小さな身体がたちまち痙攣を起こした。
右手の中指と薬指は、潤っている桜色の部分から進入して、ベルの身中の方を愛でに向かう。
とてもあたたかいそこに指をきつく締め付けられながら、第二関節を折り曲げた先にある上部を少しのあいだ刺激し、そのあと指を奥の方まで入れていく。
ベルの身体はフラヴィオに触れられると何処も彼処も素直に悦んでしまう故、どこが特に好みなのか見極めが大変難しくなっている。
それ故、身中の第二関節を折り曲げた先の上部よりも、奥の方が若干反応が良いことに気付いたのは、ここ最近のこと。
女の身体の中で共通して最も敏感な突起は唇と舌で、身中の奥の方は長い指の先で、ベル――というよりはフラヴィオ――が満足するまで愛でる。
「おっと、放っておいているわけではないぞ。愛している」
と、フラヴィオが左手に取って、口付けたのはベルの小さな手。
腹や腰、胸元、肩、鎖骨、首、耳、頬、唇にもバーチョを忘れない。
ベルのすべてが愛おしい。
妻だろうが恋人だろうが、寵姫だろうが何だろうが、これはこれから先も永遠にすべてフラヴィオのもので、すべてを心から愛している。
「アモーレ」
優しく、でも愛おしくて、ぎゅっと抱き締める。
ベルも同様に、ぎゅっとフラヴィオの胸に抱き付いた。
「愛している、アモーレ」
「愛しています、フラヴィオ様」
フラヴィオがベルの中に入っていく。
あたたかくて、きつく締め付けられて、強い快楽とベルへの愛しさで、口から熱い吐息が漏れる。
以前は早く終わってしまわぬよう、耐えるのに必死だったこの快楽地獄。
この旅行中に集中して鍛え上げられ、フラヴィオに余裕が出来た。
「今こそ胸を張って、改めて宣言しよう。余は百戦錬磨の酒池肉林王なり!」
「ちょっとつまらないのです。泣きそうになりながら必死に耐えていらっしゃるフラヴィオ様のお姿を拝見するのは、ベルナデッタの楽しみのひとつでしたのに」
とベルが残念そうに口を尖らせると、フラヴィオが「なんだと?」とちょっとムッとした風に言ってみせた。
フラヴィオに抱き締められたまま押し倒されて、「お仕置きだ」と身中を激しく攻められる。
でも腕の中はとても優しく、その顔を見たら、碧眼に愛おしそうに見つめられている。
そして今日のフラヴィオの「愛している」は、今まで一番の響きだった。
口にすると6文字のその言葉の、ひと文字ひと文字に強い想いが込められ、何度も囁かれ、ベルの胸の中を熱く満たしていく。
改めて実感が湧く。
自惚れているわけでも、強がっているわけでもない。
女大好き酒池肉林王が、女神の居なくなったこの世で本当に愛しているのは他の誰でもない。
この7番目の天使だ。
(――私は、この世で一番幸せな女性)
涙と一緒に、幸福の微笑が零れた。
「フラヴィオ様」
「なぁ、何分伸びた? 5分? 10分? さっきは偉そうに言って悪かったアモーレ、もう許してくれ。そなたが愛し過ぎてやっぱり持たぬ」
「以前より8分も長持ちすれば充分でございます。ささ、天上界へいってらっしゃいませフラヴィオ様」
「そなたも道連れだ」
「私はもう30回以上行ってるので疲れ果てました」
「ダメダメ、一緒に連れて行く」
「ベルナデッタを殺害しますか」
「ほら行くぞ」
フラヴィオに強引に手を引っ張られて、天上界へ飛んでいくような感覚がする。
言葉通りもう疲れ果てているので勘弁して欲しいが、その一方でフラヴィオを満足させるこの瞬間は、やっぱり好きだ。
ベルの中でフラヴィオの硬さが増して、それまでで一番荒々しく、強く求められているような感覚がして、「愛している」を聴いて、お腹の中があたたかくなり、幸せに包まれる。
終わってもしばらくは抱き締めてくれているフラヴィオの腕の中、のんびりバーチョを交わし合う。
目前には、互いの幸福の微笑があった。
「フラヴィオ様?」
「うん?」
「私のことは、何も心配する必要はございません」
「そうだな」
「だから何ひとつ恐れず、使命に向かって歩み出してください」
「分かった」
「しつこいようですが、本当に大丈夫ですから。だって」
と、ベルが「ふふふ」と笑う。
「7番目の天使ベルナデッタは、この世で一番幸せな女性なのです」
「ああ、ありがとうアモーレ。愛している、愛している……ベル――」
カプリコルノ国王フラヴィオ・マストランジェロと、その7番目の天使ベルは、1491年9月9日の午前8時――カプリコルノ国の同日0時――に帰国していった。
この温泉旅館は山頂付近にあり、浴槽の向こうにある大きな窓からは豊かな自然の風景を展望することが出来た。
「申し訳ございませんでした、フラヴィオ様」
ともう一度謝罪し、フラヴィオの顔を覗き込みながら浴槽に入る。
やはり想像通りの不貞腐れた顔があったので、早速ご機嫌取りを始める。
その膝の上に跨ったら、「フン」と背けられた顔を、両手で包み込んで戻した。
その碧眼は逸れたままでいたが、バーチョしたらベルの顔を見た。
吊り上がっていた眉が下がっていく。
「余に嘘を吐いてどこへ行っていたのだ、アモーレ……探したのだぞ」
「ごめんなさい、フラヴィオ様。朝風呂は朝風呂でも、7番目の天使は天上界に咲く花々の朝露で水浴びをして参りました」
とかいう口にするのも恥ずかしいアホな台詞は、こういうときに限って通用しなかった。
下がったと思ったフラヴィオの眉が再び吊り上がって、碧眼がまた逸れていく。
「も、申し訳ございませんフラヴィオ様……」
しかし、フラヴィオの後妻を選んできたなんて本当のことをそのまま話す気にもなれない。
話した途端、フラヴィオはきっとベルを想って胸を痛め、心配を掛けてしまう。
なので気付かれない程度に、先ほどのことを話すことにした。
「フラヴィオ様……私は自分に呆れました。私に負けず劣らずフラヴィオ様を愛する者は、私の前に現れることはまず無かったのです」
フラヴィオの碧眼がベルの方へと戻ってきた。
「何故なら私に、誰よりも何よりもフラヴィオ様を愛している自覚と自信があるからです。フラヴィオ様を私に負けず劣らず愛していると豪語する方が出て来ても、そんな訳が無いと私が認めないからです」
少しの間の後、フラヴィオが噴き出した。
「ああ、そうだな。それではどんなに探しても、待っても、そなたの前には永久に現れなかろう」
「私は恥ずかしながら、先ほどまでそのことに気付きませんでした」
「まぁでも実際、現れる気はしていないぞ? これは余だけでなく、他の皆もだ」
ベルは「え?」と小首を傾げながら、フラヴィオの顔を見つめる。
その愉快げな笑顔を見る限り、機嫌は直ったようだ。
「そなたに負けず劣らず、余を愛してくれる者だ」
「では……私に及ばずとも、フラヴィオ様を愛している方ならばよろしいですか?」
「うん?」
「フラヴィオ様の後妻となる方です」
と言った後にしまったと思ったベルだったが、それは「ああ」と微笑した。
「何も構わぬし、余は幸せだ。そなたがこんなにも余を愛してくれているのだから」
そしてやはり察してしまったフラヴィオが問う。
「先ほど選んできたのだな? 余の後妻を」
ベルが戸惑いながら「スィー」と返事をすると、フラヴィオがその顔を覗き込んだ。
「そなたは納得したということか?」
「スィー。私は『フラヴィオ様中心』ですが、彼女は『国民中心』の方です」
「そうか。なんというか、均衡が取れるな。川で余と国民が溺れていたら、そなたは迷うことなく余を助けるが、後妻の彼女は国民を助けに行ってくれそうなあたりが」
とフラヴィオがおかしそうに笑った後、「それに」と続ける。
「どちらかといったら、余のことより彼女の方を心配してやってくれ。彼女はこれから苦行を強いられるだけではなく、その……」
と碧眼を動揺させて口を閉ざしたフラヴィオが、ベルに口付けた。
「余は彼女を愛さねばならぬ責任があるし、努力はする。しかし、余がそなたを愛するくらい愛せるかと言われたら……正直、自信が無いのだ」
ベルは先ほどのルフィーナとの会話を――その覚悟を、思い返していく。
「大丈夫です」と思った。
「彼女はそういったことも含め、すべて承知の上でフラヴィオ様の後妻を望まれたのです。私は彼女ならば大丈夫でしょうと判断したから選びました。フラヴィオ様……以前からそうではありましたが、とてもとても強い女性に成長されていましたよ……ルフィーナさんは」
フラヴィオの動きが一瞬止まった。
「そうか……ルフィーナか」
ベルの顔を包み込んで、もう一度確認する。
「そなたはそれで納得したのだな?」
「スィー。私が彼女を選んだのですから」
フラヴィオの碧眼が、ベルの栗色の瞳に傷や悲しみが無いか探している。
だからベルは、こう言って満面の笑みを作った。
「それに18歳の誕生日が終わったって、この金の指輪を外すことになったって、この寵姫天使ことベルナデッタが一番フラヴィオ様に愛されているのです」
「ああ……そうだな」
とフラヴィオの顔に、微笑が浮かぶ。
「忘れないでくれ」と願った。
「この金の指輪――結婚指輪を外すのは、あくまでも一時的なのだと。また必ずそなたも余も左手薬指に嵌めるときが来て、そのときは今度こそそなたは『試着』ではなく、『本番』で花嫁衣裳を着るのだ。これから辛い想いをさせてしまうルフィーナを想えば、余もそなたもすぐにそうするわけには行かないが……でも、必ずだ。余は必ず、そなたを妻にする。寵姫というのも悪くない響きだが――思えば妾って初めてだし――そなたは将来、列記とした余の妻にする。そしてそなたが100歳越えの熟女なる遠い未来には、そなたもマストランジェロ王家の霊廟で、余のすぐ傍で、眠りにつくのだ。ああ無論、魂の方は余が支配した地獄で一緒になる」
その台詞を聞いている途中からベルの視界がぼやけて、「スィー」と微笑したら頬の上を涙が伝っていった。
18歳の誕生日が終わるまで、絶対に泣かないつもりだったのに。
でも大丈夫、悲しみの意味じゃない。
「アモーレっ……!?」
と、突如狼狽したフラヴィオの首を、すぐに抱き締める。
「うれし涙でございます。ありがとうございます、フラヴィオ様。私のことは何も心配しないでください。何も恐れないでください。何ひとつです。だって聞いてください、フラヴィオ様」
「うん……?」
ベルは今までも度々そうではないのかと感じていたこと。
それを今、しかと確信した。
「私は――7番目の天使ベルナデッタは、この世で一番幸せな女性なのです」
それから間もなく、フラヴィオの身体から緊張の糸が切れたように力が抜けていった。
ベルの細い腕の中で、不安や心配から解放され、大きな安堵に包まれていく。
「ああ……ああ、分かった。ありがとう、アモーレ……ありがとう。この世で一番幸せなのは、余の方だ。愛している」
本当に、本当に心から愛している――
「ベル……」
桜の花弁のような唇に、その想いを込めて口付ける。
この旅行中、ベルが愛しくて愛しくて何十回も愛した。
今またさらに、無性に、ひたすらに、この天使が愛おしい。
その小さな唇を舌で割って、口内を愛撫する。
すると以前はすぐに蕩けてしまっていたベルだったのに、旅行中に繰り返ししているうちに慣れ、上手にフラヴィオに応えられるようになった。
「ちょっとつまらないな。もうなーんにも出来ないまま、トローンとしてしまわないのか?」
「上達したのですから褒めてくださいまし」
「そうだな」
たしかにちょっと残念に思う一方で、バーチョに応えてくれるのは喜ばしい。
バーチョは言葉と並んで想いを伝えやすく、以前はフラヴィオが一方的に『愛してる』を伝えているような感覚があった。
でも今は、『私も』なのだと返ってくる。
口移しでハチミツを受け取ったかのように甘い味がして、夢中で味わった。
でも、舌で届く範囲すべてを愛撫していたら、やっぱり最終的にはベルが蕩けていく。
「よしよし、上出来だ」
と栗色の頭を撫で、膝の上に跨っている小さな身体を、寄りかかっていた檜の浴槽の縁に座らせる。
奴隷から救った日から、日に日に美しくなり続けるこの身体を、じっくり見つめて慈しむのも好きだった。
時刻はまだ午前。
大きな窓が、浴室全体を明るい光で満たしている。
一瞬、片目を瞑ってしまうほどに、7番目の天使の白い身体は眩しい。
「そなたは本当に美しいな」
火照った小さな顔。
綺麗な二重瞼に、長い睫毛。
フラヴィオを見つめて潤む栗色の瞳。
細い筋の通った繊細な鼻。
桜の花弁のような可憐な唇。
細い首、華奢な鎖骨。
小さな肩に、小さな手。
大分ぷっくり膨らんできた乳房。
フラヴィオの両手の中に隙間を作ってしまう、細い細い腰。
華奢ながら棒ではなく、女っぽい線を描くようになって来た太腿。
膝を開かせて覗き込んだら、唇と同じ桜色が垣間見えた。
そこをもっと見たくて触れると、とてもやわらかい。
指で桜色の部分を露わにすると、泉のように潤い、煌めいている。
その上部の方にはとても敏感な突起が隠されていて、探り当てたら赤く膨らんでいた。
「どうしたのだ、アモーレ? 色々凄いことになっているが」
とフラヴィオが意地悪く笑むと、ベルが口を尖らせてフラヴィオの肩を叩いた。
「た、ただ見られているのって、無性に恥ずかしいのですっ……!」
「今さらではないか」
「そ、そうですがっ……」
フラヴィオの視線は愛撫のように肌を撫でる。
見つめられた箇所は決して触れられていないのに、触れられている錯覚が起きて、でもやっぱり触れられていなくて、とても焦ったい。
「もう、早くしてくださいっ……!」
「ふふふ、悪かった」
とフラヴィオが赤く膨らんでいる突起に舌で触れると、ベルの小さな身体がたちまち痙攣を起こした。
右手の中指と薬指は、潤っている桜色の部分から進入して、ベルの身中の方を愛でに向かう。
とてもあたたかいそこに指をきつく締め付けられながら、第二関節を折り曲げた先にある上部を少しのあいだ刺激し、そのあと指を奥の方まで入れていく。
ベルの身体はフラヴィオに触れられると何処も彼処も素直に悦んでしまう故、どこが特に好みなのか見極めが大変難しくなっている。
それ故、身中の第二関節を折り曲げた先の上部よりも、奥の方が若干反応が良いことに気付いたのは、ここ最近のこと。
女の身体の中で共通して最も敏感な突起は唇と舌で、身中の奥の方は長い指の先で、ベル――というよりはフラヴィオ――が満足するまで愛でる。
「おっと、放っておいているわけではないぞ。愛している」
と、フラヴィオが左手に取って、口付けたのはベルの小さな手。
腹や腰、胸元、肩、鎖骨、首、耳、頬、唇にもバーチョを忘れない。
ベルのすべてが愛おしい。
妻だろうが恋人だろうが、寵姫だろうが何だろうが、これはこれから先も永遠にすべてフラヴィオのもので、すべてを心から愛している。
「アモーレ」
優しく、でも愛おしくて、ぎゅっと抱き締める。
ベルも同様に、ぎゅっとフラヴィオの胸に抱き付いた。
「愛している、アモーレ」
「愛しています、フラヴィオ様」
フラヴィオがベルの中に入っていく。
あたたかくて、きつく締め付けられて、強い快楽とベルへの愛しさで、口から熱い吐息が漏れる。
以前は早く終わってしまわぬよう、耐えるのに必死だったこの快楽地獄。
この旅行中に集中して鍛え上げられ、フラヴィオに余裕が出来た。
「今こそ胸を張って、改めて宣言しよう。余は百戦錬磨の酒池肉林王なり!」
「ちょっとつまらないのです。泣きそうになりながら必死に耐えていらっしゃるフラヴィオ様のお姿を拝見するのは、ベルナデッタの楽しみのひとつでしたのに」
とベルが残念そうに口を尖らせると、フラヴィオが「なんだと?」とちょっとムッとした風に言ってみせた。
フラヴィオに抱き締められたまま押し倒されて、「お仕置きだ」と身中を激しく攻められる。
でも腕の中はとても優しく、その顔を見たら、碧眼に愛おしそうに見つめられている。
そして今日のフラヴィオの「愛している」は、今まで一番の響きだった。
口にすると6文字のその言葉の、ひと文字ひと文字に強い想いが込められ、何度も囁かれ、ベルの胸の中を熱く満たしていく。
改めて実感が湧く。
自惚れているわけでも、強がっているわけでもない。
女大好き酒池肉林王が、女神の居なくなったこの世で本当に愛しているのは他の誰でもない。
この7番目の天使だ。
(――私は、この世で一番幸せな女性)
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「フラヴィオ様」
「なぁ、何分伸びた? 5分? 10分? さっきは偉そうに言って悪かったアモーレ、もう許してくれ。そなたが愛し過ぎてやっぱり持たぬ」
「以前より8分も長持ちすれば充分でございます。ささ、天上界へいってらっしゃいませフラヴィオ様」
「そなたも道連れだ」
「私はもう30回以上行ってるので疲れ果てました」
「ダメダメ、一緒に連れて行く」
「ベルナデッタを殺害しますか」
「ほら行くぞ」
フラヴィオに強引に手を引っ張られて、天上界へ飛んでいくような感覚がする。
言葉通りもう疲れ果てているので勘弁して欲しいが、その一方でフラヴィオを満足させるこの瞬間は、やっぱり好きだ。
ベルの中でフラヴィオの硬さが増して、それまでで一番荒々しく、強く求められているような感覚がして、「愛している」を聴いて、お腹の中があたたかくなり、幸せに包まれる。
終わってもしばらくは抱き締めてくれているフラヴィオの腕の中、のんびりバーチョを交わし合う。
目前には、互いの幸福の微笑があった。
「フラヴィオ様?」
「うん?」
「私のことは、何も心配する必要はございません」
「そうだな」
「だから何ひとつ恐れず、使命に向かって歩み出してください」
「分かった」
「しつこいようですが、本当に大丈夫ですから。だって」
と、ベルが「ふふふ」と笑う。
「7番目の天使ベルナデッタは、この世で一番幸せな女性なのです」
「ああ、ありがとうアモーレ。愛している、愛している……ベル――」
カプリコルノ国王フラヴィオ・マストランジェロと、その7番目の天使ベルは、1491年9月9日の午前8時――カプリコルノ国の同日0時――に帰国していった。
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けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
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