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第35話ー1 貿易取引
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カプリコルノ国の宮廷舞踏会が終わるまであと20分程度の、23時40分。
北の海には、国王フラヴィオが招待していないはずのカンクロ国王太子――もといカンクロ国王ワン・ジンとその飼い犬――カーネ・ロッソ――のリエンがテレトラスポルトでやって来ていた。
周りの衛兵に武器を向けられ、リエンが眉を吊り上げて声高になる。
「無礼ネ、おまえラ! この方をどなたと心得るカ! カンクロ国王――」
「リエン」
とワン・ジンがその言葉を遮った。
「こいつらはカンクロ語が分からんらしい。つまり何を言っても無駄だ。それに只のか弱い人間だ。俺にはおまえのバッリエーラが100枚掛かってるし、傷ひとつ付けられん。放っておけ」
リエンは承知した後、周りの衛兵が分からんらしいカンクロ語で会話を続ける。
「ご主人様、リエン思うヨ」
「ああ?」
「昨日、レオーネ国王たちとヴィルジネ国王たちが、すっごいお洒落して、どこかにテレトラスポルトしたっていう密偵の情報……ここカプリコルノだヨ。今日ここデ、カプリコルノ国王とエミの結婚式だったんだヨ」
「なんでだ」
と主の眉間に元々あるシワがより深くなると、リエンが「ごめんなさイ」と言った。
「でも」と続ける。
「ご主人様だっテ、そう思って確認しにきたんでショ?」
ワン・ジンが口を開きかけて、また閉じる。肯定の意味だった。
「リエンこっちの国のことよく知らないけド、すっごいお洒落して友好国に行くっテ……国王の結婚式くらいしか思い浮かばないヨ。何よりこのあいだ、エミ花嫁衣裳の試着してたみたいだシ」
「たしかに俺も最初は信じてしまったが……違うかもしれないだろう」
「でも女官がこっちの花嫁衣裳は『白』だって言ってたんでショ?」
「そうだが、あの女官だって人伝に聞いたことだと言っていた。きっと違う。違うと分かっているが、一応確認しに来た。絶対違うが」
と思い込みたいらしい主の機嫌をうかがいながら、リエンが問う。
「リエンのいう通りだったラ……ご主人様どうするノ?」
「何がだ」
「リエン、知ってるヨ。牀(ベッド)の中でいつもリエンのことじゃなくてエミエミ言うご主人様って――」
ごほん、とワン・ジンが咳払いでリエンの言葉を遮った。思わず赤面して辺りを見回す。
「エミを王妃にしたいんでショ?」
その問いにワン・ジンが小さく「ああ」と答えると、リエンの栗色の瞳に一瞬の傷が浮かんだ。
もう一度「どうするノ?」と問うてくる。
「王太后陛下は人間の女が大嫌いだシ」
「ああ、母上が一番厄介だ……。まずは母上をどうにかせんと、危なくてエミを連れて行けん」
「それにリエン、思うヨ。エミは奴隷だったところをカプリコルノ国王に救われテ、カプリコルノ国王を慕ってるんでショ? エミにとってのカプリコルノ国王は、きっとリエンにとってのご主人様だヨ」
ワン・ジンの眉間のシワが尚のこと深くなった。
「何が言いたい」
「リエンがエミだったラ、エミは今とっても幸せだヨ。ご主人様はエミが好きなのニ、エミを泣かせるようなことしようとして――」
「黙れ」
と主に言葉を遮られると、リエンが「ごめんなさイ」と俯いた。
「早くオブリーオ――忘却魔法を覚えろ、リエン。それがあればエミが泣くことは無い」
「承知。リエンはご主人様のために何でもするヨ。だからオブリーオ難しいけド、今頑張って覚えてるヨ。でも、ご主人様……リエンならオブリーオ掛けられたっテ、ご主人様を忘れることはないヨ」
「だからなんだ。エミもカプリコルノ国王を忘れられないと言いたいのか?」
「分からないけド……」
「もう黙ってくれ」
と苛立たしそうに長嘆息したリエンの主の横顔は、2ヵ月前よりも痩せている。
リエンは現在、ワン・ジンに一番寵愛されている飼い犬だが、主は何でもかんでも心の内を話してくれるわけではない。
だから推測でしかないが、ワン・ジンは、エミがカプリコルノ国王と結婚するかもしれないとの情報に、とても衝撃を受けた様子だった。
そこへさらに追撃するように父――カプリコルノ国の先王ワン・ファンが亡くなったとき、まるで致命打を与えられたかのように見えた。
幸いメッゾサングエ故に身体が強く体調は大丈夫だが、食事はあまり喉を通らないでいるし、心の方は憔悴しているのが感じ取れる。
主が今日ここへ来た目的は、エミがカプリコルノ国王と結婚したかどうかの確認があるのはたしかだ。
だがそれ以上に、エミと会って話したい気持ちが大きいように見えた。
怪しまれないようにまたカプリコルノ国の友好国レオーネの鎧で来るのかと思いきや、国王になった姿をエミに見せたかったらしく、それ専用の服を着用。
さらに最近ずっと身嗜みに無頓着で、ボサボサになっていた黒髪もしっかり整えてお洒落してきた。
間もなく、前方5mのところにエミ――ベルがぱっと現れる。それはカンクロ語で口を開いた。
「お待たせいたしました、ワン・ジン陛下。お久しうございます」
「エミっ……!」
またその傍らには、さっきここで鉢合わせになったアラブとかいうやたらと濃い顔のメッゾサングエと、カプリコルノ国の『人間卒業生』ことアドルフォ・ガリバルディ、それから見覚えのあるレオーネ国の宮廷ガット・ネーロのハナがいる。
リエンが「ヒィィィ」と声を上げて、たちまち顔面蒼白していった。
ハナの並外れた魔力の高さに恐れをなしたのもあるが、『人間卒業生』の人間離れぶりはモストロにとっても驚愕だった。その姿を見るのは、これが二度目であっても。
久々に見るベルの姿に、ワン・ジンの胸が早急に鼓動を上げていく。しかしその次の刹那には、つい衝撃を受けた。
「――ほ、本当に結婚した……だと……!」
ベルが「え?」と小首を傾げた傍ら、リエンが突っ込む。
「コッチの花嫁衣裳は『白』だってバ」
「そ、そうだった……いや、本当か? あれは、あくまでも女官が人伝に聞いた情報で……」
と、ベルの着ている赤いヴェスティートを動揺しながら見てしまうワン・ジン。
ベルは何やら察した様子で、こう言った。
「カンクロ国の花嫁衣裳は赤なのですね。そちらのカーネ・ロッソさんが仰った通り、こちらの花嫁衣裳は白です。私は先日それを『試着』しましたが、今のところ結婚する予定はございません」
ワン・ジンとリエンが同時に「えっ」と声を上げた。
「そ、そうなのかエミ?」
「そ、そうなのエミ?」
ベルが「はい」と言うと、たちまちワン・ジンの顔には安堵の笑みが浮かび、リエンの顔には困惑が浮かんでいった。
ベルが「ところで」と当然のことを問うて来る。
「ワン・ジン陛下、本日は突然どうされたのですか?」
「あ、いや、その……」
と、ワン・ジンがベルの護衛3人の顔を一瞥する。
「ご主人様ハ、エミと2人で話したいネ」
とリエンが言うと、3人の眉間にワン・ジンに負けず劣らずの深々としたシワが出来た。
見るからに抵抗しているそれらが口を開く前に、ベルが「承知しました」と答えた。
3人がたちまち狼狽してベルの顔を見ると、そこには厳粛な宰相の顔がある。
「――…わ……分かったよ、ベル」
と、ハナがベルに50枚バッリエーラを掛け、アドルフォが「ただし」とリエンに向かって手を差し出した。
「そちらのカーネ・ロッソ殿はこっちに来て頂こう。ベルに何かしたり、テレトラスポルトで連れ去ったりしたならば、即刻死んで頂く」
アラブはテレトラスポルトで長い縄を持って来て、その端と端で自身とベルの手首を繋がせた。こうしておけば、ベルひとりがテレトラスポルトで攫われるということは無い。
「安心しろ」
と、ワン・ジンは殺気立っている3人と、戦慄しているリエンに向かって言った。
「約束する。俺はエミに危害を加えたりしないし、テレトラスポルトで連れ去ったりしない。ただ、エミと話がしたいだけだ」
3人はベルと目で会話した後、不安げな様子を見せながらも下がっていった。
変わらず戦慄しているリエンはアドルフォに引きずるように連れて行かれ、周りの衛兵たちも大将アラブの指示で少し遠巻きになる。
周辺に誰もいなくなると、ワン・ジンの眉間のシワが少し薄くなった。
北の海には、国王フラヴィオが招待していないはずのカンクロ国王太子――もといカンクロ国王ワン・ジンとその飼い犬――カーネ・ロッソ――のリエンがテレトラスポルトでやって来ていた。
周りの衛兵に武器を向けられ、リエンが眉を吊り上げて声高になる。
「無礼ネ、おまえラ! この方をどなたと心得るカ! カンクロ国王――」
「リエン」
とワン・ジンがその言葉を遮った。
「こいつらはカンクロ語が分からんらしい。つまり何を言っても無駄だ。それに只のか弱い人間だ。俺にはおまえのバッリエーラが100枚掛かってるし、傷ひとつ付けられん。放っておけ」
リエンは承知した後、周りの衛兵が分からんらしいカンクロ語で会話を続ける。
「ご主人様、リエン思うヨ」
「ああ?」
「昨日、レオーネ国王たちとヴィルジネ国王たちが、すっごいお洒落して、どこかにテレトラスポルトしたっていう密偵の情報……ここカプリコルノだヨ。今日ここデ、カプリコルノ国王とエミの結婚式だったんだヨ」
「なんでだ」
と主の眉間に元々あるシワがより深くなると、リエンが「ごめんなさイ」と言った。
「でも」と続ける。
「ご主人様だっテ、そう思って確認しにきたんでショ?」
ワン・ジンが口を開きかけて、また閉じる。肯定の意味だった。
「リエンこっちの国のことよく知らないけド、すっごいお洒落して友好国に行くっテ……国王の結婚式くらいしか思い浮かばないヨ。何よりこのあいだ、エミ花嫁衣裳の試着してたみたいだシ」
「たしかに俺も最初は信じてしまったが……違うかもしれないだろう」
「でも女官がこっちの花嫁衣裳は『白』だって言ってたんでショ?」
「そうだが、あの女官だって人伝に聞いたことだと言っていた。きっと違う。違うと分かっているが、一応確認しに来た。絶対違うが」
と思い込みたいらしい主の機嫌をうかがいながら、リエンが問う。
「リエンのいう通りだったラ……ご主人様どうするノ?」
「何がだ」
「リエン、知ってるヨ。牀(ベッド)の中でいつもリエンのことじゃなくてエミエミ言うご主人様って――」
ごほん、とワン・ジンが咳払いでリエンの言葉を遮った。思わず赤面して辺りを見回す。
「エミを王妃にしたいんでショ?」
その問いにワン・ジンが小さく「ああ」と答えると、リエンの栗色の瞳に一瞬の傷が浮かんだ。
もう一度「どうするノ?」と問うてくる。
「王太后陛下は人間の女が大嫌いだシ」
「ああ、母上が一番厄介だ……。まずは母上をどうにかせんと、危なくてエミを連れて行けん」
「それにリエン、思うヨ。エミは奴隷だったところをカプリコルノ国王に救われテ、カプリコルノ国王を慕ってるんでショ? エミにとってのカプリコルノ国王は、きっとリエンにとってのご主人様だヨ」
ワン・ジンの眉間のシワが尚のこと深くなった。
「何が言いたい」
「リエンがエミだったラ、エミは今とっても幸せだヨ。ご主人様はエミが好きなのニ、エミを泣かせるようなことしようとして――」
「黙れ」
と主に言葉を遮られると、リエンが「ごめんなさイ」と俯いた。
「早くオブリーオ――忘却魔法を覚えろ、リエン。それがあればエミが泣くことは無い」
「承知。リエンはご主人様のために何でもするヨ。だからオブリーオ難しいけド、今頑張って覚えてるヨ。でも、ご主人様……リエンならオブリーオ掛けられたっテ、ご主人様を忘れることはないヨ」
「だからなんだ。エミもカプリコルノ国王を忘れられないと言いたいのか?」
「分からないけド……」
「もう黙ってくれ」
と苛立たしそうに長嘆息したリエンの主の横顔は、2ヵ月前よりも痩せている。
リエンは現在、ワン・ジンに一番寵愛されている飼い犬だが、主は何でもかんでも心の内を話してくれるわけではない。
だから推測でしかないが、ワン・ジンは、エミがカプリコルノ国王と結婚するかもしれないとの情報に、とても衝撃を受けた様子だった。
そこへさらに追撃するように父――カプリコルノ国の先王ワン・ファンが亡くなったとき、まるで致命打を与えられたかのように見えた。
幸いメッゾサングエ故に身体が強く体調は大丈夫だが、食事はあまり喉を通らないでいるし、心の方は憔悴しているのが感じ取れる。
主が今日ここへ来た目的は、エミがカプリコルノ国王と結婚したかどうかの確認があるのはたしかだ。
だがそれ以上に、エミと会って話したい気持ちが大きいように見えた。
怪しまれないようにまたカプリコルノ国の友好国レオーネの鎧で来るのかと思いきや、国王になった姿をエミに見せたかったらしく、それ専用の服を着用。
さらに最近ずっと身嗜みに無頓着で、ボサボサになっていた黒髪もしっかり整えてお洒落してきた。
間もなく、前方5mのところにエミ――ベルがぱっと現れる。それはカンクロ語で口を開いた。
「お待たせいたしました、ワン・ジン陛下。お久しうございます」
「エミっ……!」
またその傍らには、さっきここで鉢合わせになったアラブとかいうやたらと濃い顔のメッゾサングエと、カプリコルノ国の『人間卒業生』ことアドルフォ・ガリバルディ、それから見覚えのあるレオーネ国の宮廷ガット・ネーロのハナがいる。
リエンが「ヒィィィ」と声を上げて、たちまち顔面蒼白していった。
ハナの並外れた魔力の高さに恐れをなしたのもあるが、『人間卒業生』の人間離れぶりはモストロにとっても驚愕だった。その姿を見るのは、これが二度目であっても。
久々に見るベルの姿に、ワン・ジンの胸が早急に鼓動を上げていく。しかしその次の刹那には、つい衝撃を受けた。
「――ほ、本当に結婚した……だと……!」
ベルが「え?」と小首を傾げた傍ら、リエンが突っ込む。
「コッチの花嫁衣裳は『白』だってバ」
「そ、そうだった……いや、本当か? あれは、あくまでも女官が人伝に聞いた情報で……」
と、ベルの着ている赤いヴェスティートを動揺しながら見てしまうワン・ジン。
ベルは何やら察した様子で、こう言った。
「カンクロ国の花嫁衣裳は赤なのですね。そちらのカーネ・ロッソさんが仰った通り、こちらの花嫁衣裳は白です。私は先日それを『試着』しましたが、今のところ結婚する予定はございません」
ワン・ジンとリエンが同時に「えっ」と声を上げた。
「そ、そうなのかエミ?」
「そ、そうなのエミ?」
ベルが「はい」と言うと、たちまちワン・ジンの顔には安堵の笑みが浮かび、リエンの顔には困惑が浮かんでいった。
ベルが「ところで」と当然のことを問うて来る。
「ワン・ジン陛下、本日は突然どうされたのですか?」
「あ、いや、その……」
と、ワン・ジンがベルの護衛3人の顔を一瞥する。
「ご主人様ハ、エミと2人で話したいネ」
とリエンが言うと、3人の眉間にワン・ジンに負けず劣らずの深々としたシワが出来た。
見るからに抵抗しているそれらが口を開く前に、ベルが「承知しました」と答えた。
3人がたちまち狼狽してベルの顔を見ると、そこには厳粛な宰相の顔がある。
「――…わ……分かったよ、ベル」
と、ハナがベルに50枚バッリエーラを掛け、アドルフォが「ただし」とリエンに向かって手を差し出した。
「そちらのカーネ・ロッソ殿はこっちに来て頂こう。ベルに何かしたり、テレトラスポルトで連れ去ったりしたならば、即刻死んで頂く」
アラブはテレトラスポルトで長い縄を持って来て、その端と端で自身とベルの手首を繋がせた。こうしておけば、ベルひとりがテレトラスポルトで攫われるということは無い。
「安心しろ」
と、ワン・ジンは殺気立っている3人と、戦慄しているリエンに向かって言った。
「約束する。俺はエミに危害を加えたりしないし、テレトラスポルトで連れ去ったりしない。ただ、エミと話がしたいだけだ」
3人はベルと目で会話した後、不安げな様子を見せながらも下がっていった。
変わらず戦慄しているリエンはアドルフォに引きずるように連れて行かれ、周りの衛兵たちも大将アラブの指示で少し遠巻きになる。
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