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第29話ー6
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今から30分前のこと。
「落ち着いてください、陛下。皆さんもです。夜は熱が上がるものですから」
と家政婦長ピエトラが、ベルの体調が悪化したと聞いて駆けつけて来た一同を宥めた。
フラヴィオを除く一同は宴に戻らせ、ベルには羽毛布団をもう一枚足した。
「ベル、あんたのことだから昼間は頭を働かせてたんだろうけど、今日はもうおとなしく眠るんだ。陛下が一緒に居てくださるから。いいね?」
ベルが咳き込みながら「スィー」と返事をすると、ピエトラは「では」とフラヴィオに頭を下げてから部屋を後にした。
落ち着くよう言われたって、まるで落ち着けなかったフラヴィオが衣類を脱ぎ捨ててベッドに潜り込む。ベルの寝間着も脱がしてレットの外に捨てる。
出来ることと言ったらもう、レットの中で縮こまっているその身体を温めてやることくらいだった。
「寒いのか、アモーレっ…? 苦しいのか、アモーレっ……?」
必死に小さな身体を抱き締める。
こうしてレットで苦しむ様が、あのときのヴィットーリアと重なって見えた。
このまま失ってしまうのではないかという恐怖に襲われる。
それを感じ取ったのか、ベルが「大丈夫ですよ」と気丈な笑顔を見せた。
「私の最大の仕事は『生きること』なのですから。まだやることだってありますし、意地でもフラヴィオ様を置いて先に地獄に行ったりしません」
とその細腕に抱き締められたときに、フラヴィオはふと自身の頭を殴り付けたい衝動に駆られる。
(――何をしているのだ)
改めて己の弱さを思い知らされる。
今苦しみと戦っているのはベルなのに、それを助けてやるどころか心配を掛けるとは、なんと情けないことだろう。
ベルが「でも」と続けた。
「ありがとうございます。こうしていてくださると心強いです」
と、フラヴィオの胸に擦り寄る。
気丈に振る舞ってはいるが、高熱なのだから当然苦しく、少し気弱になっているようだった。
しかしすぐに咳き込んだと思ったら、「申し訳ございません」と言ってフラヴィオの胸元を押して離れた。
フラヴィオに風邪をうつすことを恐れているのが分かる。
「良いのだ、ベル。風邪はうつすと治ると聞く。ならば余にうつせば良い」
ベルが嫌だと首を横に振る。
言い方が悪かった。
そんな控えめな言い方で、この天使が折れてくれるわけがない。
「駄目だ、ベル。余にうつせ」
無論、うつせば治るだなんて迷信であることは分かっている。
うつるだけうつって、2人揃って風邪を引いたという落ちにならなくは無いのかもしれない。
だが、それでも強引に小さな身体を抱き寄せる。
「嫌です、フラヴィオ様っ……!」
と最初こそ抵抗していたベルだったが、フラヴィオがまた「駄目だ」と言うと、間もなくその身体から力が抜けていった。
遠ざけていたフラヴィオの胸に、すがるようにまた抱き付く。
心細さを感じている証拠だった。
「申し訳ございません……」
「それで良いのだ。うつせとは言ったが、余は物心が付いてから風邪を引いたことがないのだ。本当はまるで引く気がしていない。それに、たとえうつったとしても、1日もあれば完治出来る」
だから今は何よりも、抱き締めていてやることが最優先だ。
「ありがとうございます」
と、ベルが呟いた。
咳は出るし、関節は痛い。
頭痛はするし、意識は朦朧とする。
火照っているはずなのに寒気がして、あたたかいフラヴィオの胸に擦り寄る。
フラヴィオに拾われてから、色々な幸せを知ってきた。
今またひとつそれを知って味わい、堪能する。
なんて贅沢なのだろう。
奴隷時代は、どんなに体調が悪いときも孤独と暴力の中にいたのに。
今は、大きな愛情と優しさ、何ものからも守ってくれるような強い腕の中にいる。
「フラヴィオ様」
「うん?」
「風邪とは幸せなものだったのですね」
「へ?」とフラヴィオが眉を寄せた。
ベルが意味の分からないことを言っている。
さらに熱が上がって、頭がおかしくなってしまったのだろうか?
額と額をくっ付けて、その体温を確認する。
目前の熱く小さな顔は苦しそうに呼吸しているのに、言葉通りの笑みを見せていた。
「こ…こら、ベル? 余は幸せじゃないぞ? 早くそなたに元気になってもらわねば困るっ……」
「スィー」と返事をしながらも、ベルはやはり幸せそうに笑んでいる。
何だか焦ってしまったフラヴィオから、また「こら」と出た。
「冗談抜きで早く良くなってくれ。余はそなたとしたいことが沢山あるのだ」
「したいこと?」と鸚鵡返しに問うたベルだったが、すぐに「そうですね」と同意した。
この状況も幸せだけれど、やはり早急に快復しようと思う。
フラヴィオと恋人という特別な関係でいられるのは、今だけなのだから。
一時的ではあるが、カプリコルノには平穏が訪れたことだし、そのあいだに一緒に色々なことをしたかった。
「しかし、私は本日のことも、とても幸せな思い出になりそうです」
「うん? そう言われてみれば……」
自身もそうかもしれないと、フラヴィオは思う。
本日、生まれて初めて料理をしたと同時に、生まれて初めて誰かのために食事を作った。
指は怪我だらけになったし、味も優れたものではなかったが、愛する天使に「美味しい」と言って貰えたことは心にじんと染みるものがあった。
「ふふふ」と笑って、ベルの小さな顔に頬擦りする。
「アモーレのために、次はもっと上手に作るのだ」
「ありがとうございます」と言った後に、ベルが苦しそうに咳をした。
「大丈夫か?」とフラヴィオが小さな背中を摩ると、「スィー」と返って来た。
やはり苦しそうなのに、その栗色の瞳は煌めいている。
「フラヴィオ様」
「うん?」
「私は、フラヴィオ様と一緒にお料理がしてみたいです」
「おお、そうだな。楽しそうだ、してみよう」
ベルが「あと」と続ける。
「私は、フラヴィオ様と一緒に絵を描きたいです。というか、フラヴィオ様の絵を描きたいです」
「うむ、余もこっそり見るためのアモーレを描く。それから、フェーデに余とアモーレの絵を描いてもらう」
「フラヴィオ様と私の2人の絵ですか?」
「嫌か?」
「いいえ」と答えたベルが、嬉しそうに笑った。
「ところで」と疑問を口にする。
「『こっそり見るための私』とは?」
「ヌードのアモーレだ」
「ヌ…………ヌぅっ!?」
熱で紅くなっているベルの顔が、尚のこと染まっていった。
「ど、どどど、どこに飾る気でございますかっ……!」
「いや、だから『こっそり』見るためだから飾らない。普段はレットの下に隠しておいて、誰も居ないときに余がこっそり見て楽しむために描くのだ」
「な、ななな、なりませんっ…! レットの下など、掃除の際にあっさり見つかりますっ……!」
「分かった分かった、どこか良いところを探して隠しておくから。余は絶対描くから、ちゃんと脱ぐのだぞ? 良いな?」
「い、いいい、嫌ですっ…! ベルナデッタの貧相な身体などヌードに相応しくありませんっ……!」
「嫌って、嫌だ。余は描くったら描くのだ」
どうやら逃げられないらしいと分かったベルが、涙目になって胸元を腕で押さえる。
「おまけしておいてくださいっ……!」
「いーや、余は現実を描く」
「嫌でございますっ……!」
「そんなに恥じるな、アモーレ。そなたは美しい身体をしているのだから。嘘偽りを描いたのでは、余の愛したそなたではなくなってしまうではないか」
フラヴィオがベルの赤らんだ頬に、汗ばんだ首に、小さな肩に口付ける。
胸元を隠している腕を外して、ほぼ平らではあるものの、やわらかなそこにも口付ける。
「じ…実はつまらないと思っているのでは……」
と、ついついそんなことを疑って口を尖らせてしまったベルの顔を、「うん?」と見たフラヴィオ。
小さな手を掴んで、下半身の方に持っていく。
「余を誰だと思っているのだ?」
「申し訳ございませんでした酒池肉林王陛下。このベルナデッタ、奮励努力して早急に快復致しますので本日のところはご遠慮頂けると幸甚に存じます」
「分かっている」と、フラヴィオがまたベルを抱き締めて頬擦りする。
「苦しんでいるそなたは見ていられぬ。早く良くなってくれ、アモーレ」
「スィー。明日の朝までには」
と、フラヴィオの腕の中で眠りに着こうとしたベル。
「――ベルっ! ベルゥゥゥっ!」
と突如ヴァレンティーナの叫び声と駆け寄って来る足音が聞こえて来て、フラヴィオの胸を突き飛ばした。
レットから転げ落ちそうになりながら、大慌てで床に捨てられた寝間着を取ろうとする。
「お待ちください、ティーナ様! お待ちください! フラヴィオ様も早く着てくださ――げほげほげほっ!」
「こら、おとなしくするのだアモーレ!」
とフラヴィオはベルの身体を引き戻すと、戸口に向かって声高になった。
「ティーナ! 入って来ては駄目だ! 風邪がうつってしまったら大変だろう!」
扉を開ける寸前だったのか、扉のすぐ向こうから「父上っ?」とヴァレンティーナの声が聞こえて来た。
そして一体何事なのか、ヴァレンティーナの叫声が続く。
「イヤっ! 父上はイヤっ!」
フラヴィオが「え!?」と大衝撃を受けた一方、廊下にはフェデリコやアドルフォ、王子たちの声が響き渡る。
「どうした、ティーナ!」
「イヤっ! 来ないで、フェーデ叔父上もドルフ叔父上も! ヤダヤダ、兄上たちもよ!」
それから程なくして「ティーナ殿下!」とピエトラの声が聞こえて来ると、ヴァレンティーナが駆け寄って行ったのが分かった。
「ばぁや! ばぁやーっ! あのね、私っ……――」
「おやおや、それはそれは。とりあえず、お部屋に戻りましょう。大丈夫ですよ、すぐにばぁやが……――」
2人の会話が途切れた。ヴァレンティーナの部屋に入って行ったのだと分かる。
「な…なんだというのだ、愛娘よ……!」
と涙目になったフラヴィオを「大丈夫です」と抱き締めたベルは、直感的に察していた。
窓辺へと顔を向ける。
防衛戦の大勝利の祝福および新しい仲間を歓迎するための大宴会は引き続き行われており、もう夜だが裏庭は騒がしい。
「なんとまぁ、お目出度いことでしょう」
とベルが呟くと、フラヴィオが「うん?」とその顔を覗き込む。
ヴァレンティーナは男たちには知られたく無さそうな様子だったので、ベルは「おやすみなさいませ」と返して瞼を閉じた。
心の中で「おめでとうございます」と言って、祝福する。
(此度の宴は、『大人の女性』になられたティーナ様のためのものにもなりましたね――)
「落ち着いてください、陛下。皆さんもです。夜は熱が上がるものですから」
と家政婦長ピエトラが、ベルの体調が悪化したと聞いて駆けつけて来た一同を宥めた。
フラヴィオを除く一同は宴に戻らせ、ベルには羽毛布団をもう一枚足した。
「ベル、あんたのことだから昼間は頭を働かせてたんだろうけど、今日はもうおとなしく眠るんだ。陛下が一緒に居てくださるから。いいね?」
ベルが咳き込みながら「スィー」と返事をすると、ピエトラは「では」とフラヴィオに頭を下げてから部屋を後にした。
落ち着くよう言われたって、まるで落ち着けなかったフラヴィオが衣類を脱ぎ捨ててベッドに潜り込む。ベルの寝間着も脱がしてレットの外に捨てる。
出来ることと言ったらもう、レットの中で縮こまっているその身体を温めてやることくらいだった。
「寒いのか、アモーレっ…? 苦しいのか、アモーレっ……?」
必死に小さな身体を抱き締める。
こうしてレットで苦しむ様が、あのときのヴィットーリアと重なって見えた。
このまま失ってしまうのではないかという恐怖に襲われる。
それを感じ取ったのか、ベルが「大丈夫ですよ」と気丈な笑顔を見せた。
「私の最大の仕事は『生きること』なのですから。まだやることだってありますし、意地でもフラヴィオ様を置いて先に地獄に行ったりしません」
とその細腕に抱き締められたときに、フラヴィオはふと自身の頭を殴り付けたい衝動に駆られる。
(――何をしているのだ)
改めて己の弱さを思い知らされる。
今苦しみと戦っているのはベルなのに、それを助けてやるどころか心配を掛けるとは、なんと情けないことだろう。
ベルが「でも」と続けた。
「ありがとうございます。こうしていてくださると心強いです」
と、フラヴィオの胸に擦り寄る。
気丈に振る舞ってはいるが、高熱なのだから当然苦しく、少し気弱になっているようだった。
しかしすぐに咳き込んだと思ったら、「申し訳ございません」と言ってフラヴィオの胸元を押して離れた。
フラヴィオに風邪をうつすことを恐れているのが分かる。
「良いのだ、ベル。風邪はうつすと治ると聞く。ならば余にうつせば良い」
ベルが嫌だと首を横に振る。
言い方が悪かった。
そんな控えめな言い方で、この天使が折れてくれるわけがない。
「駄目だ、ベル。余にうつせ」
無論、うつせば治るだなんて迷信であることは分かっている。
うつるだけうつって、2人揃って風邪を引いたという落ちにならなくは無いのかもしれない。
だが、それでも強引に小さな身体を抱き寄せる。
「嫌です、フラヴィオ様っ……!」
と最初こそ抵抗していたベルだったが、フラヴィオがまた「駄目だ」と言うと、間もなくその身体から力が抜けていった。
遠ざけていたフラヴィオの胸に、すがるようにまた抱き付く。
心細さを感じている証拠だった。
「申し訳ございません……」
「それで良いのだ。うつせとは言ったが、余は物心が付いてから風邪を引いたことがないのだ。本当はまるで引く気がしていない。それに、たとえうつったとしても、1日もあれば完治出来る」
だから今は何よりも、抱き締めていてやることが最優先だ。
「ありがとうございます」
と、ベルが呟いた。
咳は出るし、関節は痛い。
頭痛はするし、意識は朦朧とする。
火照っているはずなのに寒気がして、あたたかいフラヴィオの胸に擦り寄る。
フラヴィオに拾われてから、色々な幸せを知ってきた。
今またひとつそれを知って味わい、堪能する。
なんて贅沢なのだろう。
奴隷時代は、どんなに体調が悪いときも孤独と暴力の中にいたのに。
今は、大きな愛情と優しさ、何ものからも守ってくれるような強い腕の中にいる。
「フラヴィオ様」
「うん?」
「風邪とは幸せなものだったのですね」
「へ?」とフラヴィオが眉を寄せた。
ベルが意味の分からないことを言っている。
さらに熱が上がって、頭がおかしくなってしまったのだろうか?
額と額をくっ付けて、その体温を確認する。
目前の熱く小さな顔は苦しそうに呼吸しているのに、言葉通りの笑みを見せていた。
「こ…こら、ベル? 余は幸せじゃないぞ? 早くそなたに元気になってもらわねば困るっ……」
「スィー」と返事をしながらも、ベルはやはり幸せそうに笑んでいる。
何だか焦ってしまったフラヴィオから、また「こら」と出た。
「冗談抜きで早く良くなってくれ。余はそなたとしたいことが沢山あるのだ」
「したいこと?」と鸚鵡返しに問うたベルだったが、すぐに「そうですね」と同意した。
この状況も幸せだけれど、やはり早急に快復しようと思う。
フラヴィオと恋人という特別な関係でいられるのは、今だけなのだから。
一時的ではあるが、カプリコルノには平穏が訪れたことだし、そのあいだに一緒に色々なことをしたかった。
「しかし、私は本日のことも、とても幸せな思い出になりそうです」
「うん? そう言われてみれば……」
自身もそうかもしれないと、フラヴィオは思う。
本日、生まれて初めて料理をしたと同時に、生まれて初めて誰かのために食事を作った。
指は怪我だらけになったし、味も優れたものではなかったが、愛する天使に「美味しい」と言って貰えたことは心にじんと染みるものがあった。
「ふふふ」と笑って、ベルの小さな顔に頬擦りする。
「アモーレのために、次はもっと上手に作るのだ」
「ありがとうございます」と言った後に、ベルが苦しそうに咳をした。
「大丈夫か?」とフラヴィオが小さな背中を摩ると、「スィー」と返って来た。
やはり苦しそうなのに、その栗色の瞳は煌めいている。
「フラヴィオ様」
「うん?」
「私は、フラヴィオ様と一緒にお料理がしてみたいです」
「おお、そうだな。楽しそうだ、してみよう」
ベルが「あと」と続ける。
「私は、フラヴィオ様と一緒に絵を描きたいです。というか、フラヴィオ様の絵を描きたいです」
「うむ、余もこっそり見るためのアモーレを描く。それから、フェーデに余とアモーレの絵を描いてもらう」
「フラヴィオ様と私の2人の絵ですか?」
「嫌か?」
「いいえ」と答えたベルが、嬉しそうに笑った。
「ところで」と疑問を口にする。
「『こっそり見るための私』とは?」
「ヌードのアモーレだ」
「ヌ…………ヌぅっ!?」
熱で紅くなっているベルの顔が、尚のこと染まっていった。
「ど、どどど、どこに飾る気でございますかっ……!」
「いや、だから『こっそり』見るためだから飾らない。普段はレットの下に隠しておいて、誰も居ないときに余がこっそり見て楽しむために描くのだ」
「な、ななな、なりませんっ…! レットの下など、掃除の際にあっさり見つかりますっ……!」
「分かった分かった、どこか良いところを探して隠しておくから。余は絶対描くから、ちゃんと脱ぐのだぞ? 良いな?」
「い、いいい、嫌ですっ…! ベルナデッタの貧相な身体などヌードに相応しくありませんっ……!」
「嫌って、嫌だ。余は描くったら描くのだ」
どうやら逃げられないらしいと分かったベルが、涙目になって胸元を腕で押さえる。
「おまけしておいてくださいっ……!」
「いーや、余は現実を描く」
「嫌でございますっ……!」
「そんなに恥じるな、アモーレ。そなたは美しい身体をしているのだから。嘘偽りを描いたのでは、余の愛したそなたではなくなってしまうではないか」
フラヴィオがベルの赤らんだ頬に、汗ばんだ首に、小さな肩に口付ける。
胸元を隠している腕を外して、ほぼ平らではあるものの、やわらかなそこにも口付ける。
「じ…実はつまらないと思っているのでは……」
と、ついついそんなことを疑って口を尖らせてしまったベルの顔を、「うん?」と見たフラヴィオ。
小さな手を掴んで、下半身の方に持っていく。
「余を誰だと思っているのだ?」
「申し訳ございませんでした酒池肉林王陛下。このベルナデッタ、奮励努力して早急に快復致しますので本日のところはご遠慮頂けると幸甚に存じます」
「分かっている」と、フラヴィオがまたベルを抱き締めて頬擦りする。
「苦しんでいるそなたは見ていられぬ。早く良くなってくれ、アモーレ」
「スィー。明日の朝までには」
と、フラヴィオの腕の中で眠りに着こうとしたベル。
「――ベルっ! ベルゥゥゥっ!」
と突如ヴァレンティーナの叫び声と駆け寄って来る足音が聞こえて来て、フラヴィオの胸を突き飛ばした。
レットから転げ落ちそうになりながら、大慌てで床に捨てられた寝間着を取ろうとする。
「お待ちください、ティーナ様! お待ちください! フラヴィオ様も早く着てくださ――げほげほげほっ!」
「こら、おとなしくするのだアモーレ!」
とフラヴィオはベルの身体を引き戻すと、戸口に向かって声高になった。
「ティーナ! 入って来ては駄目だ! 風邪がうつってしまったら大変だろう!」
扉を開ける寸前だったのか、扉のすぐ向こうから「父上っ?」とヴァレンティーナの声が聞こえて来た。
そして一体何事なのか、ヴァレンティーナの叫声が続く。
「イヤっ! 父上はイヤっ!」
フラヴィオが「え!?」と大衝撃を受けた一方、廊下にはフェデリコやアドルフォ、王子たちの声が響き渡る。
「どうした、ティーナ!」
「イヤっ! 来ないで、フェーデ叔父上もドルフ叔父上も! ヤダヤダ、兄上たちもよ!」
それから程なくして「ティーナ殿下!」とピエトラの声が聞こえて来ると、ヴァレンティーナが駆け寄って行ったのが分かった。
「ばぁや! ばぁやーっ! あのね、私っ……――」
「おやおや、それはそれは。とりあえず、お部屋に戻りましょう。大丈夫ですよ、すぐにばぁやが……――」
2人の会話が途切れた。ヴァレンティーナの部屋に入って行ったのだと分かる。
「な…なんだというのだ、愛娘よ……!」
と涙目になったフラヴィオを「大丈夫です」と抱き締めたベルは、直感的に察していた。
窓辺へと顔を向ける。
防衛戦の大勝利の祝福および新しい仲間を歓迎するための大宴会は引き続き行われており、もう夜だが裏庭は騒がしい。
「なんとまぁ、お目出度いことでしょう」
とベルが呟くと、フラヴィオが「うん?」とその顔を覗き込む。
ヴァレンティーナは男たちには知られたく無さそうな様子だったので、ベルは「おやすみなさいませ」と返して瞼を閉じた。
心の中で「おめでとうございます」と言って、祝福する。
(此度の宴は、『大人の女性』になられたティーナ様のためのものにもなりましたね――)
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