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第20話-1 力の王
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(――待ってくれ、ヴィットーリア……!)
もし『7番目の天使』であるこのベルが亡くなったら、フラヴィオは酷く嘆き悲しむことは分かる。
だが、『天使』とは別格の『女神』が亡くなったとき、フラヴィオがどうなるのか想像することすら恐ろしかった。
それは頭の片隅で、きっとこうなることは避けられないと、分かっていたからだった――
「フラヴィオ様っ!」
「兄上っ!」
「陛下っ!」
ベルとフェデリコ、アドルフォの絶叫が同時に響き渡った。
4階の窓を突き破り、宙へと飛んだフラヴィオの身体。
咄嗟に腕を伸ばしたフェデリコがぎりぎりのところで腕に抱き締め、『中の中庭』――地上へと落下していく。
途中、フェデリコが城壁を蹴って地面直撃を免れ、両足で着地した。
アドルフォも慌てて窓から助けに向かい、ベルは片脚が重いことも忘れて階段を駆け下りていく。
その時その瞬間泣きじゃくっていたり、廊下で暴れていた一同も、一体何が起きたのかとベルの後を付いていく。
『中の中庭』の中、フェデリコが真っ青になって怒号する。
「何を馬鹿なことをしているのです、兄上!」
フラヴィオはきっと、言葉の意味をあまり理解することが出来なくなっていた。
極度の悲しみと喪失感に囚われてしまったのか。
『女神』を失ったその瞬間、声だけでなく、理性も失っていた。
きっと自身が一国を担い、守る『力の王』であることも忘れ、感情のまま意のままに、ヴィットーリアの後を追おうしている。
「目を覚まして下さい!」
フェデリコはそう言いながら、恐怖を覚える。
由々しき事態に陥った。
こういうときでも、唯一ヴィットーリアの声だけはフラヴィオの耳に届いていた。
それを失ってしまい、またそれを失ったことが原因となれば、止める術がなかった。
フェデリコを見るフラヴィオの顔が、憤怒の感情に染まっていく。
(何故邪魔をしたのだ、フェーデ……!)
右の拳が、フェデリコの頬に炸裂する。
フラヴィオとフェデリコは1歳違いの兄弟で、これまで誰よりも長く共に生きてきた。
その中で、フラヴィオが弟を本気で殴ったのはこれが初めてだった。
飛んだフェデリコの身体が壁にぶつかって穴が空き、向こうにある『下の中庭』が垣間見える。
「なりません、陛下!」
今度はアドルフォの声が響き渡った。
突如剣を抜き、自身の首を傷付けそうになったフラヴィオの手首を掴み、制止する。
その剣を奪い、投げ捨てると、フラヴィオの表情が尚のこと激昂した。
(おまえもか、ドルフ……!)
今度はアドルフォの頬に飛んだ、フラヴィオの右拳。
アドルフォが人間相手に力勝負で負けたことはないが、全身全霊を込めたフラヴィオの一撃に、3メートルほど後方に押しやられる。
そこへやって来た一同が叫喚しながら駆けてこようとすると、フェデリコとアドルフォから同時に声が上がった。
「来るな!」
危険だった。
その碧眼は絶望に染まり、頬は涙で濡れ、身体は怒りに震え、今にも噛みついてきそうな猛獣と化したフラヴィオがいる。
ヴィットーリアの後追いを邪魔する者は、誰もがその碧眼に敵として映ってしまうようだった。
「落ち着いて下さい、陛下!」
と、アドルフォがフラヴィオの両手を後ろ手に押さえつける。
フェデリコは急いで駆け寄って来ると、その口の中に丸めたハンカチを突っ込んで舌を噛み切るのを防止した。
酷く暴れるフラヴィオを、2人掛かりで大地の上に這いつくばらせて押さえつける他なかった。
「止めてください!」
泣き叫ぶようなベルの声が聞こえた。
グラスを片手に、駆け寄って来る。
「酷いことしないでください! フラヴィオ様は少し動転しているだけです! 大丈夫です、こういうとき誰だってそうなりますからっ…! 水でも飲めば、きっと落ち着きますっ……!」
そう言ってベルが、井戸水の入ったビッキエーレをフラヴィオの顔に近付けたとき――
(――ベル……?)
それまで暴れていたフラヴィオが、ふとおとなしくなった。
その碧眼が、深く深く、傷付いている。
(どうしてだ……)
今のフラヴィオの頭では、まるで理解が出来なかった。
(どうしてそなたまで、そんなことをさせるのだ……)
思考が悪い方、悪い方へと傾いていく。
水を飲ませようとする行為は、無理に生きろと言われているようで、まるで拷問に掛けられている気分だった。
(余のことを、誰よりも愛してくれていたのではないのか…? 誰よりも、余を想って生きていてくれたのではないのか……?)
さらに一同が駆け寄って来、フラヴィオを落ち着かせようと励ましの言葉を掛け続ける。
だが理性の崩壊した頭には、逆効果でしかなかった。
(見てくれ、ヴィットーリア……余がこんなに苦しんでいるのに、誰ひとり助けてくれぬ――死なせてくれぬ)
尚のこと碧眼から溢れ出した涙が、大地の上に染み渡っていく。
(そなたの居なくなったこの世に、余は独りなのだ……!)
フラヴィオはもう、誰の声も受け入れようとはしなかった。
もし『7番目の天使』であるこのベルが亡くなったら、フラヴィオは酷く嘆き悲しむことは分かる。
だが、『天使』とは別格の『女神』が亡くなったとき、フラヴィオがどうなるのか想像することすら恐ろしかった。
それは頭の片隅で、きっとこうなることは避けられないと、分かっていたからだった――
「フラヴィオ様っ!」
「兄上っ!」
「陛下っ!」
ベルとフェデリコ、アドルフォの絶叫が同時に響き渡った。
4階の窓を突き破り、宙へと飛んだフラヴィオの身体。
咄嗟に腕を伸ばしたフェデリコがぎりぎりのところで腕に抱き締め、『中の中庭』――地上へと落下していく。
途中、フェデリコが城壁を蹴って地面直撃を免れ、両足で着地した。
アドルフォも慌てて窓から助けに向かい、ベルは片脚が重いことも忘れて階段を駆け下りていく。
その時その瞬間泣きじゃくっていたり、廊下で暴れていた一同も、一体何が起きたのかとベルの後を付いていく。
『中の中庭』の中、フェデリコが真っ青になって怒号する。
「何を馬鹿なことをしているのです、兄上!」
フラヴィオはきっと、言葉の意味をあまり理解することが出来なくなっていた。
極度の悲しみと喪失感に囚われてしまったのか。
『女神』を失ったその瞬間、声だけでなく、理性も失っていた。
きっと自身が一国を担い、守る『力の王』であることも忘れ、感情のまま意のままに、ヴィットーリアの後を追おうしている。
「目を覚まして下さい!」
フェデリコはそう言いながら、恐怖を覚える。
由々しき事態に陥った。
こういうときでも、唯一ヴィットーリアの声だけはフラヴィオの耳に届いていた。
それを失ってしまい、またそれを失ったことが原因となれば、止める術がなかった。
フェデリコを見るフラヴィオの顔が、憤怒の感情に染まっていく。
(何故邪魔をしたのだ、フェーデ……!)
右の拳が、フェデリコの頬に炸裂する。
フラヴィオとフェデリコは1歳違いの兄弟で、これまで誰よりも長く共に生きてきた。
その中で、フラヴィオが弟を本気で殴ったのはこれが初めてだった。
飛んだフェデリコの身体が壁にぶつかって穴が空き、向こうにある『下の中庭』が垣間見える。
「なりません、陛下!」
今度はアドルフォの声が響き渡った。
突如剣を抜き、自身の首を傷付けそうになったフラヴィオの手首を掴み、制止する。
その剣を奪い、投げ捨てると、フラヴィオの表情が尚のこと激昂した。
(おまえもか、ドルフ……!)
今度はアドルフォの頬に飛んだ、フラヴィオの右拳。
アドルフォが人間相手に力勝負で負けたことはないが、全身全霊を込めたフラヴィオの一撃に、3メートルほど後方に押しやられる。
そこへやって来た一同が叫喚しながら駆けてこようとすると、フェデリコとアドルフォから同時に声が上がった。
「来るな!」
危険だった。
その碧眼は絶望に染まり、頬は涙で濡れ、身体は怒りに震え、今にも噛みついてきそうな猛獣と化したフラヴィオがいる。
ヴィットーリアの後追いを邪魔する者は、誰もがその碧眼に敵として映ってしまうようだった。
「落ち着いて下さい、陛下!」
と、アドルフォがフラヴィオの両手を後ろ手に押さえつける。
フェデリコは急いで駆け寄って来ると、その口の中に丸めたハンカチを突っ込んで舌を噛み切るのを防止した。
酷く暴れるフラヴィオを、2人掛かりで大地の上に這いつくばらせて押さえつける他なかった。
「止めてください!」
泣き叫ぶようなベルの声が聞こえた。
グラスを片手に、駆け寄って来る。
「酷いことしないでください! フラヴィオ様は少し動転しているだけです! 大丈夫です、こういうとき誰だってそうなりますからっ…! 水でも飲めば、きっと落ち着きますっ……!」
そう言ってベルが、井戸水の入ったビッキエーレをフラヴィオの顔に近付けたとき――
(――ベル……?)
それまで暴れていたフラヴィオが、ふとおとなしくなった。
その碧眼が、深く深く、傷付いている。
(どうしてだ……)
今のフラヴィオの頭では、まるで理解が出来なかった。
(どうしてそなたまで、そんなことをさせるのだ……)
思考が悪い方、悪い方へと傾いていく。
水を飲ませようとする行為は、無理に生きろと言われているようで、まるで拷問に掛けられている気分だった。
(余のことを、誰よりも愛してくれていたのではないのか…? 誰よりも、余を想って生きていてくれたのではないのか……?)
さらに一同が駆け寄って来、フラヴィオを落ち着かせようと励ましの言葉を掛け続ける。
だが理性の崩壊した頭には、逆効果でしかなかった。
(見てくれ、ヴィットーリア……余がこんなに苦しんでいるのに、誰ひとり助けてくれぬ――死なせてくれぬ)
尚のこと碧眼から溢れ出した涙が、大地の上に染み渡っていく。
(そなたの居なくなったこの世に、余は独りなのだ……!)
フラヴィオはもう、誰の声も受け入れようとはしなかった。
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