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第20話-2
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「――あれ……?」
カプリコルノの北の海にテレトラスポルトでやって来るなり、タロウ・ハナ兄妹の黒猫の耳が動いた。
不審そうに眉を寄せた2匹の顔を見、レオーネ国王太子マサムネが問う。
「どうしたん?」
その糸目顔はご機嫌で、八重歯を見せて笑っていた。
片手には、2日前――6月1日――に12歳の誕生日を迎えた王女ヴァレンティーナへの贈り物を抱えている。
本当は当日に来て、その祝福パレードにも参加したかったが、仕事で叶わず遅れてしまった。
だが、きっとヴァレンティーナが喜ぶだろうレオーネ国式の華やかな着物を持って来た。
ついでにこっちの王太子オルランドと婚約した長女アヤメと、アドルフォ・ベラドンナ夫妻の養子になった四男ムサシには、着替えやら忘れ物やら持って来た。
「なぁ、はよ行こうやー。ワイ、ティーナにはよ「大好き!」って言われたいんよー。まぁ、アクアーリオの王太子との婚約もどうなったか気になるところやけど、向こう行くの早くとも3年後やし」
「待って、何か変だよマサムネ。今日って、何かの日だったっけ?」
と、タロウが困惑してハナの顔を見た。
それも困惑した様子で口を開く。
「オルキデーアから――町から、人の気配がしないんだ。城にも人がいない感じ」
「え、何やのそれ。ガローファノ鉱山が噴火したときのための避難訓練でも始めたんか?」
とマサムネが言ったとき、ハナとタロウの猫耳がわずかな金切り声を聞き取った。
一体何かと、交互にテレトラスポルト繰り返して声の方へと向かって行く。
西の山――コニッリョの山の近くだった。
現場に辿り着くなり、3人一斉に息を呑む。
「――なっ……何してんねん、おまえら!」
マサムネの叫声が鳴り渡った。
3人の前方2mのところに、灰の山がある。
ほんの数秒前まで――テレトラスポルトでここへ辿り着いたその瞬間まで、それは生きていた。
血だらけのコニッリョだった。
そして、その近くには2人の人間の男――カプリコルノ国民が血だらけの剣を片手に持って立っている。
その顔が、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
そして黒の服に身を包んでいた。
血走った目が、タロウとハナを捕える――
「モストロなんか殺してやる! モストロなんか!」
剣を振り回して追いかけて来る男たちに、タロウとハナが、慌てて飛び退りながら逃げていく。
先ほど目前で起きた冗談でも笑えない事態に、マサムネの怒号が響いた。
「せやから、何してんねん! どうしてくれんのや! せっかくコニッリョともう少しで融和できそうやったのに、また振り出しや! それどころか、殺したとなったらもう――」
「返せ!」
男たちの絶叫がマサムネの言葉を遮った。
「王妃陛下を、返せっ!」
3人の声が「は?」とハモった。
突如沸き起こる胸騒ぎ。
タロウとハナの足が止まり、剣を振り回している手首を掴んで止めさせる。
今の言葉は、どういう意味なのか。
糸目を見開いているマサムネが問うた。
「王妃陛下――ヴィットーリアはんが、何やって?」
「殺されたんだっ……! 王妃陛下が、モストロに殺されたんだ!」
民衆の墓がカプリコルノ島の南東に位置しているのに対し、マストランジェロ王家の霊廟は南西の位置にあった。
霊柩馬車の後を、黒の服に身を包んだほぼすべての国民が涕泣しながら付いていく。
霊柩馬車のすぐ後ろにいるフラヴィオの碧眼からは、ほとんど涙が落ちなかった。
約3日間、食べることも飲むことも拒否して泣き続けたら身体が乾き、泣いているのに涙が出て来なくなった。
生気を失い、顔がやつれ、まるで動く屍のようで、それが尚のこと国民の胸を痛ませていた。
「――フラビー!」
後方からマサムネの声が響いて来て、霊柩馬車が停止した。
タロウ・ハナと共に血相を変えて疾走してきたマサムネが、棺を見て叫喚する。
「嘘やろっ……嘘やろ、ヴィットーリアはん! 嘘やろ! なぁ、嘘やろ!」
嘘でないことは、いつもの一同や国民の様子を見れば一目瞭然だった。
そのときマサムネの中で何よりも真っ先に爆発したのは怒りの感情で、激昂してフラヴィオの胸倉を掴む。
「何してんねん、どあほうがっ!」
国民から一斉に、驚きと憤怒の入り混じった喚声が上がった。
咄嗟にフェデリコとアドルフォがその手を離させる。
その顔には、治癒魔法を掛けてやるべき酷い痣があった。
だが、今はそれどころではない。
タロウとハナは、今にもフラヴィオに殴り掛かりそうなマサムネを必死に押さえ付ける。
アヤメとムサシも、父を止めようと慌てて駆け寄って来た。
「ワイがモストロの必要性を、あんっっっなに言っとったのに! おまえがもっとはよう手を打っとれば、もうこの国にも人型モストロやメッゾサングエの仲間がおって、こんなことにならずに済んだのに! しかも一番大切な『女神』を守れへんかったって、どういうことや! どこが『力の王』や! ヴィットーリアはんは、おまえが殺したんや!」
その言葉の次の刹那、タロウ・ハナが絶叫した。
「バッリエーラ!」
そのまま継続してマサムネと自身たちに掛け続ける。
今止めたら、確実に惨事は免れない。
さっと変わったフェデリコとアドルフォの顔色。
マサムネの顔面に向けて炸裂したその拳。
国民による罵詈雑言と石つぶてが3人に向かって放たれ、バッリエーラの破砕される音が止むことなく鳴り響いていく。
その中に、フラヴィオ一同や国民に対し、泣き叫んで謝罪するアヤメとムサシの声も混じっていた。
「帰れ!」
「モストロも、レオーネ人も帰れ!」
「二度とこの国に来るなっ!」
そんな国民たちの怒号を投げかけられ、危険を察知したハナがアヤメとムサシを呼ぶ。
2人がハナの背に隠れると、タロウがすぐさま5人纏めてレオーネ国にテレトラスポルトした。
焦りと動揺でいつものように上手く行かず、浜辺の上に50cmほど落下した。
打ち寄せてきた波で、靴や衣類が濡れていく。
「何してるんだよ、マサムネ!」
誰よりも先に、タロウが叫び声を上げた。
マサムネを見るその顔は、悲しみと憤りで赤くなっていた。
「どうしてフラビーにあんなこと言ったんだ! フラビーが一番自分を責めてるって、傷付いてるって、悲しんでるって、見れば分かったじゃないか! それなのにどうしてわざわざ言ったんだ! しかもフラビーを愛する国民の前で、なんてことを言ったんだ! 八つ裂きにされたいのか、死にたいのか! これで僕らは、二度とカプリコルノの城も町も村も歩くことは出来ない! せっかくオルランドと婚約したアヤメも、ベラさんの養子になることが出来たムサシもだ!」
タロウに加え、アヤメとムサシが泣き出してマサムネを責める。
「おとんのドアホ! フラビー陛下、もうボロボロやのに! これ以上、傷付けたらあかんかったのに! ウチ、これからずっとランドと一緒に暮らしていくつもりやったのに!」
「フラヴィオ陛下が死んでしまったら、父上のせいでござる! 拙者にはもう、向こうにおとんもおかんも弟もいるのに! 父上なんか嫌いでござる! ドアホ! 糸目!」
「うっさいわ、黙れ! 糸目はおまえもや!」
とマサムネはムサシの頭をどついた後、不機嫌そうに城へ向かって歩き出した。
だが三歩進んだところで膝を付き、空を仰いで号哭した。
「もう、終わりや! カプリコルノは終わりや! 殺したとなったらコニッリョはもう仲間になってくれへんし、あとはもう他国にやられるだけや! フラビーのどあほう! どあほう! ヴィットーリアはんっ! ヴィットーリアはんっ!」
「なぁ……」
ハナが静かに口を開いた。
アヤメとムサシを見た黄色の瞳は揺れ動いていた。
「ベルはどこ行ったんだ……? さっき、あの中にいなかった」
「ベルちゃんなら、家政婦長と料理長と一緒に宮廷で留守番って……」
とアヤメが答えると、ハナが眉をひそめた。
「ヴィットーリアさんの葬送のときに、ベルが留守番……? それは、ベルの口から直接そう聞いたのか?」
ムサシが首を横に振った。
「家政婦長のピエトラ様でござる。ベル様のお姿は、今朝お見掛けしなかったでござる」
「――…待て……おかしい」
ハナの黄色い瞳が尚のこと動揺すると、タロウがはっとして問うた。
「ヴィットーリアさん、モストロに殺されたってどうやって? 何のモストロ?」
「先日アクアーリオに、ティーナちゃん連れて行ったやろ。そのとき、ルーポ・ヴェレノーソの毒に掛かったみたいで……」
マサムネの号哭が止んだ傍ら、ハナが顔色を失って「ベル!」と叫んだ。
「あたい、カプリコルノに行ってくる!」
「駄目だハナ、僕らはもう行けない!」
とタロウが慌ててその腕を引くと、ハナが泣き叫んだ。
「嫌だ! あたいの友達が、毒に掛かってるかもしれないんだ!」
「待ってや、ハナ! ベルちゃん、王妃陛下と違って怪我してへんよ! 大丈夫や!」
とアヤメが宥めると、ハナが首を横に振った。
「直接傷が付けられてなくたって、モストロの毒は肌から染み込むんだ! ベルが宮廷で留守番なんておかしすぎる! ベルは今、毒で動けなくなってるんだ!」
「待て、ハナ。毒を治せる魔法は光属性なんやから、闇属性のおまえが行ったところで浄化できへんかもしれんやろ」
と、マサムネもハナの腕を引っ張った。
その顔は、さっきよりは少し落ち着いているようだった。
「それにタロウの言う通りや。ガラスと陶磁器の製造が止まったら向こうやて困るんやし、二度とってことは無いやろうけど、ワイらはしばらく向こうを歩かれん」
「おまえのせいだ、マサムネ!」
「ああ、そうや、悪かった。けど、向こう行くより探せ。ひとり、適したのがおる。彼女なら、カプリコルノ周辺の国出身の『人間』言うてもバレへんし、テレトラスポルトも使えるし、毒も浄化できる」
その言葉に、ハナが振り返った。
それは誰かと問う前に、マサムネがその場から駆け出した。
「アドぽんの側室にするつもりやった、テレトラスポルト旅商人・ルフィーナや! ベルまで死なせるわけにはいかへん! はよ、探せぇーっ!」
「ちょーっと待った!」
と、タロウがマサムネの背を掴んで引っ張り戻す。
「ルフィーナさんって本当に適してる? アドぽんの側室のときは特に心配してなかったけど、『今』向こうにやるのは最適ではないよね? たしかに外見的には、誰よりも適してるけど。あの人って、人間とガットの性質、どっちも受け継いでるじゃない」
「そらそーや。ガット・ティグラートのメッゾサングエなんやから。せやから野生のガットより、ずっと人の心持っとるで。道端で困ってる人見ると、助けずにはおれへんような女やし」
「うん、商売で稼いだお金を貧しい国に届けたりするくらい優しい人だけどさ? ガットの素の性質――ナナ・ネネみたいなとこもあるじゃない。特に『正直』すぎるところがさ……」
「『正直』の何が悪いねん」
「悪いとは言わないけど、もともと繊細なフラビーがさらに弱ってるんだし、もう少し気遣いが出来る人の方が――」
「兄貴!」
と、ハナがもどかしそうにタロウの言葉を遮った。
「今はつべこべ言ってる場合じゃないよ! ベルが命が危ないんだ!」
タロウが「あ、ごめん!」と慌ててマサムネを離すと、テレトラスポルト旅商人ルフィーナの捜索が始まった。
カプリコルノの北の海にテレトラスポルトでやって来るなり、タロウ・ハナ兄妹の黒猫の耳が動いた。
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本当は当日に来て、その祝福パレードにも参加したかったが、仕事で叶わず遅れてしまった。
だが、きっとヴァレンティーナが喜ぶだろうレオーネ国式の華やかな着物を持って来た。
ついでにこっちの王太子オルランドと婚約した長女アヤメと、アドルフォ・ベラドンナ夫妻の養子になった四男ムサシには、着替えやら忘れ物やら持って来た。
「なぁ、はよ行こうやー。ワイ、ティーナにはよ「大好き!」って言われたいんよー。まぁ、アクアーリオの王太子との婚約もどうなったか気になるところやけど、向こう行くの早くとも3年後やし」
「待って、何か変だよマサムネ。今日って、何かの日だったっけ?」
と、タロウが困惑してハナの顔を見た。
それも困惑した様子で口を開く。
「オルキデーアから――町から、人の気配がしないんだ。城にも人がいない感じ」
「え、何やのそれ。ガローファノ鉱山が噴火したときのための避難訓練でも始めたんか?」
とマサムネが言ったとき、ハナとタロウの猫耳がわずかな金切り声を聞き取った。
一体何かと、交互にテレトラスポルト繰り返して声の方へと向かって行く。
西の山――コニッリョの山の近くだった。
現場に辿り着くなり、3人一斉に息を呑む。
「――なっ……何してんねん、おまえら!」
マサムネの叫声が鳴り渡った。
3人の前方2mのところに、灰の山がある。
ほんの数秒前まで――テレトラスポルトでここへ辿り着いたその瞬間まで、それは生きていた。
血だらけのコニッリョだった。
そして、その近くには2人の人間の男――カプリコルノ国民が血だらけの剣を片手に持って立っている。
その顔が、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
そして黒の服に身を包んでいた。
血走った目が、タロウとハナを捕える――
「モストロなんか殺してやる! モストロなんか!」
剣を振り回して追いかけて来る男たちに、タロウとハナが、慌てて飛び退りながら逃げていく。
先ほど目前で起きた冗談でも笑えない事態に、マサムネの怒号が響いた。
「せやから、何してんねん! どうしてくれんのや! せっかくコニッリョともう少しで融和できそうやったのに、また振り出しや! それどころか、殺したとなったらもう――」
「返せ!」
男たちの絶叫がマサムネの言葉を遮った。
「王妃陛下を、返せっ!」
3人の声が「は?」とハモった。
突如沸き起こる胸騒ぎ。
タロウとハナの足が止まり、剣を振り回している手首を掴んで止めさせる。
今の言葉は、どういう意味なのか。
糸目を見開いているマサムネが問うた。
「王妃陛下――ヴィットーリアはんが、何やって?」
「殺されたんだっ……! 王妃陛下が、モストロに殺されたんだ!」
民衆の墓がカプリコルノ島の南東に位置しているのに対し、マストランジェロ王家の霊廟は南西の位置にあった。
霊柩馬車の後を、黒の服に身を包んだほぼすべての国民が涕泣しながら付いていく。
霊柩馬車のすぐ後ろにいるフラヴィオの碧眼からは、ほとんど涙が落ちなかった。
約3日間、食べることも飲むことも拒否して泣き続けたら身体が乾き、泣いているのに涙が出て来なくなった。
生気を失い、顔がやつれ、まるで動く屍のようで、それが尚のこと国民の胸を痛ませていた。
「――フラビー!」
後方からマサムネの声が響いて来て、霊柩馬車が停止した。
タロウ・ハナと共に血相を変えて疾走してきたマサムネが、棺を見て叫喚する。
「嘘やろっ……嘘やろ、ヴィットーリアはん! 嘘やろ! なぁ、嘘やろ!」
嘘でないことは、いつもの一同や国民の様子を見れば一目瞭然だった。
そのときマサムネの中で何よりも真っ先に爆発したのは怒りの感情で、激昂してフラヴィオの胸倉を掴む。
「何してんねん、どあほうがっ!」
国民から一斉に、驚きと憤怒の入り混じった喚声が上がった。
咄嗟にフェデリコとアドルフォがその手を離させる。
その顔には、治癒魔法を掛けてやるべき酷い痣があった。
だが、今はそれどころではない。
タロウとハナは、今にもフラヴィオに殴り掛かりそうなマサムネを必死に押さえ付ける。
アヤメとムサシも、父を止めようと慌てて駆け寄って来た。
「ワイがモストロの必要性を、あんっっっなに言っとったのに! おまえがもっとはよう手を打っとれば、もうこの国にも人型モストロやメッゾサングエの仲間がおって、こんなことにならずに済んだのに! しかも一番大切な『女神』を守れへんかったって、どういうことや! どこが『力の王』や! ヴィットーリアはんは、おまえが殺したんや!」
その言葉の次の刹那、タロウ・ハナが絶叫した。
「バッリエーラ!」
そのまま継続してマサムネと自身たちに掛け続ける。
今止めたら、確実に惨事は免れない。
さっと変わったフェデリコとアドルフォの顔色。
マサムネの顔面に向けて炸裂したその拳。
国民による罵詈雑言と石つぶてが3人に向かって放たれ、バッリエーラの破砕される音が止むことなく鳴り響いていく。
その中に、フラヴィオ一同や国民に対し、泣き叫んで謝罪するアヤメとムサシの声も混じっていた。
「帰れ!」
「モストロも、レオーネ人も帰れ!」
「二度とこの国に来るなっ!」
そんな国民たちの怒号を投げかけられ、危険を察知したハナがアヤメとムサシを呼ぶ。
2人がハナの背に隠れると、タロウがすぐさま5人纏めてレオーネ国にテレトラスポルトした。
焦りと動揺でいつものように上手く行かず、浜辺の上に50cmほど落下した。
打ち寄せてきた波で、靴や衣類が濡れていく。
「何してるんだよ、マサムネ!」
誰よりも先に、タロウが叫び声を上げた。
マサムネを見るその顔は、悲しみと憤りで赤くなっていた。
「どうしてフラビーにあんなこと言ったんだ! フラビーが一番自分を責めてるって、傷付いてるって、悲しんでるって、見れば分かったじゃないか! それなのにどうしてわざわざ言ったんだ! しかもフラビーを愛する国民の前で、なんてことを言ったんだ! 八つ裂きにされたいのか、死にたいのか! これで僕らは、二度とカプリコルノの城も町も村も歩くことは出来ない! せっかくオルランドと婚約したアヤメも、ベラさんの養子になることが出来たムサシもだ!」
タロウに加え、アヤメとムサシが泣き出してマサムネを責める。
「おとんのドアホ! フラビー陛下、もうボロボロやのに! これ以上、傷付けたらあかんかったのに! ウチ、これからずっとランドと一緒に暮らしていくつもりやったのに!」
「フラヴィオ陛下が死んでしまったら、父上のせいでござる! 拙者にはもう、向こうにおとんもおかんも弟もいるのに! 父上なんか嫌いでござる! ドアホ! 糸目!」
「うっさいわ、黙れ! 糸目はおまえもや!」
とマサムネはムサシの頭をどついた後、不機嫌そうに城へ向かって歩き出した。
だが三歩進んだところで膝を付き、空を仰いで号哭した。
「もう、終わりや! カプリコルノは終わりや! 殺したとなったらコニッリョはもう仲間になってくれへんし、あとはもう他国にやられるだけや! フラビーのどあほう! どあほう! ヴィットーリアはんっ! ヴィットーリアはんっ!」
「なぁ……」
ハナが静かに口を開いた。
アヤメとムサシを見た黄色の瞳は揺れ動いていた。
「ベルはどこ行ったんだ……? さっき、あの中にいなかった」
「ベルちゃんなら、家政婦長と料理長と一緒に宮廷で留守番って……」
とアヤメが答えると、ハナが眉をひそめた。
「ヴィットーリアさんの葬送のときに、ベルが留守番……? それは、ベルの口から直接そう聞いたのか?」
ムサシが首を横に振った。
「家政婦長のピエトラ様でござる。ベル様のお姿は、今朝お見掛けしなかったでござる」
「――…待て……おかしい」
ハナの黄色い瞳が尚のこと動揺すると、タロウがはっとして問うた。
「ヴィットーリアさん、モストロに殺されたってどうやって? 何のモストロ?」
「先日アクアーリオに、ティーナちゃん連れて行ったやろ。そのとき、ルーポ・ヴェレノーソの毒に掛かったみたいで……」
マサムネの号哭が止んだ傍ら、ハナが顔色を失って「ベル!」と叫んだ。
「あたい、カプリコルノに行ってくる!」
「駄目だハナ、僕らはもう行けない!」
とタロウが慌ててその腕を引くと、ハナが泣き叫んだ。
「嫌だ! あたいの友達が、毒に掛かってるかもしれないんだ!」
「待ってや、ハナ! ベルちゃん、王妃陛下と違って怪我してへんよ! 大丈夫や!」
とアヤメが宥めると、ハナが首を横に振った。
「直接傷が付けられてなくたって、モストロの毒は肌から染み込むんだ! ベルが宮廷で留守番なんておかしすぎる! ベルは今、毒で動けなくなってるんだ!」
「待て、ハナ。毒を治せる魔法は光属性なんやから、闇属性のおまえが行ったところで浄化できへんかもしれんやろ」
と、マサムネもハナの腕を引っ張った。
その顔は、さっきよりは少し落ち着いているようだった。
「それにタロウの言う通りや。ガラスと陶磁器の製造が止まったら向こうやて困るんやし、二度とってことは無いやろうけど、ワイらはしばらく向こうを歩かれん」
「おまえのせいだ、マサムネ!」
「ああ、そうや、悪かった。けど、向こう行くより探せ。ひとり、適したのがおる。彼女なら、カプリコルノ周辺の国出身の『人間』言うてもバレへんし、テレトラスポルトも使えるし、毒も浄化できる」
その言葉に、ハナが振り返った。
それは誰かと問う前に、マサムネがその場から駆け出した。
「アドぽんの側室にするつもりやった、テレトラスポルト旅商人・ルフィーナや! ベルまで死なせるわけにはいかへん! はよ、探せぇーっ!」
「ちょーっと待った!」
と、タロウがマサムネの背を掴んで引っ張り戻す。
「ルフィーナさんって本当に適してる? アドぽんの側室のときは特に心配してなかったけど、『今』向こうにやるのは最適ではないよね? たしかに外見的には、誰よりも適してるけど。あの人って、人間とガットの性質、どっちも受け継いでるじゃない」
「そらそーや。ガット・ティグラートのメッゾサングエなんやから。せやから野生のガットより、ずっと人の心持っとるで。道端で困ってる人見ると、助けずにはおれへんような女やし」
「うん、商売で稼いだお金を貧しい国に届けたりするくらい優しい人だけどさ? ガットの素の性質――ナナ・ネネみたいなとこもあるじゃない。特に『正直』すぎるところがさ……」
「『正直』の何が悪いねん」
「悪いとは言わないけど、もともと繊細なフラビーがさらに弱ってるんだし、もう少し気遣いが出来る人の方が――」
「兄貴!」
と、ハナがもどかしそうにタロウの言葉を遮った。
「今はつべこべ言ってる場合じゃないよ! ベルが命が危ないんだ!」
タロウが「あ、ごめん!」と慌ててマサムネを離すと、テレトラスポルト旅商人ルフィーナの捜索が始まった。
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