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第16話ー4

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 ――1488年12月12日。

 本日の午前9時からは、王都オルキデーアの中央通りにて、国王フラヴィオ・マストランジェロの即位14周年の祝賀パレードパラータが開催される。

 祝福には、レオーネ国王太子マサムネと、その従者の猫4匹、四男坊ムサシもやって来た。

「おめでとう」の後のマサムネの言葉はこうだった。

「やっぱリージンは、『カンクロ国王の海賊』やった」

 カンクロ国に送り込んだ密偵調査の結果が出たらしい。

「リージンの後にもこっちに海賊船団送り込んだみたいなんやけど、何かあって途中で全滅したっぽいな」

「ていうか、こっちまで辿りつけたリージンが凄いんだよ」

 と、タロウ。「あと」と続ける。

「ヴィルジネに海賊を送り込んでたのも、やっぱりカンクロ国王だったよ。うちの陛下とヴィルジネ陛下が抗議したら、何も知らない振りして、口では謝罪してたけど」

「では、ヴィルジネ国には今もまだ海賊が来るのですか?」

 とベルが問うと、ハナが首を横に振って答えた。

「冬は、カンクロとヴィルジネのあいだの海域は酷く荒れるんだ。だからもともと船を出さない。来年の春になったら、また海賊始める可能性が高い」

 マサムネがフラヴィオの胸元を軽くどついた。

「ほんま、戦の準備しとき。カンクロのカーネ・ロッソは、うちのガット・ネーロ、ティグラートよりずっと魔力低いし、ハナいわく頭もちょっとアホっぽいみたいなんやけど、すでに軍隊に10万匹以上おるみたいや。先月の処刑日以降、またちょっと遠ざかったコニッリョとも、はよ融和せな」

「ああ……分かった」

 とフラヴィオが承知すると、マサムネが「ところで」と打って変わって笑顔になった。

「おまえ、似合うやーん! 流石やな!」

「いや、止めた方がいいぞ」

 と、ハナ苦笑しながら、フラヴィオの外套――先月マサムネがフェデリコの誕生日に贈った黄金の外套――を指差す。

「いくらなんでも黄金の鎧にソレは無いだろ」

 ベルが「やっぱりですか」とフラヴィオの鎧から外した。

 いつものパラータ用の、金糸の刺繍を入れた赤の外套を付け直す。

 マサムネが口を尖らせながら「なんやねん」と文句を言う傍ら、ハナが興奮した様子で「そういえばさ!」と声高になった。

「ここへ来る前に、さっき町の様子を見て来たんだけど。凄いじゃないか、フラビー! いつもは女ばっか張り切ってたのに、今年は男たちもパラータ張り切ってたぞ!」

「そうそう、凄かったよ! 大人気だね、フラビー!」

 と続いたタロウが、こう提案する。

「そうだ、今年は楽士たち連れて行ったら? 大丈夫だよ、きっと。僕たちが皆にバッリエーラ掛けるし」

 ハナが賛成した。

「そうしなよ、フラビー。国王陛下のパラータに限って演奏が無いのは、やっぱり見てて少し寂しいよ」

 ナナ・ネネが「あと」と声をハモらせた。

「レオーネ国は王妃も一緒」

「レオーネ国は子供も一緒」

「家族皆でパラータ」

「皆一緒にパラータ」

 フラヴィオの碧眼が「Oh……」と煌めいていった。

 ――と、いうわけで。

 今年の国王フラヴィオ・マストランジェロ即位14周年祝賀パラータは、これまでの中で一番の盛大さだった。

 いつもは、主役と護衛2人だけの3人で、王都オルキデーアの中央通りを馬で行って帰って来るだけのものだった。

 それが今年は宮廷楽士たちのファンファーレファンファーラから始まったことで、例年以上に大きな歓声がわっと沸き起こった。

 屋根のない豪奢な馬車の前列中央に、主役の国王フラヴィオ。

 右隣にこの国の女神こと王妃ヴィットーリア、左隣に5番目の天使こと王女ヴァレンティーナ。

 馬車の後列に、左から3番目の天使こと街天使セレーナ、4番目の天使こと村天使パオラ、7番目の天使こと宮廷天使ベル。

 馬車の左右には護衛として愛馬に騎乗したフェデリコとアドルフォ、王太子オルランド、第二王子コラードがいる。

 またフェデリコの腕の中には、妻である2番目の天使アリーチェと、長女である6番目の天使ビアンカ。

 アドルフォの腕の中にも、妻の1番目の天使ベラドンナがいる。

 さらに馬車の後ろには、4歳から10歳までの小さな騎士たち――第三王子レンツォ、第四王子ティート、フェデリコの長男リナルド・次男ガルテリオ・三男エルネストがいた。

 さらにその後方からは、宮廷楽士たちが軽快な音楽を奏でながら付いて来る。

 ここまで揃ってのパラータは初めてのことで、王都オルキデーアは地響きがするほどの歓声と、雪が舞い散る寒さを忘れるほどの熱気で包まれた。

 国民に笑顔を振りまき、手を振りながら、ベラドンナが口を開く。

「この日が来ると、今年も終わりなんだなぁって実感するわよねー」

「まぁなぁ」

 と、アドルフォが同意した。

「今年の後半は、妙に色々あった気がするな」

 笑った一同の視線が、馬車の後列右にいる7番目の天使に向けられる。

 膝の上には補佐用備忘録が広げてあり、民衆に手を振りながらも、口ではこんなことを話している。

「よろしいですか、コラード様。年末年始をレオーネ国の皆様方と楽しまれた後は、北隣のサジッターリオ国の舞踏会にお呼ばれしております。国王陛下夫妻の他、王子殿下たちも是非ご一緒にとのことです。要は、あちらの王太女殿下は婿殿下をお求めになっているのです、これを逃してはなりません。と申しましても、素直におとなしく『殿下』の身分に収まるようなことはご遠慮ください。酒池肉林王陛下2世の才を最大限にお活しなり、早いとこ将来『陛下』となる地位にこぎ付けるのです。さすれば、サジッターリオ国の半分を支配したも同然。この先、何事においても我が国の意のまま、思うがまま、思うツボ、なんて可能性も――」

 フラヴィオが「こら!」と眉を吊り上げて、ベルの言葉を遮った。

「やーっぱり、そんなことを企んでいたのか! 悪い子め!」

「良い子でございます! カンクロ国との戦は決まったようなものです、早めの対応をお願いしたく存じます!」

 ヴィットーリアが「これ」と口を挟んだ。

「パラータ中に喧嘩するでない。しかしまぁ、フラヴィオや。いざというとき、北と東の双方から兵を借りられるようにしておきたいのはたしかじゃろうて」

「スィー、母上! それから宰相ベル! 北隣――サジッターリオはオレにお任せを!」

 とコラードが返事をした一方、ヴァレンティーナが「東隣は?」と問うた。

「そなたの仕事じゃ、ティーナ。今すぐではないが、将来は東隣のアクアーリオ国の王太子と結婚するのじゃ。実はもう、アクアーリオからそういう話が来ておってのう。他の国も考えたが、色んな意味で隣の国が良い。そう遠くないうちに、向こうの王太子と婚約しておくべきじゃ」

「スィー、母上。分かったわ……私、将来はアクアーリオ国にお嫁に行く」

 なんて話をしていたら、パラータ中にも関わらず、男たちが一斉に瞼を押さえたり、擦り始めたり、鼻をすすったり。

「もう」と呆れ顔になったベラドンナとアリーチェが、敢えて話を切り替える。

「ワタシは来年こそ、ドルフの子を授かりますよーに! 今のうちとしては、やっぱ強い男の子いいかなー、うん」

「そうね。わたしも4人目の男の子を授かっておくべきかしら」

 と、アリーチェがベラドンナに向けて微笑した。

「同い年の子が出来たら良いわね、ベラちゃん」

「そうね……」

 と微笑を返したベラドンナが、腹部を摩る。

「神様……どうか、来年こそ――」

 ドルフの手が、ベラドンナの手に重なった。

「授かるさ……きっとな」

「そうだな」

 と言ったフラヴィオが、今年一年を頭の中で振り返る。

 上半期は例年通りだったが、自身の誕生日の『出会い』から、色んなことが変わった気がする。

 ボロボロの衣類を纏い、身体は骸骨のようで、死んだ魚のような目をしていた、奴隷少女。

 最初はそれを、ただ助けたく、その失った笑顔を取り戻せれば満足だと思っていた。

 それは今でも変わらない。

 天使軍の問題児でおとなしくなく、気を揉んだ。

 時には良からぬことも考える悪い子で、たくさん叱った。

 しかしその言動すべて、このフラヴィオを想ってのものだった。
 
 お陰で気付けば今や、国王である自身の欠けている部分や足りない部分を埋めてくれる、必要不可欠なものになっていた。

 出会った当初よりも、何十倍も大切なものになってしまった。

 朝起きて寝室を出たら、真っ先にその寝顔に頬を寄せに行ってしまう程、愛おしいものになってしまった。

 時間が許される限り、膝の上に乗せておかないと、不安で溜まらないようになってしまった。

 それを、呼ぶ――

「ベル」

 即刻「ノ」と返って来た。

「おいで」「ノ」「こら」「ノ」「おい」「ノ」「駄目だ」「ノ」――

 頬を膨らませたフラヴィオが振り返って、後部座席のベルを強引に抱っこする。

 これは膝の上に乗せることで、どんなに不服だろうと、きちんと行儀良く座るように出来ている。

 ヴァレンティーナに「ふふ」とおかしそうに笑われ、民衆からも笑い声が上がったら、真っ赤になっていった。

「フラヴィオ様っ……!」

「余は酒池肉林王なり」

「パラータ中でございますっ……!」

「そうだ、ぷんぷんしちゃいけない」

 文句言いたげに口を開きかけたベルだったが、諦めたらしい。

 恥ずかしそうにしながらも、その小さな手を振って、仕事をする。

 フラヴィオは満足して「ふふふ」と笑うと、ベルの顎の長さまである栗色の髪を撫でた。

 ざん切りだった頃よりも艶々で、柔らかな触り心地だ。

「今年は悲しい事件もあったが、そなたの――7番目の天使のお陰で、国がより良い方向へと変わって来た」

 一同から同意の声が聞こえた。

「このまま来年は、幸せな年になると良いな」


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