酒池肉林王と7番目の天使

日向かなた

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第13話ー2

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 レオーネ国の宮廷の一室――畳の間――で行われたベルとハナの祝宴は、主役のベル・ハナの他、カプリコルノ・レオーネ双方の国王夫妻と、フェデリコ・アリーチェ夫妻、ヴァレンティーナ、オルランド、マサムネ、タロウ、アヤメ、マサムネの第一夫人・第二夫人といった少数による、小規模なものだった。

 2人が英雄とはいっても、それはここレオーネ国にとってではなく、ヴィルジネ国の方故に。

 といっても、愛国精神の強いマサムネの第二夫人からは大感謝され、どんどん飲んでと盃の酒が無くなる度に注がれるわ、レオーネ国へ初めてやって来たベルには、次から次へと人が挨拶に来るわで大忙しだった。

 人数があまりにも多く、とりあえず覚えたのはマサムネの糸目は父親――レオーネ国王――譲りで、それは一族の男皆に遺伝されているということと、マサムネの訛り口調はレオーネ国王の正室――マサムネの母親――譲りだということだ。

 ちなみにマサムネの派手好きも母親譲りで、可憐な印象を持つレオーネ国の女たちの中で、ひとりド派手な柄の着物を纏っていた。あの柄はたしか、図書室の本の中で知った他国に生息するという『ヒョウ』という動物のものだった。

 また、ヴィルジネ国出身だというマサムネの第二夫人もすぐに覚えられた。凹凸の少ない顔立ちをしているレオーネ国民の中で、ひとり堀の深い顔をしていた故に。

 ちなみに、アヤメに会わせたいという理由で連れて来られたオルランドだったが、太ったことを気にしているらしいアヤメはいつの間にか自室に逃げてしまっていた。

 しかし翌日の帰り際、オルランドの下に俯きながらやって来て、手紙を渡したようだった。





 ――そして現在、カプリコルノ国の午前9時ちょっと前。

 宮廷オルキデーア城の北にある砂浜に、昨日レオーネ国に招かれていた者たちが戻って来た。

 また、レオーネ国からは王太子マサムネと、その従者であるガット・ネーロのタロウ・ハナ兄妹、双子ガット・ティグラートのナナ・ネネ姉妹もやって来ている。

「ふぅ、重かった」

 と、タロウ・ハナは荷物をそっと砂浜の上に置く。

 その荷物は、本日これから行われる凱旋パレードパラータの主役であるベル・ハナが乗る豪奢な馬車が一台と、ヴィルジネ国からの謝礼の財宝を山盛りに乗せた荷馬車が2台だった。

 また、その財宝の一番上には、リージンから取り返したオルキデーア石の装飾品が置かれている。

 それらをタロウ・ハナが魔法の力を合わせてやっとこ持ち上げ、一同手を握るなり、肩を掴むなりして繋がったら、息ぴったりの双子ナナ・ネネ姉妹が同時にテレトラスポルトを唱え、瞬間移動してやって来た。

 いつもなら2匹で充分なのだが、4匹使わないといけないほどの重量は初めてのことだった。

 砂浜で待ち構えていた御者たちがそれぞれの馬車に乗り、続いて主役のベルとハナも乗ると、ヴァレンティーナが小躍りしてはしゃぎ始めた。

「2人とも、なんてかわいいの! パラータ、がんばってね!」

 ちなみに昨日、ヴァレンティーナとアヤメにどこで何をしていたのかと訊かれ、正直そのまま海賊を処刑していたとは言えず、ベルとハナが昨日『魔法で海底散歩してたら財宝だらけの沈没船を見つけちゃった』ということにしてある。

 咄嗟に出て来たその言葉はあまりにも無理のあるものだったが、純真無垢は2人は疑うことなく信じてくれた。

はいスィー、ティーナ様」

 とベルが答えた傍らで、ハナは戸惑い気味に「う、うん」と返した。

 ヴァレンティーナとアヤメが考えたという2人の衣裳は、柄違いのお揃いのものだった。

 レオーネ国の美しい花柄の生地を使って職人に作ってもらったそれは、上半身はレオーネ国の着物で、華やかに結んだ帯から下は、カプリコルノのドレスヴェスティートのようにふわっと広がっており、膝の長さまであった。ベルは藤という花柄で、ハナの方は桜柄の生地だった。

 頭には衣裳の柄と同じ花の髪飾りを付け、足元はベルが初めて履く足袋と草履だ。

 さっき着付けが終わってお披露目したときに、2人を見るなり「Oh……!」とエビ反りになって衝撃を受けていたフラヴィオが、でれでれになって2人の間に座ろうとする。

「ふふふ、余も一緒にパラータに――」

「邪魔です」

 とフラヴィオの言葉を遮ったオルランドが、その背中を引っ張って戻した。

「父上の凱旋じゃないんですから」

「良いのだ、護衛だ」

「何を仰っているのですか、国王陛下が。大体、パラータの護衛はフェーデ叔父上と私ですると、昨日決めたでしょう。今さら変えないで下さい、迷惑です」

「おまえ反抗期か?」

 とフラヴィオが口を尖らせると、ヴィットーリアが「これ」と割って入った。

「主役の2人と護衛の2人以外の私たちは、おとなしく城で待つのじゃ、フラヴィオ。大手門から英雄の凱旋を鳥瞰しようぞ」

 フラヴィオがしぶしぶ承知すると、マサムネの指示でナナ・ネネがテレトラスポルトでフェデリコとオルランドの馬を取りに行き、タロウが主役と護衛を除く一同をオルキデーアの大手門に送り届けた。

 その後3匹は砂浜に戻って来ると、凱旋パラータの出発地点――王都オルキデーアの市壁の南門まで、人に衝突しないよう、目に見える範囲でテレトラスポルトを代わる代わる繰り返し、移動していく。

 馬車が3台もあったら、やはり重労働だった。

 そして市壁の南門の前に広がっている農村に辿り着くと、ナナ・ネネは「じゃ」と主役2人に言って、宮廷の大手門で待っている一同のところへとテレトラスポルトを唱えた。

 続いてタロウも「頑張ってね」と言うと、周りの目を気にした様子で、逃げるようにテレトラスポルトで消えていった。

 南門まではまだもう少し距離があり、御者が馬車を発進させた。

 ベル・ハナを乗せた馬車の後に、財宝を山盛りにした2台の馬車が続いていく。

 愛馬に騎乗している護衛2人は、右手に武器を持ち、ベル・ハナの馬車の両脇に付いた。

 ベルは、隣に座っているハナの顔を覗き込んでみる。

 ハナの様子が今朝からおかしいのだ。

 昨夜はパラータを喜んでいたのに、なんだかそわそわとしている。

「ハナ、どうかしたのですか?」

 フェデリコとオルランドもハナを見た。

「う、うん……」と戸惑い気味に頷いたハナが、胸中を打ち明ける。

「こ、ここだけの話さ……本当はあたいも兄貴と一緒で、怖いんだ。あたい、本当にこの国でも英雄になれたのかな……? リージンを倒したのはベルだし、よく考えたらあたいはおまけじゃないか……。パラータ中、いつもみたいに陰口が聞こえて来たり、石とか投げられたり、す、するんじゃ……」

 それを聞いた3人が同時に口を開きかけたとき、突如村天使パオラの声が飛び込んで来た。

「ベルちゃあぁぁぁん!」

 少し癖の強い茶色の髪をおさげにしているところはいつも通りだが、パラータのためにドレスヴェスティートで着飾り、スカートゴンナを両手で持ち上げながら駆け寄って来たその顔は、酷く狼狽しているのが見て取れた。

 御者が「おや、村天使様だ」と馬車を止める。

「だ、大丈夫だか!? 海賊船に乗り込んだって、大丈夫だっただかベルちゃん!? しかも3年前のあの海賊って、とんでもねぐ凶悪だべよ! 怪我してねぇだか!?」

「スィー、パオラさん。私は無傷です」

 とベルが答えると、パオラがフェデリコを一瞥した。

「ああ、そだね! フェーデ様が護衛で一緒にレオーネ国に行ってたって、言ってただね!」

「そうだが、今回、私は役立たずだった。ベルを守ってくれたのは、私じゃないんだ」

 とフェデリコが答えると、パオラが「え!?」と驚いてベルとフェデリコ、オルランドの顔を見た。最後にベルに顔を戻す。

「私を守ってくれたのは、ハナです。私の、友人です」

 パオラがハナを見た。俯いている。

「あ……そだったか。ハナさんが、海賊倒しただね? 考えてみればそだね、ハナさんモストロだもんね」

いいえ、パオラさん。海賊を倒したのは――処刑したのは、あくまでも私です」

 そう答えたベルが、声を強くして、こう続けた。

「とても心優しいモストロである私の友人に、それは出来ないのです。ハナはこれまで一度だって、人を殺めたことはありません」

 その言葉に、パオラは驚いたらしい。「えっ」とハナを一瞥して、ベルに顔を戻した。

 その瞳はベルに問いかけている。それは、嘘偽りではなく、本当の話なのかと。

 パオラの心の声に答えるように、ベルが頷いた。

「ハナは、必死に私を守ってくれました。自身は満身創痍になり、命の危機に晒されながらも、私に傷ひとつ負わせることなく、私を守り抜いてくれたのです。ハナがいなければ、私は今、ここにおりません。ハナがいなければ、私は役立たずのまま、今頃レオーネ海に沈んでいたことでしょう。今回のことは、すべてがハナのお陰なのです。真の英雄は私ではなく、このハナなのです」

 いくら何でも言い過ぎじゃないかと、ハナがちらちらとベルの顔を見ていると、ふとパオラの手が重なって来た。

 顔を上げると、そこにパオラの揺れ動く瞳があった。

「そうだっただか、ハナさん……そうだっただか……! おら、ずっとずっと、勘違いしてただ! ベルちゃんを守ってくれてありがとうですだ、ハナさん! ありがとうですだ! おら、みんなさ伝えて来る!」

「――あっ……」

 とパオラに手を伸ばしたハナだったが、パオラは一目散に南門へと駆けて行き、その言葉通りパラータに集まった人々に伝えに行ったようだった。

 御者が再び馬車を発進させると同時に、オルランドがおかしそうに笑う。

「パオラって何か事件がある度に素直に驚いて、その度に素直に大騒ぎするから、あっという間に広まるだろうな」

 フェデリコも「そうだな」とおかしそうに笑うが、ハナは余計に動揺してしまう。

 助けを求めてベルを見ると、それは突然「ありがとうございます」と言った。

「ハナのお陰で、フラヴィオ様の最大の財産であるこの国が、良い方向へと歩き出しました」

 ハナが「え?」と小首を傾げると、ベルが続けた。

「私は言ったはずです。ハナのように、人を殺めることの出来ない心優しいモストロがいるということは、この国にとって良い影響をもたらしてくれると」

 それはリージンの船の上での台詞だった。どうかそのままで居て欲しいとも、ベルは言っていた。

 フェデリコが「そうだな」と同意した。

「大なり小なり、これで国民のモストロに対する恐怖が薄れるのは確実だろう」

 オルランドが頷いて続く。

「もうすでに、さっきのパオラがそうだったよ、ハナ。パオラはコニッリョだけじゃなく、どこかタロウ・ハナ、ナナ・ネネに対しても怯えてるように感じてたけど、それが無くなったように見えた。パオラから手を触れられたのなんて、初めてなんじゃないか?」

「あ……うん」

 と、ハナは自身の手に目を落とした。

 言われてみればそうだった。パオラはこれまでハナたちを避けはしないものの、どこか一線を引いていて、手に届く至近距離で話したことも無かった。

 モストロに対して、恐怖を抱いているということも感じていた。

 ベルが「それに」と話を続ける。

「ハナ、私はフラヴィオ様から『天使』の称号を授けて頂いたのです。たったそれだけのことで、私は国民から愛され、大切にして頂けるのです。そんな私を守ってくださったハナは、この国の民衆にとって英雄に近いものがあるのやもと思うのです」

「というか君は英雄だ、ハナ」

 と断言したフェデリコが、手を伸ばしてハナの頭を撫でた。

「国王の寵愛する『天使』は、この国の民衆が一丸となって守ろうとするもの。君はそれを危険から守り抜いてくれたんだ。本当にありがとう。君がこの国で俯いて歩く必要は、もうないんだぞ?」

 そう言われても、まだハナから不安が消えていなかった。

 王都オルキデーアでも、隣町プリームラでも、一度だって民衆に歓迎されたことはない故に。

 ハナの様子を見たベルが、言葉を続ける。

「私は先ほど、パオラさんに対して何ひとつ嘘は吐いていません。大袈裟に言うこともしていません。ただ、事実をパオラさんに――国民に、伝えただけのこと。堂々としてください、ハナ。大丈夫です、あなたは英雄なのですから。大丈夫です……私を、信じて」

「――…う…うん……ベル……」

 と、覚悟を決めた様子のハナが、ベルの手を握った。

「で…でも、パラータ中、手握っててっ……」

 ベルは「スィー」と答えると、ハナの手をしかと握り締めた。

 王都オルキデーアの市壁の南門の手前、馬車が一時停止すると、そこに宮廷楽士長が立っていた。

 門の向こうにある中央通りを除いて見ると、宮廷楽士たちが待機していて、どうやら本格的なパラータが行われるようだと、ハナの緊張が最高潮に達する。

 フェデリコが宮廷楽士長に「頼む」と片手を上げると、「はっ」と承知した宮廷楽士長が門を潜っていった。

 そして宮廷楽士長の合図に合わせ、トランペットトランバによるファンファーレファンファーラが鳴り響く中、馬車が南門を潜っていく。

 ハナが、ぎゅっとベルの手を握った。

 ベルもぎゅっと握り返す。

「大丈夫です」

 そして中央通りへと出るや否や、ハナの黒猫の耳が痛くなってしまうほどの歓声と拍手が沸き起こった。

 思わず「にゃっ」と声を上げて驚いたハナの黄色い瞳に、歩道に溢れ返る民衆の笑顔が飛び込んで来る。

 皆、英雄を祝福しようと着飾り、沿道に建ち並ぶ民家や店も飾り付けられていた。

「――…す……凄いな。これは、天使ベルを祝福してるんだよなっ……?」

「私とハナですよ、ハナ。ここは天使として愛嬌を振りまきたいところなのですが、私は感情表現に乏しいもので、代行して頂けると大変助かります」

 護衛の2人が噴き出した。

 フェデリコがハナの顔を見て微笑する。

「頼まれてくれるか、ハナ?」

「……わ…分かった」

 とハナは咳払いをすると、戸惑い気味に手を振りながら、笑顔を作ってみた。

 すると少し歓声が大きくなると共に、手を振り返してくれる者たちが見えた。

 それは歩道に溢れ返っている皆ではないけれど、初めてのことだった。

「わ……」

 と、はにかんだハナが、また手を振りながら、より笑顔を作ってみる。

 また歓声が大きくなり、手を振り返され、それからピューと口笛が聞こえて来た。

「わわ……」

 ハナの作り笑顔が、自然な笑顔へと変わっていく。

 手をより大きく、あちこちに向かって降ってるうちに、オルキデーアをより歓声が包み込んでいく。

 3台の馬車の後方から、宮廷楽士たちが演奏しながら付いて来てくれているようだが、その音が聞こえ辛くなるほどだった。

「わわわ……わわわわわ!」

 とハナが身震いした。

 ベルがハナの顔を見ると、とても興奮しているのが分かった。

 もうすっかり大丈夫そうだと判断したベルが、握っていた手をそっと離してみると、それは「にゃあぁぁぁん!」という猫の鳴き声と共に、満開の笑顔で馬車から飛び跳ねた。


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