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第10話ー3
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――次の刹那、一同は先ほどのレオーネ国の宮廷のあった山とは、別の山の麓に立っている。
そこで働いている者たちを見て、ベルはすぐに察した。
「カプリコルノと同じように、鉱山があるのですね」
「うちの島には、金鉱山が複数あるんや。銀もそこそこ摂れるし、銅はたくさん採れる」
と、マサムネ。
町では主に、たくさん採れる銅の鋳貨が使われているらしい。
ベルは「そうですか」とそれなりの興味を持って答えたつもりだが、ついさっき初対面のアヤメにはそれが伝わっておらず、気を遣わせてしまったようだ。
「ちょお、おとん! もっとおもろい話せんと!」
「いいえ、アヤメ殿下。興味深い話です。私は感情が表に出にくいだけですので、お気になさらず」
「あ、そうなんやね。ところでベルさんて、ちっちゃかわええのに戦場に出たりするのん?」
とアヤメが問うてきた理由としては、ベルがヴェスティート姿ながら背中にはバレストラを、腰には矢筒を装備しているからだろう。
「ノ。本日はフェーデ様がご一緒なので武器は不必要なように思われますが、私はティーナ様の侍女ですので、いざという時はティーナ様をお守りせねばなりません故」
「へえぇ、かっこいいわぁ!」
ヴァレンティーナが誇らしげに「でしょでしょ」と言った後、タロウが次の場所にテレトラスポルトした。
「ここも金鉱山で」と言った直後に、またテレトラスポルトする。「ここも金鉱山なんだ」
カプリコルノの鉱山はひとつ故に、「すごいですね」とベルは少しだけ声高になる。
大きい金鉱山を3つ紹介されたが、小さい金鉱山はあと7つもあるという。
金鉱山なんてそう簡単に見つかるものではないのに、よくもまあ、ひとつの国にこんなにも集まったものだと驚いてしまう。
金は世界共通で価値がある故、それだけでもカプリコルノに負けず劣らずの裕福な国であることを理解出来た。
「ということはだ、ベル」
と、ベルの先生でもあるフェデリコが口を開いた。
「この国は、他に何に恵まれていると思う?」
ベルは、目前の金鉱山で働く鉱員たちの様子を眺めながら答える。
「宝石もあるのでは」
「ああ、それもある」
と、マサムネが口を挟んだ。
「けど、オルキデーア石みたいに希少価値のある石は採れんな。需要はそこそこあんねんけど、あちこちの国で採れんねん。お陰で価値が上がらん」
「そうですか」
と、ベルは今度はあたりの大地をぐるりと見渡す。
「では、金属や宝石は地殻変動の他、火山活動によっても運ばれてくるのですから、過去に噴火などあったはず。火山灰が降り積もった土というのは水捌けが良いため、農作物の種類によってはとても栽培に適しているのでは」
「ああ、それもある。ほんま美味いでー、うちのネギとか大根とかキャベツとか」
「また火山灰によっては肥料にもなるものもあるようですから、土地自体が肥沃ということも考えられそうです」
「ああ、それもある。まぁ、どっちかといったら肥料は糞尿を使っとるけどな。なんのって、牛・豚・鳥の他に、人間とモストロのもやで。ようやるなぁ、うちの国」
「そうですか」
と、ベルの視線は近くの川へと移った。
「では、湧き水でしょうか。魔法がある以上そんなに重要でないかもしれませんが、大変水に恵まれた国のように存じます」
「ああ、それもある。どんなにカンカン照りの夏が来たって、水が枯れることはあらへん。まぁ、言う通り水魔法があるから関係ないんやけども」
「そうですか。では……」
なかなか正解が出ないなと思いながら、ベルは辺りを見回した。
そして少し離れたところに、鉱員でない人々が出入りしている施設を見つけた時に、なるほどと気付いた。
「『温泉』ですか」
「そうだ」
と、正解してみせたベルの頭を、フェデリコが撫でる。
「温泉大国なんだ、レオーネ国は。うちの国の周辺では、人や物を運ぶ時もっぱら船だろう? しかしレオーネ国はテレトラスポルトでの送迎もやっているから、他国から日々大勢の商人・観光客が訪れるようなんだ。その際、皆必ずと言って良いほど温泉を利用していくらしい」
「有料ですか?」
マサムネが「せやでー!」と八重歯を見せて笑む。
「温泉はほんま、金ガッポガッポやで! 温泉宿によっては、1日1000人超えや! 入浴だけやなく、薬として湯を買って帰る商人も多いし、ほんま儲かるでー? あとテレトラスポルト代も有料やし」
「なんと……」
と驚いたベルは、フェデリコの顔を見上げる。
「テレトラスポルトはまだ無理ですが、温泉に関してはすぐに倣うべきです。と言いましても、日々鉱山で汗水を垂らす鉱員の方々は無料のままで、その他の国民は200オーロ程度の格安料金、そして他国からの商人や観光客などからはそれなりの料金――1000オーロ程度を頂くなどした方がよろしいかと。また、飲泉も売りましょう。1リットルあたり、国民は300オーロ、他国からの商人・観光客には1500オーロ程度で」
「もう、ベル?」
と、アリーチェが少し眉を吊り上げた。
「フラヴィオ様は、他国の方々も含めて、気軽に温泉を楽しんで欲しくって無料しているのよ? それに1000オーロや1500オーロって……ぼったくりよ!」
「そう、フラヴィオ様の長所には器が広く、とてもお優しいということがあります」
といったフラヴィオの素晴らしさを数分に渡り語った後、ベルが「しかし」と早口淡々口調で続ける。
「それは時に、短所ともなってしまうのです。他国の商人はほとんどが上質のオルキデーア石が目当てで、各国の王室御用達の商人であることもしばしばです。つまりとても裕福で、1000オーロや1500オーロなんて痛くも痒くもございませんので大丈夫です。また、観光客の方々というのは普段よりも気が大きくなっているように感じます故、普段よりもお財布の紐が緩むことでしょう。それを利用させて頂かない手はないと、私は存じます。王政は莫大なお金が掛かりますし、レオーネ国の温泉収入に比べたら微々たるものかもしれませんが、塵も積もれば山となるのですから、僅かでも取れるところからはきっかり頂いておくべきではないでしょうか。近日中にはドルフ様・ベラ様ご夫妻の別邸の建設も始まることですし」
それはそうだけど、とアリーチェが呆れ顔になってしまう傍ら、フェデリコは腕組みして「うん……」と思案顔で頷く。
「たしかにドルフとベラの別邸は、土地の関係で小さくなってしまうが、頑丈で立派なものを建てると兄上は言っている」
「それはどの程度のものですか?」
とベルが問うと、フェデリコがタロウとハナの顔を交互に見た――「あそこに連れて行ってくれるか?」
承知したハナが、テレトラスポルトを唱えた。
移動した場所は、木々に囲まれているが山の中ではなく、海沿いのようだった。
ベルがフェデリコが指さした場所へと顔を向けると、少し離れたところに豪邸が建っていた。
しかも見慣れた石造りの建物――カプリコルノの貴族のような屋敷だ。
「あの堅牢な邸宅は、14年前に兄上が建てたものなんだ」
ベルは「14年前……」と鸚鵡返しにした。
その年は、オルキデーア国王に即位したばかりのフラヴィオとフェデリコ、アドルフォが敵国プリームラを制し、カプリコルノを一国にまとめた年だ。
ふと、母の話を思い出す。
プリームラ王家をひとり残らず暗殺しようとした民衆から、フラヴィオが当時1歳だった王女を助け出し、そしてここレオーネ国に『追放』処分した。
しかしそれは、冷酷無慈悲だったプリームラ王家に怒り狂う民衆に対する便宜上の処分で、実際は王女を逃がしてやったのだと言っていた。
その際、フラヴィオは王女にプリームラ王家の財産をすべて持たせてやっただけでなく、屋敷を建ててやっていた。
それがどうやら、今ベルの目線の先に建っている豪邸らしい。
並の貴族の邸宅よりも立派だった。
「兄上は、ドルフとベラの別邸をあれくらいにはする。つまり見ての通り、東隣のアクアーリオ国から輸入している石材費だけでも多額になる。さらに早急に完成させるため1日あたり2000人を使うと言っている。しかも一人当たり日給3万オーロにするとか言っている」
ベルは「なんと……」と驚愕してしまう。
「資材だけでなく、人件費が洒落になりません。尚のこと温泉の有料化を」
「それは私も全く考えなかったわけではないんだが……しかしな、ベル? 商人の船はチクラミーノ港――プリームラ近くの港からやって来るんだ。つまり温泉まで遠いんだ」
「スィー。ですから、ここは――」
突如、ベルとフェデリコによる会議が始まり、観光が一時中断された。
他国の商人・観光客が南の温泉を利用しやすいように、南の海にも桟橋を設置してみてはどうか。
または、町から有料の馬車を行き来させてみてはどうか。
ていうか混浴が理由で利用しない女も多いのだから、さっさと男女別に分けるべきではないだろうか。
といった意見を、ベルが再びの早口淡々口調で述べていく。
早口なだけならまだしも、矢継ぎ早。
そんなに多弁ではなく、相槌を打つこともままならず、頷いて返事をしているフェデリコに対し、やがて熱くなって来たらしいベルの語調が強くなっていく。
「大体、集客というのは『宣伝』が重要な様に存じます」
それにも関わらず、普段南の温泉を利用して欲しそうな割には、何故何もしようとしないのかと、ここにいないフラヴィオの代わりにフェデリコが説教される始末に。
ベルは相変わらず感情が表に出にくく、その表情はやはり『無』に近いのに、ひしひしと伝わって来るその必死さが彷彿させるは、まるで行き倒れ寸前の貧乏商人。
それは、世間をあまり知らずに育ったはずのアヤメの脳裏にすら浮かばせた。
「ちょお、待って……国、大丈夫なん!?」
とフェデリコがベルに説教される傍ら、アヤメが小声でヴァレンティーナに問うと、「ふふ」と笑い声が返って来た。
同じく世間をあまり知らずに育ったヴァレンティーナだが焦った様子はなく、ベルを微笑ましそうに見つめていた。
「大丈夫よ、アヤメちゃん。ベルはね、ただ愛する父上のために少しでも役に立ちたいだけなのよ。でも……」
長いなぁ……。
と思ったヴァレンティーナがベルの手を引っ張ると、それまで早口で喋り続けていたベルがはっとして言葉を切った。
「どうされました、ティーナ様?」
「あのね、次の観光地に行きたいわ」
ベルは「申し訳ございません」と言って、周りを見た。
ベルが喋っているあいだマサムネは「せやな」とか「うんうん」とか納得しながら聞いていた様子だったが。
タロウ・ハナは欠伸をし、アリーチェは呆れ顔、そしてフェデリコは「助かった……」なんて呟いて苦笑した。
もう一度ベルが「申し訳ございませんでした」と謝る一方、アヤメが「すごいな」と声高になった。
「ベルさんて、政とかいうのにも関わってるん? ウチなんて、そのへんのこと何も知らんのに!」
「ノ、凄いということはありません。私はただ、フラヴィオ様の大切なもの――国を、守りたいだけのこと。色々な理由から、本当は『拡大』したいのが本音ですが」
ヴァレンティーナが小首を傾げた。
「『拡大』って? 島を大きくするの? どうやって?」
「島自体を大きくするのではありません。他国の陛下が治められている土地を、フラヴィオ様に差し上げてみませんか、さすれば幸せを保障して差し上げますよと慈悲の心をもってお誘いし、国を広げるのですよティーナ様」
ヴァレンティーナやアヤメはその言葉を疑った様子なく素直に信じていたが、他の一同はしっかりと違和感を覚えている。
ベルはカプリコルノだけではなく、他国もフラヴィオの『支配下』に置きたいのだ。
実際その言葉通りに他国の王に交渉したとしても承諾される可能性は低く、後に勃発するのは国盗り合戦だ。
他国とは友好関係を築き、世の中は平和であるべきだと考えているアリーチェが、「もう!」と眉を吊り上げて叱ろうとすると、フェデリコがすかさずアリーチェの口を押さえて制止した。
その耳元で囁く。
「また早口淡々説教が始まるぞ……」
それから解放してもらったばかりのフェデリコとしては、勘弁して欲しかった。
それに、昨日ベルがモストロと婚姻して子を産むつもりらしいと聞かされた時に思い、ついさっき説教されながらも改めて思ったが、ベルのこの激烈ともいえるフラヴィオへの想いは、アリーチェがいくら叱ったところで止められるものではない。
この先それは日に日に増していき、そう遠くない内にフラヴィオが世界征服する野望でも抱くようになってしまうのではと思ってしまう。
「なんかほんま、かっこいい女子やわぁ!」
と尚のことベルに惚れ込んだらしいアヤメが、少し照れ臭そうな笑顔を浮かべてこう問うた。
「えと……ベル『ちゃん』って呼んでもええかなっ……?」
「スィー、私のことはお好きなようにお呼びください」
「ほんま? 嬉しいわぁ、ありがとう」
その「ありがとう」は、出会ってから30分ほどしか経っていないのにもう3回目だ。
なんとも素直で、その笑顔も愛らしく、つくづくオルランドに相応しい思ってベルが見つめていると、ハナの尖り顔に視界を遮られた。
「なぁ、ベル!」
「どうされました、ハナさん。顔が近いです」
「あたいのことは、『ハナ』って呼んでくれ! 『さん』はいらない、『ハナ』がいいんだ!」
「そうでしたか。では、ハナ…………さ――」
「いらない!」
「申し訳ございません、誰かのお名前を呼び捨てにさせて頂いたことがないもので。では、えぇと……」
と、ベルは戸惑いながら、ハナの希望通りに従った。
「ハ…………ハナ」
ぱっと、ハナの笑顔が咲いた――「よし!」
今度はヴァレンティーナの口が少し尖る。
「なんだか羨ましいわ。ねぇベル、ベルは私にとって姉上なんだし、私のことも――」
「だめだめ、ティーナ。これはあたいだけの特権だ! ティーナは『様』付き、アヤメは『殿下』付きだ!」
「えぇー?」
と不服そうに声を上げた2人だったが、この2人を呼び捨てにすることは流石に出来そうにないベルは、「そうですね」とハナに同意しておいた。
するともっと嬉しそうに笑ったハナが、ベルの手を握った――「さぁ、次に行こう!」
そこで働いている者たちを見て、ベルはすぐに察した。
「カプリコルノと同じように、鉱山があるのですね」
「うちの島には、金鉱山が複数あるんや。銀もそこそこ摂れるし、銅はたくさん採れる」
と、マサムネ。
町では主に、たくさん採れる銅の鋳貨が使われているらしい。
ベルは「そうですか」とそれなりの興味を持って答えたつもりだが、ついさっき初対面のアヤメにはそれが伝わっておらず、気を遣わせてしまったようだ。
「ちょお、おとん! もっとおもろい話せんと!」
「いいえ、アヤメ殿下。興味深い話です。私は感情が表に出にくいだけですので、お気になさらず」
「あ、そうなんやね。ところでベルさんて、ちっちゃかわええのに戦場に出たりするのん?」
とアヤメが問うてきた理由としては、ベルがヴェスティート姿ながら背中にはバレストラを、腰には矢筒を装備しているからだろう。
「ノ。本日はフェーデ様がご一緒なので武器は不必要なように思われますが、私はティーナ様の侍女ですので、いざという時はティーナ様をお守りせねばなりません故」
「へえぇ、かっこいいわぁ!」
ヴァレンティーナが誇らしげに「でしょでしょ」と言った後、タロウが次の場所にテレトラスポルトした。
「ここも金鉱山で」と言った直後に、またテレトラスポルトする。「ここも金鉱山なんだ」
カプリコルノの鉱山はひとつ故に、「すごいですね」とベルは少しだけ声高になる。
大きい金鉱山を3つ紹介されたが、小さい金鉱山はあと7つもあるという。
金鉱山なんてそう簡単に見つかるものではないのに、よくもまあ、ひとつの国にこんなにも集まったものだと驚いてしまう。
金は世界共通で価値がある故、それだけでもカプリコルノに負けず劣らずの裕福な国であることを理解出来た。
「ということはだ、ベル」
と、ベルの先生でもあるフェデリコが口を開いた。
「この国は、他に何に恵まれていると思う?」
ベルは、目前の金鉱山で働く鉱員たちの様子を眺めながら答える。
「宝石もあるのでは」
「ああ、それもある」
と、マサムネが口を挟んだ。
「けど、オルキデーア石みたいに希少価値のある石は採れんな。需要はそこそこあんねんけど、あちこちの国で採れんねん。お陰で価値が上がらん」
「そうですか」
と、ベルは今度はあたりの大地をぐるりと見渡す。
「では、金属や宝石は地殻変動の他、火山活動によっても運ばれてくるのですから、過去に噴火などあったはず。火山灰が降り積もった土というのは水捌けが良いため、農作物の種類によってはとても栽培に適しているのでは」
「ああ、それもある。ほんま美味いでー、うちのネギとか大根とかキャベツとか」
「また火山灰によっては肥料にもなるものもあるようですから、土地自体が肥沃ということも考えられそうです」
「ああ、それもある。まぁ、どっちかといったら肥料は糞尿を使っとるけどな。なんのって、牛・豚・鳥の他に、人間とモストロのもやで。ようやるなぁ、うちの国」
「そうですか」
と、ベルの視線は近くの川へと移った。
「では、湧き水でしょうか。魔法がある以上そんなに重要でないかもしれませんが、大変水に恵まれた国のように存じます」
「ああ、それもある。どんなにカンカン照りの夏が来たって、水が枯れることはあらへん。まぁ、言う通り水魔法があるから関係ないんやけども」
「そうですか。では……」
なかなか正解が出ないなと思いながら、ベルは辺りを見回した。
そして少し離れたところに、鉱員でない人々が出入りしている施設を見つけた時に、なるほどと気付いた。
「『温泉』ですか」
「そうだ」
と、正解してみせたベルの頭を、フェデリコが撫でる。
「温泉大国なんだ、レオーネ国は。うちの国の周辺では、人や物を運ぶ時もっぱら船だろう? しかしレオーネ国はテレトラスポルトでの送迎もやっているから、他国から日々大勢の商人・観光客が訪れるようなんだ。その際、皆必ずと言って良いほど温泉を利用していくらしい」
「有料ですか?」
マサムネが「せやでー!」と八重歯を見せて笑む。
「温泉はほんま、金ガッポガッポやで! 温泉宿によっては、1日1000人超えや! 入浴だけやなく、薬として湯を買って帰る商人も多いし、ほんま儲かるでー? あとテレトラスポルト代も有料やし」
「なんと……」
と驚いたベルは、フェデリコの顔を見上げる。
「テレトラスポルトはまだ無理ですが、温泉に関してはすぐに倣うべきです。と言いましても、日々鉱山で汗水を垂らす鉱員の方々は無料のままで、その他の国民は200オーロ程度の格安料金、そして他国からの商人や観光客などからはそれなりの料金――1000オーロ程度を頂くなどした方がよろしいかと。また、飲泉も売りましょう。1リットルあたり、国民は300オーロ、他国からの商人・観光客には1500オーロ程度で」
「もう、ベル?」
と、アリーチェが少し眉を吊り上げた。
「フラヴィオ様は、他国の方々も含めて、気軽に温泉を楽しんで欲しくって無料しているのよ? それに1000オーロや1500オーロって……ぼったくりよ!」
「そう、フラヴィオ様の長所には器が広く、とてもお優しいということがあります」
といったフラヴィオの素晴らしさを数分に渡り語った後、ベルが「しかし」と早口淡々口調で続ける。
「それは時に、短所ともなってしまうのです。他国の商人はほとんどが上質のオルキデーア石が目当てで、各国の王室御用達の商人であることもしばしばです。つまりとても裕福で、1000オーロや1500オーロなんて痛くも痒くもございませんので大丈夫です。また、観光客の方々というのは普段よりも気が大きくなっているように感じます故、普段よりもお財布の紐が緩むことでしょう。それを利用させて頂かない手はないと、私は存じます。王政は莫大なお金が掛かりますし、レオーネ国の温泉収入に比べたら微々たるものかもしれませんが、塵も積もれば山となるのですから、僅かでも取れるところからはきっかり頂いておくべきではないでしょうか。近日中にはドルフ様・ベラ様ご夫妻の別邸の建設も始まることですし」
それはそうだけど、とアリーチェが呆れ顔になってしまう傍ら、フェデリコは腕組みして「うん……」と思案顔で頷く。
「たしかにドルフとベラの別邸は、土地の関係で小さくなってしまうが、頑丈で立派なものを建てると兄上は言っている」
「それはどの程度のものですか?」
とベルが問うと、フェデリコがタロウとハナの顔を交互に見た――「あそこに連れて行ってくれるか?」
承知したハナが、テレトラスポルトを唱えた。
移動した場所は、木々に囲まれているが山の中ではなく、海沿いのようだった。
ベルがフェデリコが指さした場所へと顔を向けると、少し離れたところに豪邸が建っていた。
しかも見慣れた石造りの建物――カプリコルノの貴族のような屋敷だ。
「あの堅牢な邸宅は、14年前に兄上が建てたものなんだ」
ベルは「14年前……」と鸚鵡返しにした。
その年は、オルキデーア国王に即位したばかりのフラヴィオとフェデリコ、アドルフォが敵国プリームラを制し、カプリコルノを一国にまとめた年だ。
ふと、母の話を思い出す。
プリームラ王家をひとり残らず暗殺しようとした民衆から、フラヴィオが当時1歳だった王女を助け出し、そしてここレオーネ国に『追放』処分した。
しかしそれは、冷酷無慈悲だったプリームラ王家に怒り狂う民衆に対する便宜上の処分で、実際は王女を逃がしてやったのだと言っていた。
その際、フラヴィオは王女にプリームラ王家の財産をすべて持たせてやっただけでなく、屋敷を建ててやっていた。
それがどうやら、今ベルの目線の先に建っている豪邸らしい。
並の貴族の邸宅よりも立派だった。
「兄上は、ドルフとベラの別邸をあれくらいにはする。つまり見ての通り、東隣のアクアーリオ国から輸入している石材費だけでも多額になる。さらに早急に完成させるため1日あたり2000人を使うと言っている。しかも一人当たり日給3万オーロにするとか言っている」
ベルは「なんと……」と驚愕してしまう。
「資材だけでなく、人件費が洒落になりません。尚のこと温泉の有料化を」
「それは私も全く考えなかったわけではないんだが……しかしな、ベル? 商人の船はチクラミーノ港――プリームラ近くの港からやって来るんだ。つまり温泉まで遠いんだ」
「スィー。ですから、ここは――」
突如、ベルとフェデリコによる会議が始まり、観光が一時中断された。
他国の商人・観光客が南の温泉を利用しやすいように、南の海にも桟橋を設置してみてはどうか。
または、町から有料の馬車を行き来させてみてはどうか。
ていうか混浴が理由で利用しない女も多いのだから、さっさと男女別に分けるべきではないだろうか。
といった意見を、ベルが再びの早口淡々口調で述べていく。
早口なだけならまだしも、矢継ぎ早。
そんなに多弁ではなく、相槌を打つこともままならず、頷いて返事をしているフェデリコに対し、やがて熱くなって来たらしいベルの語調が強くなっていく。
「大体、集客というのは『宣伝』が重要な様に存じます」
それにも関わらず、普段南の温泉を利用して欲しそうな割には、何故何もしようとしないのかと、ここにいないフラヴィオの代わりにフェデリコが説教される始末に。
ベルは相変わらず感情が表に出にくく、その表情はやはり『無』に近いのに、ひしひしと伝わって来るその必死さが彷彿させるは、まるで行き倒れ寸前の貧乏商人。
それは、世間をあまり知らずに育ったはずのアヤメの脳裏にすら浮かばせた。
「ちょお、待って……国、大丈夫なん!?」
とフェデリコがベルに説教される傍ら、アヤメが小声でヴァレンティーナに問うと、「ふふ」と笑い声が返って来た。
同じく世間をあまり知らずに育ったヴァレンティーナだが焦った様子はなく、ベルを微笑ましそうに見つめていた。
「大丈夫よ、アヤメちゃん。ベルはね、ただ愛する父上のために少しでも役に立ちたいだけなのよ。でも……」
長いなぁ……。
と思ったヴァレンティーナがベルの手を引っ張ると、それまで早口で喋り続けていたベルがはっとして言葉を切った。
「どうされました、ティーナ様?」
「あのね、次の観光地に行きたいわ」
ベルは「申し訳ございません」と言って、周りを見た。
ベルが喋っているあいだマサムネは「せやな」とか「うんうん」とか納得しながら聞いていた様子だったが。
タロウ・ハナは欠伸をし、アリーチェは呆れ顔、そしてフェデリコは「助かった……」なんて呟いて苦笑した。
もう一度ベルが「申し訳ございませんでした」と謝る一方、アヤメが「すごいな」と声高になった。
「ベルさんて、政とかいうのにも関わってるん? ウチなんて、そのへんのこと何も知らんのに!」
「ノ、凄いということはありません。私はただ、フラヴィオ様の大切なもの――国を、守りたいだけのこと。色々な理由から、本当は『拡大』したいのが本音ですが」
ヴァレンティーナが小首を傾げた。
「『拡大』って? 島を大きくするの? どうやって?」
「島自体を大きくするのではありません。他国の陛下が治められている土地を、フラヴィオ様に差し上げてみませんか、さすれば幸せを保障して差し上げますよと慈悲の心をもってお誘いし、国を広げるのですよティーナ様」
ヴァレンティーナやアヤメはその言葉を疑った様子なく素直に信じていたが、他の一同はしっかりと違和感を覚えている。
ベルはカプリコルノだけではなく、他国もフラヴィオの『支配下』に置きたいのだ。
実際その言葉通りに他国の王に交渉したとしても承諾される可能性は低く、後に勃発するのは国盗り合戦だ。
他国とは友好関係を築き、世の中は平和であるべきだと考えているアリーチェが、「もう!」と眉を吊り上げて叱ろうとすると、フェデリコがすかさずアリーチェの口を押さえて制止した。
その耳元で囁く。
「また早口淡々説教が始まるぞ……」
それから解放してもらったばかりのフェデリコとしては、勘弁して欲しかった。
それに、昨日ベルがモストロと婚姻して子を産むつもりらしいと聞かされた時に思い、ついさっき説教されながらも改めて思ったが、ベルのこの激烈ともいえるフラヴィオへの想いは、アリーチェがいくら叱ったところで止められるものではない。
この先それは日に日に増していき、そう遠くない内にフラヴィオが世界征服する野望でも抱くようになってしまうのではと思ってしまう。
「なんかほんま、かっこいい女子やわぁ!」
と尚のことベルに惚れ込んだらしいアヤメが、少し照れ臭そうな笑顔を浮かべてこう問うた。
「えと……ベル『ちゃん』って呼んでもええかなっ……?」
「スィー、私のことはお好きなようにお呼びください」
「ほんま? 嬉しいわぁ、ありがとう」
その「ありがとう」は、出会ってから30分ほどしか経っていないのにもう3回目だ。
なんとも素直で、その笑顔も愛らしく、つくづくオルランドに相応しい思ってベルが見つめていると、ハナの尖り顔に視界を遮られた。
「なぁ、ベル!」
「どうされました、ハナさん。顔が近いです」
「あたいのことは、『ハナ』って呼んでくれ! 『さん』はいらない、『ハナ』がいいんだ!」
「そうでしたか。では、ハナ…………さ――」
「いらない!」
「申し訳ございません、誰かのお名前を呼び捨てにさせて頂いたことがないもので。では、えぇと……」
と、ベルは戸惑いながら、ハナの希望通りに従った。
「ハ…………ハナ」
ぱっと、ハナの笑顔が咲いた――「よし!」
今度はヴァレンティーナの口が少し尖る。
「なんだか羨ましいわ。ねぇベル、ベルは私にとって姉上なんだし、私のことも――」
「だめだめ、ティーナ。これはあたいだけの特権だ! ティーナは『様』付き、アヤメは『殿下』付きだ!」
「えぇー?」
と不服そうに声を上げた2人だったが、この2人を呼び捨てにすることは流石に出来そうにないベルは、「そうですね」とハナに同意しておいた。
するともっと嬉しそうに笑ったハナが、ベルの手を握った――「さぁ、次に行こう!」
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